鬼気迫る勢いの猛攻撃
消臭のために時間とお金を使いまくった。それはもう必死に消臭しまくった。
最近の私の中では、たぶんこれ以上ないくらいの勢いでがんばった。
消臭スプレーを使い切る勢いで服をびちゃびちゃにし、臭い消しに効くとかいう謎の粉を大量にかけたり、洗濯機を回したり。もうそこらの店で買えるありとあらゆるものを試した。コインランドリーに長時間居座ってしまったよ。
今日だけに限れば、日本一どころか世界で一番、消臭に時間を使った人になったと思う。それくらいがんばった。
もう機能停止した鼻は元に戻ったと思うし、それによれば臭いは消え去った。たぶん、消えたはず。
とんでもない臭いをまきちらしながら、交流会に参加はできないからね。
永倉葵ってめちゃくちゃ臭かったわ、すっごい魚の腐った臭いがしたわ、みたいな最悪の評判が立っちまうよ。そりゃ必死にもなるよ。
あの激臭が移った装備をそのままにして家には帰りたくなかったし、お気に入りの貴重品だから絶対に捨てられないし、なんとしてでも消臭をやり切る必要があった!
私はあの悪意に満ちた激臭汁に打ち勝ったのだ!
これまでで一番の強敵だったかもしれないね。まったくもう。
すごい疲労感を覚えながら、また花やしきダンジョンの大階段を下る。ここを通るのは今日だけで何度目だろうね。
もう日付が変わるまでちょっとの時間だから、遅刻するところだったよ。あぶなかった。
長い一日だったわ、ホントに。最後にまたあの牛鬼くんを瞬殺したら、もうさっさと帰ろう。疲れたわ。
「ういー、もし瞬殺できなかったら、あとは大久保たちに任せちゃうか。それがいいよね」
激臭汁と戦うのは、もう絶対に嫌だ。あの臭いが少しでもした時点で私は逃げるよ。もう決めたわ。
「来たか! 少女よ、遅かったな。む、どうした? 疲れた顔をして」
お、やっぱにおいはもう大丈夫っぽい。
ふいー、よかったよかった。全体的に消臭しまくったから、いまの私はきっと完全に無臭だよ。あぶねー。
階段を下り切ったところでは、大久保たちが出迎えてくれた。マッチョ集団の圧がすごいね。あとマッチョ以外にもまだ人が結構いる。
まさか私が抜けてからずっとトレーニングしてたわけじゃないよね?
交流会の参加人数は少し減った気がするけど、それでも大半が残っているっぽい。そのみんなが疲れた顔をしている。
そういや今日はハードトレーニングとか言ってたっけ。ずっとトレーニング漬けだったのかも。それはそれですごいけど、きっと私のほうが大変だったわ。
「……はあ。いろいろあったんだよ。私も疲れたからさ、牛鬼くん倒したら今日は帰るね」
「構わん。存分に戦ってくれ、我らは君の戦いを見守らせてもらおう」
「うん。もしムリかもって思ったらさ、私逃げるから。その時はあとよろしく」
先制攻撃で倒しきれなかったら、もうあきらめるわ。その見切りの早さに全神経を注ぐよ。
「ではその時には交流会参加者の皆に、戦ってみてもらうとしよう」
「うおー、マジか。まあ私は逃げるけどね」
「いざとなれば我らが倒すぞ? 逃げる必要はない」
そういう問題じゃないんだよ。わかんないかなー?
あ、そうか。大久保たちは何回も牛鬼くん倒してるから、対策方法があるのかも。そうだよね。
「まあとにかく、もし私が逃げたらあとは頼むよ」
逃げなくてもいいかもしれんけど、ちょっとでも危険はおかしたくない。それに早く帰りたいし。
「わかった、いいだろう」
もうちょっとで日付が変わるから、モンスターが出てくるはず。
そういや私、モンスターが出てくるところって見たことないや。どんな感じなんだろうね。
「注目してくれ! いいか、先ほども話したとおり、今日はこの少女が牛鬼を討伐する! 知ってのとおり、この少女は蒼龍杯で名を上げた注目株だ。我らはその戦いを見学する。もしこの少女が自分だけでは無理と判断した時には、皆で助太刀するぞ。いいな!」
ばらばらだけど、元気のいい返事があった。疲れた顔してても、みんなまだ元気はありそうだね。
「牛鬼くん、どの辺に出んの?」
「ダンジョンの中央だ。光と共に現れる」
光? へー、そうなんだ。どんもんか気になるね。
大久保の指示でダンジョンの中央の辺りを、半円になって取り囲むように人が移動した。わかりやすくていいね。
「そろそろだ、牛鬼は手強い。気をつけろ!」
「わかってるよ!」
あんなに苦しめられたモンスターは初めてだったかも。マジで最悪のモンスターだったと思う。
絶対、瞬殺してやる。もう最初から全力全開だよ。
ハンマーを構えて、必殺技発動の準備もよし。
いつでもこいの精神で、その時を待つ――そして、時はきた!
「うおおーっ!」
明るくて大きな光が出現したその瞬間に、もう『黒縄』を発動した。
それに少し遅れて飛びかかりながら、力を込めてハンマーを振りかぶる。スキル『キラキラハンマー』と『毒攻撃』を重ねた、本気の攻撃。
赤く焼けた魔法の鎖が光のかたまりを束縛し、つよつよハンマーで渾身の打撃を叩きつける。人が鳴らしたとは思えないほどの激しい衝撃音と感触、まさに会心の手応えだった。
その感覚だけで結果がわかる。モンスターは確実にぶっ倒した。
光と一緒に現れて、光のまま光の粒子になって消え去ったってことだね。たぶん。
「うおっと」
着地を決めて輝く光の中に包まれていたら、目の前になにか落ちたみたいなんで拾い上げた。感触からして、小さいのが魔石で大きいのが珍しいとかいう宝石かな。やったね。
とりあえずポーチに入れて確保っと。戦利品をゲットして、これにて一件落着!
「ふいー、無事に終わったわ。あぶねー」
ちょっとでも時間を与えてしまったら、激臭汁攻撃をやられただろうからね。マジで怖かったわ。
ほっとしていると、光が完全に消え去った。うん、やってやったわ。
「少女よ、まさかもう終わったのか!」
「まーね! あんなもん早くぶっ倒すに限るよ」
大久保っていうか、みんなが走り寄ってきた。めっちゃざわざわしている。
「なんという効率だ! 木島、我らも次はあのようにやるぞ」
「え? いや、なにあのスキル」
「牛鬼って上位のクランが当番制で倒す、かなり強いモンスターのはず。だったよね?」
「さっき大久保さんから、そう説明あったと思う」
「それにしたって早すぎだろ。牛鬼の姿すら見えなかったぞ」
「永倉ってマジで凄いんだな」
がははっ、思い知ってくれたかね? 私のすごさをさあ!
「ふわーあ。用事が済んだら眠くなってきたわ」
私ったらいつもは早寝早起きが基本だからね。日付が変わるまで起きていたら、そりゃあ眠くもなっちまうよ。
さて、用事は済んだしね。もう帰ろうっと。
今日はマジで疲れたわー。