ねんがんの絵画を買おう!
マドカのサブクラスゲットは、やっぱり私としてもすごい嬉しかった。
最初のひどすぎクラスのお仲間だったし、おそろいっぽいサブクラスだったのもなんだか嬉しい。
ついでにゲットした弁財天の祝福もでかい。
自分たちだとよくわからんけど魅力はアップしたし、財運アップはとにかく気分がいい!
そんな嬉しいことがあっても、私たちに立ち止まっている時間はない。
とりあえずは残る沖ちゃんとリカちゃんのサブクラスゲットを第一目標に、ハンターとしての経験を積む毎日を過ごす。
ダンジョン巡りを繰り返し、いろんな環境やモンスターと戦いまくる。
そうやって目標を達成したら、次はまた経験値とお金を稼ぎまくるモードに入って、クランランキングを駆け上がる!
本番はまだまだこれからな感じだね。
ほかのクランやハンターのことなんて私はどうでもいいけど、ランキングがあるなら上に行きたい。お得なことがあるらしいし、どうせならね。
でも、休む時は休む!
メリハリが大事だよって、みんないつも言ってるからね。私も今日は羽を伸ばすぞ。
6月に入った休日の午後、真のクランハウスのロビーでだらだらする。
みんなそれぞれ用事があって出かけているし、雪乃さんたちも仕事で忙しそう。残っているリカちゃんは真剣な顔で読書中だしで、なんか暇だわ。
どうしよっかな。
あ、そういえば最近、お金持ちらしいことって全然やってない気がするね。
お金持ちになったら絵とか壷とか買うって、前からずっと言ってたのに。いまの私なら余裕で買えるはずなのに、すっかり忘れていたわ。
この金属感バリバリで、殺風景なロビーをちょっとは飾り立てたいわ。
「そうだよ、絵とか壷とか買いに行こう!」
暇な今日こそ、これをやるべき。運命の日は今日だったんだよ。
お高い絵とか壷は、お金持ちだからこそ買わないといけない必須アイテムなんだから。
「葵ちゃん、どうしたんですか? 急に大きな声出して」
ソファから立ち上がると、リカちゃんが本から顔を上げていた。読んでいた本を膝の上に置いて、不思議そうな顔をしている。
「リカちゃん。私はね、思い立ったんだよ。絵とか壷とか買いに行くってね! あ、一緒に行く?」
「それは面白そうですねえ。一緒に行きましょうか」
おお、ノリがいいね。さすがリカちゃんだよ。
「いやー、前から絵とか壷は買う気満々だったんだけどさ。いよいよって感じだよ」
「言ってましたねえ。でも、どこに買いに行くんです?」
「どこ? えーっと……」
そういえば、どこで売ってるんだろうね。美術館? でもあそこは見るだけの場所だよね。たぶん。
あれ、困ったわ。意外と知らんもんだね。
「駅前にギャラリーがオープンしてるのを、ちょっと前に見かけましたよ。絵画のグループ展か何かだったと思います」
「おー、それだ! リカちゃん、ナイスだよ」
でも練馬の駅前でギャラリー? そんなのが開かれるなんて、都心じゃないのに練馬もなかなかやるじゃん。
まあウン億円の絵とかはないだろうから、きっと庶民向けだよね。それでも気に入るのがあればほしいわ。値段は大事だけど、魂も大事だからね。
「たまたま見かけただけですけど。じゃあ、出かける準備しましょうか」
よっしゃよっしゃ。ついに念願の絵を買う時がきたのかも!
駅前の雑居ビルにあったのは、思ったよりも広めのギャラリー? 要するに絵がたくさん飾ってあって、それを買うこともできる場所だった。
入り口には「新緑セレクション 期間限定開催中」の看板が出ていて、なかなか本格的な雰囲気だね。
「うおー、芸術の香りがするわ」
「まだ中にも入ってませんよ、葵ちゃん。あと観覧中は静かにしないとマナー違反になっちゃいます」
「そっかそっか。芸術を見に来たんだからね、騒いだらいけないよね。わかったよ」
自動ドアをくぐると、白い壁に額縁に入った絵がずらっと並んでいる。すげーわ。
受付のおばさんに軽くあいさつして、さっそく物色開始といこう。
「おいすー、見てもいい?」
「はい、いらっしゃいませ。どうぞご覧になっていってください」
優しそうなおばさんだ。ほかにもそこそこ人がいるみたいだけど、みんなお上品な感じがするね。
さて、なんか気に入るのがあるといいな。
「うえーっと、芸術的で高級感ある……なんかこう、アバンギャルドでシュールリアリスティック? そんな作品はないかな?」
お金持ちらしく、芸術用語を駆使しまくるよ。我ながらなかなかのインテリ感だわ。
「葵ちゃん、それ意味違いますよ」
「そうなん?」
「アバンギャルドは前衛的って意味で、シュールリアリスティックは超現実主義のことです。全然違う系統ですよ」
マジかよ。リカちゃんに冷静に突っ込まれてしまった。やっぱり芸術用語は難しいわ。
まあいいや、適当に見て回ろう。
「ほうほう? これなんかいいね。タイトルは『紫陽花の街角』……って、うえっ?」
大きくて目立つ絵の値札を見て、思わず声を上げてしまった。
マジかよ。庶民向けのはずなのに、300万円もするんだけど。値段間違ってないよね?
「お客様、少しお声を……」
係員っぽいお姉さんに注意されてしまった。
しまった、ギャラリーで大声出すなんて非常識だったわ。
「すんません!」
誠意を示す完全な謝罪を繰り出した。これでよし。
なんでかびっくりしている係員っぽいお姉さんの肩をポンと叩いたら、リカちゃんと一緒に奥へ進む。
「葵ちゃん、絵画は基本的に高価なものですよ。こちらはグループ展なので、作家さんの代表作が並んでいるのかもしれませんねえ」
「代表作? そっか、自慢の絵ってことだもんね。そりゃお高いはずだよ」
改めて絵と値段を見てみると、安くても数十万円な感じだ。
でもまあ、私は立派な成人女性で、お金はちゃんとあるからね。全然問題ないよ。
そうはいっても下手な買い物をする気はない。私は超すごいやつか、超気に入ったものしかほしくないからね。
気に入るのがなければ、見るだけ見て帰ろう。なにか買わなきゃ出られない雰囲気でもないし、それでいいはず。
そんなことを考えながら歩いていると、ひとつの絵の前で足が止まった。
「……おお、これ」
どこかの庭園の絵だね。色とりどりのお花、それと緑のアーチっぽいものが描かれていて、なんかこう優しい光に包まれている感がすごい。
もう見ているだけで心が落ち着くような、そんな不思議な魅力があるわ。小さめの絵だけど、これめっちゃいいね。
「いい絵ですね。作者は……桜野楓さんですか」
リカちゃんが作者名を読み上げた。私は全然知らんけど、きっと有名な画家なんだろうね。こんなにいい絵を描く人なんだし。
「技法的にも興味深いですねえ。写実的でありながら、どこか幻想的な雰囲気を感じさせます。光の使い方が特に巧妙で……」
ほうほう、よくわからんけどそういうこと? やっぱりなんかすごいっぽいじゃん。
「理屈はわからんけど、これいいよね。なんかこう、ギュッとするんだよ。心がさ」
「心がギュッと、ですか」
「そうそう。この絵、気に入ったわ」
お値段の札には30万円と書いてある。庶民の魂で普通に考えれば、アホみたいにお高い。だけど、ほかの絵と比べるとちょい安めな感じもある。そのせいでお得感あるわ。
「モノにもよりますけど、絵画はギャンブルより確度の高い投資ですよ」
元ギャンブラーの言葉には説得力があるわ。投資っていかにもお金持ちっぽいし。いいじゃん。
「なるほどね。よし、これ買うわ」
そこらにいた係員っぽい人に、これおくれと言えば購入手続きをすることになった。
なんやかんやと小難しい説明を聞き流して、最後にお金をドンと支払った。
「お届け先は、こちらのクランハウス『絶望の花園オルタナティブ』でいいですか?」
「このまま持って帰ってもいい?」
手続きを終えて、大切に包装された絵を受け取った。思ったより重量感あるけど、これが私の初めての絵画購入だよ。
うおー、すごい満足感あるわ。
「いい買い物でしたね、葵ちゃん」
「だね! これで花園の文明レベルもちょっと上がるよ」
絵を大事に次元ポーチにしまって、クランハウスへの帰り道を歩く。
きっとみんなも喜ぶよね。あんなにいい絵なんだからね。
やべー、ついに絵を買っちまったよ。久々に文明レベルが上がったわ。




