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洗濯稼業は、ノイズがやまない Lv.1(六話)

 洗濯屋を後にしたキャリーは、橋を渡っていた。途中、男とぶつかったが、相手は舌打ちをするだけで、何も言わずどこかに行ってしまった。


 ぶつかってしまったのは、キャリーの方で謝ろうと振り返ったが結局、近寄りがたい雰囲気に謝らずに負けて橋を渡り切ってしまった。


 申し訳なさで、時間を少しだけ戻して、ぶつからない様に出来たらと頭を抱えながら歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。


「助けて……助けてくれ……」


 キャリーは、ゾッと背筋が凍る。いつの間にか、日陰で暗い路地を歩いていた。

 ジメジメして、川の苔臭いに匂いがする。


 身構えながら、声のする方を見ると……

 怪我をした男が座り込んでいた。


「キャリーちゃん、ちょっとばかし、肩を貸してくれないか?」


 男は、キャリーの事を知っているらしい。


「誰だ、おっさん?」


 だが、キャリーの方は、心当たりがなかった。


「ひどいなぁ、キャリーちゃん、僕だよ。ぼーく、シルフィードだよ。覚えてるでしょ?ブリッジランドであったでしょ? え、まさか覚えてない?」


 男はキャリーを見上げながら、苦笑いする。

 キャリーとあったのは、彼女が小さい頃だから、ミラよりも印象に残ってないのかも知れない。

 あまり話さなかったし、男の自分は、ミラよりも影が薄いからな……と諦める。


 シルフィードと名乗った男は目を閉じてため息を吐いた。


「覚えてるよ」


 男は思わず顔を上げた。


「飲んだくれのシルフィード、ミラ姉がいつも、そう文句を言ってたから」


 悪意なき満面な笑顔を浮かべるキャリーに、そんな風に覚えられていたのかとシルフィードは辛辣すぎて顔を落とす。


「忘れられていなかったのは、嬉しいけど……あと、僕はまだ、おっさんじゃないよ。ミラと同い年だからね」


 ぶつぶつと彼はいう。


「というか、心配はしてくれないのかい?」


 顔を上げながら腫れた瞼を親指で指しながら聞く。


「どうせ、酒と変な店行って女の人に甘えてたんでしょ? ミラがよく言ってたし」


「ミラめ、裏では言いたい放題だな。まーいいや。いや、弁解だけさせてもらうけど、借金してまで、遊び呆けてる人間じゃないよ僕は。どちらかと言うと羽振りはいい方だ」


 鼻を伸ばしながら、自分の言葉に頷いていた。


「じゃあ、誰にやられたんの?」


 特に触れず聞きたい事を聞いた。


「まあ、簡単に言ってしまえば、ごろつきだね」


「そうなの? シルフィード、魔法は使わなかったの?」


 キャリーが聞くと、彼はあっと声を出す。


「まさか、杖を無くしたの?」


 恐る恐る尋ねるが、すぐに首を振られた。


「いや、逃げる最中に囲まれて、殴られて落とした事を忘れていただけだ。安心してくれ、すぐに……ほら戻ってくる」


 手のひらを前に向けてから、手首を返す。すると、不思議な事にいつの間にか、短い棒状のものがシルフィードの手元にあった。


 彼は、これをつまんで、キャリーに見せつける。

 呆れたとしか言えない、キャリーはため息をつく。


「安心してくれ、機密書はすでに届け先に渡したよ。今は……」口籠るがすぐに開く。「動くのが面倒で、休んでた所」


「……」


 バゴン!


 突然、背後で爆発音が響く。


 振り返ってみると川の方に巨大な氷山が出来ていた。

 周囲の人々が口々に何だ何だと騒ぎ出す。

 キャリーもまた、目を見開いて見ていた。


「これは驚いた」と落ち着いた口調で彼女の後ろで氷山を眺めるシルフィード。


「あれは恐らく魔法で出したものだ。微かに魔力を含んでるね。いやー、あれはすごいね。まだ洗練されてないけどすごい質力だ。誰かは分からないが、将来優秀な魔法使いになれるぞ」


 呑気に喋るシルフィードだが、少し黙ってから真剣な顔で言った。


「だけど、あれはまずいな。氷の形成がとても不安定だ。キャリーちゃん」


 名前を呼ばれすぐに振り返る。


「周囲の住人の避難を、僕も後を追う。出来れば……」


「岸の向こうに住む人たちでしょ? 分かってるよ。でも、早く来て」


 キャリーは、前を向いて消えてしまった。


 あっという間に消えたのでシルフィードは、呆気に取られていたが、すぐに我に返ってああ、と呟いた。



 

 キャリーが駆けつけると洗濯屋の舟に大きな氷山が出来ていた。


 空に打ち上げられた人たちが何人かいる。

 助けに動こうと思った時、舟のふちで呆然としゃがみ込む人を見つける。


 スノーだ。


 彼女は、何かを抱えて氷山を見上げていた。


 ピキッ、嫌な音が聞こえる。


 見ると氷にヒビが割れて、塊が二人の元に落ちていく。


「危ない!」


 キャリーは、数歩後退りをして、助走距離を確保する。瞬きの一瞬で橋から舟に向かって跳んでいた。

 舟に飛び乗ると流れる様にスノーを抱え、安全な場所まで逃げる。


「大丈夫?」


 彼女の顔を見て聞くが口をぽかんと開けるだけで返事がない。

 仕方なく、大丈夫そうか、簡単に体を確認してみる。


「うん、特に怪我してないね……ノイズ? どうしたんだよ、その怪我! 酷い怪我じゃないか! て言うかなんでいるの?」


 スノーの心配をしていたキャリーだが、手に乗っかったノイズに気づく。

 久しぶりの再会が、まさかこんな所でなんて、夢にも思わなかった。


「おう、久しぶりじゃねえか、キャリー」


 ご挨拶しようと手をあげた時にはキャリーはいなかった。

 彼女はすでに空に飛ばされてしまったごろつきを捕まえてそばに置いていた。


「ちょっと待て!」


 また、どこかにいく前にノイズは呼び止める。


「そいつらは悪い奴だ! オレ様たちと一緒にしないでくれ。目覚めたらどうするんだよ?」


「え、そうなの? どうしよう……」


 この人たちを別の場所にどかうつすにしても、縄を探してきて縛るにしても、少し時間がかかる。

 こうしてたら、他の人が地面に落ちちゃう。


 ごろつきと空を交互に見てあたふたするキャリー。

 自分が予定してた動きに別の要求を入れられてどうしたらいいか、分からなくなってしまった。


「キャリーちゃんは、そのまま人命救助を!サポートは僕がやる!」


 橋の向こうから声が聞えた。

 そこには、シルフィードが立っていた。


 彼は顔を手で隠していたが、すぐに退かすす。

 摩訶不思議なことに腫れていた目は治ってしまっていた。


 杖をリズムよく揺らした。


「ルー、ルー、インボウベレ」


 どこからともなく縄がキャリーの足元を蛇の様にすり抜け、ごろつきにぐるりと巻きついた。

 これを見たキャリーは、一安心だと、シルフィードの方を見る。


 すぐに人命救助を再開した。


「さあ、少し本気を出そうか」


 シルフィードは、杖を握り直す。すると、どこからともなく風が彼の周りに吹き荒れる。


 橋からでは、氷山の向こうは見えない。そう思い、風を足元に固め、バネが伸びる様にシルフィードは飛んだ。


 氷山の奥が見える屋根に飛び乗るとキャリーが、飛ばされた人を助けようと氷山のわずかな、とっかかりを使って駆け上がってるのが見えた。


「キャリーちゃん、足場を追加してあげる!」


 渦を巻く様に杖を回す。杖の先にはキャリーが飛んでいた。

 彼女もシルフィードの声が聞こえ、目が合った。だから飛んだのだ。

 飛び降りた先に空気が渦を巻いているのが見える。


 キャリーは、渦の中心に着地した。


 舟の上よりも不安定だが、しっかりと踏みしめて、遠くに飛ばされてしまった洗濯屋の子の所まで飛んだ。

 しっかりとキャッチして足を伸ばす、その先にまた足場があった。


 シルフィードがいくつもの足場を用意していたのだ。


(全く、相変わらず早いな。次どこに行くか分からないよ……)


 足場を作ってキャリーの手助けをしている彼だが、キャリーが足場を踏み外さないか内心ヒヤヒヤしていた。


 救助に専念していた二人に思わぬハプニングが起こる。

 魔法に長けたシルフィードだけは、予期していた事の一つかもしれない。


 氷山は、粉々に崩れ落ち始めたのだ。

 地面に着地して掴んだ人たちを下ろしていたキャリーは振り返り目を見開いた。


 このままでは、建物に被害が及ぶ! 


 どうにかしなきゃと思った。その時、白銀の刃が氷を粉々に切り裂いていった。

 現れたのは、切り揃えられた顎鬚を生やした老人だった。


 屋根の上に着地した彼は、細長い剣、レイピアを鞘に戻していた。


「一体、何の騒ぎかね? これは?」


 キャリーに助けられた人々は顔を上げて、目を輝かせながら名を叫んだ。


「シルバー様だ!」


「シルバー様が助けに来たぞ!」


 シルバーは、こっちを見る。


 神を崇める様に自分を見つめる者たちの姿だけがそこにあった。

 今、あの男に会うのは嫌だ。キャリーは咄嗟にその場を逃げ出してしまっていた。


 シルバーとは、直接関わったわけではないが、顔を見ただけで、はらわたが煮え繰り返りそうだ。

 キャリーは、陰に隠れながらジッと讃えられてシルバーを眺める。


 気づかない内に自分の腕を掴んで爪を立てていた。


 シルバーは、バシレイアの川に氷の大粒がいくつも浮いている光景を眺めながら事の経緯を知りたいと願っていると一人の男がヒョヒョイとやって来た。


「これはこれは、シルバー様じゃないですか」


「君は?」


 シルバーが尋ねると男はすぐに答える。


「ランサン郵便協会バシレイア西部担当、支部長のシルフィードです」


 厄介そうな男だと一瞥する。


「君は、この状況を説明できるのか?」


「えぇ、すぐに話せます。ですが、ここでお話しするのはまずいので、他の場所でお話ししましょう」


 シルバーは、嘆息を吐く。


「よろしい、ここが落ち着いてから、聞かせてもらおう」


 そう言って周囲の状況を確認のために下へ降りていった。


 シルフィードもまた、キャリーを呼びに屋根から飛び降りる。


 キャリーとシルフィード、そして、シルバーが被害を抑えてくれた為、駆けつけた兵士のルークは、周囲の状況を記録する事に専念していた。


「洗濯屋の舟は、しばらくはお休みかな。うちも結構頼んでたからな、早く復旧してくれると良いんだが……」


 壊れた舟を眺めていた。ふと、川に黒い影が映る。

 覗いてみるとそこには、大体、六十歳ぐらいのお婆さんが吹き上がってきた。

 急いで引き上げる。


「痛いじゃない、もう少し丁寧に引き上げなさいよ。そもそも、レディの脇を触るなんて変態よ! へ・ん・た・い、気持ち悪い」


 引き上げる力が抜けてゆっくりと戻した。


「何戻してるの? バカなの? ねえ、引き上げなさいよ」


 なんだ、このガミガミオバさんは、うちのお袋よりうるさいぞ……

 困りはてた兵士を横目にシルフィードは笑ってしまった。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

支部長のシルフィードが出てきましたね。ヘラヘラした上司キャラってなんか愛着湧きますよね。

 キャリーとシルフィードの二人が頑張って救助したのですが、最後に全部シルバーさんに持ってかれてしまった……

あの二人の素早い動き書いてる時も読み返した時も自画自賛してました。

 駆け抜けるシーンはなんだか楽しいです。

「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、

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