【Others Side】引退した伝説
【Others Side】
騒がしい娘たちがいなくなると、この広いクランハウスが途端に静かになる。まるで嵐が去ったあとのようだ。
本来、俺はああした女子供が好きではないはずなのだがな。
あれとの交流に対して悪くない気がしてしまうのは、年を取ったということなのだろう。
「ふう……しかし首尾よく運んだな」
ダンジョン管理者の立場を永倉に譲ることは、決めていたことだった。
この練馬ダンジョンは極めて危険な場所ではあるが、パンチングマシンで示した新人とは思えない抜きん出た実力、そして本選で披露した異常なほどの戦闘技術、将来性も加味して、あの少女以上の適任はいない。
16歳でレベル18まで到達しているというのも、滅多にはない早さだ。
しかもどう考えても、レベルに見合っていない実力の高さは、特殊なスキルや加護を持っているからだろう。それも破格の性能でなければ説明できない。興味深い才能だ。
「九条姉妹、あのふたりも面白い」
永倉ほどの異質さはないが、それでも特別な才能は感じられた。
それに、おそらくだがスキルの組み合わせによる相性が良いのだろう。それによって他の同レベル帯のハンターと比べ、数段上の力を手にしている。
そうでもなければ、あれほど大量のポーションわずか数日で集めることはできない。たった3人の少数パーティーで、それを成し遂げた結果から充分な力があると判断できる。
若いハンターの中で、あれほどの将来性を感じさせる組み合わせは珍しい。それなのにあいつらは、どこの上位クランにも属そうとしない。
むしろ自分たちでクランを立ち上げようという、あの野心を気に入った。
「しかし、永倉のあの反応は予想どおりだったな」
あの少女は最初、練馬という場所に難色を示した。
しかし広大な敷地に建つ屋敷と、その奥に隠された本体、そして何より秘められていたダンジョンの存在。それらを知れば、考えは変わるはずだと読んでいた。
実際、最後には納得したようだった。むしろ楽しみにさえ思えたようだ。
「面白い奴だ」
脳裏に浮かんだ、あの戦いを思い返す。
蒼龍杯本選考での沖田瑠璃との戦い。あの戦いぶりは圧巻だった。相手の実力を見極めながら、適度に見せ場も作る。あれは計算づくの戦いだ。
沖田もあの年頃にしては並の実力ではなかったが、それを相手にしてさえ、意図して絶妙な落としどころへ結果を導いた。やはり尋常ではない。
「今後が楽しみな奴ではあるが、練馬ダンジョンは厳しい」
メンバーを集め、クランを作り、個人と組織の両面で地力を上げる。その過程でどのように成長できるかは、完全に未知数だ。
追加するメンバーによっては、あの相性の良いだろう組み合わせの足を引っ張ることも考えられる。パーティーメンバー、クランメンバーというのはそれほど重要なことだ。
俺が見るに、もし沖田たちと組めばなかなか面白いとは思うが、こればかりは性格的な相性もある。どうなることか。
さて、永倉たちには今後も多少の手助けをしてやってもいい。
手元の呼び鈴を鳴らすと、執事の柏木が部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「柏木、今後しばらくは、永倉たちのことを気にかけてやれ。何かあれば俺も動く」
「かしこまりました。差し当たっては、このクランハウスの整備を急ぎます。あの3人だけでは、庭の手入れもままならないでしょうから」
「そうだな。最高クラスの魔法道具を必要なだけ手配しろ。それなら人手をかけずとも、屋敷の維持管理程度は続けられる」
世話の焼ける若者たちだが、金で片付くことなら簡単だ。その程度の支援は惜しまない。
「では入念に手配いたしましょう」
「そうしてやれ。ああ、話は変わるがポーションの件はどうなった?」
「無事にお届けいたしました。クラン『天剣の星』はとても感謝しておられたようです。大規模攻略が順調に進むとよいのですが」
「そろそろ本気で、第五十階層を越えてもらわねばな。海外の少数の例を見れば、新たな鉱石などが見つかると期待できる。上手くいけば、諸々の停滞は打破できるだろう」
柏木とつまらぬ話を少しばかり交わした後で、窓から外を眺める。
目に入るのは四季を通じて花を咲かせるバラだ。永倉葵、あのお転婆がまともな管理を行えるはずがないし、必要な人手をそろえるにも時間がかかるだろう。
あのバラはかつての仲間が大事にしていたものだ。永倉たちに譲った以上は、どのようにされても仕方がないが、無為に枯れて朽ちるのは惜しい。やはり魔法道具は必要だ。
わずかな時間だけ昔の思い出に浸ると、今度はダンジョンのあるほうに自然と目が向いた。
練馬ダンジョンは、伝説と呼ばれるかつての俺たちでさえ、ろくに攻略できなかった超高難易度ダンジョンだ。
出現するモンスターは手強く、どう攻略を進めるか不明な点があまりに多い。だが代わりに高品質の魔石ばかりが手に入り、ドロップ品も常軌を逸するものが多く取れる。
俺たちではたどり着くことができなかった場所に、あいつらなら行けるかもしれない。
見込み違いでなければ、いつか面白い話が聞けるだろう。




