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ヒーロー  作者: 鳴宮琥珀
19/23

両親

30


「そろそろ一緒に住まない?」


 大学生活にも慣れて一年が経とうとした頃、樹が言った。樹は大学の近くで一人暮らしを始め、悠佑も一限がある日を含め、ほとんどの時間を樹の家で過ごしていた。半同棲状態だった悠佑達にとって、一緒に住むことに抵抗はなかったし樹の提案は嬉しかったが、一つ問題が残っていた。


「同棲するなら僕たちのこと両親に報告した方がいいかな…」


 母は樹のことを好いているし、樹の家に入り浸っていることも特に何も思っていない。でもそれは樹と悠佑が友達だと思っているからだ。本当は付き合っている、なんて知ったらどう思われるだろうか。


「ルームシェアっていうこともできるけど、俺はこの先も悠佑と一緒にいるつもりだし、そうなってくると、このタイミングで挨拶をしておきたい気持ちはある」


 樹はちゃんと自分の意見を言ってくれるけれど、あくまで悠佑の意思を尊重してくれたうえでのことだ。もちろん親に報告することは勇気がいるけれど、悠佑だって樹と離れるつもりなどない。悠佑は覚悟を決めた。


「うん、挨拶しに行こう。僕も樹と一緒に暮らしたいし」


 悠佑の言葉に樹がほほ笑んだ。そして最初に悠佑の家に挨拶に行き、次に樹の家に挨拶に行くことにした。その日は樹の家には泊まらずに家に帰った。両親に直接アポ取りをするためだ。家のドアを開けると、すぐに美奈が顔を出した。


「悠佑、おかえり。今日は泊まらなかったんだね」


「うん、ただいま」


 リビングに入ると母が夕食を作っている最中で、手を止めずに悠佑の方をちらりと見て、「おかえり」と言った。


 美奈は大学生の時にスカウトをされ、バイトをしながら芸能活動をしている。最初に比べてどんどん人気になってきていて、今は芸能活動一本にしようと考えているところらしい。スカウトを受けると聞いた時はとても驚いた。確かに美奈はすごくきれいだし、年を重ねるにつれてどんどん美しさが磨かれているように感じる。美奈がスカウトされたことも何回もあったが、そのたびにきっぱり断っていた。スカウトを受けた理由を聞いてもはぐらかされるが、忙しくも、なんだかんだ楽しそうにしている。この時間に家にいるのは珍しい。


 今日は父がいつもより早く帰ってきて、久しぶりに四人で食卓を囲んだ。ご飯を終え、お風呂から上がると、母と父はソファに並んで座り、テレビを見ていた。悠佑は今だと思って、楽しそうに笑っている二人に近づいて声をかけた。心臓の音とテレビの音で、自分の声が聞こえなかったけれど、二人が一斉に振り返ったので声が届いていたことに安心した。


「悠佑、どうした?」


 リモコンでテレビを消しながら、父が柔らかい声色で言った。母も首をかしげて悠佑を見ている。


「えっと、今度大事な話があるんだけど……」


「どうしたの?改まって、今じゃダメなの?」


「うん、あの、紹介したい人がいて」


 両親も会ったことのある樹を紹介する、と言うのは変だと思ったけれど、緊張しすぎてそれどころではなかった。


「え、もしかしてそれって…」


 母の表情が見る見るうちに明るくなっていき、嬉しそうに言った。


「分かった。今週末はちょっと難しいから、来週末でどうかな?相手の子にも聞いてみて」


 父は思ったよりも冷静だ。


「うん、聞いてみる」


 悠佑は頷くと、ようやく肩の荷が降りたような感じがした。が、次に発した母の言葉に再び悠佑の身体は固まった。


「本当によかったわ~。悠佑、樹くんの家にばかり行っているから、心配してたけど。ちゃんと将来のこと考えてたのね~」


 紹介したい相手が樹だということができなかったが、母の言葉に頷くこともしなかった。そしてそのままリビングから出た。扉越しにも母が父に嬉しそうに話しているのが聞こえてきて、思わず耳をふさいだ。降りたと思っていた荷が、再び悠佑の肩にのしかかった。


 次の日樹にそのことを伝えると、頭を優しく撫でてくれた。樹の大きな手が悠佑の頭を覆いかぶさるこの感じがとても好きだ。


「来週末空けとくな。楽しみにしてる」


 不安そうな悠佑に、樹がそう声をかけた。そして週末、樹と悠佑は詩と遥人に会いに行った。二人の交際も順調そうで、相変わらず距離感はバグっている。今も遥人の膝の上に詩がのっている状態だ。

 交際期間は僕達の方が長いが、詩と遥人は大学入学と同時に同棲を始めており、その点に関しては悠佑達の先輩だ。相談があると伝えると、快く家に招いてくれた。遥人の作ってくれた料理をほおばりながら、悠佑は悩みを打ち明けた。


「二人は同棲するとき、親に付き合ってること報告した?」


「あー、俺たちは同棲するときっていうより、付き合った日に報告したかな」


 詩のケロッとした解答に悠佑はびっくりしてしまった。


「反対…されなかったの?」


「されなかった。俺と詩は一緒にいるのが当たり前みたいに今までも過ごしてきたから、今更驚かないって言われた。あと俺の姉さんがオープンな腐女子で、親もそういうのに理解があったっていうのもあるかも」


 遥人の説明に納得がいったと同時に羨ましい気持ちになった。悠佑と樹もそんな風にスムーズにいけばいいのにと思った。


「悠佑達も同棲するの?」


 詩の質問に悠佑は頷いた。


「で、改めて両親に挨拶に行くことになったんだけど、不安で」


「そっか、付き合ってることは言ってないのか」


 遥人が納得したように頷いた。


「でも樹は悠佑の親に嫌われてるわけじゃないよね、話してみないと分からないよ!」


「うん、俺もそう思う。それに樹は反対されても諦めないだろ?」


 遥人が樹を眺めて片方の口角を上げる。


「もちろん」


 樹が自信満々に頷く。二人と話しているうちに悠佑の気持ちは明るいほうへ向いていった。何だか大丈夫な気がしてくる。少しだけ自信を取り戻せて、二人に感謝をした。


 それから大学にバイトと時間は一瞬で過ぎていき、土曜日となった。いよいよ明日は樹が家に来る。と意気込んでいたが、次の日の朝、緊張で目が覚めリビングに行くと、父がスーツを着ていた。悠佑に気づいた父が申し訳なさそうに口を開いた。


「会社でトラブルが起きて、行かなきゃいけなくなった。帰りも多分遅くなるから、今日は話を聞けないと思う。本当にすまない。相手の方にも申し訳ない。また改めて必ず時間を作るよ」


 そう言って慌ただしく準備をして、父は家を出ていった。覚悟を決めていた悠佑は呆けたまま何も考えられなくなった。父の都合は仕方ないが、緊張がこれからも続くと思うと重かった。すると、一緒に父を見送っていた母が隣で声を上げた。


「せっかくだし家に連れてきてよ!当日に来ないでって言うのも失礼でしょ?お母さんがちゃんとおもてなしするし、どんな子か気になるし!」


 最後が母の本音な気もするが、確かに一理あると思って樹に連絡を入れた。樹は快く了承してくれた。

 そして約束の時間が来た。来る相手が樹とは思っていない母は「迎えに行ってあげなさい、場所分からないでしょ?」と、悠佑を外に放り出した。

 家の前にすでに樹がいて、チャイムを押そうとしていたところだった。外に出た悠佑に樹は動きを止めて驚いていて、その顔で樹が緊張しているのが伝わってきた。悠佑もつられて緊張してくる。二人で意を決してドアを開けた、と同時に母がリビングからこちらに向かってきた。


「あら~いらっしゃい!ってあれ?樹くん?どうしたの?」


 悠佑の隣に樹がいるのを見て、母は不思議そうに首を傾げた。


「ごめんね、今日は悠佑が大事な人を紹介してくれる日なのよ~」


 母の様子を見て、途端に悠佑の呼吸が速くなる。樹はそんな悠佑の手を力強く握り、口を開いた。


「悠佑が紹介したい人は俺のことです。悠佑と、お付き合いさせてもらってます」


 普段の砕けた話し方ではなく、改まった様子で話す樹の横顔を見上げる。


「え……?」


 樹の横顔から視線をずらし、母の方を見ると、顔が笑顔のまま引きつっている。


「と、とりあえず上がって」


 玄関に立ちっぱなしもよくないと、悠佑は樹の手を引いてリビングに向かおうとする。樹は玄関を上がって母の前まで行き、手に持っていた紙袋を手渡した。母の表情は固まったまま、放心状態で紙袋を受け取り、悠佑達に続いてリビングに入ってくる。

 リビングはお菓子の甘い匂いが充満している。母がはりきって朝から作っていたらしい。それとは裏腹にリビングの椅子に向かい合って腰を下ろした悠佑達には、しばらく無言の空気が流れていた。

 悠佑が母と樹を交互に見て何もできないでいると、樹が悠佑の方を見て、大丈夫とでも言いそうな顔でほほ笑んで、母に話しかけた。樹の声に、机を見つめていた母が顔を上げる。


「突然の報告、すみません。悠佑とは高校三年生の春頃から付き合っています。今日はその報告と、大学二年生に上がると同時に悠佑と一緒に住みたいと考えていて、それの許可をいただきに来ました」


 樹の真っ直ぐな視線はとても頼もしい。悠佑も樹だけに言わせるではなく、自分も何か言おうと声を出す。


「僕は、ずっと樹が好きだった。母さんと父さんには言えなかったけど。でも本気です。真剣に樹と付き合ってるし、この先も一緒にいたいと思ってる」


「「お願いします」」


 二人で頭を下げた。


「……あり得ない」


 母の声は震えていた。その声色がいいものではないと、悠佑が一番よく分かった。


「あり得ないあり得ない!何で?男同士なんて子供もできないじゃない!どうしてそんな意味のないことをするの?」


 母が椅子から立ち上がり、自分の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて叫ぶ。その一言一言が悠佑の胸に深く突き刺さる。そして決定的な言葉が母の口から飛び出した。


「このっ親不孝者‼」


 母と目が合う。涙ぐんだ母が睨みをきかせて悠佑を見ている。


「美奈も突然結婚はしないとか言い出すし、じゃあ私の孫は誰が見せてくれるの⁉…二人そろって親不孝者ね!」


 美奈のことは初耳だった。そんなことを母に言っていたのか。でもそんなことより、母さんは……


「母さんは……僕たちの幸せはどうでもいいの?」


 悠佑の目からは涙がこぼれていた。母はその言葉を聞いて我に返ったように悠佑を見た。


「…確かに僕は母さんに孫を見せることはできないけど、そんな風に言われると、つらい、な」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら言った。樹がそばに寄って頭を撫でてくれている。


「僕と姉さんのこと、孫を見せてくれる存在って思ってたってこと?」


「ちがっ」


 言いかけて再び母が俯く。そしてしばらくして無言でリビングから出ていった。悠佑も樹も追いかけることはできなかった。だが、出ていく母に樹が声をかけた。


「それでも俺は悠佑を諦められません、すみません」


 母は一度足を止めたが、振り向かずに歩いて行った。樹は悠佑の両頬を両手で包み込み、親指で涙をぬぐった。鼻水も出ていてぐしゃぐしゃな顔を見られるのは恥ずかしくて、顔をそらそうとしたが、樹はそれをさせてくれなかった。悠佑が泣き止むのを確認すると、樹も帰っていった。

 家に悠佑と母が残ったが、顔を合わせることはなかった。夕飯の時間になっても母は出てこなかったので、悠佑は冷蔵庫にあるもので簡単に作った。

 やがて父が仕事から帰ってきた。トラブルは無事解決したらしいが、とても疲れ切った顔をしていた。父がお風呂に入っている間にご飯を温め、席に着く。

 お風呂から上がった父は悠佑の向かい側に座り、置かれたご飯を見て、「今日は悠佑が作ってくれたのか?」と言った。


「うん、でも簡単なものだから、物足りないかもしれないけど」


 悠佑が作ったのは余り物で作ったチャーハンだけだ。働き疲れて帰ってきた父には、もっとがっつりしたものの方が良かったかもしれないと、今更気づいた。


「ううん、作ってくれてありがとうな、いただきます」


 父が一口食べてすぐに「おいしい!」と叫んだ。それからしばらく黙々と食べ、終わると悠佑を見て話し始めた。


「今日は本当にすまなかった。お母さんもとても楽しみにしていたから、落ち込んでいるかな」


 母が部屋から出てこないこと、ご飯を悠佑が作っていたことなどを、父は母が今日の約束が無しになったからだと思ったのだ。

 悠佑はそんな父に、実は今日母に言われて相手を連れてきたことを話した。そして、母の反応があまりよくなかったこと、それから母が部屋に入ったまま出てこなくなってしまったことを伝えた。父は悠佑の話を聞いた後、困ったように笑った。


「そうだったのか、尚更相手の方に申し訳ないな。でも、お父さんに黙って連れてくるなんてダメだぞ」


 父は不貞腐れたように言った。怒っているというより、すねているようだ。


「うん、僕もこんなことになるとは思ってなかったから……。あのさ、相手のことなんだけど…」


「うん?」


「樹、なんだ。僕、樹と付き合ってる」


 改めて挨拶に来るとしても、事前に父には話しておきたかった。怖かったけれど、いずれ知られることなら早めに自分の口から言っておきたかった。机の下、膝の上で丸めた手をぎゅっと握り、悠佑は言った。


「…そうか」


 父はすこし考えた後、ほほ笑んだ。


「それ、だけ?」


 かすれた声でつぶやくと、父が声を上げて笑い出した。


「お母さんがそんな反応するから、まさかどんな人かと思ったけど樹くんか!(笑)」


 意外にもケロッとしていた。そういえば小学生の頃、樹と泥遊びをしていたということになっていたあの時も、父は怒らずに笑っていた気がする。


「反対…しないの?」


「反対してほしいのか?」


「え!まさかっ」


「ならいいいじゃないか。樹くん、素敵な人だと思う。今度会うのが楽しみだな」


 父の言葉が嬉しかったが、悠佑の目の前には一つ問題が残っている。


「うん、でもその前に…」


「お母さんだな」


「…」


「悠佑、お母さんのことはお父さんに任せてくれないかな」


「え?」


「お母さんのことはお父さんが一番よく分かってる。もう何十年も一緒にいるからね。だからとりあえずお父さんがお母さんと話してみるよ。それで今度また四人集まったときに色々話し合おう。それでいいかな?」


 自分の問題だから、自分で解決しないといけないと悠佑は焦っていたけれど、父の言葉にとても安心した。


「うん、ありがとう」



31

 次の週末、再び樹が家にやってきた。あの日の夜、父と母が何を話したのか悠佑は知らない。けれど翌朝、母の分のチャーハンが食べられていることに気づいて、嬉しかった。母とはあれからちゃんとした会話もできないままでいるが、父が大丈夫だと頷いていたので、その言葉を信じることにした。


「樹くん、いらっしゃい」


「おじゃまします。今日はお招きいただきありがとうございます」


 樹は丁寧にお辞儀をした。父は続けて、先日のことを謝罪した。


 悠佑の父と樹の父はとても仲がよく、休日に二人で出かけることも多い。父と樹は会う機会はそれほど多くはないけれど、それなりに仲がいいと思う。樹の父は何となく悠佑の母に雰囲気が似ているので、仲良くなるのも納得がいく。逆に、樹の母は悠佑の父に雰囲気が似ているので、母親同士もとても仲がいいのだと思っている。


 リビングに樹を連れていき、樹が父に手土産を手渡す。父はそれをとりあえずキッチンに置いて、席に着いた。悠佑と樹も父と母と向き合って並んで腰を下ろす。元々座っていた母は黙ったまま俯いている。


「まずは、いつも悠佑と仲良くしてくれてありがとう」


 父が樹に頭を下げた。


「いえ、とんでもないです。こちらこそ、いつも父と仲良くしてくれてありがとうございます」


 樹も同じように頭を下げた。


「ははは(笑)。どんどん顔つきがお父さんに似ていっているね。久しぶりに会えて嬉しいよ」


 それから三人で他愛もない話をするうちに、だんだん空気が柔らいでいく。いいころ合いになってきたところで、父が真面目な顔で言った。


「ところで樹くんは悠佑と同棲をしたいのかな」


 先ほどまでの空気と違って、樹も悠佑も姿勢を正す。


「はい。したいです」


「樹くんは悠佑のどこが好きなのか、教えてくれるかな」


 父の無茶ぶりの質問に悠佑は驚いた。母も一度身体をピクリと震わせた。

 樹の口からどこが好きかなんてはっきり聞くのは、悠佑も初めてかもしれない。心臓がどくどくと脈打っている。


「そうですね…。全部、と言いたいところですが、そういうわけにもいきませんよね(笑)」


 樹がそう言って笑った後、真剣な顔になる。


「強く……あろうとするところです。悠佑は自分を弱いと思っているけれど、いつも何かと戦っていて、強くあろうと努力している。そんなところを尊敬しています。後は……自分より周りのことを考えられるところも好きです。優しいところも好きだし、笑った顔もたまらなくかわいいです。並んで歩いているときの横顔も、俺のことを見ている瞳も……」


「樹っ!」


 堪え切れなくなった僕は、樹の話を遮ってしまった。でもこれ以上聞いていたら、爆発してしまいそうだった。


「悠佑~いい所で止めるなよ~」


「もっもう終わり!だから!」


 駄々をこねる父に対して強く言い放った。


「…私はっ!」


 そこで突然母が叫んだ。三人は動きをぴたりと止め、ゆっくりと視線だけを母に向ける。母は椅子を引いて机に手を押し当てて、立ち上がった状態だ。


「私は…孫が見たくて子供を産んだわけじゃない!でも、この前は気が動転してあんなことを言って…。悠佑の、美奈の幸せが、子供の幸せが一番だったはずなのに…。ごめんなさい」


 母は深々と頭を下げた。こんな母を見るのは初めてで戸惑った。長い間頭を下げていた母の背中にそっと父が手を置いた。母を見る父の目が優しくて、とても愛しいものを見ているようで、悠佑も胸が締め付けられた。


「僕も…母さんがここまで育ててくれて、愛情もいっぱいもらってたのに、それをなかったことみたいに言って…ごめんなさい」


 悠佑も頭を下げた。母に言われたこと、ショックだったけれど、ショックを受けたのは悠佑だけではない。そんな悠佑の背中に樹の手が触れる。触れた部分から熱を帯びて全身に広がっていくようで、自然と涙が込み上げてきた。


「ははは(笑)。樹くん、本当に悠佑のことが好きなんだね。表情からすごく伝わってくるよ。ね、お母さん?」


「…ええ、そうね。樹くんもこの前は本当にごめんなさい」


「いえ!覚悟はしていたので…」


「今更だけど、これからも私たち家族と仲良くしてくれるかい?」


「……え?それって…」


「悠佑のこと、よろしくお願いします」


 父と母が一緒に頭を下げた。


「…はいっ!一生をかけて大事にします」


 樹はすぐにそう返事をした。一生という言葉に父も母も目を丸くし、悠佑も恥ずかしくて耳まで真っ赤になった。当の本人は何も気づいてなさそうな不思議そうな顔をしていて、それを見て三人で声を上げて笑った。

 それから一緒に夜ご飯を食べて、樹をみんなで見送った。帰り際に母が改めて樹に謝罪をしていて、樹が帰った後悠佑にももう一度頭を下げた。樹も悠佑もいたたまれなくて、もうこのことは今日きりにしようと言った。



32

 悠佑家への挨拶を無事に終えてからしばらくたって、今度は樹の家に行くこととなった。悠佑は自分の親に紹介するときよりもはるかに緊張していた。樹もこんな気持ちで頑張ってくれていたのだと思うと、感謝しかない。とはいえ悠佑も、たとえ拒絶されても樹と離れるつもりはないという覚悟だけはしてきたので、樹と自分を信じて頑張るしかない。しかし、訪問の一週間前からそんな様子の悠佑に、樹は痺れを切らしたようにあることを教えてくれた。


「あのさ、実は悠佑と付き合ってること、事前に両親に話したんだ」


「え…?」


 悠佑はごくりと息をのむ。


「……それで、何て?」


「母さんも父さんもケロッとしてた。母さんは久しぶりに悠佑に会いたいって言ってたし、父さんはちょっとびっくりしてけど、悠佑なら安心だなって言ってた」


 嫌な想像ばかりしていた悠佑は肩の力が抜けていくのを感じた。


「だから、そんなに緊張しなくて大丈夫」


「…うん、ありがとう」









「お邪魔します」


「悠佑くん、久しぶり~!いらっしゃい‼」


「いらっしゃい~。悠佑くん」


 樹の母が悠佑を思いきり抱き締め、そのそばで樹の父が笑っている。樹は樹の母を悠佑から引きはがして睨みつけた。


「ゆーすけ!」


 樹の母が悠佑から離れると、その隙を狙ったかのように、今度は柚樹が飛びついてきた。以前より背も伸びて、大人っぽくなったように感じる。小学生の頃の樹にそっくりだ。

 樹の言う通り、樹の母も父も、悠佑と樹のことを受け入れてくれて、同棲も許可してくれた。その後は以前と同じように食事をして、遊んで話して一日があっという間に過ぎた。


「悠佑くん、樹のことよろしくお願いします」


 帰り際、樹の父と母に頭を下げられ、悠佑は戸惑った。


「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします!」


 悠佑も二人に負けないくらい深々とお辞儀をした。

 こうして樹の家への挨拶はあっさりと終わった。


 そして、いよいよ悠佑の引っ越し準備が始まった。色々な手続きを終え、春休みに引っ越しをした。家族と離れるのは寂しいけれど、永遠の別れなわけじゃないし、そんなに遠い場所でもない。引っ越す前に父と母から、最低でも月に一回は実家に顔を出すことを条件に見送られた。


 引っ越してからしばらくして落ち着くと、詩・遥人・翼を家に招いた。

 三人は引っ越し祝いとして、お揃いのマグカップとタオルをプレゼントしてくれた。それぞれで会うことはあっても、五人で集まるのは久しぶりで、近況報告を含め色々と夜通し語り合った。翼と舞菜の交際も順調らしく、大学を卒業したら一緒に住むことになっているらしい。


 また別の日には奈月と夏目を家に招いた。樹は嫌そうな顔をしていたが、悠佑がお願いをすると、泊まらせないことを条件に渋々了承してくれた。高校を卒業してから、連絡はとっていたものの顔を合わせるのは久しぶりだ。奈月はますます美しくなっており、夏目はなんか可愛らしくなったような感じがした。奈月に従順なペットみたいに見える。そして、二人から衝撃の報告を受けることになる。


「実は、私たち結婚しました」


「「……は?」」


 悠佑も樹も開いた口が塞がらない。でも確かに二人の薬指には指輪が輝いていた。


「お、おめでとう…」


「ありがとう。びっくりさせちゃったね(笑)」


「びっくりした…。じゃあ、二人も同棲してるってこと?結婚式は?」


「同棲はしてなくて、新くんが私の実家に一緒に住んでる。結婚式はまだする予定はないよ、悠佑くんは絶対呼ぶつもりだから」


 夏目の家庭環境を考えると、少し納得がいった。


「指輪もいつかちゃんとしたものをプレゼントしたいんだ」


 夏目が嬉しそうに話す。幸せそうな二人にずっと固い顔をしていた樹も表情が少しだけ和らいだように感じる。


「二人は今、何をやってるの?」


 樹が質問した。


「私は大学に進学した。両親からも新くんからも言われたから。新くんは普通に働いてるよ。私も卒業したら働くつもり。二人で暮らすための費用を稼ぐんだ。今もバイトで少しずつ貯めてるけどね」


 自分の身近な人がもう社会人なんて変な感じだ。夏目くんは奈月と目を合わせ、照れ臭そうにしている。


「あ、じゃあ結婚したってことは、呼び方変えたほうがいいのかな」


 悠佑は一つ疑問に思ったことを聞いた。


「うーん、別に変えなくても大丈夫だよ。あ、ちなみに新くんが私の家の名字になったから、椎名奈月と、椎名新になりました」


「そうなんだ、じゃあやっぱり夏目くんのことは下の名前で呼んだ方がいいよね」


 悠佑が夏目に向かって話しかけた。樹はあからさまに嫌そうな顔をしている。


「え、あ、えっと…」


「ダメかな?」


「いや、ダメじゃない!」


「じゃあ、新くん、かな」


 悠佑の言葉に新が照れるので悠佑も顔が赤くなった。新鮮な感じがする。お互いに向かい合って照れていると、樹が不穏な空気を纏い、悠佑と新の空気に入ってきた。


「そうだな、あ・ら・た」


 樹の圧に新が身体をのけぞらせる。奈月はその様子を見て、苦笑する。


「へへ。そういえば、な……新くんは僕と樹のこと名前で呼んでくれてたよね。…遅くなってごめんね」


 そう言うと、新は嬉しそうにほほ笑んだ。その顔は今までにも一度も見たことがない、新の笑顔だった。

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