嵐を超えてシスターに送る Lv.1(四話)
雑木林を通って村のケーキ屋まで戻ると店の中から怒鳴り声が聞こえてきた。
キャリーは恐る恐る窓から覗き込む。
ケースの奥でお婆さんとお爺さんが口喧嘩をしていた。
顔を真っ赤にしたお爺さんがケースを指差しながら喚いている。
「一体どこのどいつだ! 俺の可愛い子供たちを攫ったのは!」
「さっきも言いましたけど、可愛い娘さんが買って行きましたよ」
お婆さんは少し呆れた表情を浮かべながら答える。
「どんな奴だった。髪は? 服は? 目の色はどうだったんだ!」
「そこまで覚えていませんよ。大体、あなたは厳し過ぎるんじゃありませんか?」
「そんな事はない! 不衛生な奴や雑な奴に食わせたくないだけだ。俺の大事な子供たちには相応しい人間に食べられてもらいたいんだ」
「もう、あなたは南の国のパティシエじゃないんですよ……」
お婆さんはあっと口を押さえる。
これはお爺さんの禁句だったと後悔した。
「俺は今も南の国で誰もが認めた誇り高きパティシエだ!」
「はいはい」
お婆さんはあしらう様に相槌をうつ。
様子を伺っていたキャリーはそっと顔を下ろし、しゃがみ込んだ。
「もう、ダメかもしれない…………」
この世の終わりだと言わんばかりの顔になる。
鬼の形相を浮かべて、お爺さんはケーキを買ったのは誰だと聞いていた。
鬼の形相を浮かべている。
あんなに怒っている人の前に出て、あたしが買いました。でも、振り回しすぎて潰してしまったので、また買わせてください。
ふざけた話だ。
買わせてもらえるわけがない。
——諦めて帰ってくるか?——
頭の中で誰かが囁く。
嫌いな人の声でキャリーはムッとした。
(やだ、ベリル姉にケーキをあげたい!)
首を振って立ち上がる。
キャリーはスタスタと歩き出し、ケーキ屋の入り口の前に立った。
謝って、買うんだと、強く思いながら扉を開く。しかし、やっぱり怒られるのは怖く身を縮めて中を覗き込んでしまった。
本当はそのまま入れたら良かったが、怖くてできない。
「せめて、どんな特徴をしていたか、もう一度教えてくれ。ランサン郵便に依頼して見つけ出してやる!」
「そんなことしないでください。お金がもったいない」
「なら、せめて、特徴だけでも教えろ」
「はいはい、分かりましたよ。でも、移動費は自分の貯金で出して下さいね」
お爺さんの頼みを断れなかったお婆さんは、ため息をつく。
お婆さんは仕方なく特徴を話し始める。
「綺麗な金髪に、黄色い瞳、斜めがけの鞄を持った……そうそう、あの子ですよ」と扉から覗き込むキャリーを指差した。
お爺さんの鋭い視線がキャリーに向けられる。
心臓が止まるのを一瞬感じた。
「お前さんか、俺の大切な子供たちを買ったのは、何しに来たんだ? まさか、また買いに来たんじゃないだろうな?」
ケースの横から回り込み、キャリーの前に立つ。
隠れる彼女を引っ張り出す様に扉を開けた。
掴んでいた手を離してしまいキャリーは、面と向かって立つことになった。
ガクブルと膝を震わしてしまう。
お爺さんは大きな熊の様に仁王立ちを決めて、黙ってキャリーを見下ろしていた。
震えていた彼女だが、いつまでもジッとしてはいられないと思い。
意を決して鞄からケーキの入った箱を取り出す。
「ご、ごめんなさい……走ってたらこうなっちゃってて……ちゃんと買うので……同じのください」
ケーキの中身を見せた。
「ルビー! ナァポレレレオォォォォパァァァイ!」
次の瞬間、お爺さんはキャリーの胸ぐらを掴んだ。
顔を赤くして怒鳴りだす。
「走ってたらこうなっただ⁉︎ 当たり前だ! お前、ぬけぬけと戻ってこれたな。お前なんぞにやるケーキはない!」
「やだ! ください!」
胸ぐらを掴む手を握って叫ぶ。
「ふざてんのか、やる訳ねぇだろ。大事に運ばない奴に食う資格なんかねえ!」
「お金は払うんでお願いします」
「嫌だね!」
「お願いです。次は、ちゃんと運びます」
「お前、じゃあ、さっきは雑に運んでいたのか? あぁ!」
キャリーは目を瞑って大きく首を振る。
いつものように運ぼうとしたら、鞄の魔法が切れていたのだ。
お爺さんは怖いし、ケーキは買わせてもらえない。
悲しくて、涙が出てくる。
彼女の泣き顔がお爺さんには、腹立たしくなった。
さらに引っ張り上げて怒りをぶつける。
「泣いてもケーキは戻ってこねーんだぞ!」
胸ぐらを強く掴まれ、首周りが締め付けられる。
苦しくて、息ができなくなった時、お婆さんが止めてくれた。
「お爺さんや、いい加減にしてください。女の子相手に怒るなんてみっともない」
お爺さんの頭を軽くハタキで叩く。
「婆さんや! こいつは俺の大事な子供たちをこんな目にしたんだ。タダでは許せない」
彼はキャリーを手放し床に落としてから向きを変える。
お婆さんに自分の思いを伝えた。
「俺の丹精込めて作ったケーキをこんな目にして許せる訳ないだろ!」
それに対してお婆さんは怒鳴るでもなく、ため息を付く。
それから淡々と言い返した。
「前にも言いましたが、ケーキは買われているんです。タダじゃないんですよ。今は彼女の物なんです。それに」キャリーの方を見て微笑みながら言う「この子も反省してるんですから、買わせてあげて下さい」
で、でも……とお爺さんが言いかけたが、お婆さんは「ん?」と首を傾げるだけだった。
「……」
やがてお爺さんは、口ごもり、先程の勢いは消え去った。
やがて、ため息を吐いてからキャリーの方を見る。
「ルビーとナポレオンパイ二つでいいな? 金はきっちり貰うからな」
聞いた瞬間、キャリーは頭を下げて感謝と謝罪の言葉を口にする。
「ありがとうございます……ごめんなさい……次からはちゃんと気をつけて運びます」
「こらこら、そんなに頭を下げないで」
お婆さんはキャリーを立たせる。
「あなたは悪くないわ。お爺さんが厳しすぎるだけよ」
そう言いながらハンカチを顔にあてて、キャリーの涙と鼻水を拭き取ってくれた。
近くの椅子に座らせてからお婆さんはお爺さんの方を見る。
「あの人、昔からこうなのよ。ケーキに対してだけ過剰に反応しちゃってて」
おかしな話でしょと笑って手を仰いだ。
「でもね。愛だけは誰にも負けないのよ。誰よりも真剣に取り組むの。自分よりも美味しい人がいようと、自分には何もなかろうと、作らずにはいられない人なの。だからね、大いに期待しててちょうだい。期待を超える美味しいケーキが待ってるわ」
お婆さんの言葉にキャリーは頷く事しかできなかった。
お爺さんのケーキへの愛がすごいのは分かるけど、そこまで過剰になる訳が分からなかった。
「まぁ、好きすぎるあまり、食べられるのを極端に嫌っちゃうのよね」
頬に手を当てながらお婆さんは笑った。
「過剰だ? 周りの奴らが鈍感なだけだ」
お爺さんは呟く。
「命と食材を犠牲に丹精込めて作ったんだ。雑に扱われて正気でいる方いかれている……ん?」
お爺さんは眉をひそめた。
「おい、婆さんや。なんでテープなんか貼ってるんだ! これじゃあ、祝福の力が発動しないだろうが」
箱に貼られていたテープを剥がしてみせる。
「あら! ごめんなさい、手元にシールがなかったからそっちを貼ってしまっわ」
口を押さえながら言う。
「たく、もーどうりで、このザマになる訳だ……」
お爺さんはゴニョゴニョと呟く。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
……ッこういうのを理不尽という気がするんですけど、どうなんでしょうか……?
キャリー・ピジュンの冒険は投稿する前に誰かしらに見せてるのですが、
誰も触れ時じゃっぱかんしんぱいです。
まぁ、なにはともあれ、ケーキは買わせてもらえれよかった……
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