剣のクランの意外な一面
今日もお出かけ!
毎日のダンジョン巡りは楽しかったけど、いろんなクランに行けるのは別の楽しさがある。
「緊張しますね」
タクシー移動で私の横に座る沖ちゃんからは、その言葉のとおりに緊張感が伝わってくる。
「なんで? 別に緊張することなくない?」
今回は沖ちゃんと一緒に『天剣の星』に行く。そもそも招待されて行くんだからね、遠慮することないわ。
私は剣のことなんてさっぱりわからんけど、あのゴリラっぽいハゲのおっさんに会えるのは、なんだかんだ楽しみかもしれない。
「天剣と言えば日本最高の剣士クランですから。やはり緊張はしますよ」
ただの交流会なのに、沖ちゃんったらマジメだね。
「大丈夫だって。沖ちゃんは蒼龍杯で活躍した剣士なんだからさ。若いハンター期待の星だよ。あ、もしケンカ売ってくる奴がいたらさ、私たちでぶっ飛ばしてやろうよ!」
なんてったって剣に自信満々な奴らが集まるんだからね。どっちが上だー、みたいなことになりそうな気がする。そうしたらもうケンカだよ。
「雪乃さんからトラブルは避けるように言われていますので、それはやめておきます。葵もあとで怒られますよ?」
「まあ、私からは売らないよ」
買うだけなら別にいいよね。仕方ないしね。
快適なタクシー移動で到着した天剣のクランハウスは、和風で質素な感じだった。広さはあるけどお庭に花も咲いてない。
紫雲館みたいな優雅さは全然ないし、なんというか武道場っぽい? 無駄に広い玄関には熊のはく製と刀が飾ってあって、いかにもって感じだわ。
じろじろと見回したあとで、受付係の兄ちゃんに身分証を差し出した。
「永倉さんと沖田さんですね。お待ちしていました」
受付の兄ちゃんは、見るからに剣士って感じだ。背筋の伸びた姿勢がいいし、筋肉もモリモリで強そうな感じがする。
でも私も姿勢のよさなら負けてないわ。なんせ紫雲館の楓おばあちゃんに褒められたくらいだからね。むしろこいつより私のほうがいいくらいだわ。
がははっ、勝ったわ!
早くもトップクランのメンバーのひとりに勝利してしまったわ!
「運がいいですね。本日はクランマスターの宮本が指導に当たるそうです。沖田さんの剣には興味があるとおっしゃっておられましたよ」
「クランマスター? じゃあ、すごい剣士に教えてもらえるってことだよね? やったじゃん、沖ちゃん」
「まさか私をご存じとは……ありがたいことです」
やっぱり花園は注目されてるっぽいね。たぶんうちとお近づきになりたい感じもあるんだろうね。
あ、クランマスターってあのゴリラっぽいハゲのおっさんか。ちょっと話したかったし、ちょうどいいわ。
質素なクランハウスの中に通され、向かった先には武道場と書かれた看板のある部屋だった。やっぱ武道場だったわ。でも中に入ってみればめっちゃ広くて天井も高いから、武道場ってよりは体育館みたいだ。
すでに何人もの剣士っぽい人たちがいて、思い思いにすごしている。なんかピリピリした変な緊張感があるね。
「来たか。永倉と沖田だな」
横手から話しかけてきたのは、あのゴリラっぽいハゲのおっさんだ。
うおー、間近で見るとすごい迫力だよ。画面越しに見るのとは全然違う。これがトップクラスのハンターの威圧感ってやつか。すごいもんだよ。
「お、おはようございます。沖田瑠璃です。本日はお招きありがとうございます」
沖ちゃんがめっちゃ緊張しているわ。でも私はいつもどおりに行こう。それがいいよね。
「おいすー! 私、永倉葵。今日はよろ。あ、そうそう。えーっと、宮本さん? 先にちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「構わん。何が聞きたい」
「宮本さんって『剣聖』なんだよね? どうやったらそんなカッコいいクラスになれますか?」
おっさんの顔が、わかりやすいくらい微妙な表情になったね。なんだろう、困った感じ? そんな困らせる質問だったかな。
「剣聖になる方法か。簡単に教えられるものではないな」
「あ、秘密なの? なんか秘伝の方法があって、すごいクラスになったってこと?」
「そうではない。俺からは無心で剣の修行に励めとしか言いようがない。剣聖を目指している者は多くいるが、狙ってなれるものではないな」
「ほーん? そんなもん?」
なんだよ、知らないってことかよ。期待して損したわ。まあセーラさんも似たようなこと言ってたし、そんなもんなのかな。
「剣聖になりたいのか?」
「いや全然。私、剣士じゃないし。沖ちゃんは?」
「なりたいと思ったことはないですね。なれたら光栄なことかもしれませんが」
「まあ『剣聖』ってカッコいいからさ。そんな感じのクラスになれたらいいなって思っただけだよ。宮本さんも知らないなら別にいいわ」
ちっとも参考にならんね。仕方ないけどさ。
「……そうか。俺からも聞くが、蒼龍の旦那とはどういう関係だ? 蒼龍杯の時に親しく話していたと聞いたが」
急に蒼龍のおっさんの話? あ、これって雪乃さんが言ってた情報収集的なやつだよね。絶対そうだわ。
甘く見てもらっちゃ困るよ。でもあれだ、そんなに隠すようなことはない気もするね。今日はちょろっと世話になるし、ちょっとくらいは教えてやろう。そうしよう。
「えっと、そうだね。蒼龍のおっさんとはマブダチってほどじゃないから、単なる知り合い? でもクランハウスもらったし、いろいろお世話にはなってるかも? まあそれなりの仲って感じ?」
「それなりか、まあいい。お前のクランは今後、どう動くつもりだ? どこかのクランと協力するつもりはないのか?」
え、そんなこと言われても。やっぱ情報収集的なあれだよね?
どう動くとか協力とか言われても、そんなもんないわ。こういうのは誤解のないように、ちゃんと言っておいたほうがいいのかな。変な誤解されて、このおっさんがその誤解を言いふらすかもしれんしね。
「そんなの全然ないよ。私たちったら、自由にやりたいからさ。だからなんもなし! でも面白そうな話だったら、聞いてもいいかな? そんな感じだよ」
つまらん話は完全お断りだけど、面白そうな話だったらね。せっかくの交流会で、ハンター同士の横のつながりがどうのって機会なんだし。
いまのところ『武蔵野お嬢様組』とだったら、なにか一緒にやるのもいいね。
「面白そうな話か。ならば今度、うちの若い連中と合同訓練でもしてみるか? 蒼龍杯でのお前たちの戦いは見事だった。あの戦いに感化された若手のハンターは多い。お前たちが参加すれば盛り上がるだろう」
ほうほう、合同訓練ね。
「訓練て、今日は違うの?」
「この交流会では、我ら天剣が基礎的な動きや練習方法を指導する。招いた他クランの若手同士での模擬戦は予定していない。合同訓練というより、今日は指導の場だ」
それにしてもこのおっさん、ちょこちょこ顔が険しくなるのはなんなんだよ。こえーよ。私と沖ちゃんをじろじろ見ちゃってさ。
観察? 私たちの実力をはかろうって魂胆? まあ私たちったらちょっと強いからね。
「なーんだ、そっか。全員、ぶっ倒してやろうかと思ったのに。沖ちゃんも戦いたかったよね?」
「私は天剣の方々に、剣の基礎を教わるだけで十分です。模擬戦にも興味はありますけど……」
「俺の指導だけでは不服か?」
なんと、そうだよ。
「そうだそうだ、クランマスターの剣聖が指導してくれんだよね? よく考えたらすごいわ。私のハンマーがさらに上手くなったりする?」
「待て。今日は剣士クランとしての交流会だ。剣を使わん永倉、お前に指導できることはあまりない」
「えー! なんでよ。それはずるいわ」
「ならば剣を習うか?」
「いやいや、私にはハンマーがあるからさ、剣はいいよ。ハンマーの練習はどうなん? なんかいい方法知ってる?」
「専門外のことを迂闊には教えられんな。それにあの重そうなハンマーをここで振るのか? ここはダンジョンの外だぞ」
それはそう! 私の細腕だとあのハンマーは、ちょっとね。ステータスの力がないとちゃんと使うの無理だわ。
「うおー、マジかよ。でも私ったら、素手とか警棒とかでも結構強いよ? なかなかだよ? そっちの指導はどう?」
「模擬戦を含めた実戦的な訓練ならいいが、今日は剣の指導会だ。ほかに集まった連中の目もある。またの機会があれば、その時にな」
そっか。我がまま言うもんじゃないよね。つまんねーけど仕方ない。
「とりあえずは沖田の実力を直に見たい。これから準備に時間を当てろ。しばらくしたらまた様子を見に来るから、その時には俺に打ち込んでもらう。いいな?」
「はい、光栄です。葵、準備運動に付き合ってください」
「いいよー」
沖ちゃんにとってはいい日になりそうだね。
私はなにすればいいんだよと思ったけど、たまには人のやつを見物してみることにした。そういう日があってもいいよね。
結局、見物はしたのはいいけど、私にとっては微妙な一日に終わってしまった。
おっさんにはダンジョンのずっと深い階層や超強いモンスターの話なんかを聞きたかったのに、今日は剣の交流会だぞって教えてくれなかった。もうホントにケチな奴だよ。そういうのは私以外の奴らだって聞きたかっただろうにね。
そういやセーラさんがゴリラっぽいハゲのおっさんを気にしてるって、勝手に思い込んでいたけど、やっぱそれはないね。
おっさんはめっちゃ強そうな感じはしたけど、とりあえずケチだし、顔というか表情が怖いんだよね。あんなのをセーラさんが気にかけるはずないわ。さすがに私の勘違いっぽい。
まあ全体的にケチで微妙なクランだったわ。一流とか言われてるくせに、とにかくケチなんだよ。
荷物を置くロッカーでお金取られるし、水もお金払わないと飲めなかったし。マジで意味わからんし許せんわ。
あれだ、反面教師? それにはなったかな。
そうだよ。どうせなら別の交流会に行った時、天剣は超ケチくさいクランだったよって、みんなに教えてあげよう。
言いふらしまくってやる!




