プラチナダイヤモンドジム
心機一転のつもりで、今日は『白夜筋肉騎士団』にやってきた。
よく考えると、筋肉騎士ってなんだよ。意味わからん。
変な名前のクランでも、トップクランのひとつと聞いた。
だからタクシーのおっちゃんに「筋肉騎士団の本拠地まで行ってくれー」と言えば、すんなりと通じる。
トップクランはこういうところが地味にすごい。
到着したクランハウスは、もろに駅前のビルだった。話には聞いていたけど、駅前はすごい立地だね。
西日暮里とかいう地味な名前の場所だけど、これって結構すごいんよね? 立派な感じで、ぼろビルとはわけが違うし。
そんなビルの入り口にはクランの名前ではなく、ドンと大きく『プラチナダイヤモンドジム』の看板がかけられていた。
「ジム?」
ここはクランハウスだよね? まあいいや。
マッチョなおっさんの彫像を横目に自動ドアを抜ければ、広い空間とでかい机の受付がある。
のこのこ入った私に向かって、受付のお姉さんがさわやかな笑顔を浮かべてくれた。いい笑顔!
「いらっしゃいませ。プラチナダイヤモンドジムへようこそ!」
大きな声でお出迎えだよ。元気いいね。
「おいすー! 私、永倉葵。ちょっと時間に遅れちゃったけど、交流会にきました、よろー」
「お待ちしていました、永倉さん。奥にどうぞ!」
顔パス? そいつは気分がいいね。
受付の横の扉の向こうに行けば、そこも広くて明るい空間だった。
無数のトレーニングマシン? いろんな種類の器具がずらっと、綺麗に並べられている。そしてたくさんのマッチョたちが、黙々とトレーニングしていた。真剣な雰囲気がめっちゃ伝わる。
なんかすごいわ、壮観だね。
「よく来てくれたな、少女よ」
とりあえずこの部屋に入ったはいいものの、どうしたもんかと思っていたら、図体の大きいマッチョが登場した。こいつには見覚えがあるね。
「あ、大久保だっけ? 久しぶり」
前にどっかの公園で強盗退治を手伝ってもらって以来だね。さすがにインパクトの強いマッチョ野郎は忘れないわ。
「団長の大久保力也だ。ここが我らがクランハウス『プラジム』だ! どうだ、常に最新の設備をそろえている。これらを見ただけで、トレーニングへの意欲が増しただろう?」
え、いや特に。
「それよりさ、ここはなんなの? いっぱい人がいるけど、みんなハンター?」
今日は交流会だから、人が多いのはわかる。よく見るとマッチョじゃない奴も結構いるし、あいつらは筋肉騎士じゃないのだろうね。私みたいに遊びに来た奴らかな?
「いや、そうではない。ここにいるのは、ほぼ一般のお客さんだ。我らのクランはジムの経営もやっているのでな」
マジかよ。ただのクランハウスじゃなくて、ここは店ってことか。
「へー、経営とかすごいじゃん」
「ジムのほうではあまり儲かっていないが、地域には貢献できていると思うぞ」
「ほーん」
地域に貢献とか、トップクランはやっぱ違うね。ちょっと思い知らされたわ。こいつらすげーわ。
上を目指す私たちも、練馬に貢献したほうがいいってことだよね? なかなかめんどくせー感じはするけど、いずれは考えないといけないのかな。
「……やはり君は姿勢がいいな。何気ないその立ち姿にも隙がない。それも強さの秘訣のひとつなのだろう」
「立ち姿? 自分じゃよくわからんけど」
「とにかく、よく来てくれた。今日は一緒にトレーニングに励もうではないか! よし、あそこが更衣室だ、着替えてくるといい。地下にはクランメンバー専用の施設がある。交流会はそっちだ」
「じゃあ着替えたら行くわ」
案内された更衣室に入ると、ここもまた豪勢で広い。
ちょろっと走り回ってから芋ジャージと運動靴にお着替え完了し、専用の施設とやらに入り込む。
「おおー、すっげー」
たくさんのハンターたちが、マッチョとマンツーマンで励まされながらトレーニングしていた。めっちゃいるね。盛況だよ。
よくわからんけど、とにかく熱気を感じる。あとうるさい。
「待っていたぞ、さっそくウォーミングアップといこう」
「よっしゃ、やったるぞ」
今日はそのつもりで来たからね。いつでもいいよ。
「まずはストレッチだ。俺の真似をしてくれ」
「ほーい!」
やっぱり私には座学より、体を動かすほうがいいね。
あれ? でも交流会なのに、これだと大久保としか交流できなくね?
ウォーミングアップだからかな。まあいいか。
あちこちを伸ばすストレッチを時間をかけて繰り返し、体を充分に温める。
大久保は派手なマッチョの割に、地味な準備運動をやらせる奴だなと思ったけど、効果はバッチリ高い感じ。
さすがだよ。ジムの経営してるだけのことはあるわ。
「少女よ、体の調子はどうだ?」
「いい感じだよ。ここから、なにすんの?」
「まずは体力測定からだ。君は見たところ、ステータスの力が体になじみ始めているようだ。これは高レベルハンターが至る境地のひとつだが、才能に恵まれた一部のハンターは早い段階でそれが現れる。君はまさにそれだ、素晴らしいぞ! というわけで、その力を測ってみよう」
おお、やっぱそう? 私ったら才能に恵まれちゃってたか。それはそうだよね。
そういや、蒼龍のおっさんも前に似たようなことを言ってた気がするね。ダンジョンの外でも力がちょっとは使える的な?
すごいハンターはそういうもんなんだろうね。まあ将来有望な私なら、そりゃあいけるよね。大久保もなかなか見る目あるじゃん。
ジムの中をずんずん進む大久保についていくと、鉄棒みたいな器具の前に到着した。
「俺は懸垂が好きでな、上半身の筋肉をバランスよく鍛えることができる。少女よ、やってみるがいい」
「え、やったことないわ」
「簡単だ。あのバーに両手でぶら下がり、体を引っ張り上げてはまた下ろす。それを繰り返すだけだ。姿勢はまっすぐにな」
「ほいほいっと」
ちょっとジャンプして、鉄棒をつかんで宙ぶらりんになった。で、体を引っ張り上げますよっと。
「そうだ、それでいい。やはり君は姿勢がいいな」
「何回くらいやったらいいの?」
「体重にもよるが、ハンターなら最低でも連続30回は目標にしたい。ちなみに俺の最高記録は、フル装備の状態で987回だ。1,000回の大台までがなかなか遠い」
それがすごいのかどうかわからんけど。なんか自慢げに言ってるし、たぶんすごいのかな。
「ふーん。ほい、ほい、ほい、ほいっと」
懸垂をリズムよく繰り返す。繰り返しまくる。
ほいほいほいほいほいほいほい!
ほいほいほいほいほいほいほい!
なんだよこれ、地味すぎ。あんま面白くはないね。
「……少女よ、まだいけるのか?」
「全然、よゆーだね。私、いま何回くらいやった?」
話しながらも繰り返しまくる。
ほいほいほいほいほいっと。
もう飽きちゃったよ。まだやんの? ちょっとだけ疲れたわ。
「次でちょうど100回だ」
「よし、ほいっと。もういいよね? 違うやつやりたいわ」
「君は実に素晴らしいな。まだレベル20そこそこで、その体力とは恐れ入る。次は下半身の筋力と共に、持久力を測ってみるぞ」
「うおーっ、まだまだやったるぞ!」
周りでトレーニング中の奴らの熱気のせいか、私もなんか気合入ってきたよ。
その後もよくわからん変な器具やらなんやらを使いつつ、体力測定を続けていった。
いい感じに汗をかいたところで、水分補給タイム。大ヒット商品のプラジムドリンクとかいう、怪しいドリンクをもらって飲んでいると、大久保が神妙な様子でいるのに気づいた。
「難しい顔してんね。なんかあった?」
「君を見ていて改めて思ったのだ。やはりダンジョンの中でのトレーニングこそが、上を目指すには効果的なのではないかとな」
「これまでやってなかったの?」
「もちろん、試したとも。結果、こうして地上のジムだろうが、ダンジョン内だろうが、特に変わりないと結論づけた」
「へー」
「しかし、君の優れた測定結果を見てしまえば、もう一度考える価値がある。君はダンジョン内での実戦トレーニングに重きを置いていたな?」
重き? なんのこっちゃ。
「私はトレーニングとか気にしたことないわ。モンスターとは戦いまくってるけどね。むしろそれしかやってない感じ?」
「モンスターを倒しても、筋肉はそこまで育たないだろう?」
「まあ、それはそうだね」
なに言ってんだ、こいつ。私はめちゃ強いけど、別にマッチョじゃないからね。そもそも筋肉を鍛えてるわけじゃないし。
「やはりダンジョン内での集中的な筋力トレーニングこそが大事なのか? 経験値を得てレベルアップしても、筋肉は別に育たん。筋力とステータスの相乗効果が、もっとも強くなれる秘訣のはず。高レベルハンターはステータスと技術こそ高いが、純粋なパワーと持久力では俺たちには到底敵わん水準だが……待てよ、そうとするなら……」
さっきからブツブツと独り言がうるさいね。なんなんだよ。
「少女よ、君を見ているとダンジョン内トレーニングにはまだ未知の可能性が眠っている」
「うーん? そうかな?」
「よし、一緒にダンジョン内ハードトレーニングを実施しよう」
「え、ダンジョンの中でってこと? やだよ」
「今日だけでいい、頼む! 俺たちが更なる高みに登るために、君と一緒にトレーニングがしてみたいのだ! どうか、このとおりだ!」
あのう、図体の大きいマッチョが頭を低く下げないでくださいよ。
しかも大久保は大手クランのクランマスターだよね?
大声まで出してさ、みんなの視線を独占しちゃってるじゃん。私がヤバい奴みたいに見えるじゃん。