表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼっち・ダンジョン  作者: 内藤ゲオルグ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/214

【Others Side】首輪からの解放

【Others Side】


「この階の奥、左から3つ目の部屋だ」


 大蔵銀子は情報提供者の言葉を脳内で反芻しながら、築40年を超えるアパートの廊下を歩いていた。

 木製の手すりは塗装が剥げ、あちこちに亀裂が走っている。


「まゆ、そっちはどうだ?」


 呼びかけられた黒川まゆは、キャバ嬢のような派手な服装で廊下の端に立っていた。明らかに場違いな風貌が、この場では異彩を放ち目立っている。


「静かなもんだ、誰も来そうにねえ。こんな古くさいアパート、住人もろくにいやしねえしな」


 派手な色の唇を歪めながら、まゆは廊下や外の景色を見渡した。アパートどころか周辺一帯が静寂に包まれているかのようだ。


「梨々花、開けてくれ」


 水島梨々花は動きやすい私服姿で銀子の隣に立っていた。手には小さなポーチを持っており、中から一本の鍵を取り出した。


「不動産屋のお兄さん、結構簡単に貸してくれましたねえ」

「奴にはいくつも貸しがある。この程度の協力は惜しまんだろう」

「では開けますね」

「瑠璃、そっちも異常ないな。見張りはもういい。まゆも来い」


 瑠璃とまゆは無言でうなずくと、目的の部屋に近づいた。

 梨々花が鍵穴へ鍵を差し込んで回せば、想定通りにドアが開く。


「開きました」

「入るぞ」


 4人は手際よく部屋に上がり込んでドアを閉めた。中は六畳一間の粗末なアパートで、生活感のある散らかりようだった。


「探せ、金庫があるはずだ」


 銀子の指示に従い、手分けして部屋を捜索し始める。

 押し入れの中や棚の引き出しなどを丁寧に調べていった。


「あった、見つけたぞ」


 それほどの時間をかけず、まゆが台所の収納棚から小さな金庫を引っ張り出した。


「梨々花、これ頼めるか?」

「お任せください」


 穏やかな笑みを浮かべた梨々花は、ポーチから細い金属の道具を取り出すと、金庫の前に座り込んだ。まるで繊細な工芸品を手がけるかのような手つきと集中力で、彼女は金庫の鍵穴に道具を差し込んでいる。


「余計な手間かけさせやがって。この部屋の野郎は逃亡中なんだろ? 金も持っていかねえんじゃ、すぐ干上がっちまうだろうに」

「着の身着のまま逃げたようだな。自分の部屋にノコノコ戻るような真似は出来なかったのだろうが、金がなければ逃亡生活など続かない。頼る先もマークされているだろうな」

「そりゃそうだ。つーか利息の返済にも苦しんでたんだ。この金庫もどうせ空じゃねえのか? アタシらの報酬は取り半だぜ? 何も回収できなけりゃ、稼ぎはゼロだ。やってらんねえな」

「情報を得た以上は確認しなければならん。無駄足になってもな」


 その時、スマートフォンを見ていた瑠璃の表情が変わった。


「グループメッセージです……すぐに見てください」


 ただならぬ様子を感じ取った全員が、各々のスマートフォンを確認した。



『すっごいよ、6億だよ、6億円! むしろ6億超えたから。マジのホントだから! 明日、詳しく話すから絶対来てね!』



「……マジか」


 まゆが息を呑んだ。梨々花の手から金属の道具が落ち、畳の上で小さな音を立てる。瑠璃は無言のまま、瞳だけが大きく見開かれていた。


「これ、まどかからのメッセージだがよ、打ったのは明らかに葵だろ。ははっ、まさか冗談じゃねえよな?」

「6億だ。あの葵でも、金のことでこんな嘘は吐くまい」


 銀子の声には、普段の冷静さがどこか欠けていた。

 梨々花は左手首にある青い腕輪を無意識に触る。

 返済まで遠いと思っていた道のりが、一瞬でゴールテープを振り切っていたかのような感覚をこの場の4人は覚えていた。


「夢じゃねえよな」


 まゆの声にも、信じがたい現実に直面した者特有の戸惑いがあった。


「……ここは、手早く済ませましょう」


 瑠璃がようやく口を開く。珍しく、普段よりも高いトーンの声だった。


「そうだな。さっさと終わらせて引き上げるぞ。梨々花、開けてくれ」

「ふふ、集中してやっちゃいますね」


 梨々花は機嫌良さそうに金庫の解錠に再び取りかかり、まゆと瑠璃は散らかした部屋を元通りに戻していく。銀子は油断なく外を見張った。


「ようやくだ、ようやく抜け出せるな」


 銀子が独り言のように呟くと、ほかの3人は黙ってうなずいた。



 ぼろビルの事務所に戻った4人は、それぞれ椅子やソファに腰かけていた。

 腰は落ち着けていても、雰囲気は明らかに落ち着いていない。


「いいか、あの稼ぎで6億だ。パーティー7人とクランに入れる分で割っても、7,500万になる。それに比べればおまけ程度だが、魔石の売却でもそれなりの金が加算されるはずだ」

「それがアタシら、それぞれの取り分か。とんでもねえな」


 まゆが驚きと嬉しさ、あるいは呆れが混じったような声を上げる。


「わたしたちの借金は完済できちゃいますねえ。想像以上のスピード感でした」

「完済……か」


 銀子の表情が複雑に揺れる。かつて無謀な取引に失敗し、借金を背負わされてからずっと、彼女の左手首にはこの腕輪があった。それが外れる日が来るなど、少なくともまだ遠い未来のことであったはずだ。


「永倉葵、やはりただの小娘ではない。規格外の小娘だ」


 その声には苦笑と感謝が混じっていた。


「今更か? あいつは普通じゃねえよ。蒼龍なんてすげえレジェンドが、目をかけてんだぜ?」

「永倉さんも、九条さんたちも、不思議な力を持っていますよねえ」

「奇跡みたいな話です。自分で言うのもおかしいですが、私たちのような怪しい者と組んでくれて、本当に感謝ですね」

「そりゃあな。アタシだって、あいつらには頭が上がらねえよ」


 瑠璃がしみじみと言えば、まゆがため息混じりに応えた。



「完済後は、お前たちはどうするつもりだ?」


 銀子の問いかけに、一瞬の沈黙が訪れる。

 完済後の未来。それは、それぞれが心の中で夢見ながら、軽々に言葉にはできなかったことだ。


「ずっと先の話か? だったらアタシは、やっぱ銀座に店を持ちてえな」


 まゆが明るく朗らかな調子で言う。


「ハイソな客しか入れねえ会員制のバーでよ、いつも派手な服着て、常連の客と楽しくやってよ」

「わたしは海外旅行とカジノですかねえ、やっぱり。世界中を荒らして回りたいですねえ」

「……何をするのも自由だが、借金はやめておけ。瑠璃はどうだ?」

「いつか実家の道場を立て直したいです。家族はもういませんが、せめてそのくらいは」


 銀子に問われ、瑠璃は静かに答えた。


「お前らしいな」

「銀子は? そういうお前はどうなんだよ」


 まゆが問いかけ、梨々花と瑠璃も銀子を見つめる。


「私はそうだな、金貸しの資格を取るのもいい。正規の金融業者になる、というのはどうだ」

「はあ? まさか、冗談だろ?」

「冗談ではない。私が貸す側に回っても、おかしなことはないだろう?」


 銀子はその場の思い付きがことのほか気に入ったのか、珍しく表情と声に熱を帯びていた。

 4人は沈黙の中でそれぞれの未来を思い描く。瑠璃が静かに立ち上がり、窓辺に歩み寄った。


「でも、まだ左手首には腕輪があります」


 彼女の言葉に全員が腕輪に目を落とした。青く光る金属は、彼女たちの肌にぴたりとくっついている。


「あと一歩だ」


 銀子が立ち上がり、拳を強く握った。


「明日、葵たちに詳しく話を聞いて、いつ金が入るのか確認しよう。それから直接、話をつけに行く」

「どうせ意地悪く、あれこれ難癖つけて、すぐには外してくれねえだろうな。なんせ急な話だ。逆にどうやって金を手に入れたか、根掘り葉掘り聞かれるに決まってる。スキルのことは話せねえし、下手に嘘をつけば勘ぐられる。言い訳が面倒だな」

「なに、適当に誤魔化すさ。我々は借りた金を返す。それだけの話だ。まさか、それに文句をつけられまい?」


 晴れ晴れとした表情の銀子の声には、力がみなぎっている。


「そうですよ。借金とは縁を切って、これからは使いきれないくらい稼ぎましょう。葵ちゃんたちと一緒に」

「もちろんだ。今回はたまたま大当たりだったが、葵たちのスキルは本当に規格外だ。あれを活かさない手はない。それに何をするにも金がかかる。私は未来の商売やコネづくりのためにも、まだまだ金が必要だ。お前たちもそうだろう?」


 銀子は将来を考えながら冷静な判断を下している。借金は別として、金が必要なのは皆も同様だった。


「元より腕輪が外れても、私は葵たちと一緒にいたいと思っていました」


 瑠璃の言葉に、ほかの3人も静かに同意を示す。


「アタシもだ。これからは引け目を感じることもねえ」


 事務所の窓の外には、入り口で寝そべる監視役のホームレスがいる。あの存在が重荷だったが、今ではもうすぐ解放されるという希望が胸に灯っている。


「さてと、久々に贅沢でもしてみるか? コンビニで酒でも買いこんでよ」

「どうせなら駅のほうに何か食べいきますか?」

「あ、ちょっと気になるレストランがあって……」


 4人は楽しげに事務所を出る準備を始めた。

 銀子はスマホを取り出し、葵からのメッセージをもう一度見た。あのふざけた冗談のような文面に、これほどの救いがあるとは思ってもみなかった。


「すまないな、恩に着る」


 彼女の小さなつぶやきは、普段よりもずっと柔らかな響きを帯びていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 借金完済は良いことなんですが……なんだろう、何か微妙に死亡フラグっぽく見えるんですが。いや気のせいですな、多分きっとメイビー! それでは今日はこの辺りで失礼致します。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ