頼れる知り合いの伝説
ご飯を食べたら眠くなる。
徹夜だからね。仕方ないよね。
「まゆまゆ、私は寝るよ。でもまゆまゆは居眠り運転したらダメだよ」
「お前な……」
「悪いが、私も少し寝る」
「大丈夫よ。あたしが隣で見ておくから」
なら安心だね。ミニバンの狭いシートでは、私の横に座ったツバキが早くも眠りに落ちている。
沖ちゃんとリカちゃんも眠そうで、たぶんすぐ寝るだろうね。私も眠気に身を任せよう。
寝ようとしているのに眠れないのは、きっとまだ運転手への信頼が足りないからだと思う。
マドカとまゆまゆの話し声を半分落ちた意識の中で聞いていたら、いつの間にかクランハウスに到着したらしい。そんな声が聞こえて目を開ける。
見覚えのある塀に沿って走る車が、門の前に着くと自動的に開いていくではないか。自動で開いたっけ?
と思ったら、リモコンみたいな道具があったらしい。マドカがそれっぽいものを使っていた。
「みんな、起きて。着いたわよ」
「おら、起きろ!」
まゆまゆの乱暴な声で、みんなが目を覚ます。
こんなところでもたもたしている場合じゃないからね。さっさと降りるよ。
車のドアを開けると冬の朝らしい寒さに、思わず首をすくめてしまう。銀座で買ったお高いコートが役に立っています。ありがたや。
ぞろぞろと連れだって屋敷に入れば、そこには大人のお姉さんが待ち構えていた。
「詩乃さん、おはようございます」
「おはようございます、まどかさん。皆さんも、お疲れ様でした」
優しい感じのお姉さんは、雪乃さんが連れてきた事務員の人だ。この人にも雪乃さんと同じくらい、きっとお世話になるね。
「おいすー、詩乃さん。雪乃さんは?」
「この時間は朝の執務中ですね。呼んできましょうか?」
「うん、いいもん取ってきたから」
「ではそうですね、食堂で待っていてください」
「ほーい」
またもやぞろぞろと食堂に移動すると、マドカがポットでお湯を沸かし始めた。
なんとなくまったりした空気の中で、雪乃さんを待つ間にお茶を飲む。落ち着くわー。
「お待たせしました」
来た!
「待ってた、超待ってたよ! 雪乃さん、やばいことになったよ! マジでやっべーよ!」
「落ち着いてください、葵さん。はい、座って」
これが落ち着いていられるかっての。
「それどころじゃないんだよ。もうホントにやばいから!」
「アオイ、いいから落ち着いて。まずは結果を報告しないと、雪乃さんもわからないでしょ」
「……葵姉はん、やかましい」
いやいや。なんでみんな、私を呆れた顔で見るんだよ。
嬉しいくせに澄ました顔しちゃって。
「その様子では、予想以上の成果が得られということですね?」
「現物を見てもらったほうが早いですね。アオイ、出して」
ポーチから小袋を引っ張り出して、テーブルに乗せた。
この小さな袋の中身は、とんでもないお宝だ! さあ、開けてみるがいいよ。さあ、さあ!
雪乃さんが小袋の口を開けて中を見ると目を見張った。
「……これがすべて紫翠変石ですか。たしかに予想以上というか、想像以上といいますか」
「すごくない? いくらになるんかな」
「個数は数えましたか?」
「いやー、数えてはないね」
「では具体的にいくつあるのか、数えてみましょう。少しお待ちください」
雪乃さんはキッチンのほうに行くと、折りたたまれた布を持ってきた。テーブルクロスかな。
布を広げて敷き、そこにザラザラと小袋から宝石を出すのをなんとなく見守る。
改めて見るとすごい数だ。パッと見ただけでは、いくつあるのか全然わからん。
「並べますね」
丁寧な手つきで雪乃さんが綺麗な列に並べていく。
見守っていても仕方がないので、私たちも手伝うことにした。
わかりやすいよう、10個ずつで列を作っていく。ちょっと大きい特別なものを除いて、ほかは気にせず並べてしまう。みんなで真剣にやれば大して時間はかからない。
「こんなものですね。全部で……786個あります」
おおー、786個!
「重さと品質によって値段が違いましたよね。例えば、一番小さなもので品質が悪い場合、いくらになりそうですか?」
「資料では、0.1カラットで20万円から40万円が相場となっていました。ここにはもっと軽いものも混ざっていると思いますので、一番悪いとなると、具体的には……」
「悪いもんでも、数万はいくんじゃねえか?」
ほほう。まあ最悪の場合で考えたとしても、これだけの数があればまとまった金額になる。
借金持ちのみんなが、一気に返済できてしまう可能性だってあるよね。
「具体的な売値は専門家に査定してもらわなければわかりませんが、相当な額になることは間違いありません。しかし、これをそのまま企業や好事家に渡すのは考えものですね。なにしろ数が多すぎます」
「なんで? ダメなの?」
「紫翠変石は非常に珍しい宝石です。これだけのまとまった数が出たとなれば、市場に影響を与える可能性があります。場合によっては価格が下がるかもしれません」
それは許せん。できるだけ高く売り払いたいよ。
「雪乃さん、では小出しに売りますか?」
小出し? それはそれで、まどろっこしいね。
「こういった時は伝手を頼ってみましょう」
「引き取り先に心当たりが?」
「蒼龍がいるではありませんか。あの方であれば、悪いようにはしないでしょう」
なるほど、それはいい。引退して暇な金持ちジジイなら、喜んで協力してくれるだろうとも。
思い立ったが吉日の精神で、すぐさま電話をかけた。
スピーカーモードでみんなに聞こえるようにする。
「もしもし? 蒼龍のおっさん、おいすー」
「……永倉か」
「そうだよ。あ、もらったクランハウスさ、なかなかいい感じだよ。やっぱ庭のバラがいいよね、バラがさ」
「ちょっと、アオイ」
わかってるって。マドカはせっかちだね。
「あ、いま暇? 暇だよね? ところでおっさん、フォーチュン・オルタナティブって知ってる?」
「……紫翠変石か。それがどうかしたか」
「ほしくない? いっぱい手に入ったんだけど」
「いっぱいだと? どういうことだ」
びっくりしているね。伝説とか言われているおっさんにとっても、やっぱり珍しいものなんだろうね。
「それがさー、甲府ダンジョンに行って裏技使ったらね? めっちゃいっぱい取れたんだよ。まあ取ったはいいんだけど、どう売りさばいたもんかなって」
「裏技か……それで、どれだけある? 具体的に言え」
「ちゃんと数えたよ、786個。そのうちの2個はちょっと大きめだよ!」
沈黙の向こうで、どうしてかため息が聞こえた気がした。心配事でもあるのかね。
「わかった。明日、柏木をそちらにやる。詳しいことはそこで話せ」
「柏木って、あの執事さん? 何時に来るの?」
「昼過ぎではどうだ」
「オッケー、お昼過ぎね。ほいじゃ、よろー」
ポチっと通話をオフ。せっかくだし、もうちょい世間話でもしたほうがよかったかな。ジジイは暇で寂しいだろうし。
まあ今度遊んでやればいいか。
「という感じで決まったよ。明日話そうってさ」
買うとも買わんとも言われなかったけど、あっちも現物を見てからじゃないわからんだろうしね。
「すまんが我々は別件がある。蒼龍が相手なら心配ないと思うが、明日は頼む」
「交渉が終わったら、あたしらにメッセージ送っといてくれ」
「そうですね、私もいち早く結果を知りたいです」
「よろしくお願いしますね」
「オッケーオッケー、明日は借金取りのお仕事だよね。連絡するから、そっちもがんばって!」
ふいー、こんなもんかな。
さすがにもう眠いね。
とにかく、いい感じになりそうな気がする。
明日の私はもっと大金持ち! 今日はいい夢見れるわ。