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ぼっち・ダンジョン  作者: 内藤ゲオルグ


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【Others Side】想定外に見舞われる特殊モンスター研究所

【Others Side】


「おいすー! 遅くなってすんません! うおー、やっべー。遅刻しちまったよ。まったくもう、道がわかりにくいわー」


 明るい、あまりにも場違いな声が、凍りついた静寂を打ち破る。


「誰もいないのー?」

「……ようこそ。案内板に従い、奥の間へ」


 どこからともなく聞こえた声に、明るい声の主は強い好奇心を抱いた。

 落ち着きなく、きょろきょろと館の中を見回している。


「うおー、なんだよここ。雰囲気すっげーわ! これはこだわりを感じるね。え、こっちに行けってこの階段、ダンジョンじゃん。うへー、どうっすかな」


 立ち止まって考えたのは数秒程度、元気な声の主は何か思いついたような顔をした。


「あ、そういや事前の案内にも書いてあったわ。全然、危険とかないから大丈夫だよって、たぶんそんな感じの案内だった気がするね。どれどれ、たしか大丈夫だったと思うけど」


 独り言を呟きながら、スマートフォンを取り出し案内文を確認し始める。


「ほうほう、交流会はクラン管理下のダンジョン内で行う場合がありますっと。だけども、その場合はモンスターは全部倒してあるから大丈夫だよっと。全然あぶなくないからねっと。うん、やっぱこれなら大丈夫だね。別にモンスターいても倒せばいいし。あー、お着替えはどうしよ。あぶなくないよって言われても、一応はダンジョンだしね。まあブーツくらいは装着すっかな」


 気楽な調子で言いながら靴を履き替えると、元気よくダンジョンの大階段を駆け下りた。



 最後の訪問者が到着したクランハウスでは、クランマスター以下総勢が笑みを浮かべていた。

 これから始まる儀式によって、長年に渡る悲願が成就する。それを疑う余地はない。


 ところが入念な準備を整えて発動したはずの魔法陣に、明らかな異変が生じていた。想定外の事態が起こりつつあり、その対処に呪術師たちが慌てふためている。


「何事だ? 失敗は許されない、慎重に原因を探れ!」


 禍々しい光を放っていた魔法陣が意図しない明滅を繰り返し、徐々にその光を弱めている。

 呪術師が何をしようとも異変は収まらず、ついには光が消え失せてしまった。あれよあれよという間の出来事だ。

 全ての呪術師が、予期しない現象に一斉に冷や汗を流し、その場に縫いつけられたように動けなくなっている。


「どうした……何が起こっている。すぐだ、いますぐに立て直せ!」


 気を奮い立たせたクランマスター黒沼の号令によって、なんとか気を取り直す呪術師一同。

 しかし彼らをあざ笑うかのように、事態はさらに悪化する。



 ダンジョンの大階段を下り終えた最後の招待客、彼女もまた異変を感じ取っていた。

 ここは普通のダンジョンとはどこか違う。しかしその正体がわからない。


「なんか空気が悪くね? モンスターの気配っぽい? そういうのは出ないからねって話じゃなかったけ? まあいいか。おらーっ、モンスターいるなら出てこいやー!」


 その声はまるで太陽から吹き荒れる光の風のようだった。あまりに力強い光が、闇を瞬く間に払ってしまう。

 声にこめられたスキル『威嚇』の力と、ダンッと床を踏みしめたブーツ『血風の鬼火踏み』からは魂を崩す特殊な衝撃が伝わり、その波が不穏な気配を洗いざらい押し流す。


 ダンジョン第一階層の非常に弱い、そして実体を伴わない墓地のダンジョン特有のモンスターが一気に消滅し、空気をガラッと変えた。ビーズ程度の小さな魂石が、毛足の長い絨毯に埋もれるように落下した。


 さらに人の魂からエネルギーを奪うはずの仕掛けが次々と誤作動を起こし、暴走して自壊した。

 その様子を『深淵究明会』の面々は、何が起こっているかわからず、ただ見守ることしかできなかった。


 先に到着していたふたりのハンターの体には体温が戻り、体にまとわりついていた不快な感覚も消え去っている。急な変化にふたりは困惑していた。


「あ、あれ? さっきまで声も出せなかったのに」

「変な音も、しなくなった……?」


 魔法使い風のハンター、そして研究者風のハンターの顔には、恐怖の名残りと困惑が入り混じっていた。



 ダンジョン内の別室では魔法陣が完全に光を失い、その血の模様は乾いてひび割れていた。

 魔法陣の中に配されていたその他多数の触媒は音を立てて粉々に砕け散り、無残な様相を呈している。


「マスター! 儀式の準備が、これでは」

「馬鹿な、なぜだ! 何が起こったというのだ!」


 黒沼は全身をガタガタと震わせ、絶望に顔を歪めていた。

 長年に渡って引き継ぎ準備を続けた儀式が、たったひとりの少女の出現で、一瞬にして文字通りに塵と化したのだ。彼らはまるで世界がひっくり返ったかのように、青白い顔で呆然と立ち尽くしている。


「儀式が……悲願である『星魂定着の儀』が……」

「いったい、どれだけの損害が……」

「これではもはや取り返しがつかないぞ。これからどうするんだ」

「実体のないモンスター、それも強力なものを倒す術が、やっと完成するはずだったのに」

「黒沼さん、これではもう……」


 クランマスターの黒沼はしばし呆然としたままだったが、ふとスピーカーから聞こえてくる招待客の話し声に意識が向いた。


「いやー、こんな奥まった変な場所だからさー、私ったら遅刻しちまったよ。キミたちは早いね? ちゃんと到着できたの?」

「あ、あなたもしかして、永倉葵さん?」

「そうだよ。私ったら、有名になったもんだねー」

「待ってくれ。それより、このクランハウス……というかダンジョンというか、おかしくないか? 深淵究明会の人もなかなか来ないし、一度外に出たい」

「そ、そうなの。この部屋、さっきまで様子が変で」

「うおおーっ、なんだよその椅子! めっちゃアンティークっぽくない? 猫足? 猫足ってやつ? じゅうたんもすっごいお高そうだし、シャレてんね。文明レベル高いわー。あえてロウソクってのも、めっちゃ雰囲気かもしだしてるわー、なかなかやるね!」


 そこではあまりに能天気で元気な声が響いている。現状の黒沼たちにとっては腹立たしいほどの明るい声だったが、聞いているとどうしてか希望が湧き上がるような気がしていた。


 儀式の失敗によって絶望の淵にいたはずだったのに、新たな研究の着想が次々と湧き出るせいで、不思議と気力まで湧いている。

 思いがけない事態の変化、そして気持ちの変化に、しかし黒沼は取り乱さなかった。


「……マスターと呼べ、霧島。お前の言いたいことがわかっているが、取り返しのつかない失敗などない。此度の失敗の原因を追究し、新たに挑めばいい。むしろもっと効率的で、もっと効果の高い術を考えよう。新たな考え方を取り入れるのだ。それより、招待した3名のハンターだ。我らも上位クランの一角として、このまま何もなしに彼らを帰すわけにはいかんだろう」


 霧島たちにとって意外なことに、黒沼の立ち直りが早かった。

 失敗は成功の母であり、長年の取り組みは決して無駄にはならない。呪術師たちもクランマスターを見習って気を奮い立たせようとしていた。


「さすがです、マスター。では参加者には、墓地のダンジョン特有のモンスターや現象についての研究成果を披露します。興味深く学んでもらえるでしょう」

「ああ、任せる。我らがクランの研究が、如何に素晴らしいか知らしめてやれ」



 その夜、交流会は何事もなかったように、むしろ平和裏に終了した。

 上位クランのひとつである『深淵究明会』は、急な事態に絶望感を覚えながらも立て直してみせたのだ。元より、体裁を整える程度の自覚と実行力を持っていたことが幸いし、体面を保つことができた。


 モンスターの研究に特化した特徴的なクランの講義は、管理下のダンジョン内という環境も含めて、訪れた数少ない客に満足感を与えることに成功したのだった。


 客が去ったあと『深淵究明会』の呪術師たちは、改めて謎の現象を振り返った。

 あの時の恐怖感と困惑、そして理解不能な事態を思い出すと、誰もが簡単に眠りにつくことはできなかった。

 ただ、困惑と失望だけに終わらず、次なる目標に向かって仕切り直せるところは、上位クランらしいと言えた。



 翌朝。

 葵はクランハウスでのんきにお菓子を食べながら、にこやかに口走った。


「昨日の交流会、めっちゃ勉強になったよ。みんな親切だったし、特に館の雰囲気が独特で最高だったわ。また行きたいなー」

「そうだったの? 評判が悪いと聞いていたけど、意外によかったのね」

「いやー、特殊なモンスターがどうのって話が面白くてさ、実際には見れなかったんだけど、あの人たち話が面白いんだよ。それに雰囲気がすごかったわ。全然ハンターっぽくはなかったけど、あのクランはエンタメ特化だよ! そういうのもありなんだね」

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― 新着の感想 ―
これは紛うことなき光の主人公葵ちゃん!
ウルトラハードに切り替わって台無しに 偶然モンスター倒してスキル強化貰った人は居るのかな
更新お疲れ様です。 >失敗したなら次に活かせばよし 多分加護とかの影響なんでしょうけど、葵ちゃんは周りの人間に無意識にバフ(?)をばら蒔く感じになってたりするのかな? 黒沼氏、葵ちゃんのバフ(仮)が…
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