地味目のパワーアップ
着実に私の文明レベルは上昇を続けている。
簡易宿泊所の大部屋とはいえ、ベッドの上で起床できることは幸せだ。
起床してシャワーを浴びる間に洗濯機を回し、乾燥機を回す間に牛丼屋へ行く。なんてことのないように思えて、これは素晴らしく文明的で幸せな生活なのである。
つい先日までの私は、公園で野宿、水飲み場で顔を洗うついでに、腹いっぱいになるまで水を飲み、人目を忍んで濡らしたシャツで体を拭く。さらに着衣を手洗いし、固く絞ってそのまま着る。
こんなことは夏だからこそできる荒業だ。そんな数日間を過ごしていた。
ホントにひどい。十六歳の女子どころか、現代日本人としてありえないわ。世の中どうなってんの。
でもようやく私にも運が向いてきた。
屋根のある寝床、お腹いっぱいのご飯、お風呂と着替え。そしてそこそこの稼ぎ!
行き場を失い、なんのあてもなかった時とは比べ物にならない。きっかけひとつで人生、どうなるかわからないね。
このままもっともっとお金持ちになるべく、がんばっていこう!
気合も新たに、今日も勤労の始まりです。
受付のおっさんとお姉さんのアドバイスを聞き入れて、今日はいつもの東中野ダンジョンではなく、違う場所に遠征することにした。
芋ジャージ姿で電車に乗って、二十分ほどで到着したのは鷺ノ宮。
本当はタクシーを使ってみたかったけど、数百円の電車賃で行けるのに、その何倍ものタクシー運賃を払う気にはなれなかった。これを考えてしまう時点で、私にはまだタクシーくんを使う資格がないとわかってしまった。
もっと稼がなきゃだよ。
ぼんやりとバラ色の未来を思い浮かべながら歩いていれば、ダンジョン管理所まではすぐに着いた。臆せず建物に入り、初めての受付へいざ参る。
さすがはお姉さんおすすめの過疎ダンジョンだ。まだ朝早いせいもあるのか、全然人がおらんね。
「おいすー」
受付の若い頃は美人だったっぽい中年のおばさんは、私の陽気な挨拶もなんのその。スマホに夢中で気づきもしない。
ほかに誰もいないし、よっぽど暇なんだろうね。
これは一発、かましてやりますか。大きく息を吸って、
「うおいっ!」
「ひゃああああああっ」
椅子から跳び上がって驚くおばさん。そんな大げさな。
「どーも、どーも。ダンジョン探索に来ました。これ身分証、よろ」
「す、すみません。確認します」
「初めて来たんで、上層の地図もくださいな。よろ」
つつがなく受付を済ませ、初めてのダンジョンにちょっとだけ緊張しながら入る。
いつものように、スキル『ソロダンジョン』を発動。元から周りに人はいなかったけど、私専用のダンジョンに入れたはずだ。
いそいそと魔法学園ルックに着替えて武具を装備し、長い階段を下った。
広い洞窟然とした東中野ダンジョンとは違い、鷺ノ宮ダンジョンは人工的な石造り風で、天井が高い割に通路の幅が狭い。
平均より少しだけ小柄な私でも、両手を左右に伸ばせばギリギリ届くくらいだ。長物の武器を使った戦闘はしにくいだろうね。
その点、私の攻撃手段は小ぶりのハンマーとブーツの蹴りだから不安は感じにくい。余裕、余裕。
「ふいー、いっちょ荒らしてやるかー」
今日の予定は、よくばりにも三箇所のダンジョンに行き、それぞれの第三階層まで隠し部屋を全部あさるつもりだ。
ソロダンジョンの隠し部屋から、お宝をゲットしまくる荒業を今日だけで終わらせる。
もし終わらなかったとしても、高いモチベーションで臨むのだ。お金持ちになるために!
隠し部屋のアイテムは全部、私のもんだよ。
三箇所のダンジョンを制覇するため、モンスター退治は移動中の最小限で済ませる。
特に第三階層で稼ぎまくれるいまとなっては、それより上の階層で魔石を集める気は全然しない。むしろもう少し深い階層で、効率的に稼ぎたいくらい。第三階層では、まだ身の危険を感じないからね。
とはいえ、ダンジョンハンターとしての私はまだまだ未熟者もいいところ。
新たなダンジョンの上層で経験を積むのは、きっといいことだとお姉さんに言われていた。それはそのとおりと思う。
「うへー、嫌なモンスターだねえ」
東中野ダンジョンの無力なダンゴムシとは違い、鷺ノ宮ダンジョンの第一階層では、ぴょんぴょん飛び跳ねながら突進を繰り返すバッタのモンスターがいる。
あの体当たりを受けてしまえば、それなりに痛いかもしれない。あと、でかいバッタは単純に気持ち悪い。
「おりゃー! うん、気持ち悪いけど弱いわ」
本当は戦わずに避けて進みたいところだけど、通路が狭くてそれは難しい。仕方なく、ハンマーで叩きながら進んだ。
倒すと光の粒子になって消えるからいいけど、そうじゃなかったら私にハンターは無理だったと思う。ちっちゃい虫ならともかく、モンスターはでかすぎる。
地図を見ながら真っすぐに進めば、大して時間はかからない。地図のバッチリ読める女子でよかった。そしてさっそくファーストお宝ゲットだぜ。
隠し扉の開け方は問題ない。これもお姉さんにリサーチ済みで隙はないし、そもそも上層の隠し扉の開け方はどこも大差ないらしい。
はっはっはー、余裕、余裕! と思ったら、妙なお宝発見じゃい。
「な、なんだー、これ」
東中野ダンジョンの隠し部屋でゲットしたアイテムは、ハンマーとブーツなどの装備品だった。どれも手に入れてからずっと愛用している。
でもいま目の前にあるお宝は装備品ではなく、まさしくお宝っぽいものだった。
手のひらサイズくらいの金属の塊が、十個ほど積まれて山になっている。
ひとつ手に取ってみれば、金属らしい重量感がずっしりとくる。装備品とは違うからか、私専用を示す赤い葵の葉っぱのマークがついていない。これなら売れそう。
これってたぶん、売れるお宝じゃんか。やったね。
「おおー、綺麗だねえ」
色からして銅だと思うけど、いくらで売れるのか楽しみだ。
そうして第三階層までのお宝をすべて回収し、第一階層に戻った。
ダンジョンを出る前に、自分の鑑定モノクルで戦利品をチェック。
■銅のインゴット:銅の金属塊。
■ポーション:服用することで傷を癒す。
「むーん、細かいことがわからんねえ。ポーションはよさげだけど、どのくらいの傷が治るんだろ」
怪我した時の保険があるのはありがたいけど、効果がわからないと頼りにならない。お姉さんなら知ってるかな。これにも赤い葵のマークは入っていない。
金属の塊はやっぱり銅だった。これは二回ゲットした。高く売れることに期待!
でもって、次が装備品だ。
■闇時計の首飾り:精神力増強、毒攻撃を増強するループタイ。
■太陽の腕輪:生命力増強、光を照らすアームレット。
とりあえずはどっちも装着してみる。
首飾りは、ひも状のネクタイみたいなアクセサリー。首元でひもをまとめる金具の部分が、レトロな時計風になっていてかっこいい。魔法学園ルックの服装に合っていて、早くも気に入った。効果も毒攻撃の強化だから、私のスキル的にも合っている。
そういや私、時計を買おうと思っていたんだった。首飾りのほうは、さすがに普通の時計としては機能しないっぽい。
腕輪のほうは手首というよりも、二の腕に装着するといい感じ。魔法学園ルックの上からでも装備には問題なかった。
効果としては、これを装着して機能をオン状態にすると、私の周囲の結構広い範囲が明るくなる。薄暗いダンジョンで、これは地味に便利かもしれない。
なんか順調にパワーアップしてしまったけど、今回の目的のひとつは私が使わない装備品をゲットすること。この二つは譲るのはもったいないね。
よし、さっさと次のダンジョンに向かおう。
これはヤバいね。この調子で私ったら、どんどん強くなっちゃうし、ついでに稼げてしまう。
ソロダンジョンさん、すごすぎるわ。
おーし、じゃんじゃんアイテム回収だー!