冷静に考えると怪しいお店?
うあー、まだ春だというのに日差しが強くて暑いね。
やっぱり上着はなくて正解だったわ。そんなことを思いながらタクシーを降りようとしたら「お客さん」と呼び止められた。
「さっきも言ったけどあそこのお店ね。ここいらじゃ、一番有名なお店だから」
「ありがとー! ほいじゃねー」
ベテラン運転手のおっちゃんは頼りになるわ。有名な店ならすごいスマホが買えそうな気がするね。
それにしてもさすが銀座だよ。もう店構えからして、高級感あふれちゃってるわ。よくわからんけど、なんとなく聞いたことある名前っぽいし、きっとすごい店に違いない。さっそく乗り込むぞ。
「たのもー」
自動ドアの向こうの店内は、とてもおしゃれでなんだろう、ちょっと博物館みたいな洗練された空間だった。さすが銀座の店って感じ?
木目調が綺麗なテーブルの上には、ずらっとスマホやらタブレットやらが並び、たくさんの客が見たり手に取ったりしている。勝手に触ってもいいっぽいね。
よくわからんけど、どうせだしお高いの買うかな。お高いのを買っておけば間違いないよね。
英国お嬢様風スタイルで胸を張って歩く。なんてったって、私はお金持ちだからね。堂々と、そして気前よくお金を使う!
空いていたスペースに入り込んで、さっそくスマホを触ってみる。
おおー、いまからこれが私のモノになるのか。なんか気分が高まってきたわ。でも下手にいじくり回すと、壊しちゃいそうな気がするね。使い方はどうせマドカたちに聞くし、ここではあまり触らなくてもいいかな。
あれでもこれ、どうすんの? これはサンプルっぽい? どこに商品が?
聞けばいいか。店員さんたちは、みんな同じシャツを着ていてわかりやすい。誰に声をかけるかなと思っていると、ちょうど店員さんがこっちに歩いてくる。ナイスだよ。
「おいすー、お姉さん。スマホくださいな。いっちゃん高いやつ!」
にこやかで優しい雰囲気のお姉さんが、すぐ隣に来てくれた。
「お値段が高い機種ですか? でしたら、あちらが最新のモデルですね」
フレンドリー感ある店員のお姉さんに導かれて、別のテーブルまでついて行く。そこには見た目では全然見分けのつかない、さっき見たのと同じっぽいものがある。なにが違うん?
「お好きな色はありますか? このモデルは色が豊富で――」
まあいいか。最新のモデルとやらは、よく見ればたしかにお高そうなフォルムをしているね。なんとなくそんな気がするわ。さすがは最新のやつだよ。旧型とはもう雰囲気が違いますよ。
え、あれ?
なんかちっちゃい数字の書かれた、ちっちゃい値札っぽいものがある。これって、この最新のやつの値段てこと?
249,800円(税込み)
どう見ても値段だよね。間違いないわ。うえ、マジかよ。ゼロがひとつ多くね?
最新だからかな。もう最新すぎて、ちょっとお値段が変な感じになってるのかな。そうだよね。
これはあまりにも最新すぎちゃったか。
「お姉さん!」
「は、はい。どうかされました?」
「一応聞くんだけどさ、いっちゃん安いはどれ? いやまあ私はいっちゃん高いのを買うつもりなんだけどね? 一応ね、気になるからさ」
「それでしたら、あちらです」
また導かれるままについて行くと、今度はちょっとだけコンパクトなスマホがあった。明らかにさっきのよりは見た目からしてサイズが小さい。これは違いがわかりやすいわ。
「こちらは第3世代のスマホですが、お値段はお手頃ですよ」
62,800円(税込み)
ほうほう。これがいっちゃん安い?
ちょっと待てい。バカを言っちゃいけないよ。
マジかよ。スマホってこんな高いの?
いっちゃん安くて6万円って。
世の中、もうみんなが持ってるから、てっきりもっとお手頃価格かと思っていたわ。お姉さんはお手頃とか言ってるけど、これは全然お手頃じゃないだろ。
でもおかしくない?
私は立派な成人女性で将来有望なハンターだからいいけど、そこらのガキんちょでも普通に持っているのがスマホだよ?
まさかこんなアホみたいに高いとは思わないわ。世の中どうなってんの。日本から庶民は消滅したの?
あっ、もしかして!
私ったらだまされてない? いままさに、だまされようとしてない?
タクシーのおっちゃんとこの店が裏で組んでいて、のこのこ入り込んだマヌケな客をだまそうとしているのでは?
やばい。この店、やべーかも。
銀座の土地柄とおしゃれ感に惑わされて、まんまとだまされるところだったわ。銀座だったらこのくらいはするよねって、思わされるのが罠だよ。
あぶねーわ。あぶねーところだったわ。
まったく、親切なフリしてこの店員のお姉さんも怖い女だね。
どうしよう。このピンチをどう切り抜けたものかな。
さらっと普通に帰れる?
やべー店だったら、絶対に引き留められるよね。それも強引な感じで。
もしもの時には暴れ回って、優しそうなお姉さんだろうが殴り飛ばして逃げるしかない。
この将来有望な新人ハンター永倉葵を、そこらのマヌケな奴らと同じにされちゃたまらないわ。なめんなよ!
うん、やるしかないわ。仕方ないよね。
「あの、お客様? どうかしました? 大丈夫ですか?」
そうか。人をだますような奴は、こうやって親切なフリをするんだね。
人間って怖いよ。でも立派な成人女性である私には通用しないよ。まったくもう、甘く見られたもんだね。
ちょっとだけでも言ってやらないと気が済まないわ。
よし、言ってやる。こんな仕事で人を平気でだまして、ふざけんなって言ってやる!
「こんの――」
「あなた、もしかして。永倉葵スカーレットさん?」
うおっ、びっくりした。
「不躾にごめんなさい。私は星ノ宮聖来、『武蔵野お嬢様組』のセーラと言えばわかるかしら?」
なになに、なんなの?
急にわかるかしらって、言われても。え、誰? 全然、わからん。お嬢様組ってなんだよ。
しっかし、めっちゃ美人なお姉さんだね。年齢不詳な感じはあるけど。お金持ち感がすごいし、迫力もすごい。
あ、芸能人とか女優の人っぽい? たぶんそうだわ。絶対、女優だわ。
でも会ったことはない、よね? どういうこと?
「うえーっと……」
「もしよかったら近くのお店で話さない? お茶の美味しいお店があるの」
初対面だと思うけど、嫌な感じがしないどころかちょっと謎の親近感があるね。
なんかそう、たぶん10年後のマドカみたいな感じだからかな。
「琴葉」
「はい、セーラ様。先に席を確保して参ります」
マジかよ。なんかもうひとりいたっぽい。メガネ秘書っぽい女子が颯爽と店を出て行った。なんだこいつら。
そうだ、ちょうどいいじゃん。この怪しい店から逃げ出す、完璧な言い訳ができたじゃん。ナイスだよ、迫力あるお姉さん!
よしよし、暴れ回る手間が省けたわ。
「そちらの店員さん、申し訳ないわね。また後で寄らせていただくわ」
「い、いえ。またのお越しをお待ちしております」
すげーわ。この迫力あるお姉さん。悪の女店員を謎の迫力だけでやり込めたよ。やっぱ女優ってすげーわ。
「永倉さん、行きましょう」
私はまだ何も言ってないのに、一緒にお茶を飲むことにされてしまっている。
強引だけど断れない! なんだよ、この迫力。よくわからんけど、めっちゃ憧れてしまうわ。
でもまあ、せっかくの機会だよ。ここはついていこう。
女優ならツバキが知ってる人かもしれないし、いい土産話になるよね。女優おすすめの店も気になるし。




