Lastly key you Lv.5(三話)
薄暗い半地下の牢屋、かろうじて鉄格子の窓から光が差し込む。しかし、決して罪人に当たる事はなかった。
冷たい石レンガと自身の傷から漂う血生臭い匂いだけが静かな檻に存在している。
囚人は片目を失い、左手も切り落とされていた。残された右腕は首と鎖で繋がれ、壁に貼り付けられている。
自らの刑が執行される、その日まで動けない。
決して後悔はしていない。しかし、どうしても、あの日の焚き火の音が頭を離れずにいた。
思い出さなければ、楽だと言うのに、楽しかった思い出は延々と頭に残り続け、かき消すことはできない。
彼女の視界がぼやけ、涙が溢れそうになった。その時、鉄格子の窓から声が聞こえてくる。
「メア姉! 無事?!」
少女の声に囚人は思わず顔を上げる。
そこには綺麗な金髪に黄色い瞳をした少女が、鉄格子に頭を無理あり押し当てていた。
かつて、共に過ごした少女、キャリー・ピジュンである。
メアリーが囚われている事を知ったキャリーは、兵士の目を掻い潜り、急いで会いに来たのだ。
彼女の姿を見られた、キャリーは生きていて良かったと安堵した。しかし、同時にボロボロに傷つけられて、ひどい姿にされたメアリーに胸が引き裂かれそうに苦しくなる。
久しぶりに会えたのに、鉄格子に挟まれ、メアリーの体は切り傷が多く、片腕は失っていた。かつて、ツヤのあった紅い髪は光を失い、ボサボサに伸びている。前髪の隙間から覗く片目は黒く何も映らない。
痛ましい姿に辛くて、苦しく感じたキャリーは、今にも泣き出しそうだった。
唇を震わせていた彼女にメアリーは優しく呟く。
「久しぶりだな、キャリー。そんな顔をするな、かわいい顔が台無しだろ?」
慰める様に微笑んだ。
「だって……なんで? どうして、こんな事になってるの? メア姉はあたしが離れた後も戦場で、平和のために戦ってたじゃん。なのにどうして、こんな風に捕まってるの? メア姉らしくないじゃん!」
紅蓮の竜巻と恐れられたメアリー・ホルスは間違いなく最強だった。
世界中の誰もが恐れるほどに異質な存在だ。なら、なぜ彼女がこうして捕まってしまたのかキャリーにはまるで理解できずにいる。
「メア姉はとっても強いじゃん、絶対に負けない力を持ってるのにどうして!」
彼女は鉄格子を強く握りしめる。
「だからなのかも知れない……」
メアリーはキャリーの言葉を聞いて、俯いてしまう。
彼女はすぐに見上げ、笑いながら謝る。
「すまない、こんなカッコ悪い姿を見せて」
彼女の言葉がどこか震えている様に聞こえた。
キャリーはやり場のない想いを収める為に唇を噛み締めた。
力一杯に鉄格子を揺らしながら必死に抑える。しかし、抑えきれず、大好きなメアリーに罵声を浴びせてしまう。
「そうだよ! カッコ悪いよ! なんで、捕まっちゃったの? メア姉はね! あたしの知る人たちの中で一ッ番強いくて優しい人なんだ! なのに、どうして捕まっちゃったの……?」
気づけば、メアリーの顔に雨粒が降り注ぐ。
キャリーは震える声で続けた。
「メア姉! 死んじゃいや! 処刑されるなんて、絶対いや! あたしと一緒にこの国を出よう。ここから逃げてスタックタウンに帰ろうよ!」
彼女の言葉にメアリーの目は見開く。しかし、隠す様に顔を背けた。
「すまないが、それはできない」
「どうして?」
「できない」
「できる、あたしには出来るよ! 知ってるでしょ? あたしの祝福の力!」
「あぁ、知っている……お前のその祝福の力のすごさは。それでも、あたしにはできない。逃げる事はできないのさ……」
メアリーは硬くなに断り続けた。
キャリーには理解出来ない、強い意志がある。
こんなにボロボロになって、薄暗い場所に篭るなんて、キャリーの知っているメアリーは絶対にしない。
自由を奪われるのは、嫌いだって言っていたから。
キャリーはなんで首を振るのか、訳を聞こうとした。その時、廊下に続く扉の鍵が開く音が聞こえる。
カチャ
「キャリー隠れろ!」
メアリーの指示と同時にキャリーは鉄格子から見えない様に壁に身を潜める。
中に入ってきたのは鎧を纏った兵士と、切り揃えられた顎鬚を生やした老人だった。
老人と言っても、背は高く筋肉はまだ衰えを知らずにいる。
隠れたキャリーにすら威圧感を意識させるほどの存在感を持っていた。
「また、あんたかい。シルバー」
メアリーは今の情けない姿に見合わないほど、堂々とした口調で言った。
「あぁ、老兵がやる事など、そう多くない。そして、その数少ない習慣がまた一つ、失われるのだ」
シルバーと呼ばれた老人は切り揃えられた顎鬚を触りながら寂しそうに呟く。
「ホント、毎日よく来るよな。そこの兵士さんもご苦労なこった」
メアリーはニヤリと笑いながら奥で待機している兵士を見た。
「おかげで、いつ来るのか分かっちまうよ」
彼女は見下すように壁に寄りかかる。
それを聞いて、シルバーは軽く肩をすくめてから鼻で笑った。
「だが、今日は忘れていたのではないか? 先程まで声が聞こえたような気がするぞ」
言いながらシルバーは鉄格子の窓を睨む。
隠れていたキャリーに緊張が走る。
ドキッと心臓が揺れる恐怖を感じた。
バレてない。
バレてないはずだ……
自己暗示をしながら精一杯、壁に張り付く。
彼はしばらく、外を見続けたが視線をメアリーに戻した。
「すまない、今日はいい天気なものでな。君にも見せてやりたいよ。」
皮肉を言ったのだが、メアリーは答えてはくれなかった。
しばらく間を空けて、シルバーは長いため息つく。
「気持ちは変わらないのかね?」
その問いにメアリーは紅い目線をそらす事なく答えた。
「あぁ、あんたもあたしの事、知ってるだろ、ジジイ?」
老人は目線を檻の境界線にまで落としてから後ろの兵士に尋ねる。
「この檻も長い事使っているな。君、ここの鍵はどこに?」
兵士は敬礼とハキハキとした口調で答えた。
「ハッ、鍵は自分が肌に離さず持っています」
「そうか、ありがとう。メアリー今日はこの辺で、お暇させてもらう」
老人はスタスタと廊下に出て行く。
兵士も後を追って部屋を出ていった。
誰もいなくなった牢屋に、ただ一人取り残されたメアリーは光がさす鉄格子を見上げる。しかし、そこにはもう、あの子はいない。
「まったく、あの子ったら……」
一人取り残されたメアリーは、上を向きながらため息を零す。
怪しいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
牢屋にいたメアリーの元にキャリーが来た時、彼女はとてつもなく喜んだと思います。
一人で背負おっていた時に大切な人が声をかけてくれたら胸の内が暖かくなりますもんね。
話は変わりますが、老兵シルバーの声が脳内で土師 孝也さんの低音声になってるんですよ。
スネイプ先生やナルトの角都、この声質がいい。