星の定め、魂の力
ダンジョンに関して少しの知識はあっても、実際に行ったことはない。
この国ではたしか、ダンジョンを探索する人のことを『ハンター』と呼んでいる。
高校への進学が狭き門な中、十六歳以上の成人なら誰でもなれる職業として、私にとってハンターは選択肢のひとつに十分なる。
中学でダンジョン学を選択していた私も、モンスターと戦う危険な職業だと習ったのは覚えていた。ダンジョンから得られる魔石は現代社会に不可欠な資源だから、それなりの報酬は期待できるはず。
まともに授業を受けていなかった私はその程度のことしか覚えていない。でも、細かいことはどうでもいい。
いまの私が欲しいのは、ご飯を買えるだけのお金。凍える心配のない季節だから、寝床はしばらく野宿でも構わない。
本当に最低限のお金さえ稼げれば、それでいい。
ダンジョンでそのお金が稼げるか否か、大事なのはそれだけ。
パクったお菓子を警察署の前で食べ終えたら、さっそく近くのダンジョンに向かうことにした。
ダンジョンは東京都心なら、数駅にひとつくらいの感じで割とそこらに存在する。
なんでもその昔、人の多い所にダンジョンがたくさん発生したらしく、都会ほど多くのダンジョンがあると習った。
幸いにも近場のダンジョンには心当たりがあった。この道を真っすぐに進めば、そのうち到着する。
ぼーっとしながら人けのない夜道を歩いていると、いつの間にか目的地に到着していた。
少しだけ見覚えのあるここは東中野ダンジョン管理所というらしい。ここだ、ここで間違いない。
「たのもー」
妙な威圧感のある建物に臆さず、煌々と明かりの灯る入り口を抜けて中に入る。
味気のない役所然とした建物内に、人は全然いない。
「いらっしゃーい」
眠そうな声が出迎えてくれた。その声に導かれ、カウンターの前に立つ。
私よりもちょいと年上だろうお姉さんは、アンニュイな雰囲気とセミロングのよくわからんシャレた髪型のせいか色気がある。おまけに顔も美人。
ダンジョンは金のなる木と聞くし、受付嬢は収入もいいのだろうか? チッ、恵まれた女め。
「あら、女の子じゃない。こんな時間にどうしたの?」
「こう見えても十六歳、成人」
ずいっと出来立てほやほやの身分証を差し出した。
「そうなんだ。永倉葵スカーレットちゃんね。個人番号で年齢チェックするから少し待って……おお、今日が誕生日。おめでとう! スカーレットちゃんて呼んでいい?」
「ありがと。でも呼ぶなら葵にして」
変に目立つから、ミドルネームではあまり呼ばれたくない。
世の中にはわけのわからん、いちゃもんつける奴がいるんだよね。
「じゃあ葵ちゃんね。それで? まさかこんな時間にソロでダンジョン?」
「そのまさか。荒稼ぎしたくて」
「荒稼ぎって、葵ちゃん今日が誕生日ってことは、ダンジョンに入るの初めてでしょ?」
「まあ、そうなるね」
「だったらまだレベル1じゃない。レベル1のハンターがソロでダンジョンに入っても、大して稼げないわよ?」
「魔石だっけ? それを取ってくれば買ってくれるんだよね?」
「みんな魔石って呼ぶけど、正しくは魂石ね。どんなクズでも魂石なら一応は買い取るけどねー」
初対面なのに、随分と馴れ馴れしいお姉さんだな。まあいいけど。
「とりあえず、ご飯代稼げたらいいよ」
「ご飯代かー。でも葵ちゃんのレベルでソロは厳しいかな。友だちと一緒に出直したら?」
「そんなのいるわけないでしょ。ちょうどいいや、暇ならちょっと教えてよ」
あれこれ詳しく聞いてみれば、ダンジョンの第一階層に出るモンスターは非常に弱く、取れる魔石はクズばかりらしい。
クズ魔石はビーズくらい小さなもので、ひと粒あたりの値段としては1円にもならないのだとか。
「じゃあ、第二階層に行けば稼げる?」
「それはそうだけど。ソロで行けるかどうかは、レベルとステータスによるわね。ちなみに葵ちゃん、ステータスは?」
「……ステータス?」
なんのこっちゃ。そんな当然のように知っているものなんだろうか。
いや、もしかして社会的な立場的なあれのこと? そんなもん、あるわけないだろ。
「あー、そこからか。私が言ってるステータスっていうのは、正しくは『星魂の記憶』のことね。みんなステータスって言ってるけど。身分証を裏返して、魔力を流してみて。そこにレベルとかステータスが見えるようになるから。あ、私には見せないようにして。大事な個人情報だからね」
へえ、そういう感じなんだ。言われてみれば、授業で習ったような気がしなくもない。
魔力を流すというのがいまいち理解できなかったけど、身分証を手に持ってなんとなくふんっと力を入れたらできてしまった。
黒一色だったカードの裏面にいろいろと細かい文字が表示されている。このカード、結構ハイテクだな。
■星魂の記憶
名前:永倉葵スカーレット
クラス:―
レベル:1
生命力:5
精神力:5
攻撃力:5
防御力:5
魔法力:5
抵抗力:5
スキル:ウルトラハードモード
クラススキル:―
加護:―
「見えたみたいね。あ、レベルとステータス以外のことは言わないでよ? ダンジョンハンターとしての基本だから、これは覚えておいて」
「秘密にしたほうがいいんだ?」
「特にスキルの情報はね。あえて公表する人もいるけど、言わないでおくのが無難かな。すごく強いスキルだったり、珍しかったりすると、最悪は犯罪に巻き込まれる可能性があるから」
あー、なんかそんな風に習ったような覚えはある。
たしか、持っているスキルによっては差別されたり嫉妬されたり、あるいは変な秘密結社に狙われたりするんだとか。
ホントかよって思うけど、まあそういうものなんだろう。
とにかく自分からペラペラしゃべるようなことじゃないのはわかった。
「ふーん、まあいいや。とりあえず、ステータスだっけ。えっと、私はオール5だね」
素直に教えると、お姉さんは朗らかな笑顔を急に真顔に変えた。
「悪いこと言わないから、ハンターになるのはやめておきなさい。葵ちゃん、弱いから死ぬわよ。ステータスがオール5って、なかなか見ないくらい弱いから。だいたいの人はレベル1でも平均10はいってるから」
マジかよ。半分しかないじゃん。
私、そんなに弱いのか。