ほぼ埼玉の拠点
なんやかんやで年末とお正月は、働かずにまったりと3人で過ごした。
沖田ちゃんたちは借金取りの仕事が忙しく、思ったよりもダンジョンに行けた回数は多くない。
それでもお互いの関係性は深まっていて、肝心のハンターとしての相性は悪くないどころか、予想どおりかなりいい感じだったと思う。これは気のせいではなく間違いない。
まだ正式にパーティーを組むと確認したわけではないけど、そうなる流れにはなっている。
うだうだしていても仕方ないから、リーダーとしてバシッと決めてしまおうかな。
ぼんやりとした正月の空気が色濃く残る中、タクシーでの移動中はどうにも物思いにふけってしまう。
休みボケもあるし、心も体もちょいとなまっている感覚がある。
もうちょっとしたら、バリバリ働いてサビを落とさないとね。
「アオイ、起きて。そろそろ着くわよ」
眠ってはいなかったけど、優しく揺すられて閉じていた目を開ける。
「んあーっ! 練馬のにおいがしてきたと思ったわー」
「どんなにおいよ。ツバキも起きて」
わいわいしていると間もなく目的地に到着した。久々の練馬だ。
どでかいお屋敷の壁は、どこまで続くように長い。改めて、すっごいのをもらったもんだよ。
いまいち実感が湧かないけど、このすごいお屋敷は私がもらったんだよね? えらいこっちゃ。
とにかく今日からは、ここが私たちの家となるクランハウスだ。
いやあ、それにしても立派だねえ。ちゃんとクランを設立できたら、クラン名を書いた看板とか飾ろう。あ、クラン名はどうしようかな。
「葵さん、こちらですか」
「そうだよ、でっかい家だよね」
もう1台のタクシーから降りたのは雪乃さん含めた3人。
未来に作るクランの4人目のメンバーである、源雪乃さん。そして雪乃さんが連れてきた、ふたりの女の人。3人ともまだ肝心の屋敷も庭も見ていないのに、立派な門と壁を見ただけで感心した様子だ。
代表してピンポンを押そうとしたところで、門の横手の小さな扉が開いた。
「おいすー、執事さん」
「永倉様、おはようございます」
ザ・執事としか言いようのないスタイルの紳士が登場だ。
この人に会うのは二度目だし、電話で何度か話している。もう驚かないよ。
「皆様もおはようございます。お約束のとおり、引き渡しの準備が整ってございます。どうぞお入りください」
開かれた扉から中に入れば、そこは立派な庭園だ。
真冬でもバラがそこら中で咲きまくり、噴水やらよくわからんオブジェやらで、お金持ち感あふれまくっている。
やっぱここ、とんでもないわ。こんなんホントにもらっちまっていいのかな?
真っ白いタイル張りの道を執事に続いてゆっくりと、庭の見物を兼ねて歩く。
初めてこれを見る雪乃さんたちも、アホみたいに立派な庭には感心した様子だね。
ちょこっと歩いて洋館に到着すると、執事が丁寧な手つきで扉を開けてくれる。
前の時にはメイドさんが出迎えてくれたけど、今日はいないみたいだね。というか、人の気配が全然ない。
靴を脱いで上がりつつ、一応聞いてみるか。
「執事さん。今日は蒼龍のおっさんはいないって聞いてたけど、ほかの人たちもいないの?」
「はい。引き渡しが済みましたら、わたくしもお暇いたします」
どおりで人の気配がしないわけだ。
蒼龍のおっさんがいれば、今回は手土産くらい渡したのにね。電話では忙しいとか言っていたけど、とうの昔に引退したジジイが、忙しいことなんてあるわけないのに。まったく、見栄を張っちゃって。
「ありがとね。じゃあ、雪乃さん。あとはたのんます!」
「もう。ここはアオイがもらった家なのよ?」
「でもみんなのクランハウスだよ。それに雪乃さんにいろいろ管理してもらうから」
マドカは呆れた顔をしているけど、ここは私だけの家とは違う。
雪乃さんを見れば、その笑顔が頼もしい。頼りたくもなるよ。
「わかっています。私のほうで引継ぎはしますが、葵さんも聞くだけ聞いてくださいね」
「ほーい」
応接室に入ったら、あれこれと書類にサインをしたり、分厚い冊子を渡されたり、なんだかんだと意味のわからん説明をされたりした。
しょっぱなから激しく眠くなったけど、がんばって気合で起きていた。
「――では実際に確認いただきましょうか」
「はい、ありがとうございます。葵さん、大丈夫ですか?」
終わった……んだよね?
ふいー、私くらいの気合と根性がなかったら、とっくの昔に気絶していただろうね。
それにしても人間には、やっぱり向き不向きがあるわ。
「くあーっ! 雪乃さん、あとはお任せしていい?」
「ふふ、仕方ないですね。ここで休んでいますか?」
「ちょっと真のクランハウスのほう見てくる。マドカとツバキはどうする?」
「あたしは雪乃さんたちと一緒に、お屋敷と庭の設備を確認するわ」
「……うちは葵姉はんと一緒にいく」
ツバキはほぼ寝てたよね? いま起きたよね? 寒いから庭に出たくないだけだよね?
まったく、仕方のない奴だよ。
「じゃあ、また後でね。ツバキ、行くよ」
まだ眠そうなツバキの手を引いて、おぼろげな記憶を頼りに屋敷の中を歩く。
我が物顔で歩く。ここはもう私の家のなんだよ。マジかよ、すっげー!
お、あれだあれだ。
左右の壁に大きな窓のついた渡り廊下。その突き当りには、洋館には全然似合わん未来的な扉がある。
「たしか、このパネルに手をかざせば……開いた!」
シュイーンと扉が横にスライドして無事に開いた。前の時にもやっていたはずなのに、ちょっとドキドキしたわ。
「葵姉はん、うちも」
「うんうん、ツバキもやったんなさい」
やりたいよね。シュイーンとさ。
自動で閉まった扉をツバキがシュイーンともう一度開いたら、今度こそ中に入る。
「おー、いいね」
天井吹き抜けの空間は、広々としていて気持ちがいいわ。
クランハウスとしての本体がこの建物だよ。ゆくゆくは広いこのロビーで、暇なメンバーがくつろいだり、おしゃべりしたりするのかな。
高価な感じの家具は撤去されず、そのままにしてくれているから、わざわざ買い集める必要がないのも楽でいい。
いつか家具とか内装とかにこだわるようになったら、その時にはバンバン買い替えよう。絵とか壷は絶対買う。
「今日からここに住むんだよ。まずは自分の部屋決める?」
「まどかおねえと雪乃はんはええの?」
「早い者勝ちだよ。まあ部屋はいっぱいあるし、どこを選んでも別に大丈夫じゃない?」
「それもそうやな」
共用部は前の時にひととおり見ているから、あとは実際に使う時にまた見ればいいかな。
やっぱり自分の部屋になる場所が重要だよね。
たくさんある部屋の間取りはどれも大差ないらしいけど、それでも全部同じわけではない。
日の差し込み方とか、バラの咲きまくる庭の見え方も違うだろうし、このロビーからの移動距離も一番近い部屋と遠い部屋なら結構違うと思う。
いろいろ考えて、どこにするか決めないと。
うおー、超わくわくするわ!




