君じゃなきゃ
17
樹の話を聞きながらも悠佑はまだ信じられない気持ちだった。
(樹が僕を好き?)
ずっと望んできたことだけれど、いざ叶ったとなると実感が湧かない。
樹が話し終えると、二人の間に沈黙が流れた。
「悠佑…?」
僕の顔を覗き込んだ樹がかっこよくて、思わず身体がのけぞる。
「ご、ごめん。まだ信じられなくて」
「そうだよね…」
悠佑の戸惑う気持ちを樹は理解してくれた。
「でも、俺のこの気持ちは嘘じゃないよ。たくさん待たせて、ごめん」
樹が頭を下げる。
「……今更だけど、僕でいいの?」
「悠佑が、いいんだよ」
本当は不安も色々ある。樹と正式に付き合うという重みが悠佑の胸にずしりと沈む。お試しとは違う。もう後戻りはできない。けれど、そんなことよりも
「こんな、こんなに幸せなことってない」
泣きながら、震える声で言う。
「うん」
そうして樹は再び、悠佑の目の前に片膝をついた。
「悠佑、好きだよ。俺とお付き合いしてくれる?」
先ほどの真剣な顔ではなく、今度はいたずらっぽく、ダンスのお誘いのような感じで樹は僕に手を差し伸べた。
「はい」
その手を悠佑は笑顔でとった。
二人は正式に恋人同士となった。
翌日、まだ体育祭の余韻が抜けていない教室で、悠佑は幸せで胸がいっぱいになっていた。あの後、樹と二人で話し合って、樹と付き合うことを詩・遥人・翼に話すことを決めた。樹は悠佑を心配してくれていたけれど、悠佑も三人になら話してみたいと思った。怖くないと言えば嘘になるが、樹が隣にいるだけで、とても安心できた。
お昼休みになって、悠佑達は屋上に向かった。ご飯を食べるときはここが多い。夏と冬は屋上に人が少ないのでちょうどいいのだ。この日も人がいなくて、悠佑達が一番乗りだった。詩が座って早々にお弁当を広げる。
「あのさ、今日は皆に話したいことがあるんだ」
樹の言葉に、詩の手が止まり、三人の視線が注目する。僕は樹の後ろに隠れていたが、勇気を出して、一歩前に出て樹の隣に並んだ。樹に頼りっぱなしになるのは嫌だ。
「どしたの?樹」
詩が首をかしげ、遥人も不思議そうな顔をする。翼だけが意味ありげに、にやにやしていた。
「俺と悠佑、付き合ってるんだ」
五人の間に沈黙が流れる。最初に口を開いたのは翼だった。
「ん、おめでとう」
僕は翼の反応は予想通りだったが、樹には事情を話していなかったので、驚いた顔をしている。
「ツキアッテル…?」
詩の脳内処理が追い付かずに、口をぽかんと開けているが、その表情に嫌悪感は感じられない。
「えっと、おめでとう?」
遥人が続いて声に出した。
「ていうか、何で翼はそんなに普通なの?」
遥人の問いに悠佑が答えた。
「実は、翼には勘付かれてて、もう話してたんだ」
「俺が聞いたのはお試しってとこまでだったけどな。皆に話すってことは、正式に付き合い始めたんだろ?よかったな、悠佑」
翼が僕の肩を抱いた。その腕をすぐに樹がはがす。
「そういうことか…」
樹は色々なことに納得がいったようで一人で頷いている。
「な…な…」
ずっと口をあけたままでいた詩が少し強い口調で声を出した。肩も震えて怒っているように見える。
悠佑の悪いほうに考えてしまう癖がまた出てくる。
「何で、翼は知ってるんだよー!」
そう叫んだ詩は、そのまま床に寝転がり、「ずるいずるい。」と言いながら、手足をじたばたさせている。かと思ったら、今度はいきなり立ち上がって、樹と悠佑の前に来る。
「いや、違うわ!まずはおめでとうだよね!樹、悠佑、おめでとう!」
三人からの祝福の言葉に樹と悠佑は目を見合わせて笑った。
高校に入って詩・遥人・翼と友達になれて、本当に良かったと、心から思った。
お昼休みは質問攻めになり、二人の出会いから付き合うまでを事細かに説明することになった。三人とも楽しそうに聞いてくれて、樹も悠佑も恥ずかしくも楽しい気持ちで話が盛り上がった。
体育祭が終わってから舞菜が以前よりも悠佑に積極的に話しかけてくるようになった。樹が体育祭の帰りに、「赤羽さんは悠佑のことが気になっていると思う」、と心配そうにしていた。今まで全く気づかなかったが、確かに思い返してみると、舞菜は悠佑によく話しかけてくれていた気がする。でも僕なんかを好きになるわけがないと、無意識的に考えないようにしていた。それに、舞菜の気持ちが分かったところで、直接言われないと断ることもできない。避けることもできなくはないけれど、悠佑は突き放すことはしたくなかったし、そんなことはできなかった。
舞菜から呼び出されたのは、体育祭が終わってから二週間ほどたったころだった。このころには樹と付き合っているという実感が湧いて、ようやく慣れてきていた。樹も嫉妬をよく行動に表すようになった。昼休み、屋上に向かう悠佑に舞菜が声をかけ、「放課後話があるから、教室に残ってほしい」と言われた。告白されるのかもしれないと、赤く染まる舞菜の表情を見て察した。
詩・遥人に「先に帰っていいよ」と伝え、樹は「下駄箱で待っている」と言ってくれた。翼にも「先に帰っていいよ」と伝えたのだが、煮え切らない返事をしていたので珍しいと思った。
帰りのHRを終え、教室から続々と人がいなくなっていく。座っている僕に詩・遥人が声をかけ、樹は何も言わずに三人で教室を出ていった。翼は一人でそそくさと、どこかへ行ってしまった。ほとんど人がいなくなった教室だが、二人の男子がスマホをいじりながら、話が盛り上がっていたので、舞菜と悠佑は荷物を手に、屋上に続く階段まで移動した。
「もう知ってると思うけど私、悠佑くんのことが好きなんだよね」
着いて早々に舞菜が口を開いた。耳まで真っ赤にした彼女は、教室の中心にいるいつもの姿とは全然違う。
「……ごめん、僕好きな人がいるんだ」
舞菜のような素敵な女の子に好かれるのは嬉しい。けれど、悠佑の気持ちはあの日から変わることはない。悠佑は正直に自分の気持ちを伝えた。舞菜がダメなのではない、悠佑が、樹じゃないとダメなのだ。
「知ってた」
舞菜は意外とケロッとしていて、悠佑は拍子抜けした。僕に気を遣って、彼女なりに明るく振る舞ってくれているのかもしれない。
「好きな人のこと目で追いかけてたら何となく分かるよ。悠佑くんの好きな人って、月城くん、だよね?」
誰かまで言い当てられて、ドキッとする。舞菜の観察力が高いのか、悠佑が分かりやすいのか。後者だったら、これから気を付けなければいけない。
「う、ん。付き合って、る」
勇気を出して気持ちを伝えてくれた舞菜に、嘘をつきたくなくて素直に答えたが、反応が怖くて舞菜の顔までは見れなかった。
「そっか。正直に答えてくれて嬉しい。ありがとう」
振った相手にお礼が言えるのは、舞菜の人柄なのだろう。でも僕は彼女に何も言えずに、申し訳なくてただ床を見る。自分が今ここで泣くのは絶対に違う。
「あのさ、これからも仲良くしてくれると嬉しい。悠佑くんのこと、友達としても好きだから」
「うん、もちろん。ありがとう」
悠佑はもう謝ることはせず、その代わり感謝の気持ちを述べた。そして、舞菜とはそこで別れ、一人で下駄箱に向かった。この時、舞菜はどんな表情で悠佑を見ていたのだろう。
下駄箱には樹と翼がいた。翼は僕の姿を確認するなり、樹と悠佑に別れを告げ階段を上っていった。不思議な顔で樹を見ると、意味深に笑って靴を履き替え、歩き出したので、悠佑も慌てて、樹の後を追った。
帰り道、樹は舞菜のことを悠佑に聞くことはなかった。二人で雑談をしながら、僕が今、樹の隣にいれることの凄さを、改めて実感した。これを当たり前の日々だと思わないようにしたい、と思った。
悠佑の家の前で別れ、歩き出した樹を、僕は呼び止めた。
「樹、好き」
樹は視線をそらして大きくため息をついた後、悠佑の方にぐんぐんと近づいて、近距離で目を合わせた。
「俺も!好き!」
そう言って、僕の頭をぽんぽんして樹は微笑んだ。樹は普段無表情なことが多いため、表情が変わると破壊力がすごい。
「付き合ってから悠佑、初めて好きって言ってくれた」
僕の手を取って、樹は嬉しそうに言った。そういえば、告白された時も好きとは伝えていなかった。
「そうだったね」
樹と見つめあう。緊張するけど、安心もする。
「なんか、樹とこうしているのも当たり前のことじゃないんだって思ったら、伝えたくなった」
僕がニコッと笑うと、樹が悠佑の顔を見つめて、真剣な表情になった。
(この雰囲気はもしかして…)
樹の顔が近づいたけれど、悠佑は思わず顔をそらしてしまった。
「じゃあ、おやすみ」
樹は笑っていたけれど、どこか寂しそうで、悠佑の胸が痛くなる。嫌なわけじゃない。むしろ嬉しいし、悠佑もしたいと思っているけれど、まだ怖かった。自分は拒絶しておきながら、樹に拒絶されるのが怖かった。もしやっぱり無理だと言われたら、もう立ち直れない。これは悠佑にとって、付き合ってからの大きな課題だった。
樹と正式に付き合うことになったことを美奈には伝えた。驚いていたけれど、すごく喜んでいて、悠佑も嬉しくなった。自分にはもったいないくらい、自慢の姉だ。
「姉さん、いつもありがとう、大好き」
今日を振り返って、ちゃんと自分の気持ちを伝えようと思い、恥ずかしながらも美奈に感謝を伝えると、美奈も顔を真っ赤にしていた。
あっという間に時は過ぎ、夏休みに突入した。悠佑と樹の関係は順調だと思っているが、いまだに手も繋げていないのはやばい、と翼にくぎを刺された。悠佑の不安な気持ちにも同調しながら、でも両想いになったんだからと、背中を押してくれた。相変わらず翼は良き相談相手だ。
そういえば、悠佑が舞菜に告白された日、あの後翼は舞菜のもとへ行ったらしい。翌日、翼から、舞菜が好きだと報告を受けた時、悠佑と詩は心底びっくりしたが、樹と遥人は薄々気づいていたようだった。
翼はその日から女の子と遊ぶことをやめ、代わりに舞菜にアピールをするようになった。舞菜は嫌がりながらも突き放すことはせず、翼が舞菜を好きなことはあっという間に知れ渡り、周知の事実となっていた。
夏休み、五人で集まる約束もしているが、何といっても受験生なので、ほとんど勉強会だ。その中でも息抜きの日を設けて、その日のために勉強を頑張ろうと互いを鼓舞しあった。翼は推薦を狙っているらしいが、悠佑達の勉強に付き合うと言ってくれた。ちなみに、翼・樹・遥人は勉強ができ、悠佑はまあまあ、詩は得意ではない。それでも詩は遥人と一緒の大学に行くために、嫌々ながらも頑張っている。悠佑もそれは同じで、樹と同じ大学に入れるように毎日机に向かっている。樹は悠佑に合わせると言ってくれたが、それは断った。
そして、夏休みの一大イベントが花火大会だ。数日前、地元の花火大会に樹が誘ってくれた。一年の時も二年の時も詩達の家の近くの花火大会に行っていたので、二人で行くのは久しぶりだ。家ではしょっちゅう二人で勉強しているけれど、外でちゃんとお出かけするのは付き合ってから初めてだと思う。
(初デートだ…)
悠佑の胸は期待で膨らんでいた。もしかしたら、夏目達に会うかもしれないという不安もあったけれど、楽しみの気持ちの方が勝っていた。




