赤煉瓦の町で再開した仲間 Lv.2(九話)
キャリーはオリパスが起きるのを待っていた。しかし、疲れて眠ってしまった。
ずっと、待っていた。
ちゃんと話がしてみたかった。
どうして、あんたが刺されなきゃいけないのか?
なんで、メア姉はやっぱり死なないとダメだったのか?
聞きたいことが山ほどある。
中でも一番聞きたかったのは、自分に何かできる事はないか、そう聞きたかった。
久しぶりに会った時の彼の顔をキャリーはまだ覚えている。
辛くて、苦しくて、そんでいて悲しい顔を浮かべていた。
見ているこっちまで苦しくなる。だから、何か肩代わりできる事はないかと聞きたかった。
ふと、体が宙に浮く様な気がする。
でも、すぐに地面に降りた。
とても、寝心地が良かった。
ひんやりとした感覚が頬を擦るのに気づく。
うっすらと綺麗な黄色い目を開ける。
目の前にはミルクティー色の髪を解いたレサトの姿があった。
「レサ……姉?」
どこかに出かけるのか、懐かしいコートを羽織っている。
キャリーは不思議に思って名前を呼んだ。
レサトはただ、優しく微笑みながら囁く。
「まだ、寝ていて大丈夫よ」
何のこと分からず、キャリーは頷く。
ゆっくりと目を閉じた。
微かな音でガチャリ、ガチャンと戸が閉まるのが聞こえる。
暖かい布団にゆっくりと横になれたキャリーは安心しきっていた。しかし、違和感を覚える。
レサトの家にはベッドが一つしかない。そして、ベッドにはオリパスが眠っていたはずだ。
(じゃあ、あたしは今どこに寝ているのだろう?)
嫌な予感に頭が冴える。
同時に体を起こし、目を覚ました。
辺りを見渡すが誰もいない。
ただ静かな家の中でキャリーだけ取り残されていた。
すぐに追わなくてはと立ち上がる。
急いで戸に近づき開こうとした。
「悪いな……」
オリパスの謝る声が聞こえる。
まだ近くにいると分かったキャリーは、戸を開けるのを躊躇した。
オリパスと話すのが怖くなったのだ。
代わりにゆっくりと戸を開けて隙間から様子を伺う。
白い霧に覆われた中、マントを羽織るオリパスと長いコートを羽織ったレサトの姿が見える。
レサトは髪を後ろで団子の様に束ねていた。
「何のこと?」
先ほどのオリパスの言葉が分からなかったレサトは尋ね返す。
口をもごもごとしていたオリパスだったが、ハッキリと言うことにした。
「その服、着たくなかっただろ? その……無茶言って悪かった」
俯く彼を横目にレサトは鼻で笑って皮肉を言う。
「えぇ、二度と着たくなかったわ。解散って言ったはずなのに招集して。とっとと捨てるべきだったのね」
髪を結び終えてから続けた。
「でも、あなたが困ってるのに手を貸さないなんて、恩知らずでしょ?」
「……」
「それに、本当なら大人として、あなた達が困っていた時に手を差し伸べるべきだったのよ。私たちは……」
彼女は真っ直ぐと前を睨んだ。
一呼吸おいて、レサトはオリパスの方を見る。
「それより、本当にキャリーには何も言わない気?」
「あぁ」迷う事なく返事をした。「あいつには、関係ない事だ」
(関係ない?)
「オットーを止めるのも、スタックタウンがまた戦争を始めない様にするのも、俺の仕事だ」
オリパスは胸を掴む。
「あなたが背負う事じゃないでしょ?」
レサトの問いにオリパスは首を振って答える。
「メアリーから頼まれているんだ。もう、逃げていられない……」
(メア姉から……)
何だか腑に落ちない。
キャリーは心が痒くなる。
メアリーが殺された時も、今回の事だって自分は蚊帳の外だった。
事情なんて知らない。
何でそうなったのか、やっぱり分からないままだ。
(誰よりも速く走れるのに、一歩、遅れている)
自分の情けなさに歯がゆくなる。
仲間なのに、友達なのに、隣で起こっていることを黙ってみてなきゃいけない。
そんなのキャリーには出来なかった。
(嫌だ、嫌だ、置いていかれたくない! 関係ないわけない!)
いても立っていられなくなったキャリーは、戸を大きく開く。
バン! と森に音が響いた。
大きな音に驚き、オリパスとレサトが振り返る。
そこには綺麗な金髪に、黄色い瞳をした少女が、目に涙を浮かべ、険しい顔を浮かべて立っていた。
「関係なくない! あたしだって、関係あるんだ!」
キャリーは心の思いをぶち撒ける。
「オリパスが殺されそうになった理由が分かるのも、オットーがあたしを誘ったのも、関係あるからじゃないの?」
今にも泣き出したいキャリーに対しオリパスは落ち着いた態度で言い返す。
「例え関係があったとしても、お前を危険な目に合わせたくない。これから始まるのは戦争だ。殺し合いが始まる。そうなれば、キャリー、お前には関係ない話になるんだよ」
彼の言葉にキャリーは首を振る。
「違う! 違う、違う、違う! なんで、避けるの、なんで関係ないって突き放すの? あたしが小さいから? 子供だから? あたしが……あたしが途中で離れたから……?」
最後の言葉を言う前に声が掠れてしまう。
キャリーはバシレイアとスタックタウンの戦争を途中までしか経験していない。
自身が所属する組織、ランサン郵便協会は戦争から手を引くことにしたためだ。
途中でいなくなってしまったことを彼女は悔いている。
離れなければ、きっと、メアリーの役に立てたはずだとずっと思ってしまうのだ。
だから、悔しさがより濃くうかんでしまう。
「メア姉の為に何かやらせて……あたしも力になりたい……もう、大切な人が死ぬのは見たくないの」
ポロポロとキャリーは泣き出してしまった。
力になりたい気持ちと自分は無力かもしれないと思う感情が、今の自分を分からなくするのだ。
レサトの方を見るが彼女は目を逸らすだけだった。
オリパスは黙って俯く。やがて、彼はため息をついて顔を上げた。
「確かにお前の足があれば連携だって、何かを運んでもらうことだって出来る。でも、お前がスタックタウンに行く理由なんてないだろ?」
分かったらベッドで寝ていろといいたげな目線。
こんなに話しても置いてこうとするオリパスに対して、彼以上の賢いことを言えないキャリーは踵を返し家に入っていく。
オリパスは呆れたものだとため息をこぼして、旅に出ようとした。その時、背後から声が聞こえてくる。
「あるよ!」
振り返ると一枚の手紙を握ったキャリーが、支度を整えて立っていた。
それはバシレイアの教会から依頼された大事な手紙だった。
「あたしにはスタックタウンに行く理由があるよ!」
真っ直ぐと睨むキャリーの瞳にオリパスは言葉を失う。そして、メアリーに強く影響を受けた彼女を言い聞かせるなんて出来ないと悟るのだった。
やると言ったらやる様な子だ。
オリパスは顔を覆いながら呆れてしまう。
「分かった、分かった、好きにしろ……」
彼はキャリーの方を見る事はなく、先へと進む。
オリパスが認めてくれた事にキャリーは嬉しくなって大きく頷いた。
「うん!」
「これから先、大変よ」
レサトが家の戸を閉めながら言った。
「きっと、あなたが傷つくのよ。それは私も、オリパスも見たくないわ」
その言葉にキャリーは一瞬戸惑うが、自分も同じだと答える。
「あたしだって、もう、誰かを失うのは嫌だ……それに、見てるだけなんて、出来る事があるのにやらなかったら、ずっと、ずっとずっと、足を引きずる事になると思う」
キャリーは真っ直ぐな瞳でレサトを見つめた。
「あと、メア姉が戦いを止めたいって思ってるなら今度こそ、力になりたいんだ」
彼女の言葉にレサトは少し呆気に取られてしまった。
こんな風に決意を固められるなんてと驚くばかりだ。
同時にこんな子供に決断を強要させるのは間違っているのではと、考えてしまう。
「お前ら、早く行くぞ。自体は一刻を争うかも知れないんだ」
オリパスの言葉に出過ぎた考えは消える。
気づけばキャリーはオリパスのすぐ後ろを歩いていた。
レサトも置いていかれない様に歩き始める。
一瞬、背後の家が気になったがそっと一言呟くだけにした。
「行ってきます」
暗い森を抜けると小柄の老人、行商人のテトが髭をいじりながら待っていた。昨夜からずっと、ここにいたらしい。
キャリーはレサトに背中を押してもらいながら馬車に乗り込む。
「んで、行き先はスタックタウンでいいんだな?」
「いや、途中にある谷を目指してくれ」
オリパスは刺される前に手に入れた情報を頼りにバシレイア最強の兵士、シルバーと合流しようと考えていた。
ゆっくりゆっくりと進みだす馬車に、揺られながら先に進む四人。
キャリーは急いで起きたせいなのか、揺れ心地が良くて気づいた時には深い眠りに落ちてしまったのだった。
これから大変な事が待っていても、疲れていたら仕方ない。
みんなの側にいれると思うと嬉しくて、安心できたキャリー。
気づいた時には西に向かいながら、ぐっすりと二度寝をしていた。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
お前には関係ないと言われるとムッとしますよね。
本当に関係ない事でも知ろうとする。
今回はキャリーにとって関係ある方ですね、一歩も引けません。
預かった手紙が役に立つとは思いませんでしたよ……
「キャリー・ピジュンの冒険 赤煉瓦の町で再会した仲間 Lv.2」は以上になります。
読んで下さり、ありがとうございます。
次回も読んでくださると嬉しいです。
「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、
ブックマーク、評価を付けてくださると嬉しいです。
別に投稿日をこだわってたりしてないのですが、
なぜか、いつも十五日には投稿しているので、
今回もそうしたいと一人焦っていました。
無事投稿出来てよかったです。しかし、次回は厳しい予感がします……