良い交流と悪い交流!
炎天下の中、芋ジャージの上下を着て走る私。
タンクトップに短パンで走るマッチョな大久保。
そんなふたりが、ジョギング中の人をびっくりさせる勢いで駆け抜ける。
「うおおーっ」
マラソンとは思えないほどの猛ダッシュで、土手の上を突っ走った。
なのに、追いつけない! なんだよ、あいつ。めっちゃ速いんだけど。
「はっはっはっー! 少女よ、まだここからが本番だ」
少し前を走るマッチョは、完全に余裕ですって感じだ。
でかい図体であのスピードは予想外すぎるだろ。私ったら足速いし、普通に勝てると思ったのに。
やっぱトップクランの高レベルハンターってすごいんだね。ちょっと見直したわ。
「こんにゃろー!」
まだあきらめないよ。あとどのくらい距離があるか知らんけど、大久保の体力が急になくなるかもしれないし。勝ったらタダでうなぎ食えるし!
「いい調子だ! この速度を維持しよう」
えー、ちょっと苦しくなってきたんだけど。やっぱこいつ、体力もすごいわ。
全然追いつける感じしないわ。トップレベルのハンターなめてたかも。
その後も余裕で前を走る大久保に、私は必死に食らいつくだけだった。
浅草に近づくにつれて周りに人が増えて、なんとなく見覚えのある場所で大久保がストップした。この辺で競争は終わりらしい。
なんだこいつ、勝てる気がしないんだけど。
「さすがだな少女よ。そのスピードとスタミナは、我らがクランメンバーにも劣らない。俺が見込んだとおりだ」
ういー、テンション下がるわー。
負けたよ。うなぎ、おごってもらえないわ。
「……はあ、疲れた。じゃあ私、どっかで休んでくるわ。あとで花やしきダンジョンに行けばいいよね?」
「昼めしはいいのか? 俺の勝ちではあるが、うなぎは食べさせてやろう。楽しいトレーニングになった礼だ」
マジで? いやー、でも情けはいらないかな。
「約束は約束だし、それはいいよ。ほいじゃねー」
「そうか? 遅くても2時間後には集合してくれ」
「わかったよ」
よし、切り替えよう。
いまから崇高な食事の時間だよ。満足のいく浅草メシを探すところから始めるぞ。
気になった食べ物屋さんに入ったり、お菓子を買ったり、謎のお守りを買ったり、久しぶりの観光気分で遊んでしまった。
最後にちょっと粘って、どら焼きが人気の店に並んでいたら遅くなってしまったわ。
「やべー、遅れちまったよ」
急いで花やしきダンジョンに駆けつけた。
でも今日は時間が長いから、ちょっとくらいはいいよね。むしろ夜中まで時間ありすぎるからね。
久しぶりのダンジョン管理所に入ってみれば、受付には暇そうなお姉さんがいた。
「おいすー!」
「あら、永倉さん。いらっしゃい、お久しぶりです」
この受付係のお姉さんは覚えている。前にあれだ、しつこいスカウトマンをぶちのめした時にいた人だね。
「久しぶりっす。筋肉クランの大久保たちって、もういるよね? ちょっと遅れちゃったわ」
「交流会ですよね。大勢でいらしてますよ。永倉さんも参加されるんですね」
「うん。私はいろんなクランに行ってんだよね。あ、今日は夜中のモンスター倒すまでいるから。私が倒してもいいって言われてるんだよ」
「そうなんですか? 強いモンスターと聞きますから、気をつけてくださいね」
「楽しみだわー。ほいじゃまたね」
「あ、永倉さん。更衣室はあちらです」
更衣室?
「みんな着替えたってこと?」
「実戦用の装備でトレーニングされるようですよ。皆さん着替えていました」
「そっか。じゃあ私もそうするかな」
たしかに、重い装備のままのほうがトレーニングになりそうだわ。私の場合は装備の性能がすごいから、あんまりトレーニングって感じにならない気がするけど。
まあ今日は交流会だから、みんなに合わせて普通に更衣室でお着替えするかな。
最近はダンジョンに入ってなかったから、魔法学園の制服ルックが久しぶりに感じる。
フル装備になると、気持ちが引き締まるね。やるぞって気になるよ。
高まる気分のままにダンジョンにイン!
長い階段をダッシュで下る。我ながらすごいバランス感覚だよ。これこれ、思ったとおりに体が動く。やっぱダンジョンの中なら、私ったらめちゃ強いね。
「遅いぞ、やっと来たか」
「ちょっと遅れたー!」
トレーニングってなにをするんだろうと思って周りを見れば、みんなフル装備で走っているね。武器まで持っちゃってさ。
たぶん100人くらいいるのかな? 思ったよりも人数が多い。
その中でも大久保たちは、クランメンバーの証なのか、おそろいの白色っぽい鎧姿でなんか騎士っぽい感じがする。迫力あるわ。
「あれはなにやってんの?」
「今日はダンジョン内ハードトレーニングだからな。ダンジョンに相応しいものでなければならん。少女よ、君も武器を持って走れ。向こうの壁まで走って、戻ってこい。まずはそれを100本だ。君は遅れを取り戻せ」
「マジかよ。100往復ってこと?」
さすがに多くね?
「片道300メートル程度だ。ステータスの力を引き出せるダンジョンだから、たいした距離ではない。だからダッシュだ。君もあのハンマーを持って走れ!」
また走るのかよ。めんどくせーけど、トレーニングってそんなもんか。
「少女よ、君は遅れている分不利だが、もし上位3名に入ればお食事券の褒美はあるぞ」
「おおーっ、よっしゃ。いまからまくってやる!」
「厳しいが君にはいいハンデになるだろう。がんばれ!」
そうと決まればやったるぞ。相棒のハンマーを次元ポーチから取り出して、さっそく走り始める。投げ斧はまあいいよね。
「うおおーっ、負けるかよー!」
ごぼうのように抜いてやるわ!
本気で走ってすぐにわかった。わかってしまった。
私ったら思った以上にめちゃ速い。装備のステータスが加算された状態は、スピードも体力も地上の私とはもう次元が違う勢いだ。
交流会に集まったほかの奴らは、まあこんなもんかって感じだね。遅いわ。将来有望で日頃からウルトラハードでがんばってる私とはそりゃ違うよね。むしろ同じでたまるかよって話でもあるわ。
見た目には重そうなハンマーを肩に担いだまま、怒涛の勢いで走りまくる。ほかの奴らを抜いて抜いて、ぶっちぎりまくる。
こんな遅い奴らに、お食事券を渡してたまるかよ!
「お食事券、10万円分ーっ!」
それでうなぎを食ってやる。
ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。少しもスピードを緩めはしない。力があふれる!
走って走って走りまくる。
どのくらい時間がたったのか、もう少しで100往復だ。数え間違えはたぶんないはず。もうちょっとでゴールだよ!
「よーし、上位3名はこれで決まりだ。だが残りの皆もがんばれ!」
え? いやいや、嘘だろ? 私ったら、誰よりも圧倒的に速いじゃん。
急いで大久保のところに走り寄った。
「もう決まったってマジで? ねえねえ、マジで? 終わっちゃったの?」
「惜しかったな。君のスピードは俺にとっても完全に想定外だったが、出遅れた分のせいだ。君はいま5位につけている」
うへー、マジでやる気なくなったわ。まあ遅れた私が悪いんだけどさ。
誰かズルしてんじゃないの、なんて思ったけど、大久保の近くでメモを取ってる奴らがいた。ちゃんと誰が何往復したか集計してるっぽい。なかなか気の利く奴らだね。
「次の種目でも上位3名には同じ商品がある。だが指定のメニューはすべてこなしてもらうぞ」
希望があるじゃん。やるね、大久保。
そういうことなら、ここで立ち止まってる場合じゃない。残り少しをさっさと終わらせて、次の種目に備えよう。
ちゃちゃっと走って、休むことにした。
あ、そういやあれだね。
みんな真剣にトレーニングしていたから、交流会らしい交流が全然ない。せっかくだし、毎度のお友だち作ろうチャレンジしてみるかな。
これまでに成功したことはないけど、みんな休憩中だから話しかけるにはいいタイミングだよね。
一応、走ってる時によさげな人はチェックしたから、もう順番にいってみるか。むしろ全員、いっとくか!
私もいっぱしのクランマスターだからね。交流は大事にしていこう。
休憩中に周りを見ながらそんなことを思っていたら、向こうから誰かきた。
「こんにちは。永倉さんですよね?」
「可愛いですねー」
「蒼龍杯の時に見たぜ? あんた凄かったな。それにいまのダッシュも」
おー、フレンドリーな人たちだよ。
歳も私と近そうだし、新たなお友だちゲットのチャンスかも。
「はいはい、あたしともお話いい?」
「俺らも混ぜてくれよ」
「お前、さっきのダッシュ異常に速かったよな? 何だよあれ」
なんだ、こいつらは。ちょっと押しが強い感じだね。
「あ、わたしたちもいいですかー?」
「連絡先交換しましょーよ」
「だったら俺ともいいだろ?」
「僕ともお願い!」
うお、なんかいっぱい集まってきちまったよ。
わらわらと最初の人たちがきっかけになったのか、どんどん集まってるね。
あー、最初のフレンドリーな人たちが押しのけられちゃってるよ、まったくもう。
「よお! 俺らとも話そうぜ。俺ってさ、九条まどかのファンだったんだよ」
「俺も俺も。永倉、まどかちゃんはどこの交流会に行ってんの?」
「せっかくなんだし教えろよ。いいだろ?」
いいわけねーだろ。誰だよこいつ。
「つーかさ、フロレゾの件はどうなったんだ?」
「昔のよしみで、あの『ベリーハードモード』のダンジョンにお前ら行けんじゃねえの?」
「高千穂って女、全然表に出てこなくなったよな。永倉、お前何か知らねえの?」
これってアレだよね? 情報収集的な活動のやつ? またかよ。
それにしても、こういうのってもうちょい上手くやるもんじゃないのかね。態度悪いし、なんも答える気にならねーわ。
てゆーか、なれなれしいんだよ。
私のマブダチに気安く近づこうとしやがってよー。もうぶっ飛ばすぞ。
せっかくお友だちゲットのチャンスもあったのに。
よし、私は決めたよ。なんかよさげなトレーニングあったら、邪魔した奴らをぶっ飛ばそう。
どさくさに紛れて、もうやっちまおう。
顔は覚えたからね、マジでやっちまうぞ。私ったら腹立ってるぞ!




