花火大会
18
「いってらっしゃい」
母と美奈に送り出され、悠佑も手を振る。
悠佑は自分の恰好をもう一度確認して、歩き出す。まだ少し明るい空は晴れていて、雲はほとんどない。最近雨が続いていて、樹と「大丈夫かな」と話していたけれど、お天気になってよかった。待ち合わせ場所に向かってどんどん早足になっていく。早く会いたい。夏休みに入ってから毎日のように会っているけれど。全然足りない。それに今日はデートだ。勉強のことはいったん忘れて、思い切り楽しみたい。
神社の前に樹の姿が見えた。周りの女の子たちが注目しているのが分かる。悠佑もそれに交じって、こっそりと樹を見つめる。紺色の浴衣を着た樹はいつもとは違う髪型をしていた。樹の黒髪に、紺の浴衣がよく映える。
(か、かっこよすぎる)
声をかけるのも忘れ、見惚れていると樹がこちらを見て、僕に気づく。悠佑は心の準備ができておらず、思わず柱に隠れる。
「なんで隠れるの?(笑)」
樹が柱に手をかけ、悠佑を見下ろす。直視したら消えそうで、目が合わせられない。
「ゴメンネ?」
緊張で声が上ずって変な感じになる。
「なにそれ(笑)。行こ」
樹が歩き出したので、隣に並んで悠佑も歩く。すでに人で溢れ返った屋台の通りは、気を抜いたらすぐにはぐれてしまいそうだ。そんな悠佑の心配を察したのか、樹が僕の手を取った。悠佑はびっくりして樹を見上げる。樹はいたずらっぽく笑って、人差し指を口元に持ってきた。
「浴衣、似合ってる」
唐突な誉め言葉に悠佑の身体が固まる。
「い、樹も似合ってる、よ」
嬉しそうに笑う樹はいつもより上機嫌な気がする。久しぶりの息抜きの時間だからだろうか。つないだ手から、悠佑の心臓の音が聞こえてしまいそうなほど、全身で脈打っていた。誰かに見られたら、という気持ちは、今は吹き飛んでいた。
屋台は人が多すぎて、悠佑達はご飯を諦め、花火大会の会場に向かった。と思ったが、樹は人込みを逆らって、歩き出した。どこに行くのかと思いながら、樹の引っ張る手に従ってついていく。
少し歩くと、すっかり人がいなくなり、先ほどまでいた場所がとても騒がしく響いている。樹が連れてきたのは、長い階段を上った先にあった広場だった。樹が前日に、「歩きやすい靴で来て」と言った理由が分かった。広場には家族連れやカップルがまばらにいるが、さっきの会場なんかとは、比べ物にならないほど空いていた。
「ここからも花火、見えるらしい」
こそっと耳打ちした声がくすぐったい。樹は花火をゆっくり見れる場所を調べてくれていたのだ。嬉しかった。階段を上っている途中に手は離してしまったが、ちょうどよかったかもしれない。人が少ない所で手を繋げば目立ってしまうだろう。
樹と軽い雑談をしていると、大きな音が響き渡り、空にきれいに咲き乱れた。
(綺麗…)
次々と打ち上げられる花火は迫力がすごくて、音にも慣れてくると本当にきれいだ。横を見ると樹がいて、花火が上がるたびに光で横顔がよく見える。
約一時間ほどの花火があっという間に終わり、辺りはしんと静まり返った。広場にいた人たちも続々と退散していったが、悠佑はまだ余韻が抜けておらず、そのまま空を見上げていた。樹に声をかけられると、もう周りには人が誰もいなくなっていた。
「ご、ごめん」
「んーん。花火、すごかったな」
「うん!すっごい綺麗だった!」
僕はテンションが上がり、前のめりで返事をしたため、樹との距離がぐっと縮まった。樹の顔が真剣になり、悠佑の手を取って顔にぐっと近づいてくる。悠佑は恥ずかしくなってまた顔をそらしてしまった。
「悠佑、逃げないで」
いつもは何ともない風に切り替える樹も、今日は違った。悠佑の肩を優しくつかんで、顔を覗き込む。
「何が不安?」
樹の優しい声が響く。悠佑は樹に正直に気持ちを伝えた。すると、
「あのさ、こんなこと言っていいのか分からないけど、」
そう言って、話しずらそうに樹が言葉を詰まらせる。悠佑が続きを促すと、
「悠佑とお試しで付き合ってる時から、キスしたいっていうか余裕でできるなって思ってたよ」
思わぬ言葉に悠佑は全身が熱くなる。
「へ?」
顔を真っ赤にしながら、言葉にならない声が出る。
「普通に可愛いなと思ってたし、二人の時はもっと触りたい、キスしたいって思ってた。もちろん中途半端なままするのは違うと思って我慢してたけど」
次々暴露される樹の本音に悠佑はいたたまれなくなって、樹から離れようとするが、もちろん離してもらえない。
「引いた?」
耳元で樹の声が聞こえる。自信なさげな震える声に、樹も不安に思っていたことに気づく。樹にだけ、こんな思いをさせるのはダメだ。悠佑もちゃんと向き合わなければ。
恥ずかしい気持ちを押し殺して、悠佑はなんとか樹の目を見つめる。
「う、嬉しい。よ?」
恥ずかしすぎて死んでしまいたい悠佑とは裏腹に、樹はすごく嬉しそうに頬を赤らめた。そうして二人はしばらく見つめあった後、誰もいない広場で唇を重ねた。
帰り道の記憶は全くない。樹が送ってくれたけれど、二人とも一言も話さなかったと思う。家に入って洗面所の鏡を見ると、今までにないくらい悠佑の顔は真っ赤に染まっていて、夜でよかったと心底思うのであった。




