あまりに魅力ある車
「ちょっと、営業マンのおっさん。あれは? あそこの赤くてカッコいいやつは?」
すごい存在感を放ちまくっている、超カッコいい車!
間違いないわ。あれこそ、私がほしいやつだよ。
「あちらですか? あれはカディラックのソレイユ、リミテッド・エディションでございます。先日入庫したばかりでして、とても希少な……」
なんてこったい。見れば見るほど、カッコよすぎる。
オープンカー? オープンカーってやつだよね。すっげーわ。
もっと近くで見たくなって、思わず走り出してしまった。あの真っ赤で堂々としたフォルムがさあ、カッコよすぎるわ。
「ちょ、ちょっとお客様」
「なんだってんだ? 葵、待てよ」
「うおおーーーっ、すっげーよ!」
思わず声が出てしまうわ。それも仕方ない。
近くで見ればわかる、この滑らかで迫力あるボディ? よくわからんけど低く構えた感じもなんかいいよね。
そんでもって、やっぱりこの色だよ。鮮やかで真っ赤でさ、超きれいなんだけど。
これはもう王者の車だろ。どう考えても王者の乗り物だよね?
「あのー、こちらは2人乗りでございまして……」
「ちょろっとさ、乗ってみてもいい?」
見るだけで終わるなんてもったいない。体験しなければ。
「え? あ、はい。それはもちろん。どうぞ」
よっしゃ、よっしゃ!
オープンカーだから全部見えちゃってるけど、ドアを開ければ黒い革のシートがどどんとある。慎重にそっと座ってみれば、もう包まれた感がすごいわ。ぼろっちい車とは別次元だよ。
ちょっと頭おかしいくらいに高級感ハンパないわ。どうなってんだよこれ。
「うへー、思った以上だね……」
「おいおい、葵。お前運転できねえだろうが」
「細かいことはいいんだよ、まゆまゆ! エンジンはどうやってかけんの? おっさん、かけてみてもいい? どんなもんか試してもいい?」
「え、ええ。そちらのボタンです」
ほうほう、これね。ポチッとな。
ウィーンみたいな機械音がちょろっとして、ブルブル振動し始めた。
意外と静かだけど、この振動が伝わってくる感じがたまらんわ。シートを通して体に伝わる、たぶん高級車特有の上品な鼓動だよ。もうぼろっちい車とはわけが違うよ。
ハンドルも地味なワッカとは違ってカッコいい感じだし、なんかスイッチもいっぱいある。
どうなってんの、これ。どんなギミックが仕込まれてんだよ。
「しかしお客様、先ほどは8人乗りと……」
「おっさん。これ、いくらすんの?」
私は車のことは全然知らんけど、値段が気になる。絶対、めちゃお高いよね。
「あっと、こちらは特別仕様車でございまして。オプション次第ですが、1,200万円からとお考えいただければ」
「ほっほー、結構なもんだね。でも私たちなら余裕だよ」
車ってやっぱお高いね。まあ、このカッコよさを考えたら当然かも。それくらいはするよね。王者の車だし。
「余裕でございますか……お客様、本当によろしいのですね? こちら試乗もできますが、運転免許証をお持ちでしょうか?」
「あ、私はないよ」
なんてこったい。残念ながら私は運転できない。超残念なんだけど!
「よし、アタシが運転する。葵は助手席に座れ」
「うおーっ、まゆまゆ、頼んだよ!」
「アタシも気に入っちまった。それにどうせだ、試乗くらいしてみねえとな。営業のおっさん、手続きとかあるならやっちまおうぜ」
「かしこまりました。では免許証を拝見させていただき、書類にご記入をお願いします」
まゆまゆが免許証を出して、営業マンが用意した書類にサラサラと記入していく。私も同乗者として名前を書いた。
「ではお待ちしておりますので、30分ほどでお戻りくださいませ。何かございましたら、名刺に記載の携帯番号にお電話を」
そういや営業マンがまゆまゆに渡してたっけ。
「おう、わかった。行ってくるぜ」
そんなこんなで試乗開始だ。
この王者の車に乗れちゃうのかよ! すごくね?
エンジンをかけ直して、まゆまゆがゆっくりと車を発進させる。
わくわく感が高まってきたね。
「うおー、動いてる動いてる!」
「……静かだな。それでいてパワーがある」
駐車場から大通りに出た瞬間の加速感がすごい。シートにちょい体が押しつけられる感じが、もうたまらないよ。
海沿いとか走って、風を感じまくりたいわ!
「まゆまゆ、これ最高じゃん!」
「ああ、こいつはやべえ。アタシも欲しくなってきたぜ」
ニヤニヤしちゃってるよ、まゆまゆったら。もう気に入ったに違いないね。
「なあ葵、こいつ買っちまうか?」
「だよね! 買っちまおう! もうそれしかねーわ!」
信号待ちで停まったら、通行人やら隣の車の人たちが、こっちをチラチラ見てる。
やっぱり人目を引かずにはいられないよね、この車。それもまたいいわ。
それでもって、約束の30分後くらい。
王者の車をちょろっと体験してしまった!
「おい、葵。現実に戻れ」
まゆまゆの声が、雲の上にいるような私の感覚を地上に引き戻してしまう。もうちょっとひたりたいのに。
「……うへー、最高じゃん。風を感じながらドライブとかさ、なんかもう映画みたいじゃん。すごすぎるわ」
「アタシもだ。こいつはやべえ」
こんなすげーもんに乗ってしまったら、そりゃあ気に入るよ。この真っ赤なボディの車の魔力から、逃れるなんて無理な話だね。誰だってそうなるわ。
車から降りても、まだあの感覚が体に残ってる。名残惜しいわ。
営業マンのおっさんが近づいてきて、なんでか満足そうな顔をしているよ。
「おっさん! これ、買ってもいい? 売ってんだよね?」
「もちろんでございます! こちらは先日入庫したばかりの特別な1台でして、お客様のような方にこそお乗りいただきたい車でございます。ローンもございますし、ぜひご検討ください」
テンションが一気に上がってる。わかりやすいね。売る気満々だね!
「よっしゃ、これ買うわ!」
「葵、待て。オプションも考えようぜ。どうせなら最高の仕様にしちまおう」
うおー、それはそうだよ。そうするしかないよね。オプションとか私はまったく全然わからんけど、そこはまゆまゆにお任せだ。いまよりもっとすごくしてくれるなら、いいに決まってる。
「そういうことだから! なんかオプション? おっさん、それについて教えてよ」
「か、かしこまりました。では、改めましてオプションのほうをご紹介いたします。あの、本当によろしいのですか? ご来店いただいた時のお話ではたしか……」
「いいからいいから。早くそのオプション? 教えてよ!」
営業のおっさんはどうしてか、本当に大丈夫かみたいな感じになったけど、そんな心配は全然いらないわ。
「……お客様がそうおっしゃるのであれば。ではそうですね、頭金はどの程度をお考えでいらっしゃいますか?」
「現金一括で払う。手続きは極力、少ねえほうがいいからよ。ローンで儲けるタイプの店なら、そこは悪いな」
「いえ、滅相もございません。ではオプションのほうから――」
そんなこんなで、営業のおっさんとまゆまゆが話し合い、私もちょこちょこ口を出し、超カッコいいあの車を買うことが決まった。まだなんやかんやと手続きがあるみたいだけど、そこはお任せだ。
ふいー、それにしてもだよ。初めて絵を買った時に似たすごい満足感がある。これぞお金持ちの買い物って感じだ。
納車は2か月後という話だったから、ちょっと待たないといけないけど楽しみだよ。それに早くみんなにも見てほしいね。
意気揚々とクランハウスに戻って、みんなに今日の成果を教えてあげよう。
テーブルの上にドンとカタログを乗っけて、こいつを買ったんだよとアピールした。誇らしいわ!
「……は? オープンカー? こんなの買ってどうするのよ」
まさかの反応だよ。マドカったら、こいつのよさがわからないとかないよね?
いやいや、そんなことがあるはずないよね。
「よく見てよ! めっちゃカッコいいじゃん。王者の車じゃん」
「そういうことじゃなくて。これだとあたしたちパーティーメンバーが乗れないわよね? 7人いるのよ?」
うおっ、そういやそうじゃん。最低でも7人は乗れないといけなかったじゃん。
なんてこったい。この車の7人乗りバージョンてないのかな。
「葵さん、まゆさん。この車は経費とは認められません。返品するか、個人のお買い物ということにしてくださいね」
あ、はい。それはそうっすね。雪乃さんの言うとおりっす。
えー、でも王者の車なんだよ。これは逃せないよね。
「まゆまゆ、どうする? 返しちゃうのはもったいなくね? てゆーか、返せるもんなの?」
ちょっと考え込んでから、まゆまゆがニヤリと笑った。
「しょうがねえ。アタシ個人の車ってことにするか。正直、アタシもあの試乗で完全に惚れちまった。葵の気持ちはよくわかる。たまにこいつでドライブでもしようぜ」
「うおおーーーっ、まゆまゆ! さすがだよ!」
私も運転できればね、私のものにしたかったけど。
でもこいつに乗れるなら全然いい。お別れせずにすんでよかったわ。
「仕方ないな。葵はともかく、まゆがついていながら、まさかこうなるとは……」
「いや悪い。つい、楽しくなっちまってよ」
「次はみんなで見に行きましょ。そうじゃないと、またどうなるか心配よ」
まあ、みんなで買いに行ったらもっと楽しいよね。王者の8人乗りだってあるかもしれんし。
そうだよ。みんなで選んで、みんなで決めよう。
あとあれだ、私も運転免許がほしいね。ちょっと暇になったら、サクッと取りにいくかな。




