マッチョからたってのお願い
広いジムの中が静まり返ってしまった。
さっきまでマッチョどもの熱い声援と、それに応えて筋トレをがんばるハンターたちの荒々しい声が響きまくっていたのに。
あんなにうるさかったのにね。でも仕方ないのかな。
そりゃあね。いくら私が将来有望なハンターだからって、大久保みたいな大男が頭を下げるもんじゃないよ。しかもビシッとした急角度でさ。
なにが起こったんだと、そりゃ不思議に思うだろうともよ。こりゃ困ったね。
「団長、どうしたんですか? 永倉さんに、何か失礼なことでもしました?」
「木島か。そうではない。この少女に、ダンジョン内トレーニングの未知の可能性を感じたのだ。それを教わろうとしている」
「おお、それは素晴らしい」
いやいや、納得するよな。
「体力測定を通じて俺は確信した。だからこうして頼んでいるのだ」
「団長、俺からも話します。永倉さん、俺たちのサブクラン『白夜筋肉騎士団ジュニア』は知っているね?」
「知らないっす。全然、知らないっす」
「いまそのジュニアでは、君と同年代の若いハンターを取り込んで積極的に育てようとしていてね。ジュニアの彼らは、これからクラスと多くのスキルを獲得する可能性のかたまりなんだ」
だから知らんわ。
「そうだ。日本中、そして世界中で若いハンターを積極的に育てようとしているその潮流に、我らも乗っていこうということだ。その上で少女よ、君のトレーニングを参考にしたいのだ。わかってくれるな?」
全然、わからん。
「いいかい、永倉さん。ダンジョンでモンスターを倒すのは普通のことだ。それはハンターなら誰もがやっている。でも君ほどのパワーの持ち主はなかなかいないと、団長はそう考えているんだ」
「少女よ、君はモンスターを倒しているだけと言うが、そのパワーはだいぶ常識を外れている。つまり、無意識にダンジョン内でハードなトレーニングをしているということだ!」
えー、そうなんかな?
「団長は永倉さんと一緒にダンジョンに入って、その様子を見学したいんですよね?」
「木島、まさにそういうことだ。だから少女よ、これから一緒にダンジョンに行こう」
「やだよ。私は私のクランメンバーとしか、ダンジョンには入らないって決めてるからさ」
ウルトラハードになっちゃうからね。これは一応、秘密のスキルだし。
「ほんの少しだけでいい!」
「ムリだって」
「あれ? 永倉さん、花やしきダンジョンは? 蒼龍杯の時、あそこには入ってたよね?」
花やしきって、第一階層しかない特殊なダンジョンのことだよね。普段はモンスターがいないやつ。
「まあ、あそこだけは特別って感じ?」
「わかった。花やしきダンジョンならいいんだな!? 木島、今日の当番はどこのクランだ?」
「すぐ調べてきます」
木島とかいうマッチョが走り去ってしまった。なんなんだよ。
「花やしきダンジョンは、日付が変わった時に1体だけ強力なモンスターが出現するダンジョンだ。我らのような力のあるクランが、当番制でそれを退治するようにしている」
「へー、すごいね」
なんかどっかで聞いたことある話だね。
「少女よ、遅い時間になってしまうが、牛鬼を一緒に倒しに行かないか。花やしきダンジョンなら入れるのだろう?」
牛鬼? 牛っぽいモンスターかな。強いモンスターにはちょっと興味あるかも。
「そのモンスターってどのくらい強いの?」
「強力とは言ったが、我らからすればたいしたモンスターではない。ただレベル20程度のハンターでは、パーティーで挑んでも難しい相手だろう。問題なく確実に勝てるからこそ、我らのようなクランが当番を任せられている。近隣の大手クランのほぼ義務のようなものだが、一応の役得もあってな。運がよければ珍しい宝石が手に入る」
ほーん。まあ聞いただけじゃ、よくわからんね。
でも1体だけ出てくるモンスターなんて、面白いよね。私の『ウルトラハードモード』なら、めちゃ強くなるだろうし気になるわ。あと珍しい宝石も気になる。そういう特殊なやつは、クランハウスに飾りたいかも。
マジかよ、結構気になってきちゃったわ。
あ、そうだよ。
「大久保は私の戦いが見たいんだよね?」
「そのとおりだ。必ずや、参考にできる何かがあると考えている。俺はそれを取り込みたい!」
ほうほう、見るだけなら別にいいかな。一緒に戦うのはダメだけど、見るだけならね。
珍しいモンスターとは戦ってみたいし、レアな宝石もコレクションしたいしね。このチャンスは逃せない気がするわ。
そんな気になってきちゃったわ!
「よっしゃ、わかったよ。私がひとりでモンスターと戦えるならいいよ。大久保たちは見てるだけでもいい? あと私が倒したら宝石はもらってもいいよね?」
それがムリならお断りしよう。超残念だけど、仕方ないね。
「構わんが、単独で戦う気か? さすがだな、少女よ。その心意気が、君をレベル以上の猛者にしているのだろう。通常、君のレベルでは厳しいと思うが、そのパワーがあればいけるかもしれん。いざという時には助けに入るが、それは構わないだろう?」
「ヤバそうになったらね。まあ私ったら、めちゃ強いし大丈夫だと思うけど」
どんなモンスターなんだろうね。わくわくしてきたわ!
やべー、早く戦いたいよ。
「団長! 今日の当番、譲ってもらえました」
「ナイスだ、木島! 少し早いが、もう行くか」
「もう行くんですか? まだ昼前ですが」
「昼めしは浅草で食べればいい。俺はもう待ちきれん。少女よ、行くぞ」
もう行くんだ。木島とかいうマッチョも言ってるけど、時間早くね?
「モンスターが出るのは夜中だよね? いまから行ってどうすんの」
「なに、やることはたくさんある。そうだな……まず花やしきダンジョンは、このジムから真っすぐ行けば南東方向に4キロ程度の距離にある」
うーん? だからなによ。
「我らは何度も訪れるからな、その時いつも決まったコースを走っていくのが習わしだ。北方向に走って荒川に出て、土手沿いを進む。するとやがて浅草の東方面に出る。そこから今度は南西の方に向かえば花やしきダンジョンに到着だ」
遠回りするってこと?
「こうすれば12キロ程度の距離になる。ウォーミングアップにはちょうどいいし、今日の交流会は我らの取り組みの一部を知ってもらう意味もある。何より、足腰の強化はすべてに通ずる大事なトレーニングだ。走ることには、損どころか得しかない。そういうことだ!」
ほうほう、なるほど。よくわからんかったけど、やる気がすごいのは伝わったわ。いいじゃん。
「浅草に到着後は各自で昼食、腹ごなしの散歩と休憩の時間を設け、各々のタイミングで花やしきダンジョンに集合するぞ」
「それでもまだ時間早くない?」
昼過ぎから夜中までは、だいぶ長いよね。
「せっかくの交流会だ。見ろ、少女よ。君以外のたくさんの若いハンターがいるだろう? 皆でダンジョン内ハードトレーニングに励もうではないか。君が通常のトレーニングで本領発揮する姿も見てみたい」
「えー、そんな長時間トレーニングばっかしたくねーわ」
「これは当然、レクリエーションを兼ねているものだ。交流会だからな。トレーニングで優秀な成績を収めた者には、浅草で使えるお食事券を10万円分進呈だ!」
マジかよ。あ、でも私はもうお金持ちだからね。10万円じゃ心動かされないよ。
うわー、でもなー。私の中で激しく燃える庶民の魂が、お食事券を逃すんじゃねーよと強く訴えてもいるね。
まあいいか。こんな機会でもないと、トレーニングなんかしないしね。こういう交流会もありなのかな。面白いトレーニングがあったら沖ちゃんに教えてあげたいし。
飽きたら途中で抜けて、モンスターが出るくらいの時間になったら戻ればいいしね。
「よっしゃ、わかったよ!」
「その意気だ! 皆、注目してくれ! これから花やしきダンジョンでの集中的ハードトレーニングを実施する。自由参加だが、面白くなるはずだ。皆もぜひ参加してくれ!」
「団長、俺は行きますよ!」
「俺もです。みんなで行こうぜ!」
「では木島、皆への細かい説明と引率を頼む。少女よ、まずは俺と競争だ。もし俺に勝てたら、好きな昼めしを奢ってやろう」
「マジで? うなぎでもいい? いっちゃんお高いやつでもいいの?」
「何でも構わん」
言ったね? 私ったら、なかなか足が速いんだよ。
それに他人の金で食うメシは美味いからね。負けないよ!