激恐ろしいモンスター
花やしきダンジョンの夜中に、1体だけ出る特殊なモンスター。それが牛鬼とかいうモンスターらしい。
いつもなら大手クランの奴らしか戦えない、なんだか特別感あるモンスターだ。
「あれが牛鬼くんかー」
モンスターだから仕方ないけど、あれだと牛というよりも大型トラックみたいなでかさだね。全体的に黒っぽいし、牛の要素は角くらい? その角もめっちゃでかいよ。もう牛くんの感じは全然ないわ。
顔はおっかないし牙も生えてるし。あの怖い顔は鬼の要素なのかな。
おっと、とりえあずはダンジョン装備にお着替えしないと。
すぽっと服を脱ぎ捨てようと思ったら、ものすごい異変を感じてしまった。
「うわ、くっさ! おえっ、やばいやばいやばい!」
いきなり鼻を突く臭いが押し寄せて、あわてふためいてしまった。
なんだよ、これ。めっちゃ臭いなんて、そんな話は聞いてないんだけど。
うへー、マジ最悪だよ。こんなに臭いって知ってたら、戦いたくなかったわ。
ホントに嫌だね、服にくっせー臭いがついたらどうすんだよ。いや、ホントやばいかも!
「これちょっとムリー!」
いったん退避、いったん退避!
あんなくっさい空間で、のんきにお着替えなんかできないわ。
スキルを解除しつつ、急いで階段を駆け上がった。
「ふいー、やばすぎだろ。なんだあのモンスター」
まさかの激臭攻撃とは。なんて恐ろしい攻撃なんだよ。
どうしよう。もうやめたい気持ちが盛り上がりまくってるけど、将来有望な新人ハンター永倉葵が、たかがモンスター1匹に恐れをなしたとあってはね。こけん? それに関わるよね。
大久保には私ひとりで戦うからよろしくー、とか言ったのに。やっぱやめるわとか言い出したら、逃げたと思われちゃうよね。それは許せんわ。
まあ私の『ソロダンジョン』で練習できると思えば、ちょうどよかったのかな。
ちゃちゃっと倒せる戦法を編み出して、大久保たちの前でやる時にはもう牛鬼くんは瞬殺しよう。さっき、最初はあの激臭はしなかったはずだから、その技を使われる前にぶっ倒そう。
「よっしゃ、それでいくか!」
そうと決めたらまた『ソロダンジョン』発動!
階段を下る前にお着替えタイムだよ。
いそいそと、いつものフル装備に着替えて気合マックス。口をふさぐマスクとか持ってないから、激臭は我慢するか、息を止めて戦うとしよう。
うあー、ホントに嫌だね。最悪のモンスターだよ。
意を決して階段を下っていたら、早くもあの激臭がただよってきた。
「ぐわー、やっぱやばいね」
もうなんなんこれ? 嗅いだことはないけど魚が腐った感じに、錆びとかそんなのが混ざった臭い?
とにかく臭すぎる。鼻を刺すって感じだわ。
「もうすぐにぶっ倒すしかねーわ! うおおーっ!」
早く早く。一気に片付けたい。
階段をダッシュで駆け下りて、牛鬼くんが目に入ったらさっそく攻撃するぞ。
「こいつを食らいなー! 必殺スキル『黒縄』だ、おらー!」
悪鬼になって覚えたクラススキルは超強い。細かいことはもういいから、これで一気にやっちまえ。
ところがどっこい。あれ、発動しないんだけど。
「なんで?」
私の必殺技なのに。マジかよ。
「あ、水たまり?」
ちょっと遠くにいる牛鬼くんは、でっかい水たまりの中にいるっぽい。そういや前に、川の中にいた龍にも使えなかったことあったね。水たまりでもダメってことか。
「てゆーか、あの水たまりなに?」
洞窟っぽい花やしきダンジョンに、水はなかったはずだけど。そうすると牛鬼くんが水を出したってことだよね。
あれ、あの水たまり広がってない?
徐々に広がりまくってない?
それと同時に激臭が強くなってない?
もしかして、あの水たまりが激臭汁ってこと?
「やばすぎるだろ」
もう息を止めるとか無理だわ。口で息するしかねーわ。
うへー、気分悪いけど切り替えていこう。
近づくのは嫌だから、魔法の矢を放ちまくって倒すしかないね。命中率は悪いけど、数を撃てばなんとかなる。スキルリンクでの回復強化とか消費軽減がないから、いつものようにはやれないね。そこは気をつけないと。
なるべく早くやっつけるぞ。そんなことを考えていたらだよ。
足元をバシャバシャ鳴らしながら、巨体の牛鬼くんが突っ込んできた。最悪だよ、マジで臭いんだよ!
「こっちくんなーっ!」
うおおー!
これで終わってほしいよ。魔法の矢は威力は結構あるから、倒せると思うんだけど。
「うおっ、え、ええ? いやいやいやいや! ふざけんな!」
牛鬼くんが分裂して増えたんだけど!
1匹から2匹、さらに4匹になって、おまけに8匹にまっちまったよ。近づかれたうえに的が増えたから、バンバン当たるけどちょっと消耗が重い。魔法の矢で全部倒すのは無理だわ。
「こんちきしょー、もうやるしかない!」
仕方ないね、愛用のハンマーでやってやる。
牛鬼くんに近づかれてしまったせいで、激臭汁の領域も広がってもうどこにも逃げ場がなくなった。最悪なんだよ、もう!
仕方なく濁った汁の上に突っ込んで、ハンマーを叩き込む!
怒りのパワーの宿ったハンマーで牛鬼くんを光の粒子に変えるも、まだまだ残ってやがるよ。
猛烈な激臭汁が目に染みるんだけど!
暴れる巨体の牛鬼くんは、別に全然強くはない。ただ大きくて、臭い!
飛ぶように動いて、ハンマーで思いっきり殴る! スキルを発動して『キラキラハンマー』と『メラメラハンマー』で殴って殴って、光に変える!
「おらおらおらおらおらーっ! くせーんだよ! ふざけんなよ!」
私ったら、超怒ってるぞ!
ロングブーツはもう仕方ないけど、汁が跳ねて服やらほかの装備にかからないよう、戦いの超絶技巧を駆使するよ!
モンスターと私の両方が動いて跳ねる汁の行方まで予測して、完璧に立ち回っちゃう。このシーンのために私の技はたぶんあったんだよ!
でも普通に集中力削がれるし、超神経使うわ。余計な気を使わせやがってよー!
こんなのもう私じゃなかったら、ひどいことになってるだろうよ。全身、激臭汁まみれだよ。きっと。やばすぎるだろ。
鼻がいかれて、目に染みて涙が止まらないよ。
「この、この、この、どりゃー!」
くおー、終わったのに深く息を吸えないのが結構ストレス。なんか達成感もないし。
二度と戦いたくねーよ。なんだよ、これ。
でもあとでまたやらないといけないんだよね? ちょっとやりたくねーわ。
光になって消えつつある激臭汁。その中にころんと転がった戦利品は宝石っぽいけど、ちょっと拾う気がしないわ。
モンスターと一緒に汁も消えつつあるのに、臭いは全然薄れる感じがしない。くっさいままだ。
マジかよ。臭いとかあんま気にしたことなかったけど、なかなか消えないんだね。
宝石はだいぶもったいない気はするけど、あとでまた倒すし。あの汁の技を使われる前に倒せばまた手に入るよね。
そうしよう、あれはムリ! くさいし。また今度、臭いが消えた頃になったら取りに来よう。
「とにかくシャワー室!」
急いで激臭ただよう空間から離脱だよ。
また階段を駆け上がって、今度はシャワー室に直行する。すんごい臭いが受付の兄ちゃんの鼻を直撃したと思うけど、それは仕方ない。許しておくれ。
とりあえずはブーツを洗って、髪とかも洗っとくか。
あとは消臭スプレー買いに行って、魔法学園の制服ルックとかに吹きかけまくろう。
もう私の鼻は機能停止してしまったけど、たぶんめっちゃ臭いわ。