屋根のある生活
夜中のダンジョン管理所で、二人の女子の止まらないトークが続いている。
お姉さんと、これからゲットするだろう装備品について、お互いに得する形にできたらいいよねと話し込んでしまった。
私は不要品の売却によるお金目的、お姉さんは珍しいソロダンジョン産のアイテム確保によるボーナス目的!
やっぱり世の中、お金なんだよ。まったくもって。
「東中野ダンジョン以外だと、どこがお勧めとかある? なるべく近い場所がいい」
そんな質問にお姉さんはカウンターの下から地図を取り出し、ばばっと広げて見せてくれた。
どうやら東京都心にあるダンジョンの場所を表した地図らしい。現在地の東中野ダンジョンに、手書きの赤い丸がつけられている。こうした説明は何度もしたことがあるのだろう。
「人気があるのは断然、神楽坂ダンジョンよ。上層からレアなモンスターが出て、次元バッグ系のアイテムがドロップするの。それと有名なハンターのパーティーやクランがいくつもホームにしているから、そういう意味でも人気かな。人が多いだけあって、こことは違って活気がすごいし、建物も設備も豪華だから。葵ちゃんも一度は行ってみるといいかもね」
次元バッグというか、次元ポーチはすでに持っているし、有名人にも興味ない。
そもそもハンターなんて誰も知らないし、有名人とやらがいたところで私の稼ぎには関係がない。どうでもいいわ。
あ、でも豪華な設備には少し興味あるかも。もし気が向いたら行ってみようかな。
「とりあえずは過疎ってる場所がいい。受付で並びたくないし、もし変な奴に絡まれたら最悪だからさ」
「あらら。お友だちできるかもしれないのに」
「私は遊びでやってないから。そういうのは余裕できたら考えるよ」
別に孤高の女になりたいわけじゃないけど、ソロダンジョンの効率がよすぎるからね。
お愉しみはもっとお金持ちになって、生活と心に余裕が生まれたらの話。
そうなったらバンバン友だちや仲間を作って、私が中心のパーティーを率いるのも悪くないね!
さらにはクランなんかも作っちゃったりしてさ。夢があるね。
「近場で人が多くないのが条件だと、東中野より西方面のダンジョンかな」
ここから東方面は、新宿とか渋谷とか池袋だからね。いかにも人が多そう。
でも西って言われてもよくわからない。
「ふーん? おすすめは?」
「まずは鷺ノ宮かな。あと笹塚と江古田も。モンスターが強めで嫌われてる虫系統の割に、特に旨味のあるダンジョンじゃないから、全然人がいないのよ」
私のように混んでいる場所が嫌か、ほかに特段の理由がなければあえて入りたいとは思わないダンジョンみたい。人が集まらないのは当然だね。
それに普通のハンターはパーティーでダンジョンに入るから、集合のしやすい都心のほうが便利だろうし。
「じゃあ、その三箇所に行ってみるよ。なんか適当な装備が集まったら、また来るね」
「その時には連絡くれない? 基本的に私は夜ここにいるけど、それでも毎日ってわけじゃないから」
「連絡?」
「そう。私の連絡先教えるから、葵ちゃんのも教えてよ」
まさかの連絡先交換イベントが起きてしまった!
しかしである。
「あのね、お姉さん。私はほんのちょっと前まで、ご飯を買うお金すらなかったわけよ。ね?」
「あ、あー、そうよね。でもさ、もう買えるんじゃない? 私のを教えておくから、スマホ買ったら連絡してよ」
「まあそういうことなら。うわ、でも考えてみたら私、たぶん契約できないわ」
冷静にね。自分の状況を考えれば、それはもう当然だと思う。
成人になったばかりの私でも、それくらいの常識はありますとも。
「どうして? 審査に引っかかるような何かがあるとか?」
「いやー、私ったら住所ないから。住所ない奴って、契約とかできないよね?」
「はい? どういうこと?」
お姉さんの綺麗な顔がマヌケヅラになっていて、ちょっと笑える。
「それはわかるでしょ、ホームレスってこと」
「じゃあ、どこで寝てるの?」
「近所の公園。いきつけがあってさ」
「……あのね、いきつけの公園って。ダメよ、それ。お金稼げるようになったんだから、ちゃんと泊まれる所に行きなさい」
お姉さんは急にマジメな顔して、お節介モードに入ってしまった。
「有料だけどダンジョン管理所には、ハンター向けの仮眠室やシャワー室だってあるからね? 言ってくれたら貸したのに」
「ええー! なんだよ、もっと早く言ってよ」
「いや、お金持ってなさそうとは思ったけど、まさか公園で寝てるなんて思わないし……」
マジかよ。とにかく今日からまともな寝床にありつけるんだ。
ひゃっほーい。
さっそく受付業務が暇なお姉さんに案内してもらった。
役所のような造りのダンジョン管理所は、上物の箱としては三階建になっている。
「仮眠室は男女別だけど大部屋のみで個室はなし。私物は置いておけないし、金庫もないから管理は自己責任でね」
二段ベッドが並んだ大部屋で、各ベッドはカーテンで一応の間仕切りされていた。
「へえー、いいじゃん。誰も使ってないんだね」
「みんな家に帰るから利用頻度は少ないわね。近場ならタクシー使ったほうが、宿泊代よりも安いし」
タクシーか、その発想はなかった。お金持ちになったからには、私も積極的に利用していこう。
「お泊りはいくらなの?」
「シャワー室の利用込みで3,000円、仮眠室は最長で八時間まで利用可能よ。あ、タオルとかシャンプーはないから、自分で用意してね」
「思ったより高いけど、野宿よりは全然いいや。泊ってくね」
「はーい、毎度あり」
受付に戻り、手続きと精算を済ませた。
ありがたいことに、コインランドリーが併設されていたから、洗濯はここでできる。
私物の管理も次元ポーチがあるから問題ない。
もうここに住めるわ。