【コミカライズ化!】元乙女ゲームプレイヤーの俺、攻略対象に転生したので婚約者を救います〜何でみんなあんな女に簡単に引っ掛かってんの?〜
久々に書いたオリジナル小説です。読んでいただければ幸いです。
建国千年を誇るノワール帝国。代々漆黒の艶髪を持つ皇族が産まれる事で有名なその家系に、俺は転生した。名をノア・ノイアール・ノワール。
転生した事に気付いたのは、7歳の誕生日に親である皇帝から婚約者を紹介された時。当時彼女も同じく7歳である。
「ノアよ。この子が、お前の将来の妻となる。良き夫、良き皇帝となる様精進しなさい」
俺は嫡男。つまり次期皇帝であり彼女は次期皇妃。漆黒の髪の俺とは真逆に近い、輝かんばかりの銀髪ウェーブの幼女。ブルーサファイアを彷彿とさせる程の美しい瞳。ひと言で言い表すなら、とっても可愛い女の子。分かりやすく言えば一目惚れである。
「…しるゔぃあ・あーじぇんとともうします」
「ン゙ッ」
鈴を転がすような声色の舌足らずな発音に俺は色んな意味でノックアウトされた。
「シルヴィア嬢。俺は、ノア・ノイアール・ノワールと申します。宜しければシル、と呼ばせていただいても?」
「あ…はい…」
「ありがとうございます。俺の事はどうぞノア、とお呼びください」
「え…あの…」
しまった初っ端からぐいぐい行きすぎただろうか。皇族としての立場を半分くらい忘れアタックしてしまった。
そしてこの自己紹介の際に、ものの一瞬で俺はこの世界が乙女ゲームの中であり俺自身がそのプレイヤーであった事を思い出したのだ。
目の前にいる俺の未来のお嫁さんは、将来悪役令嬢としてヒロインに断罪される予定の女の子で。
俺は、そのヒロインに攻略される予定の皇子で。
じっくり考えてもこんな可愛い子が悪役令嬢に仕立てられて断罪されるとか何それギルティな訳で。
俺は、何が何でも末永くこの子を幸せにしようと心に誓った。
・
あれから数年の時が経ち、俺とシルは共に帝国内の王立学校に入学した。言い忘れていたが、この乙女ゲームには魔法が存在する。ただし一般的に知られている属性というものはない。
俺達の入学したこの王立学校は言わずもがな、俗に言う魔法学校という訳だ。
「シル、緊張してる?」
「少し…。ノアは、平気なようね」
「そうでもないけど、ワクワクの方が大きいかな」
銀髪に更に磨きがかかって美しくなった婚約者のシルは、出逢った当初こそ初々しくて可憐だったが打ち解けて親密になったら今度は美貌にも磨きがかかってどこからどう見ても才色兼備の美人令嬢薔薇乙女。異論は認めない。俺の嫁は今日も美しい。
「確か、新入生代表に選ばれたのよね?急がなくて良いの?」
「大丈夫。時間までは余裕があるから、それまではシルといたい」
「ノアったら…」
新入生代表。聞こえは良いが、俺としてはぶっちゃけどうでもいい。どうせ次期皇帝を差し置いて他の生徒にさせる訳にはいかないという世間体だ。成績で言えば、それは座学首席であるシルにこそ相応しいのだから。
ほぼエスカレーターとはいえ魔法学校にも一応入学条件は存在している。座学と実技、それに加えて魔力の量を一定値保有している事だ。
俺は次期皇帝として帝王学を幼少期から受けてきたので座学は一通りこなせる。そして護身術の一環で魔法と剣術もおおよそ学んできた。
対してシルは、そんな俺を支える為の皇妃教育をこれもまた幼少期から受けており、俺と正式に婚約して以降は社交界マナーや政治も学んでいるらしい。
普通に考えても、シルは俺よりずっと賢いのだ。
「俺よりシルが挨拶した方が絶対良い。全校生徒に次期皇妃だって知らしめる為にも」
「駄目よ、貴方は次期皇帝。この国を支える未来の皇帝が挨拶した方が、生徒達には良い刺激になるわ」
「シルは天使かな。俺のお嫁さんが今日も可愛い」
「でも思ってる事全て言うのは直した方が良いわね」
そう言えば乙女ゲームでもこんなシーンあったな。むしろここがゲームの始まりで、入学式前に皇子と婚約者が会話していて、主人公がつまずいて転んだところに皇子が優しく手を差し伸べていた。
考えてみても婚約者のいる男がそう易々と他の女の手を取るなって話だが。
「––––きゃっ!」
と、思い出していたところにタイミング良く女の子の声がした。もしかしなくても。
「いたた…。入学式前から転んじゃった…」
マジかよ、と思った。だってそこにいたのは、例の女だったから。乙女ゲーム特有の、セルフ実況主人公。
実を言うと、俺はシルを幸せにすると意気込んでいたもののこういう時どう動けば良いのか分からないタイプのヘタレでもある。だってこの乙女ゲームをプレイしていた時だって俺自身は非モテヲタクだったのだ。
通常(ゲーム内)では、男が優しく女の手を取り、“大丈夫か?”と声をかけるところから物語は始まる。しかし婚約者以外に触れる=浮気と教育されてきた&シル大好きな俺的には絶対にこの女には触りたくない。
けれどシルが見ている前では紳士で優しい男でいたい俺は、葛藤としていた。どうする!?
「…大丈夫?怪我はない?」
俺がもだもだしている内に、我が愛しのシルが女に手を差し伸べていた。天使、いや女神だった。
「はい、ありがとうございます…」
ちら、と女の視線が俺に移り、その瞬間俺は気付いた。
――――この女も、転生者だと。
根拠は分からない。が、原作となる乙女ゲームとは異なる動きを女がした。まあそもそも俺が原作にない動きをしたんだけども。しかし、それによって起こり得る動きはある程度予想出来る。
この女は、自らに手を差し伸べてくれたシルには“見向きもせず”俺に視線を向けていた。いくらシルの後ろに俺がいたとしても、視線の先くらい読める。あれは完全に俺を見ていた。
「…君は新入生か」
「あ、はい。私は、」
「会場は向こうだ。足元に気を付け、もう転ばぬようにな」
正直なところ、話しかける事もためらった。極力接点を作りたくなかったのだ。だが、シルが関わったにも関わらず、俺が拒否するのは不自然だ。
なので相手が名乗るのを遮り、先へ行かせた。乙女ゲームでは、ここで主人公が名乗る流れだったので、タイミングを覚えていたのが幸いだった。…名乗る必要もなく知っていると言うのが本音だが、それはこの際置いておこう。
「あの…、ありがとうございました…」
「お気を付けてね」
シルが優しく微笑むと、女は少々戸惑った様子で駆け足で去っていく。手を差し伸べてくれた相手に対して礼儀がない。乙女ゲームの主人公でさえ、多少は礼儀を弁えていた。
「ノア。少し冷たいんじゃないかしら」
「俺はシル以外に優しくするつもりはない」
「そんな事言って。彼女も国民の一人よ?」
原作でも、シルは度々“彼女に優しくしてあげて”と助言をしていた。それは王侯貴族ばかりの学校で、平民出身の主人公は居場所がなく次期皇帝が目をかけてやる事で居心地の良い環境を作ってあげるという心優しいシルなりの気遣いだった。
それが逆効果だったなんて誰が予想出来る?
「国民の一人には違いないけどな、俺にとって“大切にしたい人”はシル一人だ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、貴方は次期皇帝なのよ?」
「…んむ、しる…」
まさかの両ほっぺをつねられた。え、なんのご褒美?
「ノア、私少し怒っているのよ?」
「ふぁい…」
どうしよう、全然怖くないしちっとも痛くない。
・
新入生代表挨拶は滞りなく終わった。事前にシルが挨拶文を考えてくれたのだ。いや、一応自分でも考えた。これでも次期皇帝だし…。でもシルが書いてくれた挨拶文を一読すると、完璧すぎた。まさに俺達が理想とする次期皇帝。優しくも未来への希望を持つ若き皇帝としての姿が、その文章に表れていた。
結果会場は歓喜に包まれ拍手喝采が起きた。中には感動のあまり涙を流す者も。
そして挨拶も終わり各自教室へ向かう最中である。これまではっきりとその姿を見せなかった従者が初めて、俺の前に現れた。
「ノア様」
「どうした」
「式の前に接触してきた女子生徒が、ノア様の事を周囲に聞き回っているようです」
「……あいつか」
俺の従者、アクトは、俺が帝王学を受ける前から付き従い一緒に育ってきた兄弟のような存在。勿論、俺がシルに首っ丈なのも知ってる。
「はい。加え、シルヴィア様が婚約者である事も関係者から伝えられてはいますが上の空に見えました」
「…なんとなく予想はしてたがな」
正直、皇室御用達の剣士と魔法士からトップレベルの教育を受けた俺にとって、そんじゃそこらの賊は相手にならない。自動迎撃魔法を自分にかけているので死角からの物理・魔法もノーダメージなのだ。なので、アクトには俺よりもっぱらシルの護衛に回ってもらっている。
もう少し魔力が強くなったらシルにも自動迎撃魔法をかける予定なので、そうなったらアクトには情報収集に暗躍してもらうつもりだ。
「シルに何かしらの被害が出るようなら起こる前に処理しろ。俺に関わる事は逐一報告してくれ。些細な事も見逃すな。…特に、シルをおとしめる噂に関しては、一切の妥協を許さない」
「かしこまりました」
やりすぎて困る事はない。こういうのは徹底しておかないと後悔するのは俺だ。乙女ゲームでのちに起こる“悪役令嬢の断罪ルート”は何が何でも阻止させてもらう。
「…一度シルと会いたい。今どこにいる」
「数分前に別れたばかりです。…中庭に行くと仰ってました」
時計を見て、真顔でアクトに告げる。
「…うん、まだ時間ある。ちょっと行ってくる」
「……かしこまりました」
返事が来るまで間があったけど気にしない。俺は1分1秒だってシルから離れたくないんだもん。
教室へ向かう足を方向転換、一目散に中庭へ。中庭と言えど、ここは王立の魔法学校。王侯貴族が通うのでそれなりに広いしそれなりに豪華。その中庭なので、それこそ皇城の庭くらいの広さはある。
良く手入れされた花壇に囲まれたベンチに、愛しのシルはいた。ただし邪魔者付きで。
「ノア。式の前に会った彼女よ。同じクラスになったの」
地獄かな?俺は別のクラスになったと言うのに。今から学長に直訴してクラス替えしてもらうか。
「そうか。知り合いが出来るのは喜ばしい事だ」
「あの、シルヴィア様とノア様が婚約者同士だとお聞きして。一緒にいれば会えると思ったんです、だから…」
まさかとは思うが、俺の可愛い婚約者をダシに、俺と会う算段だったのか?そう考えると腹わた煮え繰り返りそうになった。しかし顔には出さないように努める。俺は次期皇帝で、シルにとって尊敬する婚約者でありたいから。
「悪いけど、俺は特定の友人は作らない事にしてるんだ。次期皇帝が贔屓しては国民に示しがつかないからね」
「え…」
「代わりにシルとは仲良くしてやってほしい。次期皇妃として随分我慢を強いられているから、ここでくらい、気の合う友人は必要だろう?」
「まあ、ノアったら。私我慢してないわよ?貴方がいるだけで幸せなのだから」
ここでつい「天使」と言いそうになるのをグググと堪える。
彼女は俺に付け入る隙がないのを察してか、自己紹介も出来ないまま席を離れた。助かる、あのまま居座られても困るだけだった。
「…さっきは言いそびれたけれど、ノア、素晴らしい挨拶だったわ」
「シルの挨拶文のおかげだ。俺はそのまま読み上げただけだよ」
「ふふ、相変わらずの謙遜ね。そんなところも好きなのだけど」
「え、今好きって言った?待って、もう一回。あ、録音し損ねた」
「暴走するところは玉に瑕よね」
「シルってば辛辣でも大好き」
・
時は流れ、原作では例の“断罪ルート”まで残り1ヶ月という時にそれは起きた。自習室にて執務をこなしている際に、アクトが定時報告以外で入室するのは大概良くない話の時だけである。
「ノア様。例の女がシルヴィア様にいじめられていると周囲に吹聴しているようです」
「…何?」
執務のペンが止まる。寝耳に水だ。いや、これまでにも、シルを標的とした根も葉もない噂は後を絶たなかった。どれもこれもはっきりとした根拠もなければ証拠もない。文字通り、あの女が流した真っ赤な嘘。
次期皇妃として教育されたシルが、自分の立場、ひいては俺の次期皇帝としてのイメージダウンに繋がる言動をするはずがないのに。
アクトには、不利益になるもの、シルに被害が出るものは根絶せよと命じているので今まで実害までには至らなかった。
ちなみに乙女ゲームで攻略対象の皇子が関わるはずだった他のメンバーには、家の都合以外での付き合いは一切していない。その理由として、乙女ゲームにおいての共通点“攻略対象が主人公と常に行動を共にしている”事が挙げられる。
攻略するにはそのキャラと共に行動する事で好感度が上がり会話をする事で親密度を上げるのが必須となる。
つまり、何よりシルが最優先な俺にとって、攻略される予定の他のメンバーと行動を共にする事に何のメリットもない。というか、普通に全員貴族でかつ婚約者もいるのに他の女にうつつを抜かす事自体有り得ない。あ、一応他のメンバーに婚約者がいるのは乙女ゲームの知識として知ってるだけで、大して興味はない。そんでうつつを抜かしているのもアクト経由ではなく直にその現場を目撃したからだ。婚約者以外に触れるのも触れられるのもアウトだってお前ら習っただろ。何でそんなデレデレしてんの?馬鹿なの??
話を戻そう。そんなこんなで、悪い芽は全て潰してきた俺にとって、“シルがいじめの主犯”というデタラメすぎる噂は王子の仮面を外すには十分すぎる情報だった。良かった、ここにシルがいなくて。
「…念の為確認するが、“いじめ”の内容は」
「教科書の紛失、持ち物の破損、どれも物的証拠としては弱々しいものですが…一つだけ、看過出来ない事案が…」
言い淀んでいるところを察するに、相当俺がブチ切れるものだろう。
「構わない、話せ」
「………“ノア様と私の仲を、シルヴィア様が引き裂こうとしている”と」
ああ、どうやったって、お前はシルを悪役にするつもりなんだな。俺がどれだけシルに惚れ込んでるかも知らず。
「…シルは、この事は?」
「未だ、お耳には入っていないかと。しかし時間の問題だと思われます。既にご学友の何名かは例の女側に付いており、“五大貴族”の方々も女の手の内かと」
「……次期皇帝の側近候補が聞いて呆れる」
予想はしてたが、こうも簡単に籠絡されるとは。至って冷静に、ペンを置く。ゆっくりと立ち上がり、アクトに指示を出す。
「至急、皇帝陛下に謁見を。そして五大貴族の現当主を招集しろ」
「かしこまりました」
・
普段の行いが功を奏してか、国王である父は即日の内に謁見を許可し、国王の名の下五大貴族の現当主も謁見の間に集まった。こういう時次期国王の第一王子って立場良いんだよね。
「アクトよりただならぬ用件であると察した。申してみよ」
「はっ。誠に遺憾ながら、現在校内にてシルヴィア嬢に関する根も葉もない噂を流す者がおり、その一端に五大貴族の次期当主達も一枚噛んでいるとの情報を得ました」
俺の報告に現当主である父親達は目を見開いていた。そりゃそうだろう、自分達の息子が、支えるべきこの国の次期皇帝に喧嘩を売ってるとも言えるのだから。言わば反逆罪、謀反も同様である。
「…ひいては現当主である貴殿達に問いたいと存じます。貴殿達は、御子息が婚約者を差し置き他の御令嬢と親密にしているのをどうお考えか」
「まさかそんな!」
「我が息子が」
「有り得ない」
否定したい気持ちは分かるよ。貴族にとって浮気は家名を穢す行為だし下手すりゃ爵位剥奪だ。
けど、俺にとってそこは重要ではない。
「残念ながら、私が証人です。…そしてこちらが証拠です」
す、と差し出したのは数枚の写真。実はこうなる事を見越してカメラは常に持ち歩いている。一応、可愛いシルを撮る為の物ではあるけど使える物は何でも使うのが俺のやり方だ。
魔法で撮影したものは数秒動画の様にリピートされる仕様だ。それがきっかり10枚。それぞれの息子と例の女が写ったシーンで2種類分となる。
動かぬ証拠を突きつけられ、現当主達は顔面蒼白となった。
「…して、シルヴィア嬢に関する噂とは何だ」
「校内にて、私が別の女子生徒と恋仲であると吹聴している者がいます」
これには、皇帝陛下が一番驚いていた。俺がシルを溺愛している事は父親たる陛下が証人だからだ。
「つきましては、陛下に一つだけ許可を貰いたく」
「よい、申せ」
「“国王の権限”を行使する権限を」
「…ほう?」
本来、何かしらの裁判を起こす際見届け人として皇帝が参列する事が皇族の責務として求められている。が、それはあくまで成人してからの話である。
俺達は王立学校に通う生徒の身。つまり校内での争いは生徒同士で解決するのが一般的。だが俺が許可を求めたのは“皇帝の権限”を使用した裁判。つまり、未成年でありながら成人と同等の裁きを降す事が可能となる。
更には“皇帝の権限”は文字通り皇帝にしか行使出来ない絶対命令なので、何なら裁判長より強い権力を持っている。それを使いたいという意味を、現皇帝である父と次期皇帝である俺は良く理解している。
極端な話、“皇帝の権限”には即日執行の死刑すら可能としてしまうくらい、強力な権力があるのだ。
そして、元来“皇帝の権限”とは、その名の通り皇帝に即位してから漸く使える様になる権力なので、即位前の俺は本当なら使えない。それを、「使う許可が欲しい」と言った意味。
他の誰でもなくこの俺が、直にあの女に引導を渡す為だ。
「己の愛する女性を守るべく、俺は自分の手で裁きを下します」
・
乙女ゲーム最大の見せ場、“悪役令嬢の断罪シーン”。昔こそあと何日と指折り数えていたが今やそんなの関係ない。
何故なら今日この日、俺が逆にあの女を断罪するのだから。
学長には「次期皇帝として国民に知らせたい話がある」と会場を貸し切る了承を得た。嘘は言っていない。
「ノア様、間も無くお時間です」
「……分かった」
控室で出番を今か今かと待つ俺にアクトが時が来た事を知らせる。
――――さあ、断罪の時間だ。
会場には既に全校生徒が集まっている。そりゃそうだ。他でもない次期国王が演説をするとお触れを出したのだから。多少の騒めきも俺が壇上に上がれば一気に静まり返る。
「…集まってくれてありがとう。どうしても片付けなければならない案件が起きたので、俺の独断で時間を作ってもらった」
目を細めて生徒を見渡す。対象攻略者達と問題の女子生徒を発見し、そして生徒の中にシルがいない事を確認。俺はほくそ笑む。
この断罪の場を用意するに当たって、俺はあらかじめアクトを通じてシルにのみ自室で待機する様にお願いしていた。シルは被害者だ。わざわざこの場に居合わせさせる必要もないし、シルが悲しむような状況は俺が断じてさせない。シルの平和は俺が守る。
「一部の生徒の耳にはもう入っているだろう。俺の婚約者に関する根も葉もない噂。非常に不愉快なデマが、今出回っている」
心当たりのある者は口々にその話題を出しているので全校生徒の約8割はもう噂を耳にした事があるのだろう。良かった、シルにはギリギリ知られる前だったようだ。
「この噂を根絶する為、俺は独自に調べさせてもらった。…噂の大元がどこの誰なのか」
再び騒めく会場。秘密裏に動いていたなんて誰も知らないだろう。そりゃそうだろうな。調べる前から噂の出所はゲームの情報で知っていたのだから。俺がやったのは、あくまで物的証拠を集める為の情報収集だ。
「そしてその噂を広める事に力を貸した協力者も同様に何らかの方法で裁く」
本当は、その名を口にするのも吐き気がするくらいだ。けど、ここで俺がやらなきゃ誰がやる。
「前に出よ。――――ラティ・アストア」
名を呼ばれた本人が、最前列にその姿を現した。ゲーム同様目を引くピンクの髪に濃い藍色の瞳。趣味の悪いアクセサリーは全て魅了の魔力が込められた呪いの曰く付き。
「ノア様!お会い出来てこうえ――――」
「発言は許可していない」
ピシリと女は固まり、シンと静まり返った。こっちはお前の声なんか1秒だって聞きたくもないんだ、大人しく断罪されろ悪女め。
「入学当初より、お前は我が婚約者に対し多数の嫌がらせとも取れる愚行をおかしてきた。…俺が婚約者を大切にしていると知っていての行動か?」
女を取り巻く周囲の困惑たるや。当然か。本人からは「いじめられている」と聞いていたのだから。逆にいじめていたのはこの女だとしたらそれを擁護していた訳なのだから今度は自分達の身が危うい。
「また、つい先日、俺の元に有り得ない噂も届いた。……俺とお前の仲を、シルヴィア嬢が引き裂こうとしているとお前が発言した、と。これについて弁解があるなら聞いてやろう」
素直に吐くとは思っていない。が、発言を許すのは一応公の場での公開処刑になるので当事者の意見も聞くというあくまで確認作業にすぎない。この発言で断罪を撤回するという可能性も、ない。
「…お、畏れながら、わ、わたしは、ノア様がわたしに好意を寄せてくださっている、と噂を聞いたので…」
つくづく、この場にシルがいなくて良かったと、自分の判断に間違いはなかったと安心した。そしてこの女の発言で生徒達から小さな悲鳴が上がる。…俺が、それほどまでに冷酷な視線を向けていたから。
「………聞き間違いか?俺が、誰に、好意を寄せていると?……噂を聞いた、と言ったな。さて………どこで、誰が、その様な戯言を口にしていた?名を挙げてみろ」
女は言いよどんだ。そんな噂こそ、出まかせだから当然だ。
「俺が婚約者を大切にしているのは誰もが知っている。その上で、お前は噂をでっちあげ、あまつさえ、その濡れ衣を俺の婚約者に着せようとした。…この事実に相違ないな?」
もう、話は聞きたくない。早く、断罪を終わらせよう。
・
「俺は皇帝陛下の許しを得て“皇帝の権限”を一時的に行使する為この場を開いた。お前は有りもしない噂を広げ、俺の婚約者をおとしめようとした。その罪、国家反逆罪に等しい。よってお前の家名・爵位・財産、全てを剥奪。国外追放とする。又、一歩でも侵入が判明した場合は即刻牢獄行きとなる故覚悟せよ」
有無を言わせない裁きの宣告。全てを知った上での声に圧を乗せた次期皇帝からの言葉として、誰も女を擁護しようとはしなかった。…いや、5人だけ別だ。
「しっ、失礼ながら、ノア殿下!!発言の許可を!」
「…許す。ただし、お前らの愚行も俺は把握している。その上で発言しろ」
先手必勝。身に覚えがあるなら引き下がるだろうが、こいつらは揃いも揃って次期皇妃の悪い噂を野放しにしていた。自分達が将来仕えるべき主の危機だというのに、その責務を放棄した。俺はその愚行も見逃す気はない。
そんで、この乙女ゲームの攻略対象達は、決まって頭が悪いのだ。
「…で、殿下が、耳にされた噂は真実です…っ、おれ、私達はラティ嬢より相談を受けました、その内容はいずれもシルヴィア嬢から嫌がらせを、」
「エルゲイツ・フランツ。俺は常日頃、それこそ合間は全てシルヴィア嬢と共にいる」
「は…?はい、存じております…?」
「再度言うぞ。…“常日頃共にいる”状態で、次期皇妃の教育を受けているシルヴィア嬢が、国民の一人であるその者に嫌がらせを行う事は可能か?」
「…?…、…!!?」
考えろよ馬鹿が。普通に有り得ないだろ、不可能なんだよ。
「不思議に思わなかったのか。何故全て起きた後のものしかないのか。それだけ嫌がらせを受けていると言うなら、一つくらい確固たる証拠があっても良いはずだ。それも一切なく、そこの女の証言だけを信じて。……疑問に思うのは、何故、次期皇帝たる俺にすら、お前らは何の報告もしなかった?」
そこで5人共気付いたような表情をしていた。これで次期五大貴族の跡継ぎなのだから頭が痛くなりそうだ。
どうせあの女を慰めるのに時間を要したとか、あの女がそばにいてほしいとか甘える言葉で誘惑したのだろう。ほんと良い加減にして。
「……まあ、俺はハナからお前らに期待してはいなかった。側近も護衛も、優秀かつ信頼出来る者が一人いればそれで事足りる。さて、次はお前らの断罪だが」
「まっ、殿下ッ!我らを罰せられるおつもりか!?」
「断罪は一人だけとは限らない。俺は最初に告げたぞ。“協力者も同様に何らかの方法で裁く”と」
まさか自分達がその協力者に該当するとは考えなかったんだろう。その甘さも命取りだと思い知れ。
「お前らの行動はシルヴィア嬢に直接の害はなかったにしろ、その名誉を著しく傷付ける行いに他ならない」
「お、お待ちくださッ」
「我らはそのようなつもりは…!」
「一切なかった、と?ほざくな、不貞者共。お前らの愚行も把握していると言った。婚約者のいる身で、他の女性と触れ合う事がいかに許されざる行為か、知らぬはずがないよな」
俺の発言に顔面蒼白となったのは同じく婚約者を持つ者達。彼らも驚いた事だろう。まさか将来国民の代表となり国王を支える立場にある者が、堂々と不貞行為を繰り返していたなど。
「そ、それは何かの間違いでッ」
「証拠ならある。先日皇帝陛下に謁見の許可を得て、お前らの父親にも見せた。……言い逃れ出来ると思うな。俺はお前らと違い、しっかりと証拠を押さえてある」
俺の従者はとてもとても優秀なので、音声もバッチリ録ってあります。
「だが、現当主達は皇帝陛下の良き側近として日々活躍してくれている。お前らの愚行で彼らの努力を水の泡にするのも忍びない。よって…」
これは、せめてもの温情である。国に尽くしてくれた当主達への。
「お前ら自身の爵位を一時剥奪。在学中の行動は制限し、以降の扱いに関する権限は各当主へ一任するものとする。なおこの事は先に当主達には伝えてある。…本気でやり直そうと言う気があるなら、自分達で親と交渉しろ」
・
断罪返しは終了した。シルをおとしめようとしたあの女と、役立たずな男共。必要なら写真と音声、動画も披露しようかとも思ったがそこまででもなかったらしい。
「ノア様。無事に終わりましたね」
「ああ…あれだけ噂を広めてた割にあっさりとな」
それこそ、拍子抜けするほどに呆気なく。元プレイヤーにしては詰めが甘いし頭が悪いとしか言えない行動ばかりで、攻略キャラはあの程度の女に籠絡されたのか。何故あんないとも簡単に主人公に骨抜きにされるのか。
主人公補正?物語補正とか言うやつか?俺がちょこっと先手に回った程度で簡単に逆攻略出来るレベルなのに?意味分からん。何はともあれ。
「シルのところに行く。後片付けは頼んだ」
「行ってらっしゃいませ、ノア様」
わずか数時間の事なのに、もうこんなにシルが足りなくて。あの流れ星のような銀髪に触れたい。夜空のような瞳を見つめたい。鈴を転がす声で俺の名を呼んでほしい。
ああもう俺はこんなに、君の事が愛おしい。
「……シル」
窓辺に佇む君は、天使のようだと常に思っていたが。
「…お帰りなさい、ノア。私の愛しい人」
俺にとって君は、唯一無二の女神だ。
「………ただいま、シル。俺の愛する人」
元乙女ゲームプレイヤーの俺、攻略対象に転生したので婚約者を救います〜終〜
❇︎主な人物紹介❇︎
ノア・ノイアール・ノワール
前世は非モテヲタクの男、死因は不明だが気付いたら前世でプレイしていた乙女ゲームの攻略対象キャラに転生していた。ノワール帝国の次期皇帝で婚約者大好き婚約者馬鹿。
シルヴィア・アージェント
ノアの婚約者で次期皇妃。乙女ゲーム内でいわゆる“悪役令嬢”と言われる立ち位置。悪役令嬢として強制断罪されるルートから救われる。有能な婚約者。ノアを一途に愛してる。
アクト
ノアの側近兼護衛。しかし主な仕事は情報収集とシルヴィアの護衛。ノアとは幼馴染。優秀。影が薄いので気配を消す類いの任務は得意。




