【Others Side】武蔵野お嬢様組
【Others Side】
長き伝統ある由緒正しいクラン『武蔵野お嬢様組』のサブクランマスター、星ノ宮 聖来は、移動中の車内で考えに没頭していた。
「セーラ様、間もなく紫雲館に到着いたします」
「……ええ」
紫雲館は東京都郊外にたたずむ豪奢な洋館で、古き良き時代の貴族の館を思わせる外観をしている。
敷地は広く庭も丁寧に手入れされ、訪れる者に伝統と格式を強く印象付けた。
ここは『武蔵野お嬢様組』が擁するクランハウスのひとつであり、同クランの本拠地でもあった。
クランハウス入口の門を抜け、ちょっとした丘のような敷地を車が走る。
館の前に黒塗りの高級車が停車すると、二人の女性が降りた。
「琴葉は彼女をどう思った?」
「そうですね。人柄としては、良い意味で素直で明るい方です。悪い意味では隙があまりに多いと思いました」
歩きながらの会話は、つい先ほどまで一緒にいた少女、永倉葵スカーレットについてだ。
「そうね。性格的に少し毒はあるようだけど、意外なほど素直で面白い子だったわ。蒼龍の御大が気にかけるのもわかる気がしたわね。突出した戦闘技術の才能があるのに、あの隙の多さは危ういもの」
紫雲館の伝統的な外観の印象と共に、内装の重厚感も訪れる者に感心を覚えさせる。
しかしその内装の見えないところには最新鋭の設備が配置され、想像以上に機能性が高かった。
廊下を歩く二人が近づくと、見かけ上は観音開きの大きなドアが自動で開く。
部屋の中は大きな円卓とホログラムディスプレイが目立つ会議室だった。定位置に腰かけ、二人は歩きながらだった会話の続きを始める。
「ずっと不思議に思っていたの。蒼龍杯で示した力は本物よ。少なくとも戦闘センスはズバ抜けて高い。そんなあの子が、限られた少数としか組まないのはなぜか。それに特殊なスキル『ソロダンジョン』に閉じこもって、ダンジョンでの戦いを見せたがらないのはなぜか。話してみて、わかった気がするわね」
「高千穂春琉花の『ベリーハードモード』と同じ、あるいは類似性の高いスキルを持っている。おそらく、間違いないかと」
セーラの腹心、白峰琴葉は確信のある口調で言った。
「その理由は? 琴葉はどう考えたの?」
「理由はいくつかありますが、まずセーラ様との会話で受け答えが不自然なところがありました。ハンターなら『ベリーハードモード』の恩恵は魅力的です。特にスキルの強化にまったく興味を示さないのはおかしいです。さらに、スキル発動者に恩恵がないと自然に言い切っていたのが気になりました。それは明るみになっていない情報です」
琴葉は思い返すようにしながら、銀座での会話内容を振り返った。
「その通りね。高品質魔石のドロップ率が高くなることについてもそう。これはトップクラン同士の縁で、特別に早く天剣から得た未公開情報よ。すぐに誰もが知ることになるから大した情報ではないのだけど、葵はまるで当然のように話を聞いていたわ」
「知っていたから驚かなかったのだと思います。あの素直な葵さんが、驚くような話を聞いて何ら特別な反応を示さないとは考えにくいです。今日のあの態度がすべて演技というなら話は変わるのですが……」
「もしあれが演技だったとしたら、それはそれで感心するわね」
演技の可能性を指摘しながらも、二人はその確率が著しく低いだろうと考えていた。
「あとはハンターとしての戦闘実績です。葵さんが戦う姿は、モンスターの出現しない花やしきダンジョンでのみ確認されています。ほかでは目撃情報がありません」
「それは特別な意味を考えるに値する事実よね」
手元に置いたタブレットで、琴葉は会話をしながら素早く内容をまとめていた。
「セーラ様、今回の件はクラン内で共有しますか?」
「まだ不確定な情報よ。仮に確定情報だとしても、むやみに広めてよい話ではないわ。楓様にだけは、私から直接話しておくから」
「承知しました。では念のため本日の記録は破棄します」
「そうしておいて」
「しかしセーラ様、どうなさるおつもりですか?」
セーラは思案気な表情を作りながら、葵の映るホログラムディスプレイを見つめた。これはスマホを買った記念に、葵にねだられて一緒に撮影したものだった。
「……もう少し情報を集めて。もし本当に『ベリーハードモード』のようなスキルを持っていた場合、簡単に明かせるものではないわ。交渉するにしても、向こうが何をほしがっていて何を嫌がるのか。切り出すタイミングも考慮したいわね。そもそも協力関係を築くことで、私たち紫雲館にとってどのような利益があるか、徹底的に洗い直す必要があるわ」
琴葉は真剣な表情でうなづいた。
「情報を集めながら、あらゆる可能性を検討します。同時にフロレゾへのコンタクトは継続します」
「ええ、天剣とフロレゾへはこれまでと変わらない対応を続けて」
「ちなみに蒼龍様は、葵さんやあのクランに関する秘密を知っていると思いますか?」
「どうかしらね。あの御大が、戦闘センスが並外れているというだけで、特定のハンターに肩入れするとは考えにくいわ。そういう意味でも、何かしらの秘密を知っていそうな気はするわね」
ここで会議室の扉が開かれた。
部屋を訪れたのは年配の女性で、髪は白く体もやせ細っていたが、動きはキビキビとし眼光は鋭かった。
「楓様」
「なんだ、聖来と琴葉か。お前たち二人だけで、また悪巧みか?」
「悪巧みだなんて、よしてください。それよりお体の具合はよいのですか?」
「今日は調子がよくてね、庭に咲いた花の絵でも描こうと思ったのさ。そのついでに誰かいないか、顔を拝みに来てやっただけだよ。さて、まさか世間話をしていたわけじゃないだろう? 面白い話なら聞かせな」
紫雲館のクランマスター、桜庭楓が楽しそうに言う。
「そうですね、では銀座での運命の出会いから」
「銀座で運命? 男の話か」
「違います。蒼龍の御大が目をかけているハンターのことは知っていますよね? 偶然ですが彼女と会って話をしたのです」
「あのジジイが入れて込んでるって奴か! それは面白そうな話だね。お前たちから見て、そいつはどんな奴だった? どうせ小賢しくて嫌味なタイプじゃないか?」
「おそらく楓様の想像とは違っていて――」
楓はとうの昔にダンジョンでの活動は行っていなかったが、クラン代表としての立場には居続けている。これは政界への影響力を保持する伝統あるクランとして、特殊な在り方だった。数多くある一般のクランとは、そこが完全に違っている。
ハンターとは、人類社会に欠かすことのできないエネルギー資源、魂石を始めとして、人の手では作り出すことの出ない数々のダンジョン産のアイテムを集め社会に還元する存在だ。
政財界と無縁ではいられず、特にトップ層のクランはハンターを代表するような立場に近い。
伝統と格式。
主には上流階級において、こうした価値観を重視する風潮は強い。
しかし長きに渡って獲得し続けた信用と信頼は、古臭いとも形容できる伝統と格式にこそ密接に結びついていると考えられる。どれだけの富を得ようと、金で買うことのできないのが伝統と格式であり、また信用と信頼でもある。
これは若いハンターやクランには、決して軽々に得られないものであった。




