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アイオライト防衛線 Lv.3(九話)

例え、心が折れてしまっても再び立ち上がらなくてはならない。なぜなら、大切な人たちを守るために

「アンリードが現れなかった!」


 早朝、静かな夜を過ごしたルークは、いつもの様に本部にやって来た。

 冷たい石レンガの壁、赤い絨毯が引かれた一室で彼は驚きのあまり大声を出してしまう。


「そうだ、朝になっても結局、現れなかったんだ」


 部屋の壁に寄りかかりながら無精髭の隊長は頷く。


「今までは予告通りに急に盗んでた奴なのに訳がわからねーよ」


 大きなあくびを浮かべながら髭を触る。今の報告を聞いて、どうするか、ルークも隊長も、窓辺の重厚感ある机がある方を見た。


 そこには白髪に整えられた顎鬚をはやした老人が座っている。

 彼の名前はシルバー・ヴォルフ、かつてメアリー・ホルスと幾度となく渡り合っていたバシレイア最強の男である。

 シルバーは革の椅子を座り直しながら息を漏らす。


「シルバー様、どうなさいますか?」


「そうだな……奴の動きが読めん。念の為、今日明日も交代で監視を続けてくれ」


「「了解!」」


 二人は部屋の外へと出て行こうとした。


 その時、


「ルークくん」


 シルバーに呼び止められたルーク、彼はここである少女のことを聞かされた。



 

 キャリーは報酬を受け取りにランサン郵便協会まで向かっていた。

 今日は気持ちのいい天気なのでゆっくりと温まりながら。


 そんな風にのんびりとしていると目の前にルークが立っているのに気がついた。

 どうしたのだろうと首を傾げる。


 キャリーに気づいたルークは、軽く手を上げて挨拶をした。

 彼はそのまま、元気のない声で呟く。


「少し話さないか?」


 二人は人混みを避けて路地の入り口で向かい合ながら話をする事にした。


「アンリードは現れなかったそうだ」


 しばらくお互い黙っていたが話の切り口に今朝聞かされたニュースを共有する事にした。

 ルークが初めて聞かされた時と同じ反応をキャリーは見せる。

 目を丸くして口をぽかんと開けていた。


「一応、今日も監視の目は入れとくそうだ」


「そうなんだ。でも、どうして、現れなかったんだ?」


「分からない。ただのイタズラか、他の誰かに邪魔をされたか……」


「誰かって?」


 キャリーは尋ねる。

 ルークは路地からでも見える光の塔に目をやりながら言う。


「教会とかさ。まぁ、もしかしたらの話だがな……」


 ルークは突然、大きなため息を吐く。

 先程からずっと重たい雰囲気を醸し出していた。

 気になったキャリーは聞いてみる。


「今日は調子悪そうだね。どうしたの?」


 黄色い少女は首を傾げた。


 曖昧になんでもないと言ってしまえば、何も起こらなかったかもしれない。だけど、ルークは尋ねるしかなかった。

 ほっとくと何かとんでもないことになりそうで、不安だったのだ。

 あの女の息のかかっているとしたら、危険かもしれない。


 そう思ったのだ。


「……お前はファイアナド騎士団のメンバーなのか?」


 ファイアナド騎士団とは紅蓮の竜巻メアリー・ホルスが率いた兵士たちの集団である。

 少人数ながら恐ろしい強さをそれぞれ持っていると言われている騎士団だ。そして、彼らはメアリーに絶対の忠誠を誓っており、彼女を慕っていた。


 ルークの目の前にいるこの黄色い瞳の少女がもし、ファイアナド騎士団のメンバーなら危険分子になるかもしれない。

 そんなはずはないと思ってはいるが、聞かずにはいらねなかった。



 

 ルークはキャリーと会う前、シルバーに呼び止められていた。


「ルークくん」


 呼び止められたルークはすぐに振り返る。


「先程、報告を隊長から聞かせてもらったよ。驚いたね、これも何かの縁なのか、とても面白い部下を雇ったものだ」


 面白い部下と聞いて一人の男を思い浮かべる。


「ダインのことでしょうか?」


 誰だね、そいつは? シルバーは首を振る。


「私はキャリー・ピジュンのことを言っているのだ」


「彼女がどうかしたのですか?」


「君は祝祭の日に鍵を落としているのを覚えているかい?」


 尋ねられルークは冷や汗をかく。


「名も知らない男に拾ってもらったな。だが、あれはもともと盗まれていたのだよ」


「盗まれていた? そんなはずはありません! だって、私たちが牢を後にしてからウチに着くまで、誰ともすれ違ってないじゃないですか」


 シルバーは小さく驚きながら目を細める。


「ほー君は、盗まれた事よりも落とした事を認めるのか? ここは盗まれたことにして責任を誰かに押し付けると思ったのだがね」


 老人は面白おかしくクスクスと笑う。


「肝心なのは誰が盗んだかだ。ルークくん、それは君が昨日共に行動したあの少女だよ」


 ルークは目を見開いた。驚きのあまり声が出てこなかった。

 シルバーはルークをチラリと見ても気にすることはなく話を続ける。


「あの子は一度、ハイディさんの店に来ているのだ。水を一杯飲みにだ。その時、私は君の子を抱いていたな」


 話を聞いてルークはあっと口を開く。

 思い出したのだ。


「あの子が鍵を盗んだんですか? そんなはずは……」


「あり得るのだよ。彼女は祝福持ちだ。誰よりも早く動くことのできる祝福の力を持っている。あの時、私たちとすれ違った瞬間に盗み取ったのだ。もっとも、その後は失敗に終わったようだがね……」


 彼はどこか残念そうにため息を漏らす。


「なぜ、そんなことを……」


 昨日あった、キャリーは決してそんなことをするようには見えなかった。

 それに対してシルバーは何を当たり前のことをと言いたげに笑みを浮かべながら話す。


「決まっているだろう。あの子がメアリー・ホルスの仲間だからだよ」



 

 本当にあの女の手先なのか、聞かずにはいらねなかった。

 ルークは狭い路地の入り口で向かい合いながらキャリーを見つめる。

 彼女はじっと黙って俯いていた。


「俺から鍵を盗んだのはお前なのか?」


「……」


「なぜそんなことを!」


「……」


「他に仲間はいるのか?」

「……」


「メアリーとは、どんな関係なんだったんだ……」


 いくつもの質問をしたが、キャリーはずっと黙っている。ただ、最後の質問にだけは小さな残火のような声で答えてくれた。


「メア姉は……あたしにとって、大切な人だ……」


 拳を強く握りしめ、ブルブルと体が震えていた。

 彼女は唇を噛み締めて静かに黙り込む。


 こんな態度では何も分からない。だけど、最後の質問でルークは確信した。

 この子はメアリーの仲間で鍵を盗んだ奴だと……


(こんな若者までもが彼女に入れ込んで、助けようとするなんて……いや、こんな子供だから助けようとしたのかもしれない。

 でも、この子の目論見は失敗に終わった。

 メアリー・ホルスは予定通りに処刑台 の上で処刑されたのだから)


 いろんな想像が頭をよぎる。中でももっとも考えたくなかったのはこの子が最後の瞬間を見てしまったことだ。


 あり得ない話ではない。


(もし、そうだとしたらどんな気持ちで俺の依頼を受けていたのだろうか?)


 ルークは恐る恐る尋ねてしまった。


「君はバシレイアを憎んでいるかい?」


 後の事も先の事も今のルークには見えなかった。

 すぐに余計なことを聞いてしまったと後悔する。

 謝ろうとした。その時、昨日の明るかった少女とは思えないような顔でこちらを睨みつける。


「憎んでるよ……お前ら全員殺したいぐらい……」


 俯いていた彼女は顔を上げてみせた。


 その目は血走っており、大きく見開いていた。

 溢れる涙は静かにこぼれ落ちる。だけど、彼女の気持ちは、嵐の様に騒ぎ続けていた。

 何日も何日も自分を憎んで、国を憎んで、世界を憎んだ。そして、何もできない自分を死ぬほど憎んでいた。

 燃え上がる憎しみの炎は全身を焼き続けていつ、おかしくなっても、おかしくなかった。


 呼吸は荒く、今すぐにでも襲いかかりそうな彼女を見て、ルークはたじろいでしまう。


「あの日、お前らがメア姉を殺した後……すぐに殺して回ってもよかった。あんなに優しくて、みんなの為に戦ってくれた人をいじめて、殺したんだ! お前の家族をめちゃくちゃにしてもよかったんだ! でも……」


 怨みを言う彼女だったが、言葉に詰まる。


 分かっているから、そんな事しても意味がないって、メアリーは喜ばないのだとキャリーは分かっていた。


「メア姉は平和を願ったんだ……もう、余計な争いで人が死んでほしくないって思ったんだ……だから、あたしは……」


 大粒の涙がこぼれ落ちる。


 気づけば、キャリーはシクシクと涙をこぼしながら泣くのを堪えていた。

 一人の少年に出会って、気持ちは落ち着いていた。

 それでも、心の底では消えてなかった。

 消したくなかった。


 正直なことを言うとルークは少し驚いていた。


 あの人がこんなに慕われていなたんて想像もつかなかったからだ。いや、想像できたかもしれない。

 ルークはキャリーに深々と頭を下げる。


「辛い思いをさせてしまった。すまない、謝ってもどうしようもないが……バシレイアを代表して謝らせてくれ」


 気休めでしかならない。だが、彼女の怒りが他でなく自分に来てくれればと願って謝った。


「謝らないで……お願いだから謝らないで。嫌になる……」


 彼女は俯きながら話す。


「安心して、あたしは誰も殺さないよ。だって、メア姉はそんなの望まないんだから……あの人が決めたことだもん」


 彼女の瞳の中にあの人が写った様に見えた。


「……」


 かける言葉はない。ルークは路地から日の当たる通りに出た。


「ダインを探そう。アンリードのことで話がある」


 キャリーは涙を拭き取って、こくりと頷いた。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

僕は今回の話をずっと書きたいと思っていました。

キャリーが復讐を選ばなかったのは、なぜか?

話でも合った通りメアリーが望まないとキャリーが思ったからです。

自分の意思を抑えて好きな人の意思に従う、彼女の特徴のひとつです。

キャリーがこの選択を取ったのはメアリーがもういないからだと思います。

いないからこそ、約束やそれに近しいことを守ろうとする。それがキャリー・ピジュンです。

この性格……思考回路と言ってもいいのでしょうか?

考え方は彼女が生まれた時からあったものです。

似た理由でキャリーは、ランサン郵便協会で働いてますがこの話はまたいつか……

「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、

ブックマーク、評価を付けてくださると嬉しいです。

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