赤煉瓦の町で再会した仲間 Lv.2(一話)
急ぎすぎた結論には、必ず穴がある。それは進むにつれて毒の様な苦しみを与えるだろう。
神の国バシレイアから西に進み続け、森を抜けると荒野の入り口である町にたどり着く。
ここは技術の街スタックタウンから良い品を集めた行商人たちが、手に入れた物を一度、ここで売り買いして、自分たちがこれから行く国へ何を売りに行くか決める場所だった。
赤煉瓦で建てられた建物と崩れた瓦礫が並ぶ大通り。
一人の行商人テトが取り寄せた品を広げて、行き交う人々を退屈そうに眺めていた。
彼はぼんやりと物思いに耽っている。
(あー全く商売なんて大変だってのに、なんで始めたんだかな……まぁ、ここは荒れた土地で野菜は育たないし育て方もしらねぇ。機械なんてへんちくりんな物もよく分からん。いや、何が出来るかは分かるんだ。でもよ、どうして出来るのか説明なんざ、できやしねぇんだ)
だから、技術者にもなれないと諦めて、ため息をつく。
(おまけにもうこの年だ。戦いなんざ、できやしねぇ。万が一、そうなったら犬死もいいところだ)
シワだらけの手を冷めた目で見つめる。
テトの心の中には満たされない何かがあった。
ふと、行き交う人々の中にウチの品を見てくれる者はいないかと、覗いてみると見知った姿を見つける。
綺麗な金髪に、黄色い瞳をした少女。
斜めがけの鞄には魔法陣が描かれている。
テトは思わず声を上げた。
「あ、あぁ!」
喋る準備など出来ておらず、言葉にならない声だった。
それでも、彼女はこちらに気づいてくれた。
「!」
少女は白い髭を長く伸ばした小さな老人を見て驚く。
「テト?」
こくりとテトは頷いた。ここでようやく、喋る用意ができ話しかける。
「そうだ、そうだとも。久しぶりだな、キャリー」
彼女の名前はキャリー・ピジュン、最速の少女だ。
「うん、うん! 久しぶりだね、テト」
コクリコクリとキャリーは頷く。彼女は再会に心躍らせて笑顔になった。
「相変わらず、すごい髭だね」
テトの顎髭を褒める。
「ホッホッホ、そうだろう。相変わらず、走り回ってるのか?」
「うん、そうだよ。さっきもここに着くまで走ってたから」
と自信満々に答える。
キャリーはテトの周りに置かれている品を見渡した。
何に使うかさっぱり分からない物ばかりだった。
「ここで何してるの?」
「見ての通り、商売だよ」
肩をすくめながら言う。
「……」
キャリーは言葉に詰まる。何とも言えない表情にテトはおおかた想像がついた。
儲かってなさそうだと彼女はきっと思っている。実際その通りだった。
だからテトは大袈裟に笑って言う。
「まぁ、売れたのはずっと前で儲かってないんだがね」
「大変だね……」
同情する彼女に激しく頷いた。
「そうだとも! これもあれも副団長のオリパスのせいだ!」
テトは自分の膝を叩く。
キャリーは視点を下ろして、オリパスの顔を思い浮かべる。
センター分けされた茶髪に黒い瞳、目が悪くいつも睨んでいる様な顔をしていた。
最後に会った時には首に垂らす紐がついたメガネを持ち歩いているのを覚えてる。
祝祭の日、バシレイアを見渡せる丘の上で見た、オリパスの顔は罪悪感と喪失に歪んでいた。
「メアリー団長と突然いなくなったと思ったら、突然帰ってきて、自分は彼女をバシレイアに連れて行き殺したって言い出したんだ!」
眉を寄せて怒りをあらわにするテトだったが、キャリーのことを思い出し、顔を青くする。
キャリーにとってメアリーは大切な人だ。そして、旅をしている彼女がまだ何も知らないと思い、とんでもないことをしたのだと後悔する。
キャリーは暗い顔を浮かべるが、決して騒ぐことはなかった。
落ち着いた様子で首を縦に頷く。
「うん、大丈夫、知ってるから……」
すまん、とテトは呟いた。
「それで、オリパスは?」
キャリーは彼がどうしたのか気になった。
なぜかと、聞かれても答えられる自信はない。でも、人ごとには到底思えなかったのだ。
「あ、あぁ、帰ってきたオリパスは俺たちを集めたんだ。そんで、ファイアナド騎士団は解散すると言った。おかげで、俺は旅する商人さ」
不満があったが今は笑い話にしようと肩をすくめた。しかし、すぐに深刻な顔をする。
「もっとも……誰も納得はしていなかったがね。ただ……」一瞬、口籠る。「ただ、あいつがメアリーの意思だって言ったからよ。納得するしかなかったんだ……でも、オットーだけは違ったな、あいつは最後まで騒いでいたよ」
テトは俯いてここじゃないどこかを見つめる。
「オットーが?」
キャリーの脳裏に金髪につむじが茶色い髪をして、虎の耳と尻尾の姿が浮かんだ。
オットーはメアリーほどではないが、誰よりも勇敢で頼りになる人だった事をよく覚えている。
彼女も元気だったらいいなと願った。
ふと、他のみんながどうなったか気になる。
「他のみんなはどうしてるの?」
テトは首を横に振った。
「さあな、あの人とは途中まで一緒だったが、他の連中はわからないな……」
過去の話は終わりだという様に彼は両膝を叩く。
「さてと、キャリー、話をしてやった代わりに何か買っててくれやしないか?」
ニヤリと笑みを浮かべる。
キャリーはテトの前に並べられた品を見渡す。
どれも使い方がわからない物ばかりだ。
はっきり言うとガラクタばかり置いてある様にも思える。
苦笑いを浮かべてしまった。
そりゃそうだよなと呆れるテトだったが、閃いた様に裏からものを取り出す。
鉄でできた黒い水筒だ。ただ、とても小さく何も入らないと思えた。
「何これ? お酒用の水筒?」
キャリーは首を傾げて尋ねた。
「いいや、違う」
テトはあくどい笑みを浮かべて答える。
「こいつは俺が戦争の時に使ったあまりものだ」
つまり、何らかの武器かとキャリーは察する。
「こいつをそうだな……お前にボッタくるのも申し訳ない。一万ミンツで買ってくれないか?」
(大体、レベル二と三の依頼報酬の間ぐらいだ……)
このぐらいならまぁ、いいかとキャリーは頷く。
鞄から一万ミンツずつ分けた袋を一つ取り出した。
「はい、これで頑張ってね」
「まいど! ありがたく使わせていただきやす」
祈る様に感謝するテトだった。
「キャリー、お前は次、どこに行くんだ?」
袋を懐に隠しながら彼は聞く。
キャリーは西を指差しながら答えた。
「スタックタウン」
「そうか、気をつけて行けよ」
手を振って彼は言う。
キャリーはうんと言って立ち上がった。
「じゃあね!」
手を振って、人の流れに再び入っていこうとした。その時、目の前の人にぶつかる。
「いて!」
倒れそうになるキャリー、彼女の手に柔らかい感触が巻きつく。
幸い何かに掴まれて倒れる事はなかった。
「おっとすまねぇ……」
マッシュルームの様なツバ付きの黒い帽子をあげながら謝る。が、途中で口をつぐんだ。
倒れるとビビったキャリーは一瞬、目を瞑ったが、ふんわりと絡みつく尻尾に心当たりを感じてゆっくりと目をあけた。
そこに立っていたのはかつての仲間、ファイアナド騎士団サソリの左手、虎の娘オットーだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
バシレイアの教会から手紙を預かったキャリー、
スタックタウンの途中にある町で懐かしい仲間と出会うのだった。
「キャリー・ピジュンの冒険 赤煉瓦の町で再開した仲間 Lv.2」
楽しんでもらえると幸いです。
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