文明レベルがアップした夜
ほかほかの牛丼と豚汁、おまけのサラダ。
こんな贅沢していいのだろうか。
いや、客観的に、冷静に考えて現代日本でこれを贅沢とは言えないはず。でもいまの私にとっては、全財産の半分も投入する贅沢には変わりない。
王様のような気分になりながら、存分に贅沢な時間を楽しんだ。
大丈夫。第二階層で取れる魔石の売却価格は、どどんと跳ね上がると聞いた気がする。
先を見越した、堅実な消費と言えるだろう!
まずは体力をつけないと。ダンジョンハンターは体が資本だからね。
お腹いっぱいの状態でまたダンジョンアタックをキメる気にはならず、食休みを兼ねて涼しい図書館に入ることにした。
端っこのソファー席を陣取り、ダンジョン管理所でもらったパンフレットや冊子に目を通す。
ソロダンジョンでは誰にも助けを求められない。余分にレベルが上がったから、第二階層のモンスターに負けるわけはないと思いつつも、ちゃんと予習しないと。
「げー、第二階層はネズミのモンスターか。やだなあ」
第一階層のダンゴムシと同じくらいの大きさで、大ネズミと呼ばれるモンスターのようだ。
おとなしいダンゴムシくんとは違い、ネズミは生意気にも攻撃するらしい。
冊子によればネズミの攻撃力は低く、安物でも防具を全身に身につけていれば怪我をする心配はないようだ。
特に足回りを固めておけば、怪我の可能性は無視できるほど下がる。ネズミの防御力については、あのダンゴムシよりずっと弱いくらい。
問題はちょろちょろした動きで案外素早いこと。ダンゴムシくんとは違って、予測が難しい動きが多そうなイメージがある。初めて戦う場合には苦労するかもしれない。
私の防具はちょっと心もとないけど、肝心の足元はロングブーツがあるから何とかなりそう。
攻撃のほうも防御力がダンゴムシ以下なら、倒す分には問題ないと思う。
やっぱり、ちょろちょろ動く的にハンマーやキックを当てられるかどうかだ。これはやってみなければ、わからない。
地図を見る限り、第二階層の構造は基本的に第一階層とあまり変わり映えしない。
違いは碁盤の目状に走る通路が、場所によって行き止まりになっているパターンがそこかしこにあるくらいだ。
そして期待の隠し部屋はひとつきり。でも、あるだけありがたやー。
まあ、こんなもんかな。あとは実戦あるのみ。
落ち着いたら急激に眠くなってきた。
周囲には居眠りを決め込む人たちが多いし、遠慮なく寝てしまおう。ダメなら怒られるだけだ。
「……ぐう」
……
…………
………………
「起きてくださーい。閉館時間ですよ、ほら」
面倒くさそうな、義務で仕方なくやっているような、そんなやる気の感じられない声で目が覚めた。
ぼやけた視界に映ったのはおばさんだ。
「あっ! 汚いな、このガキ。よだれ垂らしてんじゃないよ!」
なんかいきなり怒鳴られた。これ私に言ってるよね?
腰のポーチの存在だけ手で確認して、そそくさと立ち上がって退散する。
世の中には短気な奴もいたもんだ。嫌だねえ。
すっかり日の暮れた街を歩いて、思い立ってコンビニに入る。
今後の稼ぎに期待して、なけなしのお金をはたいてタオルと菓子パンを買った。
人目がないことを確認しつつ、公園で顔を洗って体も拭く。嫌だねえ、宿なし生活ってのは。
でもタオルのお陰で文明レベルが上がった。はー、気持ちいい。
身綺麗にして噛みしめるように菓子パンを食べたら、そろそろ労働の時間だ。
稼ごう。でなきゃ野垂れ死ぬ。
「たのもー」
「いらっしゃーい」
相変わらず眠そうなお姉さんだ。ほかに誰もいないし、眠くなるのは仕方ないのかな。
もう慣れたもので、言われる前に身分証をカウンターに差し出す。
「お姉さん、私ったらもうレベル4だから。スキルもまた増えたし」
「また? すごいけど、あんまり他人に言ったらダメよ? でももうレベル4なんだ」
「ダンゴムシ殺しまくったからね、がんばった。これから第二階層に挑戦するよ!」
「そういえば、次元ポーチ手に入れたんだって? その白いの?」
「うん、そう。微妙とか言われたスキルの『ソロダンジョン』てさ、案外いいよ。武器とかも手に入ったし」
「そうなの? 見せてよ」
よほど暇なのだろう。話し相手ができて嬉しいのかな。まあいいけど。
「仕方ないなー。ほら、なかなかいいでしょ?」
ハンマーとブーツを見せてあげた。
「へえ、結構いかついね。それなら第二階層どころか上層には十分そう。鑑定はした?」
「鑑定?」
「具体的な能力を調べられるのよ。どうする? 記録も取るから時間かかるけど。あとお金もかかるけど」
それはお話になりませんな。
「お金ないから無理。明日のご飯代もないんだから」
「じゃあ頑張らないとだ」
「そう。ちなみに第二階層で取れる魔石って、いくらになるっけ?」
「えーっと、普通の魂石で50円、高品質なら300円、色付きなら700円になるわね」
全然、違うじゃん。
第一階層とはもう全然、違うじゃん。
「第二階層からは、それなりに危険があるってことよ。それに普通は高品質の魂石なんて、なかなか落ちないから。ひとつ300円の見込みで計算するのはおかしいことだからね?」
「それでも50円でしょ? これまで必死に10円集めてた私からすれば、一気に収入アップ!」
「もう一度言うけど、ダンゴムシと違って大ネズミは攻撃してくるからね? ホントに気をつけてよ、上層でもソロは危ないんだから」
「わかってる、わかってる。ほんじゃ、いってきまー」
「ホントにわかってる? 無謀な挑戦は絶対ダメだからね? 危ないと思ったら、すぐに引き返すのよ?」
はいはい、わかってるって。




