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ぼっち・ダンジョン  作者: 内藤ゲオルグ


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覚えたての焼き方指南

「アオイ、落ち着いて」

「うえ? あ、うん」


 マドカはいつも通りの表情なのに、なんか怖い。

 そんなマブダチのよくわからん迫力に免じて、とりあえずは言うことを聞くとしよう。小娘よ、命拾いしたな!


 お好み焼き屋さんの店内は、なかなか異様な雰囲気になっているね。

 活気のあるお店に相応しい、わいわい楽しい空気感は消え失せ、ピリピリとした不穏な感じだ。


 それもこれも、急に撮影なんて始める奴らのせいだよ。

 楽しい番組にしたかったら、周りも楽しくさせろってなもんだよ。きっとプロはそういうことができる人たちだよ。

 ハッ、こいつらはアマチュアだね。それもヘタクソな部類の!


「まどか、黙っていてもわからないわ」


 小娘に意味不明な勧誘を受けたマドカは、美少女フェイスを真顔のままで固定している。これは怒ってるわ。私でもちょっと怖いわ。

 でもこの場の中心は、完全にマドカになっている気がする。

 無言で、無表情に小娘を見ているだけのマドカが、この場の空気を作っている感じだ。やっぱムカつく小娘とは役者が違うわ。


「……いま、仲間のお祝いの最中なの。無粋な真似はやめてもらえる?」

「社長の話は聞いた? まどかが戻れば、すぐにでもセンターを任せるって」

「何の話? あたしには関係ないわ」

「関係、ない?」


 おおう、小娘は一応は可愛い系のキャラだろうに、めっちゃ怖い顔になってるよ。

 よく知らんけど、こいつは昔のマドカの仲間だよね? ということは、現役のアイドルなんだよね? いくらカメラに背中を向けているからって、そんな怖い顔はするもんじゃないわ。


 夢がないわねー。ちゃんとキャラは守ってくれよ。


 もうとにかく、マドカのほうには話はないみたいだね。だったら、これで話はおしまいだよ。

 座敷から降りて、小娘の前に立ちはだかる。


「ほいほい、もういいよね? こっちは楽しくやってんだからさ、邪魔しないでおくれよ」

「邪魔? こっちはいま大切な――」

「あー、うるせー」


 菩薩ような私にだって、我慢の限界ってものがあるんだよ。


「葵、カメラを向けられていることを忘れるな」


 知ったこっちゃねーわ、と言いたいところだけど。銀ちゃんの言いたいこともわかるよ。

 それにね。ホントにぶっ飛ばしたいけど、マドカがこらえたんだからね。私だって余計なことはしないよ。


 あ、そういやこれってどういう状況?


「ねえねえ、いま撮影中なんだよね? 誰か見てるってこと?」

「え? いえ、さすがにライブ配信では……」

「誰も見てないってこと?」

「急になんなの? そうだけど」

「なんだよ、ちょっと緊張しちゃったじゃん。あ、あーっ!」

「え、え、なに?」


 急いで座敷に飛び乗って、お好み焼きを鉄板から皿に上げた。ちょっと焦げたけど、まだ大丈夫。むしろカリカリ具合がちょうどいいよね。


「ふいー、あぶねー。あ、そうだよ。スペシャル大王ミックス食べた?」


 せっかくだからね、小娘に大事なことを教えてやる。


「スペシャル……? さっきからなんなの?」

「マジかよ。グルメリポーターみたいなのしに来たんだよね? ならなんでスペシャル大王ミックス食わないんだよ! そう思うよね、おばちゃんも」

「そ、そうだねえ。うちの名物はスペシャル大王ミックスだからね」

「ほーら、やっぱそうじゃん! あ、私まだ食べるから、おかわり早くね!」

「いま持っていくから、ちょっと待っててね」


 私たちの追加注文はささっと準備してくれたみたいで、おばちゃんはすぐに持ってきてくれた。テーブルの上がまた賑やかになる。


「仕方ないなー。ほらほらカメラ、ボサッとすんなよ! こっちこっち! これが名物のスペシャル大王ミックスだよ。すごいだろ、この大盛り感がさあ」


 特別だぞ。小食のアイドル様が食えないってんなら、撮らせてやるわ。この私のヘラさばきと一緒にね!


「カメラのお姉さん、ここからは真剣勝負だから。一瞬が命取りの戦いだからさ、油断せずに回しといてよ? やり直しはできないからね、ほら集中!」


 鉄板に油を引き直し、見せつけるように大きなボウルの中身をかき混ぜたら、持ち上げてドバッと鉄板に流し込む!

 素人ながらもカメラ映えを意識しつつ、具がたっぷりのお好み焼きを巧みなヘラさばきで形を整え、具材を均等になるように配置する。私ったら、絶対ヘラ使いの才能あるわ。


 よーし、よし。滑り出しは順調だね。

 ここからスペシャル大王ミックスの完成までを見届けさせてやる。必殺空中ひっくり返しが、一番の見せ場なんだよ。


「もう、なにやってんの。カメラ以外もちゃんとこっちに集中しなよ! ありがたい解説しながら、きっちり焼くところだよ? なにボサッとしてんだよ。やる気あんのかー!?」


 私に言われてやっと動き出すとは。よくわからん機材を持った連中が、もたもたしながら私の周りに集まった。

 まったくもう。ヘタクソなアマチュアだろうが、仕事でやってるならちゃんとやれよ。せめてやる気は見せろよな。


「……これはどういう状況?」

「ルカ、彼女がうちのクランマスターよ。覚えておきなさい」

「いいかね? 焼き加減が大事なんだよ、全体がぷくぷくしてきたらひっくり返す頃合いだよ? スペシャル大王ミックスは具がたっぷりで重いから、ひっくり返すのはムズイけどね。ここが腕の見せ所なんだよ」


 まだまだ早い。じっくりと焼け具合を見極める、この時間が大切だ。

 話しかけるなオーラ全開で、鉄板に集中する。


「クランの話は聞いてるけど……変わった子がクランマスターなのね」

「そう? とにかく何を言われても、あたしに戻る気はないわ。理由は言わなくてもわかるわね」

「当時とは状況が変わったのよ。それにこっちのクランにも大きな話があって。いい? ここだけの話、あのトップクラン『天剣の星』と――」


 遅まきながらも袖をまくり上げ、紙エプロンの紐も締め直す。

 周りの雑音は耳に入れない。私の世界はスペシャル大王ミックスだけに集中している。

 お好み焼きの丸いふちの色づきかた、そしてぷくぷく具合。よく焼き、でも焦がさない。

 最高の焼け具合を、見極めるのだ――。


「うおおーっ、いまだよっ!」


 両手に握ったヘラをスペシャル大王ミックスの下に差し込み、ためらうことなく持ち上げる。

 ここで大事なのは勢いだ。びびって勢いを弱めてしまっては失敗コースだからね。やりきる勇気が大事なんだよ!

 ふわっと空中一回転半ひねりを遂げたスペシャル大王ミックスは、見事に形を崩すことなく鉄板に着地を決めた。


「見た? 見た? ふふん、これ以上のお好み焼き返しができる奴、私に挑戦するがいいわ! ぐわーはっはっはっー!」


 決まったわ。こいつはめっちゃバッチリ決まったわ。

 誰もが私の空中お好み焼きひっくり返しテクに魅了されたに違いない。たぶん、明日から真似するキッズがたくさん出るわ。


「うおっと。ひっくり返しを決めた後も、最後まで油断はしちゃいけない! まだ終わってないんだからね!」


 厳しい視線でスタッフ一同を見回せば、私のお好み焼きにかける情熱が通じたのだろう。真剣さの伝わる眼差しで、仕事に集中しているではないか。

 これでこいつらもアマチュアから一歩踏み出し、いつの日にかプロとして活躍する時が必ずくるよ。がんばれ!


「よっしゃ! そこのスタッフ一号と二号、キミたちも必殺空中お好み焼き返しに挑戦してみなよ。まあキミたちにはスペシャル大王ミックスは激ムズだろうから、普通のやつでいいよ。ほら、早くなんか注文して!」

「えっと、じゃあ豚玉で」

「あー、俺はたこ焼きが――」

「いまはたこ焼きの時間じゃねーんだよ!」


 たこ焼きも美味いけどさあ!

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― 新着の感想 ―
なんという陽キャのちから!
これが場を支配する王の覇気( ´ ▽ ` )
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