洗濯稼業は、ノイズがやまない Lv.1(四話)
徹夜明けに燦々と照らす太陽はキツいと思いながら、スノーは、足を器用に動かしていた。
「こんな事ならちゃんと寝ればよかった……」
毎度、毎度、懲りずに起きてしまう。その度に、毎度、毎度、後悔と反省を繰り返している。これが何度目かなんてもう、覚えていない。
「寝てないの?」
「はい、ちょっと、本を読みすぎて……」
(仕事中に話しかけて来るなんて、誰だろう?)
スノーは、思ったが特に顔を上げることは、なかった。むしろ、上げるのも辛い。
「ちゃんと寝ないとダメだよ」
「分かってます。でも、ついやっちゃうんですよ」
「そんな遅くまで何やってるの?」
「本を少々……」
きっと、踊り疲れた姐さんが暇を持て余してちょっかいをかけに来たんだ。そう思ったが、声的に自分より幼く感じる。
その後も、相手は話を振ってくる。
「今、何してるの?」
「見ての通り、洗い作業です」
「ふーん、簡単そうだね」
「簡単なわけないですよ。指を使って汚れを擦ったりしないといけないんですから……そういえば、あなた、どこで働いてるんですか?」
質問に答えてたスノーだが、明らかに洗濯屋の仕事を知らない人だと思い顔を上げた。
目の前には、綺麗な金髪に、興味津々に足元の洗濯物を見る黄色い瞳をした少女がいた。
以前、お爺ちゃんへの手紙を届けてくれた少女がそこにいた。
「……」
「……」
「えぇぇぇ!」
目があってしばらくしてからスノーは、叫びながらひっくり返る。
「うわぁ! 大丈夫?」
あまりの出来事にキャリーは、近づいて顔を覗かせた。
「やっと、気付いたのね」
「全く、仕事熱心なのは、良い事だけど、お客さんには、気づかないとね」
リズムに合わせて、洗濯物を踏むのをやめて、眺めていたスノーの姐さんたちは、くすくすと笑う。
「ど、どどどどうして? こ、こここ……」
どうよしながら、ズレた眼鏡を直す。
「落ち着いて、鶏みたいになってるよ」
どうどうと落ち着く様にキャリーは宥める。
「ここで、鞄を洗濯してもらえるって聞いてやってきたんだ」
「依頼でしたら、受付で……」
舟の先端の方を見るとくすくすと面白そうに笑うスノーと同い年ぐらいの女の子がいた。
「この子が、あなたの仕事を見てみたいって言うから、そのまま、通したのよ。ついでに、その子の鞄を洗ってあげて、すごい汚れなの。泥落としからやらないと、ガミガミおばさんがうるさいから、気をつけてね」
「……」
「スノー、頑張って」
今にもめまいで倒れそうになる。
スノーは、キャリーを連れて舟を降りた。
「それじゃあ、まず、鞄の中身を全部出して下さい。そしたら、洗い始めるので」
「うん、分かった」
頷いたキャリーは、ローブに、ミンツの入った袋、テントに、鍋、使いかけのマッチに、薪の束……タンスに、ベットかと思えば、石炭に原木、あとよく分からない民族の像など、ただの鞄とは、思えないほど沢山の物を出した彼女は、これで全部だよ。と言う。
「なんですか……この量は?」
あまりの量に目を丸くして聞く。舟の上から見ていた女たちもあらま、と口を開けて驚いていた。
「えへへ、配達のついでに、いらない物も、預かってたら、忘れちゃってた」
何か言おうと口を開きかけるスノーだが、言葉が見つからず、諦めた。
仕方なく、キャリーの鞄を預かって、洗う事にした。
初めは川で簡単な汚れを落とす作業で、鞄を水に浸しながら泥を落としていった。
黙々と作業をするスノーをじっとキャリーは見つめている。
「えっと……そんなに、見られるとやりづらいです」
「あっ、ごめんね。つい見入っちゃてた。あたしも、こないだ鞄はちゃんと洗ったんだけどね。ミラに臭いって言われたんだ」
「そうなんですか? 確かに、泥汚れが鞄のそこにまだ残っていますね。それに少しカビが生えてそうです」
「分かるもんなの?」
首を傾げて聞く。
「まぁ、だいたいは」
「……」
「なっなんですか?」
キャリーがじっと見てくるので、スノーは、チラチラと気になって聞く。
「いや、前に会った時よりよく話すなて」
不思議そうに彼女を見ながら答える。
以前会った時は、会話がままならない程、ビクビクして、つっかえ、つっかえに、話してたのをキャリーはよく覚えていた。
「そりゃ、慣れてない事は不安で苦手ですけど、慣れてる事ならそれなりにできます」
「ふーん」
不思議そうに鼻を鳴らしながら、キャリーは、頬をついてまた、作業を眺め始めた。
(やりずらい! あまり見ないですださい)スノーは、目を瞑りながら、心の中で叫ぶ。
「誰だい? こんな所にデカいゴミを捨てる不届者は?」
川岸でしゃがみ込む二人の背後から怒鳴り声が聞こえる。
肩が跳ねて振り返る。
キャリーが出した荷物をまとめて置いておいた場所に一人のオバさんが立っている。
オバさんは、眉間に皺を寄せて、腕を組んで足を小刻みに揺らしていた。
「だいたい、いつからここは、ゴミ捨て場になったんだい? スノー、まさか、あんたがおいたのかい?」
ギロっと睨みつける。スノーは、思わず体がこわばってしまった。
キャリーは、申し訳なさそうに手を上げながら自分のだと告白する。
「あのーそれ、あたしの荷物です……」
「なんだい? あんたのかい? 引越しでもするんなら、とっととしまい。こんな物あったら、目障りでしょうがない。大体、なんでこんな物をここに置いてるだ」
「それは……」
「そもそも、タンスに机、こんな大きな物、運ばせたんなら、もっとマシなとこに起きなさいよ」
「鞄の……」
「鞄がどうしたんだい? まさか、鞄に入れるとか言い出すんじゃないでしょうね。常識的に考えて、あり得ないでしょ? あなた達もそう思うわよね?」
キャリーに話す隙も与えず捲し立てるオバさん、かと思っていると、舟から見ていた女達に常識を説いてきた。
めんどくさいな、このオバさん。
素直にそう思ったキャリーは、すでに遠い目をしていた。
「セーラさん、その子はスノーのお客さんですよ。そこに置いてあるのは、後で片付けます」
見ていた女の一人が、舟から身を乗り出して答えた。
「そうだったのかい? それなら早く教えなさいよ」
(あなたが聞かないだけでは?)
キャリーは、首を傾げるが、オバさんは、気づかなかった。
「スノー!」
「は、はい!」
「あんた、いつまで濯ぎをやってんの? あなたの仕事場は、本洗いでしょ? 遅れた上に、仕事をサボ
るなら、給料は出ないよ」
「ちが……」
スノーは、違うと言いかけたが、諦めて濯ぎ洗いを終わらせようとする。
「あんた達もだべってないで、働きなさい!」
睨みをきかしたオバさんから逃げる様に、舟から見ていた彼女達は頭を引っ込めた。
気づけば、陽気な音楽は聞こえず、川のせせらぎと、舟の揺れる音だけが聞こえる。
先程よりも静かになったここは、殺風景な場所だと、キャリーは思えた。
離れていくオバさんを見てキャリーは、嘆息を吐いてから、スノーの元に戻る。
「ごめんね。あたしのせいで怒らせちゃったみたい」
「気にしないでください。あれは、いつもの事なんです」
そう言いながら、スノーは立ち上がり、鞄の水気を取ろうとひっくり返す。
別に遊んでたわけじゃないが、中から水が溢れ出る。
まだ、水が溢れ出る。
まだまだ、水が溢れ出る。
滝の様に、まだ水が溢れ出る。
ようやく、終わったかと思った時に魚が一匹、川にぽちょんと落ちた。
「この鞄なんなんですか?」
思わず聞いてしまった。
キャリーは、魚が離れていくのを見ながら、答える。
「友達が作ってくれたんだ。荷物運びに便利だろって」
言われてみれば、大きさ問わずなんでも入るこの鞄は、配達を行うこの子にとって、とても便利だ。
「私は、舟に戻って、洗剤で洗います。えっと……」
なんと、呼べばと思った時にキャリーは察し早く答える。
「あたしの名前はキャリー・ピジュン。あなたの名前は?」
あまりにも早い返しに少し驚いた。
「私は、スノーです。スノー・ドロップ」
「スノー、じゃあ、あたしはしばらく、この辺を散歩してるよ」
両手を頭に乗せてどこかに行こうとするキャリーを咄嗟に呼び止める。
「キャリー……さん、二時間ぐらいしたら、乾いてお介しできると思いますので……えっと、また、来て下さい……じゃなくて、えっと、えっと、そのぐらいに戻ってきて下さい」
泳ぐ目線をキャリーの方に向けて、辿々しくも作業が終わる時間を教えた。
キャリーは、少し黙ったままだったが、すぐにニカっと笑って頷く。
「分かった、大体、そのぐらいになったら戻ってくるよ! じゃ、また後で!」
大きく手を振りながら橋の方へと向かっていった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
キャリーの鞄は本当になんでも入りますね。魚も入るんだあれ……
ガミガミオバさんのセーラ、彼女のモデルは、常識を問いかける嫌いな先生がモデルです。
話す隙を与えず、言いまくるのでイライラしてキャラにしちゃいました。
話を聞かない人は嫌いです。
モデルの方がまだマシな存在な気がしてきた……気もする。
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