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ぼっち・ダンジョン  作者: 内藤ゲオルグ


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【Others Side】情報収集担当のお仕事

【Others Side】


 永倉葵スカーレットが交流会を楽しんでいた頃。

 大蔵銀子と水島梨々花は都内の別の場所で、それぞれ異なる大手クランの交流会に参加していた。


 二人の目的は明確だった。情報収集、そして花園に対する各クランの思惑の見極め。

 大手クランが主催する交流会は、表向きには技術交流や情報交換、あるいは指導の場とされている。だが有望なハンターやクランの内情を探る絶好の機会でもあった。


 時には引き抜きや吸収、あるいは意図的な分裂工作まで行われている。

 綺麗事の裏で渦巻く思惑については、あらかじめクラン内で話していたこともあり、銀子と梨々花は警戒心を高めながら交流会に臨んでいた。


 そして『絶望の花園オルタナティブ』は、まさに注目の的となるべき条件を多く備えている。


 蒼龍が認めた若きクランマスター、永倉葵スカーレット。その永倉葵と蒼龍杯というイベントで好勝負をした沖田瑠璃。

 元アイドルで『ベリーハードモード』で話題のフローラリア・レゾナンスと因縁がある九条まどか。

 さらに少人数の新興クランとしては、異様に高いランキング成績。


 知れば知るほど探り甲斐のある、そして利用価値のあるクランと考えられた。


 興味深いのは、クランマスターの葵がその価値をあまり自覚していないことだ。

 彼女の明け透けな言動は、時として思わぬ情報を相手に与えてしまう。だがそれは同時に、相手の反応を引き出し、真意を探る機会にもなった。


 葵が意図せず与える情報で、相手がどのような反応を示すのか。

 直接的、間接的を問わず、銀子と梨々花はその反応を分析することで、各クランの本当の狙いを見抜くことができるのではないかと考えていた。


 これまでの経験上、葵が決定的な秘密を漏らすことはない。しかしヒントらしき情報を与えることで、相手が本音を見せる可能性は生まれやすくなる。


 銀子と梨々花の目的は明確だった。葵が無意識に撒いた種から、どのような反応が育ったのかを見極めること。

 相手の目的が純粋な交流か、それとも打算的な接近か。

 友好的な提携の可能性か、搾取を前提とした罠か。


 答えを探るため、二人は戦略的な意志をもって大手クランへとそれぞれ足を向けた。



* * *



 優雅な応接室で、銀子は『武蔵野お嬢様』のクランマスター桜庭楓と向き合っていた。

 銀子としては、まさか桜庭楓ほどの大物から、こうした場を与えられるとは予想外だった。確実に葵が撒いた種の影響だったが、相手の目的を見極めようとする銀子にとって千載一遇の機会となっている。


 出された紅茶を機械的に口に運び、緊張を感じながら会話の内容に集中していた。


「大蔵、葵とは長い付き合いなのか?」


 桜庭楓の質問は雑談の続きにすぎないが、銀子は油断なく考えを巡らせる。

 質問の意図は何か。雑談に見せかけた、世間話程度の情報収集はされても構わない。しかし、悪意を見逃してはならない。

 大物とのやり取りを通じて、銀子は自然と緊張感が高まるのを感じていた。


「いえ、それほどでも。実は知り合ってから1年も経っていません」

「そうだったのか。葵は面白い奴だろう?」


 軽い雑談の最中でも、銀子は相手の微かな変化を見逃さない。声の調子、視線の向き、表情、姿勢など、口にしたことだけがヒントではない。

 銀子は楓の目が一瞬鋭い光を帯びたのを見逃さなかった。


「どのような意味で?」

「あの性格だ。じゃじゃ馬かと思えば、しかしマナーは思いのほかしっかりしている。ちぐはぐという言葉は、あの娘のためのような言葉だね。蒼龍杯で見せた実力も、あの歳やあのレベルでは異常なほどだ。不思議な娘だね」


 互いの共通の知り合いについて話すことは、何ら不自然ではない。

 しかし楓は明らかに葵について、同じクランの銀子から見た客観的な情報を知りたがっている。そう銀子は捉えた。


「葵は私が知り合う前から実力者でした。マナーについては、クラン内で気をつけるようにしています。その影響でしょうか」

「クラン内部に教育係がいるのか? それはいいことだ。ダンジョンではどうだ? お前たちは、まだ人数が少ないだろう。中層まではいいが、このままでは下層は厳しくなるぞ」


 どこまで情報を与えるべきか。与えなければ、相手から与えられるものもおそらくない。

 慎重すぎて不興を買うのはまずいが、安く見積もられてしまってもそれは失敗を意味する。

 特に具体的なスキルに関する情報は、迂闊に口にすべきでない。歴史ある紫雲館は、わずかなヒントからどこまで知り得るか銀子には想像もつかない。


 情報のやり取りは、相手の性格まで考慮した微妙なバランスが求められる。


「人数について考えてはいるのですが、これがなかなか。ただ、我々は戦闘スタイルの連係が上手くかみ合っています。下層に挑戦するのはまだ当分は先の話なので……」

「そうか。もし困ったことがあれば、いつでも言え。異なるクランが協力することは、何も珍しくない。無理にクランの人数を増やさずとも、クラン同士の協力で解決できることは多い。お前ならわかっていると思うがね」

「はい、協力は有力な選択肢だと考えています」

「そうした伝手を作るための交流会でもあるからな。ところで」


 楓がほんの少し身を乗り出した。


「蒼龍の奴とはどうだ? お前たちのクランハウスは、奴からもらっただろう」

「葵がもらったのだと聞いていますが、いまのところ蒼龍様との交流はありません。桜庭様は、蒼龍様とお知り合いなのですか?」

「あのジジイとは知らない仲じゃない。お前たちのクランのことを気にかけているとは聞いたが、あまり詳しいことは奴もしゃべらんからな」


 銀子の感触として、楓からは裏の意図を感じにくいと考えていた。あくまでも雑談や世間話の域を出ない話に終始している。


「そうだったのですか」

「お前もあまり気を張りすぎるなよ? 交流会は、あくまで交流することが目的の場だ。お前たちは私が見るに、あまりに味方が少ない。大手のクランに限らず、交友関係を広げろ。年寄りからのアドバイスと思っておけ」


 この会話のくだりは、紫雲館との協力をほのめかすものと考えていい。

 しかし銀子は不思議に思う。桜庭楓はすでに蒼龍と縁があるらしく、その意味で葵を利用する価値はないように思われる。

 嫌な下心を感じないとなれば、楓の腹積もりはなにか。なぜ花園を好意的に扱うのか。そこが読めない。


「ご忠告感謝します。私は性格上、どうしても人を見極めることに重点を置きがちです。交友関係は大事だとわかってはいるのですが」

「人間、そうは自分を変えられん。お前はそれでいいのかもしれんな。悪い虫を払いのける役として、うってつけだ。関係を作る、あるいは友好を深めるのは別の人間がやればいい」


 役割分担のことは銀子も考えてはいたが、彼女たちは基本的に閉ざされたダンジョンの中で活動している。こうした交流の機会は貴重だった。


「他のクランとの交流にも力を入れるよう、クラン内で話してみます」

「それがいい。さて、せっかくの交流会だ。今日の紫雲館は、なるべく多くのクランを集めた茶会を開ている。年寄りに時間を使わせて悪かったな、あとは好きに過ごせ」


 長きに渡って上位クランに君臨し続ける『武蔵野お嬢様組』、そのクランマスターの真意を読み解くことは難しい。

 綺麗な姿勢で立ち去る楓を見送りながら銀子は思う。紫雲館の桜庭楓は、政財界へも一定以上の影響力を持つ立場のハンターだ。その女傑と知己を得られた、そのこと自体に価値があったのだと銀子は考えることにした。

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