想定外の事件協力
熱い湯からぬるい湯へ、さらには冷たいシャワーで火照った体を冷まします。
お風呂場から出た後では扇風機の前に陣取って、コーヒー牛乳を一気飲み。幸せなひと時ですわ。
そして銭湯のおばちゃんに教えてもらった、ご近所の店に直行!
「おっちゃん、冷やし中華大盛りとかき氷ね。かき氷は抹茶、あずき大盛りで!」
「……まあいいか。あいよ」
まだ7月にもなってないけど、これぞ夏って感じ。私ったら、早くも夏を感じまくってるわ。
ゆっくりと食べながらおっちゃんと話していたら「時間は大丈夫かい?」なんて言われてしまった。
「うおっ、やべ。もうこんな時間じゃん」
そういや交流会に行くはずだった。
でもまあ、人間いつだって時間どおりに行動できるとは限らないからね。大人だったら、それくらいは誰でもわかってるからね。だから全然大丈夫。
それに汗にまみれた私よりも、さっぱりした私のほうがいい。
銭湯に行かない選択肢はなかったし、お腹が減ったまま交流会には行けないからね。
夜鴉の人たちも、汗でびちょびちょの奴が来たら嫌だよね。だから寄り道したのは正解だよ。メシも食べて元気いっぱいだし。
よし、そろそろ行こう。
人のいない商店街を見物しながら移動して、竹の壁が立派なお屋敷を目指して歩く。
のんびりと優雅な感じに歩いて近づけば、どうにも騒がしい感じがする。なんだろうと思いながら角を曲がったら、パトカーが止まっているよ。
「なになに? 事件?」
マジかよ、クランの中で殺人事件が起こっちまったとか? 交流会どころじゃねーじゃん。
とりあえず突撃してみよう。なにが起こったんだよ。
敷地に入ったところに背の高い兄ちゃんがいた。こいつはサツっぽくないね。まずはあいさつだ。
「おいすー、交流会に来ました。よろー」
「君はハンターか? 悪いが今日の交流会は中止になった。少し前に連絡は送っているはずだが」
え、マジかよ。見てないわ。
「なにがあったの? やばい感じ?」
「近くで発砲事件があったみたいでね。警察から協力要請があったんだ。クランメンバーの大半はいま、捜査に協力していて不在だ」
「へー、そうなんだ」
なんだよ、クラン内の事件じゃなかったわ。
そういや田舎のほうだとハンターが警察に協力するとか聞いたことある気がするね。大都会に住む私には関係ないけど。
「もしよければ君も協力してくれ。交流会に来てくれたほかのハンターはそうしてくれている」
え、めんどくせー。それにあぶないし、今日は暑いしさ。
ダンジョンの中ならともかく、そこらで銃をぶっ放すとか絶対にやばい奴じゃん。関わりたくないわ。
「無理にとは言わないが……」
「あ、ちょっと待って!」
立派な成人女性の私は計算高く考えるよ。
これってさ、私が見事に事件解決しちゃったら、絶対に恩を売れるよね?
やば、すごいクランの奴らに恩を売るチャンスじゃん。
よっしゃよっしゃ。せっかく来たんだしね、恩を売りまくってやるか。花園の評判を上げまくってやる。
それでめっちゃよさげなお土産とかもらって帰るとしよう。
「うん、わかったよ。この『絶望の花園オルタナティブ』のクランマスター、永倉葵がいっちょ解決してやるわ! とりあえず銃をぶっ放した奴を見つけて、とっ捕まえたらいい?」
「それができれば苦労はないが……とにかく、危険なことをさせるつもりはない。そうだな、封鎖している区画に一般の方が入り込まないよう見張ってくれないか? それだけでいい」
なんだよ、そんなんじゃ恩なんか売れないわ。
「お兄さんさ、偶然にも犯人とばったり遭遇するかもしれないじゃん? いまがどんな状況で、怪しい奴がいるならそこんとこ教えてよ」
「そうだな。この辺りは少し前から暴力団同士がいさかいを起こしていてね。それ絡みだと警察からは聞いている。誰がやったとまではわからないが」
「なるほどー。じゃあ、いかついおっさんがいたら、そいつが怪しいってことだね。おばさんとかお姉さんが犯人のパターンはある?」
「それはない。もし怪しい人物を見かけても、近づかずここに連絡してくれ。番号はこれだ。あと暴力団の事務所が近くにあるが、絶対に近づかないように。危険だからね」
え、なんだよ。その事務所に行けばいいだろ。
さっさと解決しちまえよ。なにちんたらやってんだよ、まったくもう。
「とりあえず、どこ行ったらいいの? 地図アプリあるから、それで教えてよ」
「わかった、見せてくれ」
文明の利器を使いこなし、ちょちょいと印をつければこれでオッケー。
ほうほう、この道をあっちに進んで、こうっと。うーん、ちょっと遠いな。めんどくせー。
「すでに誰かいるはずだから、その人たちと協力して見張りについてくれ」
「ほーい」
走るとまた汗かいちまうよ。別に急ぎでもないし、ゆっくり歩いて行きましょうね。
人けのない道をとことこ歩いて到着した先には、金属感バリバリの鎧姿のおっさんたちがいた。金色っぽい鎧が派手すぎるわ。夏の日差しが反射しまくっている。
どこからどう見てもハンターだよ。ダンジョンの外なのに、よくあんなもん着てられるね。めっちゃ暑い日なのに大丈夫かね?
「そこの麦わら帽子の少女、こっちに来るな!」
「こんな場所で何をやっている! 外は危険だと聞いていないのか!」
「おい、止まれ!」
でかい声でうるせーな。でもマジメに見張りをやっているってことだよね。この暑い中、たいしたもんだよ。
「うおーい、夜鴉の人に言われてきたよー」
「夜鴉に? ハンターか?」
到着っと。
「そうそう。私、永倉葵。将来有望な新人ハンターだよ。よろー」
暑い中ご苦労さん。アイスでも買ってきて、差し入れてやればよかったかも。
「永倉? あ、もしかして蒼龍杯の」
「パンチングマシンの少女か!」
「言われてみれば、見たことある顔だ。いまの状況は聞いているな?」
「なんとなく? この辺を見張るんだよね?」
住宅街だけど、そこらをほっつき歩く人は全然いない。
「不審者への警戒と、通行人への注意もしている」
私としては組の事務所に突撃して、怪しい奴らをぶっ飛ばせば終わりだと思ってんだけど。
早くやればよくない? 強そうなハンターがいっぱいいるんだし。
そういや勇者はなにしてんだろうね。すっごいクラスなんだし、ダンジョンの外でもたぶん強いよね? ぱぱっと解決できそうなもんだけどね。
「ほーん。じゃあここでずっと立ってるだけ?」
「簡単に言えばそうだ。一応、俺たちも自己紹介しておこう。俺は夜鴉の――」
「ん? ちょい待ち」
全然人けのない静かな住宅街に、遠くから近づくのがいる。
音からして車だ。こっちに近づいてるっぽい。おっさんたちも気づいたね。
「……現在、この辺りは交通規制がかかっていたはずだ」
「この近辺の住民ということは?」
「その可能性はある。様子を見よう」
音のするほうをみんなで見ていると、カーブを曲がってワゴン車が登場した。
汚れた白の安っぽいやつだよ。ちゃんと洗ったほうがいいね。
でもなんか、結構なスピード出してない?
「え、やばくね? うお、やばっ」
「避けろっ」
みんなでせまい道の端っこ、フェンスに引っつくようにして車を避けた。
「あーーーっ、うわー」
道の端っこのドブに蓋がついてないから、足を突っ込んでしまった!
しかも両足とも突っ込んじまったよ……。
「うへー、マジかよ」
最悪なんだけど。
「明らかに不審な車だ、早速連絡する」
「こっちも車で追ってみるか?」
「いや、それは警察に任せよう。後続車がないとも限らんし、そっちを警戒する」
うーん? 意外とドブの中は綺麗な水っぽい? でもドブはドブだしね。
とにかく私の高級なお靴が水びたしになっちまったよ。超ムカつくわ。
私ったら腹立ってきちゃったわ。これはちょっと許せん。あぶない運転しやがって。
「おっさんたち、私、あいつら注意してくるわ」
「なに? 注意だと?」
私ほどの足の速さがあっても車には追いつけない。でもどっかに用があるなら、そこらに停まったかもしれない。
可能性はあるよね。だったら私は行くよ。そんでもって、あやまらせてやるわ。
「うおおーっ、こんにゃろー!」
「ちょ、ちょっと待て!」
こんなせまっこい道で、スピード出しやがって。あぶねーだろーが!
あと私の高級なお靴が! マジで許せん。




