クランハウスの日常
甲府ダンジョンから戻って、明けた翌日。
ものすごい早朝に目が覚めてしまった。しかも無駄に目覚めが爽快だよ。
徹夜した影響で時間の感覚がまだおかしい。これだから嫌なんだよね。やっぱり規則正しい生活って大事だよ。
バッチリ空調が効いているお陰で、真冬でもクランハウスは快適だ。そんな部屋のベッドの上で身を起こす。
改めて見ると部屋はまあまあ広い。
マドカによれば、12畳? くらいはあるらしい。畳敷きじゃないのに、表現が日本人っぽいよね。
ちょい広めの部屋と、これまたちょい広めのウォークインクローゼット、それとホテルみたいに水回りの設備も完備されている。すごいもんだわ、ホントに。
私の部屋の窓からは、綺麗なバラがたくさん見えていい感じだ。
最初から用意されていた家具もひとそろいあって、不便なことはなにもない。
ただね、あちこち金属感バリバリで、それがどうにも気になる。近いうちに壁紙を貼ったり、あれこれ買い換えたり、集めたりしたいよね。やっぱり自分の部屋なんだし。
なんやかんやと忙しかったり、気が向かなかったりで、結局まだ絵とか壷も買えてないし。どこかのタイミングで、気合入れて買い物しよう。
「ういー、起きるか」
いつまでもベッドの上でうだうだするもんじゃない。
せっかくの朝の時間を有意義に使わなければ。
パジャマのまま、タオルやら着替えやらを持って部屋を出る。
向かう先は超豪華なお風呂だ。部屋の狭いのとは、ちと違う。そんな朝のお風呂は贅沢の象徴だよ。
なんせ朝っぱらからサウナまで堪能してしまうつもりだからね。すごい生活だ。
到着した共用部の広い脱衣所もお風呂も独占できる。これが早起きの特権!
マドカとツバキとおそろいで買ったパジャマは、洗濯機に放り込んで洗う。自分のことは自分でやるのが私たちのクランの方針だからね。誰かに頼むことはできない。
洗濯機を回しつつ、朝の有意義な時間前編を味わった。
これぞ、いい生活。
そして有意義な時間後編の開始だ。
部屋に戻ったら、定番の英国お嬢様風スタイルにバシッと着替える。お高い真っ白なコートを着込み、マフラーを巻いて、もこもこした耳当てまで装着。寒さ対策は完璧に。
「さてさて、優雅にお庭をお散歩しましょうね」
外に出ると冬らしくめっちゃ寒い。でもこれが冬の醍醐味というものです。
季節なりの寒さを受け入れていくのが、お優雅スタイルと理解しているのです。
お日様が顔を出してだいぶ明るくなってきたお庭を、バラを愛でながらお散歩。なんて優雅なのでしょう。
「……飽きた!」
ちょろっと歩いたら、もう満足。自分ちの庭なんて、そんな毎度じっくり眺めても面白くないわ。
お優雅な日常には、ちょっとずつの慣れが必要だね。いきなりは無理がある。わかっているよ、これからだからね。きっとこの情緒がわかってくるようになるのだよ。やがてね。
シュイーンと扉を開けてクランハウスに戻り、ロビーに置いてあるふかふかソファに腰を下ろす。
今日はお昼過ぎに執事さんが来る予定だけど、ほかはなにをしようかな。
ダンジョンに行くには中途半端な時間になるしなあ。
あったかいねえ。ふかふかソファも気持ちいいわねえ。
ふあー、眠くなってきた。
「――アオイ! いつまで寝てるの。もうお昼よ?」
うおっ、マジか。
「くあーっ、いつの間にか寝てしまったわ。せっかくの優雅な一日が」
もうお昼かい、なんてこった。
「なに言ってるの。それと洗濯もの、ちゃんと干しておいてよ。洗濯機に入れっぱなしだったわよ?」
「うー、忘れてたわ」
「次はちゃんと自分でやってよ? もう一度洗い直して干したんだから」
「マドカさんや。すまないねえ、いつもいつも」
「そんなことより、なにか食べる? もう少ししたら柏木さん、来ちゃうわよ」
もうそんな時間かよ。めっちゃ早起きしたのに。
「マドカは?」
「あたしはさっき適当に食べたけど」
「じゃあ私も顔洗って、どら焼きでも食べるわ。あっちの応接室に行けばいいよね?」
「そう。あたしは雪乃さんと話があるから、先に行ってるわ」
「あれ、ツバキは?」
「人見知りを発動中よ。まあ、買い取りの交渉にツバキの出番はないから」
それを言うなら、私にもなさそうだけどね。別にいいけど。
「ほいじゃ、またあとでね」
ういー、変な体勢で寝ちまったよ。背中が痛いわ。
自分の部屋で買い置きのどら焼きをモリモリ食べたら、いざ出陣。
シュイーンと未来的な扉を開けて、真のクランハウスから仮のクランハウスに移動する。
のこのこ歩いて応接室に行ってみれば、すでに執事さんは到着済みで談笑していた。執事のお供っぽい奴らまでいて、なんか人数が思ったより多い。
「おいすー、お待たせ」
「ご無沙汰しております。永倉さん」
「執事さん、久しぶり! あ、どら焼きあるよ。食う? そっちの人たちも」
ちゃんとみんなの分も持ってきたからね。多めに持ってきてよかった。
私ったら、気の利く成人女性だよホントに。
「葵さん、それはあとにしましょう。そちらが紫翠変石を鑑定してくださる皆様です」
ほほう、なるほど。それを執事さんが率いてやってきたと。
かっちりした服装が執事さんと似た感じだから、たぶん部下っぽい立場の奴らだろうね。態度もそんな感じだし。
「宝石をお出しして、アオイ」
「うん。これが私たちのフォーチュン・オルタナティブだよ。よろしくね」
ポーチから小袋を出して、テーブルにそっと置いた。これがすごい大金に化けると思えば、乱暴には扱えないよ。
「先ほどもお話しましたが、すべて当方で買い取らせていただく前提で鑑定を進めます。数が多いので、早速進めて参りましょう。始めてください」
「かしこまりました。失礼いたします」
執事さんの言葉に、横に座っていたダンディなおっさんが満足な丁寧さで宝石を取り出していく。
高級そうな布が敷かれたトレイの上に乗せると、ほかの奴らと手分けして作業を始めた。
いかにも鑑定してます感を出しながら、プロ仕様っぽいライト付きのルーペを覗き込んでは、小さな紙になにか書きこんでいる。鑑定が終わったら執事さんが石と紙をまとめて、小袋に分けつつ集計していた。普通に大変そう。
というか、これ。終わるまで見守る必要ある?
786個の宝石に対して、鑑定する人は5人。ひとり当たり、100個以上なんだけど。めっちゃ時間かかるよね。
なんか便利なダンジョン産の道具で、ぱぱっと終わるのかと思っていたわ。
真剣な作業中に雑談したら悪いよね。
かといって、こんなの黙って見ていたらまた寝てしまうわ。よし、さり気なく退室しよう。
雪乃さんとマドカがいれば、なんの問題もないからね。やっぱり私、いなくてもよかったわ。
しばらくして。
ツバキと護身術のお稽古をしながら遊んでいたら、お客さんたちは仕事を終えて帰っていた。
せっかく持っていってやった、どら焼きを誰も食べていなかったがまったく理解できん。休憩する時間もなかったのかな?
とにかく結果を聞いてみれば、まあすごい。
「ホントに? 6億ってマジ? そんなになったの?」
たくさんの宝石の合計が、それだけの値段になってしまった。すごすぎる。
ダンジョンの稼ぎでおかしくなりつつはあったけど、もう完全に金銭感覚がおかしくなるわ。
「……お金って、なんだろうね」
「なに言ってるの。メンバーとクランの運営費で割るんだから、ひとり当たりはそこまでの金額にならないわ」
これだからお金持ちのお嬢様は。割っても数千万円になるよね。そんなもんは、そこまでの金額に決まってるわ。
「まどかさんの言うとおりです。これからの皆さんの活躍を考えますと、特に大蔵さんたちは借金の返済だけではなく、装備の更新も必要になります。関係各所への根回しにも、ある程度の金額は必要になりますし、まだまだこれからです。葵さん、期待していますよ」
なにそれ。一気に6億も稼いだのに、全然足りないってこと?
金遣い荒くない? 上流階級ってそういうもん?
なんか怖くなってきたわ。私は庶民の魂を大切にしていこう。
まあ高価な絵とか壷は買うけど。