アイオライト防衛線 Lv.3(十話)
例え、心が折れてしまっても再び立ち上がらなくてはならない。なぜなら、大切な人たちを守るために
昔、戦場から帰ってきた頃。
兵士の間ではこんな笑い話が流れていた。
紅蓮の竜巻にビビって逃げてきたやつがいると。
(その通りだ。俺は逃げてきた……)
奴を前に途端、死ぬのが怖くなったのだ。
家族を置いて、この世をさるのが堪らなく恐ろしかった。
情けない男だと思う。
あんなに国の為にと思っていたのにいざ、戦おうとした時に逃げてしまったのだから。
ルークは自分の不甲斐ない顔を見たくなかった。
無意識のうちに兜を外すのを忘れてしまっていた。家族にも指摘されたが治すことが出来なかった。
そんなある日、彼の元に新しい仕事が言い渡される。
「ルークくん、君に新しい囚人の看守を頼みたい」
シルバーは業務内容が記された紙の束を手渡す。
「……」
紙の束をジッとルークは見つめていた。
自分に務まるのか不安だったのだ。
ルークは尋ねてみた自分なんかに務まるのだろうかと、シルバーは真剣な眼差しでルークの隠れた瞳を見つめる。
「もちろん、君にしか出来ない。君は誰かの為に戦う人間だ」
「いいえ、自分は国の為に戦うと決めたはずなのに、何も出来ずに戻ってきた男です!」
思わず大きな声が出てしまった。
そのことにシルバー以上に驚いたのはルーク自信だった。
「すみません……」
「いいんだ。だが、ルークくん。一つだけ言っておこう。君がこれからつくのは国の中でも 、もっとも油断のできない。もし、ここが乗っ取られでもしたら、街が火の海に変わると思う事だ。そうなったら、大切な家族やそこに生きる者たちに危険が及ぶ。弱音は言ってい られないぞ」
シルバーは押し付ける様に資料を手渡した。
ルークはいやいやながら牢獄の下見にやってきた。
そこで驚きの人物と再開する。
紅い髪、片腕と片目をなくしているが見覚えがあった。
「メアリー・ホルス……?」
「ん? おーいつかの兵士じゃねーか」
彼女は手と首を鎖で繋がれていたが陽気に笑ってみせた。
「なぜここに?」
かすれた声でルークは尋ねる。
「まぁ、色々あってな。お前が新しい見張りか」
お気楽な様子で彼女は微笑んだ。ふと、ルークの顔色が悪いのに気がつく。
「おい、どうしたんだ? そんな浮かない顔をして……」
メアリーがすごかったのか、ルークの哀愁がすごかったのか、今ではもう分からない。
家族以外から聞かれたのは初めてだった。
足の力が抜け落ちる。
ルークはメアリーと向かい合う様に座り込んだ。
無意識にかつての敵であり、見張るべき囚人に自分の不甲斐ない思いを話してしまった。
「俺はあんたと戦った後、帰国したんだ……情けねよ……国の為に戦うって決めてたのに! 何の役にも立てなくて……」
弱音を吐くルークは嗚咽を吐きながら垂れる。
ふと、遠くから嘲笑う声が聞こえた。
「おい、あの腰抜けがまた泣いてるぞ。なさけねー」
「……」
メアリーはしばらく黙って聞いていた。だが、胸のざわめきを抑えることが出来ず、つい動いてしまった。
彼女を縛り付けていた枷が紅くひび割れて、崩れ落ちた。
祝福の力を発動させたのだ。
ゆっくりと立ち上がり牢の前まで歩み寄る。
「立て、いつまで弱音を吐いてやがる!」
彼女はルークに喝を入れる。
耐えられないのだ、敵であろうが他人であろうが、ウジウジとしている男を見るのは、昔の副団長を思い出すから。
「あんたが兵士になったのは本当に国の為か? いいや、違うだろ! 当ててやるよ、あんたが兵士になったのは大切な人を守る為だ!」
片腕でルークを指差す。
これはメアリーの考え方だが、大きな理由を持っている奴らには、腹の底に誰にも言ってない様な小さな理由があると思っている。
例えば、国の為と言う奴らは、心の底には金、地域、名誉、賞賛といったものがある。
「あんたは自分の命を投げ出してでもあたしに挑まなかった。それはきっと、帰りを待つ家族がいたからだろ?」
その言葉にルークはハッとする。
母親のハイディ、妻のアレッサ、これから生まれてくる子供。それに家の酒場に来てくれる常連たちの顔が彼の脳裏に浮かんだ。
みんな、暖かくて眩しい笑顔だった。
「それでもお前がまだ前を向こうとしないのなら……」
メアリーは真紅のオーラを纏った手動で鉄格子を切り裂く。
「この街を滅ぼしてやる」
あの戦場と同じ目をしていた。
残酷で全てを引き裂く様な鋭く、紅い目だった。
彼女は本気だ。
ルークの体はまだ震えている。思い出した死への恐怖が全身を震わせるのだ。
怖い、死にたくない!
でも、そんなこと言っていられない!
メアリーが一歩、牢の外へ出ようとした。その時、彼女の喉元に剣線が向けられていた。
「大人しくしていろ……メアリー・ホルス!」
兜の隙間から彼の強い信念が輝く。
その光にメアリーはふっと思わず笑ってしまった。
彼女は笑ったまま答える。
「あぁ、大人しく処刑の日を待つよ。兵士さん……」
彼女が本気で脱獄しようとしたのか、今は分からなかった。ただ、あの頃の自分を励ましてくれたのだけは、ルークはなんとなく勘づいていた。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
服役中のメアリーが出てきましたね。
彼女には手と首を拘束する枷がついているのですが、意味をなしてませんね。
余談ですが、ルークの前に看守を務めていた兵士がいるのですが、
ナメ腐った態度に手を出そうとしてメアリーの怒りを買いました。
その兵士は二度と立てないようにされたそうです。
こわいこわい……
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