北からやって来た、筋肉モリモリマッチョマン Lv.1(三話)
荷物を上に運んでいると、突然、大声が聞こえて来た。
「頼もう! こちらで仕事が受けられると聞いて、やって来た! 私に相応しい仕事はないかね?」
突然のことに驚き、置いたばかりの荷物に足をぶつけてしまう。さらに物を蹴ってしまったこと自体に驚き尻餅をついてしまった。
「フッガ!」
情けない声が漏れる。
(誰だ? こんな大声を出すのは?)
倒れたまま、遠い目になる。
どんな人物なのか?
現実から目を背けるように想像を巡らした。
(このうるさい声からして、男で間違いない。掛けてもいい。これで違ったら性転換してやる。んで、どんな男が来たかだが……恐らくは、育ちの良いボンボンだろ? あんな、丁寧な口調、うちの常連では聞いた事もないし、盗賊だってしない……行きたくないなぁ、なんか、めんどくさそうだし。でも、これが僕の仕事なんだし。サボってここが潰れたら帰って来たミラさんにどう顔を向ければいいのやら……てか、そんなことしたら、シルフィードさんみたいだし……よし、行こう)
ムグレカは、体を起こす。
面倒そうな客が来たのだろうなと想像しながら、重い足で階段を降りた。
「こりゃ、たまげた。鳥のモモ肉みてえな、太ももをしてやがる」
「うわぁ、腕にぶら下がれるぞ! すげー」
「何をワシだって! キャリーちゃん今度はワシの腕に乗ってみんしゃい」
「おいおい、無理すんなってじいさん。しっかし、本当に大きな体だよな、何を食ったらそんなにデカくなるんだ?」
「うむ、やはり肉を食べることです。トレーニングをした後に肉を食べると筋肉が喜ぶんですよ! 私の一族は、筋肉こそ全て! 筋肉で、仕上がって来たのです。私も兄も父も体つきは誰にも負けません!」
受付前の広い空間で上半身裸の大男が体を力ませてポーズを作って立っていた。
一瞬、ムグレカは、巨大な石像が配達依頼で置かれているのだと思ったが、あれは人間だと現実を見る。
「どう言う状況?」
首を傾げていると、足元から声が聞こえた。
「二階にいたのかい?」
「支部長……」
声の主は階段の一段目にしゃがみ込んでいたシルフィードだった。
彼は酒瓶を持ちながらニヤニヤと溶けた顔でムグレカを見上げる。
「また、朝から飲んでいるんですか?」
呆れるムグレカに対して涙を流しながら語る。
「そうなんだよ。だって、こないだ、ミラに禁酒しろって言われちゃってさー悲しくて……だから飲んでるんだよ。それより何をしていたんだい?」
二階を指差しながら答える。
「予備の置き場に荷物が溢れすぎてしまって、上に置きに行ったんです」
再び、受付前を見てからシルフィードに尋ねた。
「何があったんですか?」
彼は、思い出し笑いでフフフと笑いながら教えてくれた。
「実はさっき、そこの大男が扉を開けて叫んだんだよ」
「それは二階まで聞こえて来ました」
「うんうん、それでね。用件を話しながらガッツポーズする様に拳を握った途端……面白いことに服が弾け飛んだんだよ! はあははは! 思い出しただけで笑っちゃうよ!」
その後、一部始終を見ていた全員が、大笑いしてしまったらしい。
照れる大男に対して、みんなで囲んで宥めながら素晴らしい筋肉の触れ合いが始まったのだとシルフィードは話す。
「そう言えば、いつ来たんですか?」
忘れる所だったが、支部長は飲んだくれだ。ダメ上司の彼は、当然、朝から来ていない。なら、いつからここにいたのだろう。と思ったムグレカは、眉を顰めながら尋ねる。
シルフィードは、満面の笑みで答えた。
「さっき! あの男の後ろから入って来たんだ」
悪びれない彼に対して、怒りを通り越して呆れてしまう。
「あっ、戻ってきた!」
キャリーが階段から降りて来ていたムグレカに気づく。
彼女は近づいて、大男を指差しながら話す。
「あいつが仕事探してるんだ、何かいいの紹介してやってくれ」
大男は、楽しそうに冒険者や依頼人たちに囲まれていたが、こちらに気づく。
ゆっくりと近づく巨大は、熊の様に大きかった。しかし、肌は白く、髪は黄色をしていた。
彼は言葉を見失ってしまったムグレカの前に立った。
「初めまして、私は北の国から来ました。ダイン・カメネフと言います」
ゆったりとした綺麗なお辞儀だった。見惚れてしまったムグレカは、ハッとなり、どうも、どうもとこちらも頭を下げる。
ダインと名乗った男は、ここに来た用件を話し始めた。
「先程、そこのキャリーさんにお話ししたのですが、今、旅の路銀がそこをつきそうになりまして、ここに来れば、報酬のいい仕事を受けられると聞き、やって来たのです」
「なるほど」
(話し方はとっても普通の人だと感じさせる。
話し方は……)
ムグレカはもう一度、ダインの足先から顔を見た。
(この人が望むような依頼なんてあるのか? 今残ってるのは、Lv.1程度の簡単な仕事だけで、多分、報酬の良いものはなかったはず……)
「と、取り敢えず、いくつか、依頼書を見せますので、受けたい依頼を選んで下さい」
「うむ、そうさせていただく!」
こくりと頷く。
「その前に……」ムグレカは、案内する前に口を挟んだ。「何か上着を羽織ってくれませんか?」
ダインは困った顔を浮かべて肩をすくめる。
「すぐ破れてしまうんだ、もう変えも持っていない」
「じゃあ、あたしが替えの服、買って来ようか?」
「いいんですか? あっでも今はお金がなくて服が買えるか……」
ポケットから袋を取り出す。大きさの割に中身が少なくぐったりと萎れていた。
この量だと服を買えない。せいぜい、串焼き程度だと誰もが分かる。
「報酬が少し減りますが、こちらで用意しましょうか?」
「いいんですか!」
顔を近づけて目を輝かせるダイン。威圧感がすごい。
服を着てもらわないとぴくぴく揺れる筋肉がやかましくて、たまったもんじゃない。
それでいいと言われたので、ムグレカは、キャリーに頼んで大きな服を買って来てもらった。
キャリーが選んだのは、大きなサイズのシャツだ。古着屋さんで一番大きいサイズで、安くてダインに似合いそうだからという理由で選んだ。
さっそく、試着してみる。
太い腕がギリギリ袖を通ったが、今にも張り裂けそうだった。
頼むから力まないでくれよ……とムグレカは心の底らか願ってしまう。
ダインは受付所の前に立って、今ある依頼を見せてもらった。しかし、お眼鏡に適うものはなく、ため息をこぼす。
「屋根の瓦修理に、壊れた時計の歯車作り……どれも私の得意分野じゃないな……と言うか、こう言う仕事もここに集まるのですか?」
屋根の瓦修理や歯車作り、どちらも大工の人がやりそうな物だが、ランサン郵便にも依頼が来る。
「えぇ、まぁ、色々と事情があってうちに頼んだりするそうです。単純にお金がないなど、そう言った些細な理由だと思いますよ」
ムグレカは答えてから別の案を紹介した。
「少々、お時間が掛かりますが、配達の依頼はどうでしょう? 一つ一つは、そこまで高くなかったりしますが、数だけはあるので」
配達の依頼と聞いた瞬間、ダインはまさしくそれだ! と叫んだ。
同時に胸のボタンが弾け飛ぶ。
ボタンは真っ直ぐ飛んで、ムグレカのおでこに直撃、強力なデコピンを食らった様な痛みだった。
あまりの痛さに、彼は頭を押さえてしゃがみ込む。
横で見ていたキャリーが驚きながら心配する。
「ボタンが一つ弾けた! ムグレカ、頭、大丈夫か?」
「その言い方だと、頭おかしい人になるのでやめて下さい。ツッー平気です。大丈夫です……」
腕を前にオドオドとさせながらダインは謝罪する。
「すまない、大胸筋に力が入ってしまった。怪我はしてないかい?」
「へへまぁ……」
ムグレカは、黙り込む。なぜなら、ダインの取ったポーズが、ファイティングポーズの様で、このまま襲われるのではと思ってしまったからだ。
「襲いませんよね?」
「何を言っているんだい? まさか、本当に頭がおかしく……」
「いいえ違います」
ムグレカが食い気味に言った時、ランサン郵便の扉が開いた。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
いろんな作品に出て来るマッスルキャラ、あれが書きたくて書いちゃいました。
正直、読み直して思ったのですが、今までで一番ラノベっぽいのやってる気がする。
暴力は人を泣かすが、筋肉は人を笑顔にしてくれますよね。腹筋崩壊太郎とか、あんな風に書いていきたいです。
支部長のシルフィードは前回の活躍がどこに行ったのか? 腑抜けてますね。
まあ、飲んだくれのシルフィードと呼ばれてますからね。
仕方ない……あとでミラさんに叱られそう……
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