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ヒーロー  作者: 鳴宮琥珀
7/23

変化

12


「槙谷くん、ちょっといいかな」


 隣のクラスの女子から呼び出されたのは、三年生になってすぐのこと。帰ろうとしていた時に、声をかけられた。体育館裏まで行って、告白された。悠佑にとってちゃんとした告白をされるのは初めてだった。悠佑の答えは決まっていたけれど、いざ断るとなると胸が痛くなった。それでも曖昧にするわけにはいくまい、と心を鬼にして丁重にお断りをした。いつか、いつか僕もこうやって振られてしまう時が来るんだろうか。目の前の彼女が未来の自分に見えて、胸が苦しい。


 教室に戻ると、詩が興味津々の様子で近寄ってきたが、悠佑の表情を見て黙り込んでしまった。遥人と翼も心配そうに悠佑を見ていたが、樹はどこを見ているのか分からない様子で、帰ろうと声をかけてもどこか上の空だった。


 駅までの道のりも、電車に乗ってからも樹は一言も話さなかった。詩はすぐに切り替えて、会話を盛り上げてくれ、翼もそれに乗っていた。この二人がいるおかげで悠佑の気持ちもだんだんリセットすることが出来た。気持ちにこたえることが出来ないのに、いつまでもめそめそするのはダメだと自分に言い聞かせた。その中でも樹はずっとぼーっとしていた。


 樹が口を開いたのは、家に帰る途中の人通りが多い道だった。樹は急に道の真ん中で立ち止まった。少し歩いてから立ち止まった樹に気づいて、悠佑も立ち止まる。


「樹?」


 立ち止まったまま動かない樹に悠佑は名前を呼んだ。


「告白、うけたの?」


 予想外な樹の問いに悠佑はびっくりする。さっきの悠佑の表情やみんなの様子を見ていなかったのだろうか。それに樹の発言の意味が分からない。僕の答えを樹が誰より分かっているはずなのに。


「あの子と付き合うの?」


 心なしか、樹の表情が不機嫌そうに見えてしまうのは、きっと悠佑の都合のいいフィルターがかかっているからだろう。というか、さっきから樹の言っている意味がよく分からない。


「付き合わないけど…断ったよ?」


「え?なんで?」


 心底びっくりした顔をする樹に、混乱する。(驚きたいのはこっちだよ)と悠佑は心の中で思う。


「なんでって、好きな人がいるからだけど?」


 こんな道の真ん中で、樹のことが好きだからと言う勇気は出なかった。


「え、好きな人?誰?」


 樹が悠佑の肩を掴んだ。焦っているようなびっくりしているような顔で見つめられる。樹の意図が全く分からない。何でそんなことを聞くんだ。


「どういうこと?わざと言わせようとしてる?」


 さっきから、うまく会話がかみ合っていない。


「わざとって?悠佑の好きな人が誰なのか教えて欲しいだけだけど?」


 悠佑の頭はパンクし、爆発寸前だった。だからか、勇気が出なかったと言いながら、人込みにもかかわらず、悠佑は叫んでしまった。


「樹だよ!」


 樹は悠佑の肩を掴んだまま固まった。しばらくして、


「え?」


 という間抜けな声を出した。そこで悠佑は道の真ん中で立ち止まって話をしていることを思い出した。行きかう人が悠佑達をちらちら見ているように感じる。冷静になると、だんだん恥ずかしくなってきて、悠佑は再び歩き出した。その腕を樹が掴む。触れた部分の体温が一気に上がる。


「なに?」


 ドキドキしているのを悟られないようにと、少しとげのある言い方をしてしまった。


「ごめん、ちょっと来て」


 そういって、樹は悠佑の腕を掴んだまま歩き出した。


「ちょ、樹っ」


 樹が連れて来たのは、見覚えのある公園だ。ベンチの前まで引っ張っていき、悠佑を座らせた後、隣に樹も座った。


「さっきは、ごめん。道の真ん中で」


 樹も冷静になったようで反省した声色で言った。上の空だった様子もなくなり、真剣な顔をしている。


「ほんとだよ、何だったの?」


 悠佑は不満そうに言った。さっきの樹の発言の意図が知りたかった。


「その、翼と話した日から、悠佑が、す、好きって言ってくれなくなったじゃん?だから、てっきりもう俺のことは好きじゃなくなったのかと…。いや、俺が返事してなかったのが悪いんだけど!」


 好きという言葉に詰まりながらも、早口に言った樹はすこし恥ずかしそうに、顔を赤くしていた。確かに返事が遅いのに思うところはあるけれど、悠佑が引っ掛かったのは別のところだった。


「何それ!僕がどれだけ樹を好きか、知らないでしょ!そんな簡単に好きじゃなくなれるなら、告白なんかしてないよ!」


 樹に言葉で伝えてなくても、その分行動で示せるように頑張っていたつもりだったのに、気づかれていないことが悲しかった。悠佑の気持ちが軽く見られているみたいで寂しかった。何も言わない樹は顔を真っ赤にして、目も大きく見開いていた。悠佑も恥ずかしくなってしまい、顔を赤くして俯く。


「あのさ、返事今してもいいかな」


 そう言った樹の表情が真剣で、悠佑の身体が固まる。ついにこの時が来てしまった。ずっと返事がほしかったはずなのに、いざとなると怖い。翼も言っていたように樹の気持ちは全く分からない。気持ちを伝えれば顔を赤くするけれど、それが好きだからとは限らない。自信がなかった。でも、いつかは聞かなければならない。悠佑は意を決して頷いた。


「悠佑に告白されてから、ずっと考えてたんだけど…」


 悠佑はごくりと息をのむ。目をつむってしまいたくなる気持ちをギュッとこらえて、まっすぐに樹を見つめ返す。


「結果、分からなかった」


 樹の解答は予想の斜め上で、拍子抜けしてしまった。しかも


「約半年待たせた答えがこれ⁉」


 思わず口に出してしまった。一生懸命考えた結果、分からなかった樹の様子を想像するとなんだか笑えてくる。樹が真剣に考えて、悩んでくれていることは悠佑が一番よくわかっている。そんなところも愛しいと思ってしまうのだから、どうしようもない。


「ごめん…」


 樹が明らかにしゅんとしているのを見て、突っ込みたい気持ちもあったけれど、面白すぎて、吹き出してしまった。


「俺さ、悠佑が好きだよ。告白してくれて、もちろん嬉しかった。でも…」


 再び真剣なトーンに戻った樹に悠佑もあわせて真剣に見つめる。


「これが、恋なのか分からないんだ。美奈さんの時とは全然違う」


 樹の横顔が苦しそうに歪んでいる。悠佑は、今慰めるのは違うと思って、黙って次の言葉を待つ。


「でも、大切で、そばにいたいのは変わらない。俺、悠佑にずっと会いたかった。だから、ここからは俺の提案なんだけど…」


 そこで樹は息をついた。樹の言う提案が何なのか、ドキドキしながら促す。


「俺と、お試しで付き合ってくれませんか」


「へ?」


 今度は悠佑が間抜けな声を出してしまう。全く思いつかなかった提案に、悠佑は口が開いたまま閉じない。


「中途半端って思うかもしれない、悠佑が嫌ならこの提案はなかったことにする。自分勝手かもしれないけど、俺のこの悠佑に対する気持ちが恋なのかどうか分かりたいんだ。…どうかな?」


「しよう!お試し!」


 悠佑は高鳴った胸を押さえながら、食い気味に答えた。

人によっては何だこいつ、と思うかもしれない。樹は自分勝手なのかもしれない。でも悠佑は嬉しかった。突き放さないで、気持ちに向き合って、樹らしい答えだと思った。あの頃の僕たちからここまで来たんだ。これを逃せばもう二度とこんなチャンスはないかもしれない。


 こうして悠佑と樹はお試しで恋人になった。お互いに初めての恋人で付き合うとは何かというところから始まった。慣れていない感じもまた楽しくて、悠佑はすべてが新鮮だった。


 お試しで付き合うことになったと、翼にだけ報告した。まだお試しの段階だから、他の人はもちろん、詩と遥人に言うのも躊躇われたが、翼には悠佑も事情を話していたので伝える義務がある気がした。翼はとても喜んでくれて、少し照れ臭かった。樹は「何か不満があったら遠慮なく言ってくれ」と付き合い始めた時に言っていた。


 付き合ってから劇的に何か変わることはなかったけれど、お互いの家に行くことが日課になった。久しぶりに樹のお母さんに会えて、とても嬉しかった。ますますきれいになった樹の母と、少し大きくなった柚樹くんと共に遅くなるまで話した。樹の家にお邪魔したときは、必ず樹は悠佑の家まで送ってくれた。この前、悠佑も樹を家まで送ろうとしたが、暗いからと言って断固拒否された。

 キスはおろか、手をつなぐことさえしていないけれど、樹の特別だということが幸せだった。それにもし、いざとなったときにやっぱり無理だと拒まれたらとてもつらい。それなら今のままでも十分幸せすぎるくらいだ。

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