究極上昇文明レベル
いつものように公園のベンチで起床。
夜中に暴れまくって疲れていたし、寝た時間が遅すぎたせいで、随分と日の高い時間の目覚めになってしまった。
魔法学園の制服ルックで野宿する私はそれはそれは目立っていたのか、起きた瞬間から多数の視線を感じた。
「チッ、見てんじゃねーよ」
人目の多い時間帯の公園では、いつものように身支度することは難しい。乙女の恥じらい的に。
さてどうしよう。
そうだ、今日の私はお金持ちだった。ちょっと考えて行動しよう。
公園の水で下着を洗う必要も、体を拭く必要もない。ついでに水道水でお腹いっぱいにする必要だってない。
とりあえずは、やっぱり体を綺麗にしたい。手っ取り早く贅沢して、コンビニで替えの下着を調達してから念願の銭湯かな。
さっぱりしてから、腹ごしらえ。んでもって、新しい服や靴もほしいよね。
今日は買い物三昧でいこうかな。なんてったって、私はお金持ちなんだから!
これまでは前を通りすぎるだけで、金欠ゆえに立ち入ることのできなかった癒しの館。
その名も銭湯。素晴らしき憩いの場だ。
贅沢にも新品のタオルやらシャンプーやらを購入し、ごしごしと体中を丁寧に磨いたら、念願の湯に浸かる。
「ふあーーー、この世の極楽じゃーーー」
全身をめいっぱい伸ばし、寝転がるような体勢で熱い湯に浸かる。
痩せの体を隠してくれる乳白色の湯は天然の温泉だろうか? 気持ちよければなんでもいいか。
決めた、ふやけるまでここにいるぞ。
「くっ、あははは! なに言ってんだい。若いお嬢ちゃんがジジイみたいに」
しまった、完全に油断した。普通に人いるじゃん。
「いやー気持ちよくて、つい」
「真っ昼間から入る広い風呂は気持ちいいだろ? あたしはいつもいるんだけど、お嬢ちゃんは初めて見る顔だね」
デブのおばさんは暇なのか、馴れ馴れしく絡んでくる。
ゆっくりさせてくれや。こちとら久しぶりの風呂なんじゃ。
「初めてっすよー、前から入ってみたかったんですけどね。はあー、それにしても気持ちよすぎて眠っちまいそうですわー」
わざとらしく目を閉じた。
話しかけてくれるなよと、この態度でわかってくれ。頼むぞ。
「実はあたし、ここのオーナーでね。そこまで言ってもらえると嬉しいもんだね。お嬢ちゃん気に入ったから、あとで割引券あげるよ」
なんとー! 割引券はでかすぎるだろ!
気安く話しかけんなとか思って、すまんかった。いくらでも話しかけてくださいや。
「それじゃ、ごゆっくりね」
「オーナーさん、ありがとうございます! ゆっくりします!」
言われなくてもゆっくりするつもりだったけど、社交辞令は円滑なコミュニケーションに役立つ。そのくらいのことは理解している成人女性です。
その後はまさにふやけるまで広い風呂を堪能し、さらなる贅沢でコーヒー牛乳なんてものまで買ってしまった。
「ういー、たまらんわ」
腰に手を当てる伝統的なスタイルで、ごきゅっと一気に飲み干した。
ちょっと我ながら贅沢しすぎでは?
帰り際にはきっちりとオーナーさんから割引券を回収し、後ろ髪を引かれる思いで憩いの場をあとにした。
すっきりさっぱりしたあとでは、腹ごしらえの時間です。
今回はさらに贅沢に、牛丼と豚汁、サラダに加えて、オプションの半熟玉子、おまけにから揚げまで注文してしまった。
これは究極の贅沢よくばりセットと言えるだろう。やばすぎる。
「まっずいね。こんなの知ったら、もう貧乏には戻れないって」
文明レベル上がりまくり。
食後は腹ごなしのお散歩タイム。これも贅沢な時間の使い方だ。
今日はホントに贅沢三昧な一日になりそう。
ぶらぶらといつもより遠くに出向いてみたら、何やら人がたくさんいる広場に行き当たった。
「ほほー、フリーマーケットやってんじゃん。ちょうどいいや、イイ感じの古着があればほしいわねー」
ちょっと目立つけど魔法学園ルックは気に入っている。制服っぽい感じの服があれば、ほかにも買おうかしらね。
冷やかしなんて悠長な意気込みではなく、フリーマーケットガチ勢として事に臨む。
日用雑貨は気になるけど、ホームレスの身分には不要だ。
絵画や壷、意味不明の置物は当然スルー。
いや、実はとんでもない値打ちものが紛れている可能性が?
ビビッときたのがあったら買うべきなの? ここは手を出すべき?
「あ、制服っぽいのいっぱいあるじゃん」
可愛い服が吊るしてあれば、遠くからでもよく目立つ。
吸い寄せられるようにして向かった。
ところが。
んー、あんまいいのないな。
じっくり見たけど、それっぽくても安っぽいものしか置いてない。
悪くはないけど気に入るかと言われるとなー。びみょー。
いま着ている魔法学園ルックのクオリティと比べてしまうとね。
「気に入らないですかー?」
「んあ?」
フリマ店主のお姉さんに話しかけられた。
さっきまでほかの客と話していたから、私のことなんか見てないと思ったのに。
「顔に出てますよ。そりゃあ、あなたの服と比べたら質は落ちるけど、悪いものじゃないですよ。何より安いですし」
「ダメダメ、私の服レベルのクオリティじゃないと。お金ならあるんで!」
ドンッ!
「あなた面白いですねー。でも質にこだわるならフリマはないですかねー」
「やっぱないか。しゃーない、だったらパジャマ用にスウェットかジャージでも買ってくかな。せっかくだし」
「あ、ジャージ? これでよければ安くしときますよ」
横手のごちゃっとした山から引っ張り出されたのは、紺色の芋ジャージだった。
「結構くたびれちゃってるんで、いつも売れ残るんですよね。あ、洗濯はしてあるんで綺麗は綺麗ですよ。まあ、いい加減持って帰るのも面倒なんで、もし全部まとめて買ってくれるなら、上下セット五着、1,000円ちょうどでどうです? サイズもたぶん、お客さんに合ってると思うんですけど」
買うとは思っていないのだろう。やる気のなさが声に出ているセールストークだ。
実際、可愛い服を求めてここにいる女子が、いくらパジャマ用のテキトーな服を探しているとしても、くたびれた紺色の芋ジャージ、それも五着まったく同じものをまとめて買うと考えるのはアホだ。常識がない。
「ハハッ!」
「やっぱりいらないですよねー」
「よし、買った! ついでにそっちのタオルセットも買ったー!」
「え、いいんですか? ありがとうございますー」
さすがに一着あたり200円はありえんだろ。お得すぎるだろ。
しみついた貧乏性!
結構お金あるのに、また芋ジャージ!
でもお得なんだよ!




