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洗濯稼業は、ノイズがやまない Lv.1(五話)

 スノーは、一息置いてから舟に上がり、洗濯板を持って、洗い場にしゃがみ込んだ。

 鞄を石鹸が溶け込んだ水に浸してよく馴染ませる。

 すすぎをしたと言っても、表面だけで繊維の間にはまだ汚れが詰まっていた。

 少し浸しただけでも、茶色い汚れが滲み出てくる。


「すごい、まだ、こんなに出てくるなんて……」


 驚きと同時に後処理の事が頭によぎった。

 桶の水を川に流して、舟から降ろす。そしたら、水を並々装って、また、舟に戻さなくてはならない。

 この作業が重労働でスノーはとても嫌いだった。ならなぜ、ここで働いているかと言うと、すぐに雇ってもらえたらかだ。

 先に待ち構える面倒ごとに思わずため息が溢れる。


「どうしたんだ? ため息をついて、そんなんじゃ、その鞄が洗い終わるのは、夕方になっちまうぞ、スロー」


「誰がのろまのスローですか? 私の名前はスノーです……え!」


 作業している横を見ると、怪我をした鳩がやれやれだぜと肩をすくめながら、立っていた。

「やれやれだぜ、しけたパンに文句を言おうと思ったんだが、お前さんのつまらなそうに働く顔を見ていると、何もかもどうでも良くなっちまうな。みやがれ! 周りの女達を! みんな、リズムよく、楽しそうに、やってるじゃねえか!」


 ノイズは、まるで演説者の様にウロウロと歩きながらスノーに話しかける。


「どうしてここに?」


 尋ねずにはいられなかった。


「さっきも、言っただろ! お前のパンが不味かったんだ! 食わされる身にもなってみろ クロー」

「あら、可愛い鳥ね」


「本当だ、それによく喋る鳥よ!」


 気づけば、周りの人達が集まっていた。


「あなた、お名前は?」と聞かれれば、あの長い名前を長々と語ってみせた。


「俺様の名前は、ヒル・エクシード・ラインスルー・ナインバード・九十九世・パーフェクト・ハイパー・いちいち・うるさい・私の仕事の邪魔をするな! 騒ぐな! えーい、そんなに名前が欲しいならくれてやる! 今日からお前は、ノイズだ! 私の仕事を邪魔するバカは二人も、三人もいらないんだ。あと、あなたはいちいち小言がうるさい。もう一度言うは、耳の穴をかっぽじって、よく聞きなさい。お前の名前は、ノイズだ! 分かったら黙れ! と言う訳で、オレ様の名前はノイズだ」


 名前を聞いた彼女達は、おかしな名前とくすくすと笑う。

 ノイズは、そうだろ、そうだろと頷いていた。

 そんな風に彼らがだべっているとドカドカと足音が近づいて来た。


「なんだい、なんだい、騒がしい。あんた達も洗ったもんはちゃんと干したんだろうね?」


 ガミガミオバさんのセーラがやって来た。

 セーラは、みんなの中心にいるスノーを見るなり眉を顰めて、深いため息をついた。


「まーた、あんなかい? 学習しないね。いい加減にしないとクビにしるよ!」


 これは誤解だ! とスノーは首を振る。


「いいかい、あんた達黙って仕事をするんだよ。うるさ過ぎて最近苦情が来るんだい。人様の眠りを妨げるなんて、常識的に考えてダメなんだよ。常識的に考えて!」


 また、これだ……と舟にいる全員が思った。

 この人が来ると楽しい仕事も一気に白けてしまう。

 大体なんなのだろうか、このオバさんは、長い間、ここで働いてただけで、社長でも、リーダーでもない。ただ、我が物顔で、指示を出す。うるさい人だ。

 文句を言えば済む事だが、ただでさえ疲れる洗濯屋と言う仕事に、白けた気持ちになってしまえば、やる気もなくなり面倒になる。

 そんな風にみんなが暗い顔を浮かべる中で一人の声が上がった。いや、一羽の声だ。


「こんな、時間まで寝てる奴が馬鹿なだけだろ? 常識的に考えて」


 文句を言う者がいないと思っていた彼女達は一斉に、声のする方を見る。

 そこには、怪我をして羽に包帯を巻きつけた一羽の鳩が首を傾げてセーラを見ていた。


「なんだい、この喋る鳥は?」


「オレ様の名前は、ヒル・エクシード・ラインスルー・ナインバード・九十九世・パーフェクト・ハイパー……」


「名前なんざ、聞いてないんだよ! 誰が連れて来たんだい?」


 自己紹介を遮られて、ノイズは眉を顰める。


「はー? このバァバ。人……いや、鳩の名前も聞かないのか?」


 スノーに耳打ちをする。


(普通は、鳥の名前なんていちいち聞かない気がする)


 スノーは、内心思った。


「スノー、まさか、あんたのペットかい?」


「え?」


「誰が、こんなアホのペットだ!」


 自分は関係ないと思っていたスノーは、思わず顔を上げた。


「ち、ち、ち、ちが……違います!」


 まずい、このままでは、クビにされる。


 スノーは、必死に弁解の言葉を探した。しかし、頭を働かせようとすると逆に頭が真っ白になってしまう。


 このまま、クビにされたら、貯金していたお金と我慢して働いた今までの努力が消えてしまう。水の泡だ。

 そもそも、あの人に権限はないけど、発言力だけはあるのだ。だから、言いふらされたら、周囲の人からは、クビになった人と思われる。スノーは、それが嫌だった。


 セーラが口を開きかけた時、もうダメだと思った。しかし、彼女の発言をとめてくれる者がいた。


「彼女は悪くないですよ。セーラさん。この鳥は、勝手にやってきただけです」


 肩を叩かれたセーラは思わず振り返る。ものすごい形相だった。しかし、すぐに顔色を変える。


「まぁ〜マヌーさん! どうして?」


 振り向いた彼女は、さながら、恋する乙女、マヌーと呼んだ男の手に擦り付いた。


「こんなところを見られるなんて、恥ずかしい! ごめんなさい、はしたない姿を見せてしまって」


 舟の上にいたセーラを覗く女達が全員冷めた顔を見せている。ノイズも真似して眉を顰めた。


「気にしてませんよ。セーラさん、あなたがちゃんとやっているのは、周りの人が見てますから」


 頬を指でなぞる様にして、微笑んだ。

 男は、少し距離を置く。

 セーラは名残惜しそうに腕を掴んでいたが、相手の距離に合わせる


「実は、ある生き物を探していたんです」


「あら、一体どんな生き物なの? 良ければ、力になりますわよ」


 距離を置かれた事に気にとめずニコニコと笑うセーラ。


「それは、よく喋る鳥です。ちょーどあんな風に」


 男はノイズを指差した。

 一瞬驚き、すぐに知らんぷりに鳩だと装ったが、口が滑ってしまった。


「お、オレ様は、ただの鳩だぜ! ど、どこにでもいる鳩だ。なぁ、なぁ」


 周りに共感を求めようとしたが、それ自体が悪手だった。

 スノーも周りにいた女達も頭を抱える。


「まぁ〜ちょうど、うるさい鳥にみんな困っていましたの! スノーその鳥をこちらに渡しなさい」


 笑みを浮かべて指図するセーラ。

 明らかに怪しい男を前に、洗濯屋の彼女達が間に入る。


「さっきからなんなの? バァバ」


「はい?」


 突然、投げられた暴言に目を丸くする。


「本当、話を聞いていれば、あなた何様なの? 別にあなたは社長でも、ここのリーダーでもないでしょ? ただ、ぐちぐち、ガミガミうるさい、オバさんよ」


「なんですって?!」


 そうだ! そうだ! とやじが飛び始める。


 顔を真っ赤にさせたセーラは、今にも爆発しそうだったが、我に帰って、男の方を見た。


「ごめんなさい、ちょっと待ってて、やっぱり、部下に任せるのは、間違ってたわあははは……」


 苦笑いを浮かべる。


「チッ」


 不意に男が苦い顔を浮かべ、舌打ちをする。


「いいですよ、別に。あれじゃあ、あんたが行ったところで、取らせてはもらえないだろう」


 男の突然の態度の変化に一同唖然とする。


 一番動揺したのは、他でもない、セーラだった。


「どうしたの? マヌーさん、急に口調なんて変えて……」


「うるせーんだよ! バァバ!」


 男は頭をかきながら深くため息をつく。


「あんたが洗濯屋のお偉いさんだって言ってたから、穏便に済まそうと思ったが、そんなんじゃない、でしゃばりのオバさんだったとはな。もういい、おい、上がってきていいぞ!」


 男がそう言うと、ゾロゾロと武器を持った、男たちが上がって来た。この洗濯屋の舟に似つかわしくない、小汚い服を着た彼らは、職員たちに刃物を近づける。


「ちょっと、降りてもらおうか」


 何が何だか、スノーには状況が掴めなかった。

 刃物を向けられてはなす術なく、大人しく従うしかない。

 ぞろぞろと舟を降りる中でスノーだけが取り残された。


(一体なぜ、私だけ残されたの?)


 そう思いながら、最初に乗り込んできた男の方を見た。

 男はこちらに気づいて、貼り付けの微笑みを向けてきた。


「すまない。君には、この後、聞かなきゃいけない事があるかも知れないんだ」


 だから、静かにしてろ。そう言わんばかりに冷たい目をしていた。


「おい、はなせ! イタタタタ! 傷が開くだろうが!」


「兄貴、こいつは、何も持ってません」


 ごろつきの一人が、ノイズの首を掴んで足を見る。しかし、足には何もついていなかった。

 男はため息をついて、立ち上がる。

 歩いて、スノーの前に立った。

 ゆっくりと肩に乗せて力をかける。


「お嬢ちゃん、こいつが持っていた手紙を知らないか?」


 スノーは、自分の心臓が激しくなり響くのを感じる。

 今にも頭が真っ白になって倒れそうだった。

 彼女は、勇気を出して正直に答える。


「知りません……」


「そうか……」


 男が頷く。


 スノーは、ほっと肩の力が抜ける。次の瞬間、痛みと共に視界が横に向いた。

 後の方からヒリヒリと痛みを感じる。


「え?」


 訳がわからず声が漏れた。


「知らない訳ねぇだろ! 今朝、お前がコイツを川から拾い上げているのを俺たちは見ているんだ! お前はこの鳥が持っていた物を持っているはずだ!」


 男はものすごい形相で騒ぐ。


 頬を押さえながら、スノーは、男を見る。


「さぁ、吐け。この鳥を持っていた物をどこにやった!」


「……」


 恐怖で何も答えられなかった。そもそも、正直に答えたのに聞いてもらえない。


 どう答えたらいいのか?


 一生の終わりだとスノーは、遠くを見つめる。


「吐かねえなら、仕方ない」


 男が握り拳を作り高く振り上げる。


「もう少し痛い目に合わせてやる」


 ノイズは、二人の話を聞いて、見ていた。


 自然に生きる鳩であるノイズは、恐怖か、度胸があるのかなんて、一目でわかる。

 彼女はビビりまくって動けてないんだと。

 何とかしないと、何の罪もない、何も知らない奴に怪我をさせてしまう。


 一瞬、飼い主の顔が浮かんだ。長い金髪を後ろで一結びして、肩にかける女性。

 彼女は、細いフレイムのメガネをかけ直して、ノイズを見下す。

 眉を寄せて、ゴミを見る様な目でこちらを見ていた。

 飼い主は、深いため息をつく。


「こんな事も出来ないのか? 口だけは達者で他はできないのか? そうか、ゴミだな」


 ゴミだな……?

 ゴミか……?

 ゴミ?


 その言葉が頭に響き渡る。


 ノイズにとって、ご主人に認められるのが存在価値だ。もし、本当にそんな事を言われてしまったら、生きていけない。


 いっそ、このまま川に溺れてしまいたいぐらいだ。

 もしくは、下手くそな料理人にメチャクチャにされて、魔物の餌にされたい気分だ。


 そんな風に言われたくない!

 絶対に言われたくないのだ!


 ノイズは、首を動かす。


「逃げる気か、バカめ! しかり捕まえているんだ。諦めろ」


 ごろつきがニヤニヤと笑う。

 バカは、お前らだ!


「逃げるのではない。反撃の一撃を貴様に喰らわせるための秘策だ!」


 ノイズはほんのわずに動く首を素早く揺らし、口ばしを毛深い手に突き刺した。


 男は、思わず叫び声をあげて手を離す。

 傷のせいで高くは飛べないノイズだったが、死に物狂いで羽を駄々つかせる。


「てめーら! 機密文書はオレ様のはらわただ。すっとこどっこい、このマヌケがぁ、悔しかったら捕まえてみろ。ばーか!」


 ノイズは、煽りちらし、男に近づきフンを落とす。


「てってめ! 俺の服に! 許さねえ」


 手を伸ばすのをノイズは、うまくかわす。


「くそ! おいババア! コイツを捕まえるのを手伝え」


 男は、まだ舟に残っていたセーラに命令をする。

 だが、彼女は顔を真っ赤にしてヒステリックに叫び出す。


「はぁー誰が、ババアだ? あたしゃは、まだ、六十だ。お店に金入れてやってる恩を忘れたのかい?」


「何だと⁈」


 男は、動きを止めてセーラを睨みつける。


「いい加減にしろよ! 文句があるならとっととどっかいけ、てめぇみてえな奴を見てるとイライラするんだよ! ガミガミうるさいところがよ!」


 二人はいがみあい、すぐに顔をひっぱり合うように争い始めた。


「なにおー!」


「邪魔すんじゃね! バァバ!」


 これは好奇かも知れない。


 スノーは、ノイズを手招きした。

 川に飛び込んで逃げようとする。だが、ノイズは色んなことに口を挟みたくなる性分だった。


「六十は、ババアだろ?」


 ごろつきの手から逃れるノイズが口を挟んだ。

 一瞬、場が静まり返る。


「ふざけんじゃないわよ!」


「まずはこいつを捕まえてからだ! お前らも手を貸せ!」


 一斉にノイズを捕まえに駆け出す。

 ノイズを捕まえようとする手の数が何倍にも増えた。


(何をやっているんですか! 

 あなたは、馬鹿なんですか?

 あのまま二人が争っていれば、混乱している隙に逃げられたじゃないですか!)


 スノーは、声にならない叫びを上げる。


(と、とりりりあえず、ノイズをた、助けないと、ととと、ででないと、情報を持っていなかったら、尋問をされるし、逃げられたとしても、本来手紙が届くはずの人からの魔の手が来るかも知れない!)


 スノーは、どうにかしなきゃ。その事だけが頭をよぎる。


 どうする? どうする?


 そんな時、騒がしくなる舟の上で、スノーは、打開策になり得る可能性を見出した。


 スノーが魔法を学びたいと思ったきっかけは、ある少年との出会いである。

 白髪に毛先が松の葉の様に緑で同じ目の色をした少年が、うっすらと透明な花を持っていた。その花は、脆く摘もうと指を近づけただけで砕けてしまった。


 砕けた結晶になった花は、冷たくひんやりとしている。


 スノーは、ずっとそんは風に、彼みたいに繊細で、美しく魔法を操りたかった。ずっとずっと、本を読んで出せる様にしていた。

 もしかしたら、ノイズを助けられるかも知れない。


 スノーは、ただ手のひらから冷たい粉雪が舞えば、ノイズは逃げられると思った。


「雪よ、氷よ、我に力を!」


 叫びながら手のひらを払う。

 物凄い音と共に地面が揺れる。

 スノーは尻餅をついてしまった。


 目を開くと目の前に鳩のノイズが、ぐったりと倒れていた。

 傷が! と思い、彼を拾いかげる。

 傷が少し開いてしまって、血が滲み出てたが、彼はまだ暖かく生きていた。しかし、辺りが肌寒く感じる。なぜか。


 スノーは、前を見た。そこには、巨大な氷の山が立っていた。

 あまりにも大きく、国の城壁を遥かに超えている様に見える。

 氷から微かに魔力を感じる。スノーは瞬時にわかった。


 これは自分が出したのだと。

 あまりの大きさに彼女は、度肝うぬかれ、白目をむく。


「お、おい、大丈夫か?」


 ノイズが声をかけるが返事がない。


 パキ……


 高く聳え立つ氷の壁にヒビが入る。そして、次の瞬間、壁は崩れ始めたのだ。

 氷は、まっすぐ二人の元に落ちてゆく。


「危ない!」


 間一髪、当たる瞬間、雷の様に早くキャリーがスノーとノイズを抱えかげる。そのまま、安全な所まで運んで行った。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

この話で「常識的に考えて」て、言葉をなんだか使ったんですけど、正直、常識ってなんだろと迷走しかけました。

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