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ヒーロー  作者: 鳴宮琥珀
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友達

 樹と再会してから放課後まで、悠佑は何も考えられずに、ただ窓の方を見つめていた。多分先生が大事なことを言っていただろうけれど、放課後のことを考えると、それどころじゃなかった。チャイムが鳴り、今日はもう終わりだと言った先生の声に、悠佑は一気に現実に引き戻された。


「槙谷、めっちゃぼーっとしてた」


 後ろから遥人が声をかける。


「まきやーー‼」


 先生が教室から出ると同時に、詩が勢いよく席から立ち、悠佑めがけて飛びこんでくる。詩は悠佑に抱き着いて上目遣いでこちらを見てきた。


(かわいい)


 高校初日なのに距離感がおかしいのではと思いつつ、懐いてくれているような詩の様子に悠佑は素直に嬉しくなる。


「今日一緒に寄り道しない?」


 詩がキラキラした瞳でこちらを見る。お誘いは嬉しいけれど、今日は外せない用事がある。


「ごめん、実はさっき昔の知り合いに会って、一緒に帰る約束をしたんだ」


 遥人に言った言葉を詩にも言い、約束したことを付け加える。詩はおおげさなくらい、しゅんとして、垂れた耳としっぽが見えてきそうな勢いだった。罪悪感がすごい。

 申し訳ない気持ちで詩の頭を撫でていると、教室の外から、低い声が悠佑を呼んだ。心臓の鼓動が一気に加速する。全身に血がすごい速さで巡っているみたいに熱くなる。名前を呼ばれただけなのに、悠佑はその場でしゃがみこんでしまいたくなった。

 遥人と詩に別れと、明日は寄り道をしたいということを伝えて、教室を出た。悠佑の言葉に詩はとても嬉しそうに首を振り、今度はぶんぶんと振った尻尾と、ぴーんと立った耳が見えてきそうな勢いだった。


 教室を出て、僕たちは隣を並んで歩く。小学校ぶりに樹と並んで歩いている。


「こうやって並んで歩くの小学校ぶりだよな」


 樹も同じことを思っていたようで、悠佑の方を見て笑った。もっと面白い返しをしたいのに、話してくれる樹に対して、緊張で無難な相槌しか打てない。


 高校は夏目達がいないような、なるべく遠い所を選んだ。逃げかもしれないけれど、姉もそうした方がいいと言ってくれた。奈月とは中学三年間同じクラスで卒業した。先生なりの気遣いだったのかもしれない。そのおかげで楽しく学校生活を送り、卒業することができた。奈月は近くの高校に行き、お互い離れることを悲しんだけれど、悠佑も実家通いなので「また会える!」と言って、明るくお別れした。春休みに一度会って、買ってもらった携帯で連絡先を交換したので、いざとなればいつでも会える状態だ。


 実家から通うのは少し大変だけれど、一人暮らしは親が許してくれなかった。でも、この高校を選んだおかげで樹に会えた。友達にも恵まれ、それだけで朝の満員電車の憂鬱なども吹き飛びそうだ。


 隣で歩く樹の横顔を盗み見る。どこを見ても、どの角度から見てもかっこいいのは、僕が樹のことを好きだからだろうか。樹と再会して改めて、悠佑はやっぱり樹のことが好きだと自覚するのだった。


 樹は自分の話をしてくれた。もともと志望していた高校は前の家から近かったけれど、急遽また転勤が決まって、なんと地元に戻ることになったらしい。バタバタしていたため、悠佑の家にも行けず、高校もそのまま遠くのところに通うことにしたという。つまり、これからは、登下校も樹と一緒にできるのだと教えてくれた。夢みたいだ、夢だと思って悠佑は自分の頬をつねってみた。ふつうに痛い。樹が悠佑の行動を見て驚き、笑っていた。夢じゃない。一緒に電車に乗り、同じ方向に帰る。もう二度とできないと思っていたことが今できている。幸せすぎて泣きそうだ。


 電車から降りると、辺りはすっかり暗くなっていた。二人並んで家路を歩いていると、ふと樹が口にした言葉に悠佑はびっくりして、転びそうになった。


「悠佑は今、好きな人いるの?」


 悠佑は言葉に詰まる。どう答えるのが正解だろうか。この質問をするということは、悠佑がまだ樹のことが好きだとは思っていないのだろう。脈なしな感じがして、少し悲しい。


「いない…よ」


 いるとだけ言うこともできたけれど、何となくそう答えてしまった。


「そっか」


 そう返事をした樹は何を考えているのか、表情からはいまいち読み取れなかった。その後は他愛のない話をして帰路についた。



 朝、教室に入るときはいつも緊張する。樹と教室の前で別れた後、悠佑は扉の前で立ち止まった。扉を開けた瞬間クラスが静まりみんなの視線が悠佑に集まる感覚を何度も経験した。高校に悠佑の過去を知る人は樹だけだと分かっていても、もしかしたらどこかから情報が漏れだしているかもしれないと、不安が拭いきれない。


「まきやー‼おっはよ~!」


 そう言って後ろから悠佑に飛びついたのは詩だ。昨日と変わらない様子に安心する。


「槙谷、おはよう。入らないの?」


 詩の後をついてきた遥人が声をかける。二人は一緒に登校してきたようだ。


「二人ともおはよう。ちょっと考え事してた」


「そなの?入ろ~!」


 と言って、詩は悠佑の手をつなぎ、教室の扉を開けた。クラスは騒がしくて、すでにグループごとに集まって話をしたり、席で本を読んだり、机に突っ伏して寝ている人などがいて、教室が静まり返ることも、悠佑に視線が集まることもなかった。悠佑と遥人は自分の席に直行し、詩は足早に荷物を自分の机に置いて、二人のもとに飛んできた。


「今日お昼、どこで食べる~?」


 当たり前のように輪に入れてくれる詩の気持ちが嬉しかった。それと同時に朝話した樹との会話を思い出した。


「えっと、実は他の人とも食べる約束をしたんだけど、もしよかったら一緒にどうかな」


 樹とお昼を食べたいし、二人とも一緒に食べたいと思う。欲張りかもしれないと少し怖くなったけれど、そんな悠佑の不安とは裏腹に詩は明るい声を出した。


「もちろん!槙谷の友達と仲良くなりたい!遥人もいいよね?」


「うん」


 詩は快く、遥人も二つ返事で了承してくれた。そして、休み時間に樹にも了承を得て、四人で、外でご飯を食べた。詩も樹もコミュニケーション能力が高く、すぐに打ち解けていたし、遥人もその場の空気にとても馴染んでいた。自分の友達同士が仲良く話している様子が楽しくて、悠佑は三人の様子を眺めながら、時々会話に入って、お昼休みはあっという間に過ぎていった。

 教室に帰る途中、樹と遥人が歩いている背中を眺めていた悠佑の制服の裾を、詩が掴んだ。


「どうしたの?」


 悠佑が問いかけると、詩はいつもの明るい顔じゃなく、少し照れたような赤く染まった頬で


「俺も、悠佑って、呼んでもいい?」


 と言った。その声がか細くて、緊張しているのが伝わってきた。


「あ、俺も呼びたい」


 恥ずかしそうな雰囲気の詩を無視して、話を聞いていたらしい遥人が落ち着いたトーンで振り返って言った。


「ちょっと!地獄耳かよ!」


 詩がいつものように遥人に突っ込みを入れ、緊張していた空気感も和らいだ。


「じゃあ、みんな名前で呼ぶことにしよ」


 この樹の一言が決定打となり、お互いの名前呼びが決まった。詩が嬉しそうに悠佑の名前を呼んでいるのが可愛くて、微笑ましかった。


 樹とはクラスが違うけれど登下校やお昼休み、暇さえあれば一緒にいるので距離を全く感じなかった。まるで小学校の頃に戻ったみたいで嬉しかった。








 季節が過ぎ、桜が散って葉が青々しくなってきたころ、連休中に樹を家に招いた。母は久しぶりに会えた樹にとてもテンションが上がっていた。リビングのソファに二人並んで座って、ゲームをしていると、いつの間にか夕方になっていた。


「あ、樹くんだ。久しぶり~いらっしゃい」


そう言ってリビングに入ってきたのは美奈だ。


「姉さん、おかえり」


「……………」


 美奈は、あの日悠佑の言った言葉が効いたのか、あれ以来夜遊びをすることをやめた。男と歩いているという目撃も一切なくなり、母も父も安堵していた。美奈と両親の関係も次第に戻っている。今はバイト帰りだ。美奈の言葉に樹は何も言わず、黙って美奈の顔を見つめていた。驚いたような戸惑っているようなそんな表情をしている。


「私の顔、何かついてる?」


 その樹の様子に、不思議そうに美奈が言うと、樹がびくっとして、


「あ、いえ。お久しぶりです。お邪魔してます」


 と遅れて丁寧に挨拶をした。


「硬っ!(笑)まあ、ゆっくりしていってね」


「いえ、もう帰ります」


 立ち上がる樹を見て、母は残念そうに肩を落とした。夜ご飯食べていけばいいのに、という誘いも、「家に連絡してないので多分ご飯用意してくれてます」と、丁寧に断っていた。家の外に出て、母と悠佑がお見送りをしたが樹はどこか上の空の様子で手を振り、帰っていった。


 樹が帰った後も、夕飯時に母は樹の話をしていて、美奈と悠佑は苦笑いで母の話を聞いた。お風呂から上がって、自分の部屋のドアノブに手をかけた時、美奈に声をかけられた。美奈を悠佑の部屋に招いて、ベッドに座らせる。


「樹くんと同じ高校とかさ、もう運命じゃない?」


 開口一番、美奈がそう言った。


「えええ⁉確かに奇跡みたいなことだけど、う、運命なんて…」


 それを悠佑は全力で否定しつつも、胸のどこかではそう思っている自分もいた。自分の頬は赤く染まっていることだろう。


「可愛いなぁ(笑)」


 美奈が笑う。


「悠佑はさ、樹くんと付き合いたいとか思わないの?」


 突然真剣な声色で美奈が問いかけた。先ほどの笑った顔もすでに消えて、真面目な顔で悠佑を見上げる。


「………分からない」


 美奈に打ち明けたあの日から考えてはいるけれど、分からないままだ。樹のそばにいたいし、樹のことが好きだけれど、これが付き合いたいということなのかは分からなかった。今の状態でも十分幸せだ。正直にそう伝えると、


「じゃあ、樹くんに好きな人が出来たら?その人と付き合うことになったらどうするの?」


 そう聞かれ、悠佑は答えに詰まった。


「応援できるの?」


「…出来ないかもしれない」


 樹の幸せを願う気持ちと、誰とも付き合わないでほしいという気持ちが交錯している。


「そっか。じゃあ、おやすみ」


 美奈はそれ以上は何も聞かずに、部屋を出ていった。一人になった部屋で悠佑はぐるぐると考えていた。悠佑は、多分できることなら樹と付き合いたいのだと思う。でも現実的に考えてそれを叶えることは難しいから、自分で自分に言い聞かせているのだ。どうか、しばらくはこのままでいて欲しい、と美奈の言葉を思い出しながら悠佑は願っていた。

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