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ヒーロー  作者: 鳴宮琥珀
11/23

花火大会

18


「いってらっしゃい」


 母と美奈に送り出され、悠佑も手を振る。

 悠佑は自分の恰好をもう一度確認して、歩き出す。まだ少し明るい空は晴れていて、雲はほとんどない。最近雨が続いていて、樹と「大丈夫かな」と話していたけれど、お天気になってよかった。待ち合わせ場所に向かってどんどん早足になっていく。早く会いたい。夏休みに入ってから毎日のように会っているけれど。全然足りない。それに今日はデートだ。勉強のことはいったん忘れて、思い切り楽しみたい。

 神社の前に樹の姿が見えた。周りの女の子たちが注目しているのが分かる。悠佑もそれに交じって、こっそりと樹を見つめる。紺色の浴衣を着た樹はいつもとは違う髪型をしていた。樹の黒髪に、紺の浴衣がよく映える。


(か、かっこよすぎる)


 声をかけるのも忘れ、見惚れていると樹がこちらを見て、僕に気づく。悠佑は心の準備ができておらず、思わず柱に隠れる。


「なんで隠れるの?(笑)」


 樹が柱に手をかけ、悠佑を見下ろす。直視したら消えそうで、目が合わせられない。


「ゴメンネ?」


 緊張で声が上ずって変な感じになる。


「なにそれ(笑)。行こ」


 樹が歩き出したので、隣に並んで悠佑も歩く。すでに人で溢れ返った屋台の通りは、気を抜いたらすぐにはぐれてしまいそうだ。そんな悠佑の心配を察したのか、樹が僕の手を取った。悠佑はびっくりして樹を見上げる。樹はいたずらっぽく笑って、人差し指を口元に持ってきた。


「浴衣、似合ってる」


 唐突な誉め言葉に悠佑の身体が固まる。


「い、樹も似合ってる、よ」


 嬉しそうに笑う樹はいつもより上機嫌な気がする。久しぶりの息抜きの時間だからだろうか。つないだ手から、悠佑の心臓の音が聞こえてしまいそうなほど、全身で脈打っていた。誰かに見られたら、という気持ちは、今は吹き飛んでいた。


 屋台は人が多すぎて、悠佑達はご飯を諦め、花火大会の会場に向かった。と思ったが、樹は人込みを逆らって、歩き出した。どこに行くのかと思いながら、樹の引っ張る手に従ってついていく。

 少し歩くと、すっかり人がいなくなり、先ほどまでいた場所がとても騒がしく響いている。樹が連れてきたのは、長い階段を上った先にあった広場だった。樹が前日に、「歩きやすい靴で来て」と言った理由が分かった。広場には家族連れやカップルがまばらにいるが、さっきの会場なんかとは、比べ物にならないほど空いていた。


「ここからも花火、見えるらしい」


 こそっと耳打ちした声がくすぐったい。樹は花火をゆっくり見れる場所を調べてくれていたのだ。嬉しかった。階段を上っている途中に手は離してしまったが、ちょうどよかったかもしれない。人が少ない所で手を繋げば目立ってしまうだろう。

 樹と軽い雑談をしていると、大きな音が響き渡り、空にきれいに咲き乱れた。


(綺麗…)


 次々と打ち上げられる花火は迫力がすごくて、音にも慣れてくると本当にきれいだ。横を見ると樹がいて、花火が上がるたびに光で横顔がよく見える。

 約一時間ほどの花火があっという間に終わり、辺りはしんと静まり返った。広場にいた人たちも続々と退散していったが、悠佑はまだ余韻が抜けておらず、そのまま空を見上げていた。樹に声をかけられると、もう周りには人が誰もいなくなっていた。


「ご、ごめん」


「んーん。花火、すごかったな」


「うん!すっごい綺麗だった!」


 僕はテンションが上がり、前のめりで返事をしたため、樹との距離がぐっと縮まった。樹の顔が真剣になり、悠佑の手を取って顔にぐっと近づいてくる。悠佑は恥ずかしくなってまた顔をそらしてしまった。


「悠佑、逃げないで」


 いつもは何ともない風に切り替える樹も、今日は違った。悠佑の肩を優しくつかんで、顔を覗き込む。


「何が不安?」


 樹の優しい声が響く。悠佑は樹に正直に気持ちを伝えた。すると、


「あのさ、こんなこと言っていいのか分からないけど、」


 そう言って、話しずらそうに樹が言葉を詰まらせる。悠佑が続きを促すと、


「悠佑とお試しで付き合ってる時から、キスしたいっていうか余裕でできるなって思ってたよ」


 思わぬ言葉に悠佑は全身が熱くなる。


「へ?」


 顔を真っ赤にしながら、言葉にならない声が出る。


「普通に可愛いなと思ってたし、二人の時はもっと触りたい、キスしたいって思ってた。もちろん中途半端なままするのは違うと思って我慢してたけど」


 次々暴露される樹の本音に悠佑はいたたまれなくなって、樹から離れようとするが、もちろん離してもらえない。


「引いた?」


 耳元で樹の声が聞こえる。自信なさげな震える声に、樹も不安に思っていたことに気づく。樹にだけ、こんな思いをさせるのはダメだ。悠佑もちゃんと向き合わなければ。


 恥ずかしい気持ちを押し殺して、悠佑はなんとか樹の目を見つめる。


「う、嬉しい。よ?」


 恥ずかしすぎて死んでしまいたい悠佑とは裏腹に、樹はすごく嬉しそうに頬を赤らめた。そうして二人はしばらく見つめあった後、誰もいない広場で唇を重ねた。


 帰り道の記憶は全くない。樹が送ってくれたけれど、二人とも一言も話さなかったと思う。家に入って洗面所の鏡を見ると、今までにないくらい悠佑の顔は真っ赤に染まっていて、夜でよかったと心底思うのであった。

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