闇?華?勇者?
麦わら帽子を次元ポーチにしまい、全力ダッシュで田舎の住宅街を駆け抜ける。
ドブで濡れた足元が気持ち悪くて腹立たしい!
「うおおーっ、どこ行きやがったー!」
入り組んだ道とは違うし、家が密集しているわけでもないから見通しは悪くない。
これならホントに見つかるかも。ちょっとくらいの希望はある。
そんなことを思いながら、微妙にカーブする下り坂を走っていると、遠くのほうに白いワゴン車っぽいのが見えた。
「あれだよね?」
ワゴン車から目を離さずに、下り坂を猛スピードで走る。
車が角を曲がって見えなくなったと思いながらも走っていたら、また姿を現した。しかも、なんでか進行方向がこっちのほうを向いている。
よくわからんけど、引き返してくるっぽい?
すると大きなお屋敷の前で車が停まった。あれなら追いつけるよ!
と思ったら、パンパン音が鳴って、車が急発進した。
「え、いまのって銃だよね? たぶん銃をぶっ放したよね?」
お屋敷に向かって銃を何発か撃って、すぐに逃げ出したみたい。なんだあれ。
思わず立ち止まっていたら、結構なスピードで発進したワゴン車だよ。やっぱりこっちに戻ってくるね。
こんにゃろー、今度は避けてやらん。
「やったるぞ!」
負けじとせまい道のド真ん中を突っ走る。
ここはいま私の道なんじゃい。通りたかったらそっちが避けろよな。
避けられるスペースはないけどね!
ぐんぐん迫る白いワゴン車。ちょっとちょっと、マジで避けないの?
このままだったら私とぶつかるよ? 普通、避けられないなら停まるよね? さすがにね?
もしかして、ギリギリ、ギリギリまでの勝負?
そうだよ、チキンレースとかいうあれだよ。あれだよね?
だったらその勝負、受けて立つよ。
「うおおー、えっ?」
そろそろあぶねーかもと思ったところで、車がふらふらしてスピードが急に遅くなった。
さらにドブにタイヤがハマって、完全に停まってしまった。
車のガラス越しに見えるおっさんも、なんか呆然としているね。なにやってんだ、あいつ。
とにかくだよ。
「おらーっ、あぶねーだろーが! お前のせいで、私ったらドブに落ちちゃったんだよ! あやまれよなー!」
ちゃんとあやまれ。そうしたら心のでっかい私は許してやる。
「おーい、さっさと降りてこいよー」
いつまで呆然としてんだよ。
運転席のおっさんをあきれて見ていたら、後ろに乗っていた奴らがどやどやと降りてきた。なんかいっぱい乗ってたんだね。
「何やってんだ、早くどうにかしろ!」
「ちょっと待ってくださいよ。あー、これパンクです。側溝にもハマっちまってるし、とりあえず持ち上げてみますか」
「んなこと、のんきにやってる暇ねえぞ。急がねえと、サツとハンターどもが集まるだろうが!」
私のことを無視すんなよ。
「おらーっ、私ったら将来有望な新人ハンターだぞ! お前らなにやってんだよ、こんにゃろー!」
声をかけたら一斉にこっちを向くいかついおっさんたち。ちょっと怖いけど、蒼龍のおっさんに比べたらまだまだだわ。あのナチュラルに5人は山に埋めてそうな威圧感は、こいつらには全然ないね。
「ハンター? お前が?」
「将来有望な新人ハンターだよ。てゆーかあやまれよ! お前らのせいで私の高級なお靴がさあ、濡れちゃったんだよ! ドブに落ちちゃったんだよ!」
「はあ? ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ」
「おいっ、遊んでる場合じゃねえだろ」
「俺が追っぱらいます。このガキ、邪魔だからうせろ! おい、聞いてんのか? 近寄るんじゃねえ!」
素直にあやまりなさいよ、まったくもう。
とっことと近づいて、うるさい兄ちゃんに攻撃しちゃうわもう。
おらよっと。
シャキンと取り出した警棒で、お腹をドンと突いてやった。まんまと倒れて転がる兄ちゃんだよ。
がははっ、私ったらめちゃ強いからね。思い知ったかね?
「何やってんだ、このガキ!」
「お前らがなにやってんだよ、こんにゃろー! 私の高級なお靴がドブで濡れちゃったって、言ってんだろーがよ!」
「ふざけんな! いい加減にしろ、このガキが!」
「ガキでも自称ハンターだ。気をつけろ!」
さっきからガキガキってうるせーな。やっぱ腹立つわねー。
めっちゃ強そうな見た目だけど、動きののろい兄ちゃんが近づくのをまた警棒でぶっ倒した。
私のほうがずっと強いって、そろそろわかれよな。まったくもう。
「こ、こんガキャあ!」
「てめえ、それはよせっ!」
うおっ、銃を向けられちゃってるよ。それはやりすぎだろ。さすがにずるいだろ。
いやでも激しくムカついちゃったわよ。そんなもん向けやがってさ。
「うおおーっ! なにをやっとんじゃ、こんにゃろー!」
お前らなんかに負けるかよー!
「あぶない!」
うおっ、びっくりした。
いきなり後ろから声をかけられたあげくに、急接近されてしまったわ。
ささっと避けながら見たら、そいつは金属感バリバリの鎧姿だった。ハンターのおっさんじゃん。
とっさに避けちゃったけど、なんか私のことをかばおうとしてくれたっぽい?
さらに追加で鎧のおっさんがふたり登場して、ごろつきどもをあっという間にやっつけてしまった。
ダンジョンの外なのに、なかなか強いね。やっぱレベルの高いハンターっぽいわ。やるね、おっさんたち。
まあ助太刀なんか全然いらなかったけどね。あんなへっぴり腰で構えた拳銃くらい、撃つタイミングさえわかれば避けられるし。むしろ撃たれる前にぶっ倒せたし。
「永倉、大丈夫か? 心配したぞ」
「急に走りだすから驚いた。勝手な行動はよくないな」
「無茶をする奴だ」
「あー、すんません。ちょっとムカついちゃったんで。でもおっさんたち強いね? ダンジョンの外なのにさ、結構やるじゃん」
「俺らはともかく、この人は『闇を纏いし華の勇者』だからな。そこらのチンピラが何人相手だろうが、遅れは取らないさ」
は? 勇者?
鎧のおっさんたちは3人いる。3人いるけど、割と無個性で誰が誰だかわかりにくい。というか全員、顔とか雰囲気とかがフツーなんだよ。
金色の鎧は派手だけどみんな似た感じだし。鎧を脱いだら、たぶん普通のおっさんにしか見えないと思う。
それが勇者? しかも『闇を纏いし華の勇者』なの? むしろ金色じゃん。
闇をまとった華のある勇者だよね?
なんだろう、例えるならだよ。イケてる見た目だけど陰があってさ、おしゃれなバーの暗がりでさ、ひとりでお酒を飲んでいるみたいなイメージ?
でもこのおっさんは、公園でカップ酒が似合うタイプじゃん。マジかよ。
うーむ。ちょっと待って。じっくり見てみるか。
「なんだ、そんなにじろじろと」
ふむふむ。うーん? ああーん?
もうちっと斜めから見てみたら? いやいや、下から見たら?
…………ないね。どこにも勇者感ってもんがないわ。強そうではあるけど、勇者っぽい感じが全然ない!
あと、どこに闇をまとってんの? どこに華があんの?
そんなもんねーじゃねーか!
わかった。勇者って自称だわ。絶対に自称だよ。勝手に名乗ってるだけだわ。
「あ、永倉。どこに行くんだ?」
「銭湯でお風呂入って帰るわー。ほいじゃねー」
あー、こんな千葉の田舎まで来たのに。完全に無駄足だったわ。
なんだよもう。そんなんありかよ。
勇者はウソツキ野郎だって、帰ったらみんなに言ってやる!




