ハンターがお嬢様講習?
カッコいいおばあちゃんのあいさつに、なんでかみんなの緊張感が高まった気がした。
これは交流会なんだから、もっとフレンドリーなイベントにしてくれよ。そうじゃないっぽいよね?
なにをするのか、ますますわからんわ。
「本日は『武蔵野お嬢様組』主催の交流会に、ご参加ありがとう。私はクランマスターの桜庭楓です」
おー、クランマスターじゃん。この人がトップってことか。
すっごい迫力あるおばあちゃんだね。でもこのおばあちゃんがハンターやってるってことだよね?
元気そうではあるけど、おばあちゃんになっても現役ハンターって、マジかよ。すげーわ。
「交流会初日の今日は、皆さんにハンターとしての基礎的なマナーを学んでもらおうかと思っていましたが……どうやら皆さん、その程度のことを改めて学び直す必要はなさそうですね」
え、マナー講習だったのかよ。まあ、お嬢様組だからそういう感じになってもおかしくないか。
私は雪乃さんに鍛えられているし、ちゃんとマナーを身につけた立派な成人女性だからね。そりゃあ学び直す必要なんて、全然まったくないわ。
おばあちゃんが私をジロッと見た気がしたけど、きっと立派なもんだと感心したに違いない。私ったら姿勢のよさは評判いいし。
「ハンターという職業は特殊です。ダンジョンでは文字どおり生死を共にする仲間との絆が、何より重要になります。そして、地上では様々な立場の人と関わることになる。ダンジョン管理所の職員とはもちろん、装備や道具の調達、情報の収集……すべてが人と人との関係で成り立っています。つまり、マナーとは相手への思いやりを形にしたもの。それが身についているハンターは、どこへ行っても歓迎され、信頼されやすくなります。逆に、ハンターとしてどれほど強くても、マナーが身についていなければ……」
おばあちゃんの視線がまた私に向けられた気がして、なんかドキッとしてしまった。
いやいや、私はできる女だからね。この私のようになりなさいってことだろう。そういうことだよ。
この場にいるひよっこたちよ、がんばって将来有望な私のようになれよ!
「孤立してしまうのです。ハンターにとって、それは避けるべき状況ですね」
そのとーりだよ!
まあ私たちは塩対応しまくりで、ほかのハンターには嫌われてるけどね。いつも専用ダンジョンだから、全然気にしないけど。
「さて、マナーの重要性はここまでにして、本題に入りましょう。そうですね、今日は戦術について理解を深めていきましょう。詳しい方もいるでしょうが、学び直す機会と捉えてください」
いきなり超小難しい感じの話じゃん。うへー、やだなあ。
「では質問です。6人パーティでダンジョンに挑む場合、どのような隊列を組みますか?」
おばあちゃんの質問に、何人かの手が上がった。みんな積極的だね。
指名されたのは、マジメそうな顔のお嬢だった。
「所持スキルやメンバー編成にもよりますが、基本は前衛2名、中衛2名、後衛2名の隊列とします。前衛にタンク役とアタッカー、中衛と後衛にはそれぞれ攻撃とサポート役を配置します」
「よろしい。ダンジョンの環境やモンスターの数にもよりますが、基本を押さえておくことは大事です。また、役割を分けることによって戦闘中の目的意識は明確になりますが、複数の役割を担うことができなければダンジョン中層以降では行き詰まります。それはなぜですか?」
やる気に満ちたお嬢たちが手を上げて、また小難しいことを言っている。
いやー、だいぶキツイわ。朝っぱらからこの調子じゃ、私はギブアップしちまうよ。
私たちだって、ダンジョンではちゃんと隊列は組んでいるけどね。
沖ちゃんと私が前を歩いて、その後ろにマドカ、そんでもってツバキとまゆまゆ、最後尾にリカちゃんと銀ちゃん、そんな感じで列になって歩く。でもって、戦いになったらその時にどうするか決める。最初から前衛がどうとか、意味ないわ。
銀ちゃんがドカンと銃をぶっ放すだけで終わる時もあれば、不動のリカちゃんをおとりにしてモンスターを集めたり、私と沖ちゃんが突撃したり、いろいろだ。
事前にごちゃごちゃ考えても、あんま意味ないと思うけどね。それこそ、その時次第だよ。
ふわ~あ、ちょっとこれは付き合ってられないわ。
ういー、小学校時代に修得した秘儀『うつむき加減だけど寝ているようには見えない体勢で寝る』を発動!
ひよっこどもはがんばりたまえよー。
「――そこのあなた、聞いていますか?」
「っはい!」
うおっ、バレた? 居眠りバレたの? でも反射的に立ち上がったし、いい返事はできたよね? セーフっぽい?
あ、やばいね。視線がめっちゃ集まってるよ。
なに? なんか答えないといけない感じ?
「もう一度聞きます。あなたが指揮官として、クラン単位での行動中です。想定外のイレギュラーモンスターと遭遇し、勝つことは難しい状況となった場合、指揮官であるあなたはどのような命令を下しますか?」
親切じゃん。質問内容をちゃんと教えてくれたね。そういうことなら簡単だよ。
「逃げます! リーダーの私がおとりになって、その間にみんなを逃がします」
「それはあなたが犠牲になるということですか?」
「え? いや、私は強いから時間稼げるんで。そんでもって、そのあとちゃんと逃げます」
勝てないなら、それしかなくね?
「よろしい。指揮官に求められることは数多くありますが、そのひとつは的確な判断です。退却を決断の基準、そして方法は常に想定しておきましょう。では次に――」
あぶねー。なんとか乗り切ったっぽい。
またもや猛烈に眠くなったところで、やっと午前中の講義が終わってくれた。
もう帰りたいなと思ったけど、昼メシの時間になった。タダメシにはありつきたい。
「うへー、食事のマナー講習もあんのかよ……」
タダメシほど美味しいものはないけど、かなり気疲れしてしまった。
私は雪乃さんに鍛えられているからほぼ問題なかったけど、細かいことを考えるとマナーってのはなかなか面倒だね。
そして午後は想定外もいいところの、乗馬のレッスンになった。
なんで馬に乗るのか意味がわからん。どういうことだよ。めっちゃお金持ちっぽいイメージはあるし、たしかにお嬢様っぽい感じはあるけどね。
あれか? 上流階級のたしなみ的な? 古くからの伝統的なやつ?
そういうことなら仕方ないのかな。このクランは「お嬢様組」だもんね。
まあ机に向かっての講義よりは、よっぽど面白そうだからいいけど。
「それでは乗馬の基礎を学んでいきましょう。まずは付いてきてください」
おばあちゃんから変わって、講師役はキリッとしたお姉さんになった。
その人に案内された裏庭のほうには、立派な馬小屋やら乗馬場やらが広がっていた。すごい本格的。しかも想像以上に広い。ここのクランやっぱハンパないわ。
「こちらが厩舎です。今日の相棒たちを紹介しますね」
厩舎、馬小屋だよね。そこから連れ出された馬を見て、参加者のお嬢たちが「まあ、素敵」「美しいですわ」なんて声を上げている。
ほうほう、たしかによく見るとキレイな毛並みをしているよ。
うおー、馬って結構でかいね。こんな近くで初めて見たわ。
「あなたが永倉さんね。乗馬は初めて?」
「そうっす!」
「ではあなたには、あのシルバースターがいいわね。ほら、あっちの。とても穏やかな性格で、初心者でも安心できるから」
お姉さんが紹介してくれたのは、灰色がかった色の馬だった。目が優しい感じだね。あいつなら従順そうだよ。
まあ日頃からモンスターを手玉に取っている私だ。畜生くらい、余裕で手なずけられるわ。たぶん初めてでも乗馬くらい楽勝よ。
「あ、えっと、まずはどうやって仲良くなったらいい?」
一応、お姉さんに聞いておこうかな。こういうのはどっちが格上か、はっきりさせるのがいいとは思うけどね。
「まずは手のひらを見せて、優しく声をかけてあげて」
あ、そういう感じか。まあ簡単ですな。言われたとおりに手を差し出してみるよ。さっそく近づいてっと。
「シルバースター、今日はよろー」
その瞬間だよ。馬の表情が、がらっと変わった気がした。
さっきまでの穏やかな目が、なんだか警戒心でいっぱいになっている。と思ったら、いきなりヒヒーン! と威嚇してきやがったよ。
でっかい鳴き声にびっくりしてしまったわ。さらに前足で地面をガンガン叩き始めた。なんだよこいつ。
優しいどころか、めっちゃ気性が荒いじゃん。
「うーん? もしかして、なんかご機嫌悪い?」
「おかしいですね……シルバースターはとても大人しい子なのに」
今日に限ってご機嫌ななめかよ。なんだよ、畜生の分際でよー。
馬小屋の係の人も困っているっぽいね。こんな気分屋はもういいよ。
「ダメっぽいね。ほかの馬は?」
「そうね。では、あっちのムーンライトで」
今度は真っ白な馬だ。これはさっきよりちょい小さくて可愛い感じかも。
「よっしゃ、ムーンライト! よろー」
また近づいて手を差し出したら、馬があからさまに歯をむき出しにして、また威嚇してやがったよ。
しかも今度はもっと大きな声で鳴いて、また前足をガンガンやり始めやがった! こいつもかよ。
「きゃー!」
「うおっ、なに?」
なんでか、近くのお嬢たちが悲鳴を上げ始めた。
うっさいわねー。馬といいお嬢たちといい、さっきからなんなんだよ。まったくもう。




