浮き彫りになる実力差
「全員、聞いてくれ! 休憩は終わりだ。次は実戦的なトレーニングに移ろう。さあ、これを受け取れ!」
大久保がでかい声でみんなを呼んだ。なんだろうね?
休憩時間だし、なんならちょっとくらいケンカしてもいいかも、なんて思っていたのに。
今日はちょっとやっちまいたい気分だからね。
うん、私はもうどこかのタイミングで暴れるわ。暴れちまうわよ、今日はもうさ。でもタイミングはちゃんと考えるよ。
「ほいほい、お話はまた後でね」
いまは邪魔な奴らをどかして、とりあえず大久保のところに向かった。
「ちっ、いいところだったのによ」
どこがだよ。せっかく話しかけてくれた、いい感じの交流まで邪魔してくれちゃって。
覚えてるからな、こんにゃろー。
大久保やマッチョたちが集まるところに行ってみれば、渡されたのは帽子だった。小学生が被るみたいなカラフルなやつ。
これを被れってことだよね? ダンジョン装備に全然合わないんだけど。
「行き渡ったな? 次は集まってくれた皆でレクリエーションをしようと思うが、これは実戦的なトレーニングを兼ねたものだ」
ほうほう、なんだろうね。
「まずは全員その帽子を被れ。基本的なルールは単純で、その帽子を数多く集めた者が勝者となる。上位3名には、またお食事券を進呈しよう!」
よっしゃよっしゃ。次は絶対にゲットするぞ。
「もう少し細かいルールを説明する。これは帽子の奪い合いになるが、帽子を取られても脱落はしない。制限時間内は全員で奪い合い、終わりの瞬間に持っていた帽子の数で勝者を決める。それと皆はハンターだ、戦いとは無縁でいられない。よってここからはスキルや武器を使わない攻撃はありとする。誰かと組んで戦うもよし、とにかく帽子を集めろ。念のためポーションは用意しているが、怪我を嫌う者は辞退しても構わん。今回、我らプラジムのメンバーは審判員として君たちを見守ろう。安心して帽子取りゲームに取り組んでくれ!」
マジかよ。ホントに実戦的なやつじゃん。こいつは盛り上がってきたわ。
気合が高まってきたよ。やったるぞ!
「ゲームの時間は15分間だ。それでは、始め!」
うお、いきなり始まったよ。
大久保の合図に即座に反応した奴はいないね。空白の数秒があってから、何十人もいるハンターが動き出した。
近くにいる奴の帽子を取ろうと手を伸ばしたり、仲間同士で固まって作戦を練ったり、様子見で距離を取ったり。それぞれの考えがあるみたいだけど、私はシンプルにいくよ。
「うおー、いくぞ!」
こういうのは勢いだよ。
まずは近くにいた、さっきマドカのことを聞いてきた嫌な奴。こいつから帽子をひったくった。
「あ、おい、ちょっと待て」
「待つわけねーだろ、もう始まってんだよ」
なにを言ってんだろうね、まったく。
「ほいっと!」
取り返そうとする奴に私から近づいて、お腹を殴ってぶっ倒した。
うん、弱っちいね。ジャケット風の装備もしょぼい性能っぽい。結構なダメージ与えちゃったけど、ポーション使えばきっと大丈夫。大久保たちも止めてこないし、この調子でやっちまおう。
次の奴を狙うよ。あいつらも嫌なこと言ってた奴の仲間だよね。
よっしゃ、お次は顔面をぶん殴ろう。おらよっと!
「がっ」
軽い動きでささっと近づき、帽子を持った右手でドン、お次は左手でドン!
「ぐほっ」
汚いなー。ツバを飛ばすなよ、まったくもう。あやうくかかりそうになったわ。
ちょっと顔面がどす黒くなったけど、これもポーション使えば大丈夫だよね。帽子を拾って回収っと。
悪者はもう殴っちゃったから、あとは手加減してあげようね。ほいじゃあ、いくよ。
「うわっ、速すぎる!」
「なんだよこいつ、おかしいだろ!」
私は将来有望な新人ハンターだからね。実力の違いはそりゃあるよ。特にダンジョン内の私はめちゃ強いから。
ひょいひょい帽子を取りまくる。走って急なステップで動きを変えて、ジャンプしてまたダッシュして、そんな動きに誰もついてこれないわ。
ちょっと実力差がありすぎちゃったかな? あんま強い人はいないね。
帽子を取りまくって、割とあっという間に10個以上の帽子を集めてしまった。
さすがに次元ポーチにしまうのはなしだから、ちょっと持ちにくいわ。
でもまだまだいくよ。どうせなら圧勝したいね。
「おい、あいつヤバくねえか?」
「蒼龍杯に出てた永倉だ。やっぱり実力あるな」
「パンチングマシンで、とんでもねえ数値を叩き出してたからな。まともに殴られたら終わりだぞ」
「いや、それより動きが凄い!」
だいぶわかっちゃったけど、私ったらお前らとはもう実力が違うわ。
調子に乗ってまた帽子を取ったら、今度は5人に囲まれた。連携してきたね。
「悪く思わないでね、あたしたちも勝ちたいから」
「そうだぜ、独り占めはよくないって」
いいねいいね、そうなくっちゃ。
「取れるもんなら、取ってみなよ!」
油断はないみたいだね。私を囲んだ奴らが一斉に手を伸ばしてきた。
攻撃じゃなくて、普通に帽子を取るつもりかよ。それは無駄に優しいわ。
でも大久保が攻撃ありだよって言ってんだからね、私は容赦しないよ。
邪魔になるからまず、手に持ったたくさんの帽子はいったん捨てた。
ところがだよ。キミたちさあ、帽子に気を取られるなんて、いくらなんでもちょろすぎるわ。
囲まれた中でも大きな隙間に向かって移動しつつ、左右の手でふたりの手首を捕まえた。ほらね、私から意識を逸らすから、こうも簡単に捕まっちゃうんだよ。
そうして握った手首を思いっきり引っ張って、すっ飛ばすようにそれぞれ別の奴に勢いよくぶつけた。
残ったひとりが驚いているうちにささっと近づいて、ぶつかって痛がる4人にところにドンと背中を押してまたぶつけてやった。
うーん、弱いね!
もつれて倒れる5人の帽子を強引に奪って、捨てた帽子も回収する。やっぱ数が多くて持ちにくいわ。
次はこの帽子を抱えたままやってみるかな。片腕がふさがったくらいじゃ、たぶんハンデにもならないけど。
そういやほかの奴らはどうしたんだろうね?
帽子の持ち方を整えていた、いまが私を襲う絶好のチャンスだったのに。むしろそれを待ってたのに。
顔を上げて周りを見たら、たくさんの奴らが私を遠巻きに見ていた。
「なんなん? やる気あんの?」
集めた帽子の数からして、たぶん私はお食事券をゲットできるよね。でもこのまま時間切れまでボケッとしてたってつまんないわ。
来ないなら、こっちから行くしかないよね。
「たしか、永倉さんのクランて、絶望の花園だったよね」
「絶望……」
「うおおー、帽子よこせー!」
比較的に近くにいた奴らのところに向かって走り出したら、慌てふためいて逃げ出してしまった。マジかよ。
それでも本気で走ったらすぐに追いついてしまう。ぶん殴ってもいいけど、それはやりすぎっぽくなっちゃうかな。
ひょいっと帽子だけ取って、そこで足を止めた。ういー、なんかつまんないわ。
「はあーあ、もういいや」
追いかけっこはやめだ。
私ったらちょっとどころじゃなく、実力が飛び抜けすぎてるわ。
「おーい」
ダンジョンの端っこで見守っていた大久保のところに行く。
「どうした、少女よ。終了まで時間はだいぶあるぞ」
「もう勝負はついたよ。みんなやる気ないし」
そんなもん見てればわかるよね?
「我らは君の動きをもっと観察したいのだがな……他の参加者のこともあるか。仕方あるまい」
「うん、仕方ないわ。私、夜中になったらまた戻るよ。モンスターとは戦いたいからさ。それでいいよね?」
「わかった。日付が変わる前には戻ってくれ。待っているぞ」
「それまでには戻るよ。ほいじゃねー」
ういー、テンション下がっちまったよ。
実力の差がありすぎるとマジでつまらんわ。いじめてるみたいになっちまうよ。
まあ、弱っちくてもムカつく奴はぶっ飛ばすけどね!
さてと。お昼寝して、ちょっと観光しながら散歩して、晩メシ食べて、そうしていればいい時間になるかな。
ダンジョン装備から私服に着替えて、また遊びに行こうっと。
――しばらくして。
数時間ほど時間を潰し、花やしきダンジョンに戻った。まだ結構早い時間だけど、そこらで無駄に時間を潰すのも飽きてしまった。
勝負系の特訓に私は参加しなくても、ほかの奴らの様子を見るだけで、ちょっとは楽しめるかもしれない。そうだよね。弱くても面白い技とか、持ってる場合もあるし。フレンドリーな人だってちゃんといるし。
管理所に入ると夕方までいた受付のお姉さんはいなくなって、代わりに見知らぬ兄ちゃんがいた。
「おいすー」
適当なあいさつを送りつつ、ダンジョンに入り込む。
あ、そういや装備に着替えてないや。更衣室に戻るの面倒だし、まあ『ソロダンジョン』でお着替えすればいいかな。
スキルを発動しながら長い階段を下ると、ちょっと離れたところにモンスターがいた。
「……おお、そうか。私専用のダンジョンだったら、そりゃモンスターいるよね」
なんだよ、夜中まで待つ必要なかったじゃん。
やっべーよ。わくわく感が戻ったわ。やる気が満ちあふれてきたわ。
遠慮なしにぶちのめしてもいいモンスターって、やっぱいい感じだよ。
よっしゃ、本気でやってやる!