洗濯稼業は、ノイズがやまない Lv.1 (二話)
天に光放つ、あるいは、天から降り注ぐ光。神の国、バシレイアの中央に聳え立つ光の塔は、国のどこからでも見える。
バシレイアには、川がたくさんあるが、光の塔から流れ出る大きな川は二つしかない。
一つは、南東から流れ南へと降っていいく。
もう一つは、北西から流れ西へ向かっていく。
北西の川は、街の間を通って、多くの人が毎日使っている。
飲み水に、料理、はたまた花壇の水やりに、そして、洗濯に。
この国での洗濯は、自宅でするか、川沿いに建てられた、洗濯屋に依頼する事が多い。
洗濯屋で働くのは……
「私の様に、上京してきた者か、暇を持て余した、ガミガミおばさんぐらいです。ほとんどが、女性で、あとは私よりも小さな子供が働いていますね」
「なるほどな、こっちじゃ、そんな企業があるのか! いいな、オレ様は、綺麗好きなんだ。でも、ブリッチランドじゃ、そんな事としてたら、生意気な孤児どもにパンツを盗まれちまうよ! ところで、お前さん、名前なんだっか? えーと、お菓子な名前してたよな……」
「えっと、スノーです。スノー・ドロップ」
「そお! そうそう、スノーさんよ、いい話が聞けたぜ。ありがとよ。何せ、こんな真っ昼間のこの国にきた事がなかったからな! ところで、ストーブさんよ、オレ様の傷、あと、どれくらいで治りそうか?」
陽気に話す鳩は、聞いたすぐはちゃんと名前を呼べたのに、すぐに間違えてしまった。
名前をすぐに間違えられた少女は肩を落とす。
ズレたメガネを直しながら、苦笑いを浮かべる。
陽気な鳩に名前を覚えてもらえない彼女の名前は、スノー・ドロップ。
彼女は、バシレイアから西にある、森に、少し前まで暮らしていたが、魔法を学ぶため、お金を稼ぎにバシレイアに一人、上京してきたのだ。
そんな彼女がなぜ、ペラペラと喋る鳩と話しているかと言うと。
時間は少し戻り。まだ、日が出ていない早朝、スノーは徹夜明けで、眠い瞼を擦りながら、顔を洗いに外に出ていた。
川に近づいて、顔を洗っていると、何か得体の知れないものを掬い上げたことに気づく。
頭の上に置いたメガネを下ろして、見てみると、そこには、血まみれでびしょびしょに濡れた鳥がいた。
「キャアアアア!」
スノーは、思わず目を見開き驚いく。
悪運なことに傷ついた鳩を拾ってしまった。
「どどど、どうしよう! 鳥の死骸、気付かずに顔にかけちゃったかも!」
頭を抱えながら動揺して辺りを見渡す。周囲には誰もおらず、シンっと静かだった。
ふと、遠くから声が聞こえる。
「おい、あっちの方から声が聞こえたぞ!」
「もしかしたら、アイツかも知れない! 逃すな! アイツには、そんじょ、そこらの金貨よりも、高い
ミンツが稼げるんだ」
声は、向こう岸からで、橋の方に人影らしきものが何人か見えた。
「ケッケッ、しくじっちまったぜ……は、話す余裕が……」
声がもう一つ。今度は、スノーの真下から聞こえる。
下を向くと、血まみれの鳩が口ばしをパクパクと動かしていた。
(まだ、生きてる?)
スノーは、もう一度、鳩に触ってみた。微かだが、温もりがあるし、呼吸もあった。
「もしかしたら、向こう岸かも知れね!」
「行ってみるぞ!」
男たちの声が聞こえてきたスノーは、鳩と橋の方を交互に見る。
(もしかしたら、この状況かなりまずいのでは? 今、橋の向こうにいる人達が、もし、私を見たら……)
彼女はそんな状況を思い浮かべていた。
「ん? あそこに人影が見えるぞ。おーい、そこで何やってるんだ?」
「いえ、ちょっと……顔を洗っていただけです」
そう言いながら、振り返るスノーの顔は、血まみれで、ニヤリと不気味に笑っている。
男は、思わず悲鳴を上げて逃げ出す。そして、朝の新聞に、”北西の橋下で血で顔を洗う女の幽霊が現れた!” などと書かれるのだった。
(なんて、ことになったらどうしよう!)
妄想が今にも爆発仕様になった彼女は、急いで、鳩を抱えて逃げ出した。
と言うのが、事のあらましである。
スノーは、鳩に落ち着く様になだめながら、傷の状況を教えた。
「私は回復魔法を使う事ができないので、すぐに傷を治すことはできないんです……ごめんなさい……で、でも、傷口はしっかりと塞いだので安心して下さい。こう見えて、私、裁縫と解体は得意なんですよ!」
スノーは、誇らしく胸を張った。
「裁縫と解体って、オレ様は、人形でも、食用でもないんだぞ! そこらの能無どもとおんなじにするな。いくら、オレ様が特別だからって食っていい理由には、ならないからな!」
鳩は、自分の存在を棚に上げながら怒鳴りちらす。
叱られた、スノーは、ペコペコと何度も頭を下げる。
頭を下げていたスノーは、ふと気になり、恐る恐る聞いてみた。
「あのー、あなた様の名前を伺ってもいいでしょうか?」
「ん? オレ様の名前か? 聞きたいのか? 良いだろう! 聞かせてやろう」
名前を聞かれた鳩は、スノーの顔に近づき、聞き直した。と思ったら、すぐに離れて、窓を背に高々と自己紹介を始める。
「教えてやるから、耳をかっぽじって聞けよ。一度しか、言わないからな!
オレ様の名前は、ヒル・エクシード・ラインスルー・ナインバード・九十九世・パーフェクト・いちいち・うるさい・私の仕事の邪魔をするな! 騒ぐな! えーい、そんなに名前が欲しいならくれてやる! 今日からお前は、ノイズだ! 私の仕事を邪魔するバカは二人も、三人もいらないんだ。あと、あなたはいちいち小言がうるさい。今から名づけるから耳の穴をかっぽじって、よく聞きなさい。お前の名前は、ノイズだ! 分かったら黙れ! と言う訳で、オレ様の名前はノイズだ」
長々と自己紹介する鳩のノイズ。
「えっと……今のがあなたの……」
スノーは、恐る恐るこれが名前なのか、尋ねようとする。
察しの良いノイズは、すぐに答えた。
「あーそうだ、本名だ。まぁ、大抵の奴らは、覚えてくれねから、ノイズ様と呼んで良いんだぜ」
鼻を鳴らしなが彼は、自分の名前に様をつけて呼べと言いる。
(この生き物は一体何を言っているのだ?)
スノーは首を傾げる。
「今のが、名前なんですか?」
「おう! そうだ。どうだ、イカしてるだろ?」
「なんだか、話をしている人の内容をそのままとった感じですね」
苦笑いを浮かべながら、ノイズの本名を思い出そうとしたが、初めの方から思い出せなかった。
「ところで、なぜ、あなたはそんな傷を負って、川に流れていたんですか?」
なぜノイズが怪我をして川上から流れてきたのか尋ねる。すると、思いのほかすらすらと彼は事情を話してくれた。
「それはだな。スタックタウンから依頼された超絶極秘ミッションで、機密文書を届ける依頼を受けていたんだ。ちなみにこう言う機密文書は、他言無用で、ランサン郵便協会では、レベル五に指定されているんだぜ。覚えておきな!」
「え? 機密文書を運んでたんですか!」
「おう」
「他言無用なんですよね?」
「おう」
「それ、私に話しちゃって大丈夫ですか?」
「……いいんじゃないかな」
彼は、ぎこちなくそっぽを向いた。
(なんだコイツ! え? てことは、私、関わっちゃいけないことに、関わってしまったの? どうしよう、命を狙われたりしないよね?)
スノーは、話を聞いて、頭を押さえながら辺りを見渡し始めた。
「まーまて、スコーン、話は最後まで聞くもんだぜ。それに機密文書の内容をまだ話してないんだ。命を取られたり、捕まる事はないぜ。ちなみにだけどよ、その機密文書の中身は、シルバーの所のガキに関する事なんだ。どうやら、体調がすぐれないらしい」
「……」
おとなしく、話を最後まで聞いてしまったスノーは、自分の判断を呪わずにはいられなかった。
「いやああああ! 殺されるううう!」
慌てふためく彼女を見ながら、愉快に笑うノイズだった。
「そんな、慌てることか? たかが機密文書の中身を聞いただけで……お前! 何聞いてんだよ!」
ノイズは、突然、高く飛びスノーの頭を叩く。あまりにも理不尽だ。
「いた!」
頭を叩かれて、しゃがみ込んでしまった。
(この鳥、理不尽……)
そんな風に思わずにはいられなかった。
「まぁ、気にするなって、オレ様が飲んだくれのシルフィードを説得してやるから」
「シルフィードって誰ですか?」
知らない名前を聞いて、顔を上げる。
ノイズは、床に降りて、スノーの前に立つと首を傾げた。
「あいつのこと、知らねえのか? まあ、無理もないか……もしかして、ランサン郵便を使った事もないのか?」
「そこなら、以前、利用しました。でも、そんな人は、見てませんし、言われても分かりません……」
「まぁ、無理もないか、何せ、飲んだくれのシルフィードだからな。どーせ、ミラに仕事のほとんどを押
し付けてるんだろ」
「あっ」
知ってる名前に思わず声を漏らす。
「ミラという方なら以前、お世話になりました」
「ほーそれは、良かった。ちなみにだが、お世話ってのは、厄介な方じゃないだろうな? 時々いるんだよ。妙に格好つけて、世話になったって。うちの国じゃあ、どれだけ、警察に世話になったか、自慢するバカがいるんだよ。悪党に雇われる時、悪さする数より警察に捕まった数を数え出して、誇らしげにするんだ。そんな奴らをどこの悪党が雇いたがるんだ? そいつがしくじった時、確実に行くのは、あの世じゃなくて、監獄だよ。そいつは、ペラペラと警察に情報を流す。オレ様がカシラでも、そいつを雇いたくないね」
羽を広げながらペラペラと彼は話す。
スノーは、内心、この鳥、話長いなと、困り果てており。苦笑いを浮かべていた。
「まぁ! 要するにだ。オレ様が言いたいのは、厄介な理由で世話になってないなら万々歳だって事だ! そんじゃあ、とっとと、オレ様を連れてけ!」
突然、命令されて、スノーは目を丸くする。
「え?」
「え? じゃっねえよ! 見ての通りオレ様は、飛べないんだよ。どうやって、ランサン郵便のとこまで行くんだつうの! いいか、お前がオレ様を届けるんだ! 道案内なら任せろ」
両翼を大きく動かしながら胸を張る。
そんな風に動かせるのなら、「大丈夫そうでは?」とスノーがこぼすと、ノイズは、怒って脛の辺りを口ばしで突き刺す。
突然の痛みに驚き、脛を押さえて倒れる。
「いいから連れて行け! オレ様は、こう見えて気が短いんだ。いいか……」
ゴーン、ゴーン、ゴーン
ノイズがまた、口を開きかけた。その時、金の音が街中に響き渡っる。
「なんだ、何かの襲撃か? 火事か?」
ノイズが首を傾げていると、脛を押さえていたスノーが悲鳴を上げながら、立ち上がる。
「あああああ、いけない、遅刻する! ガミガミおばさんにまた、とやかく言われる!」
「お、おい、一体どうしたんだよ?」
突然の事に、驚きながら、踏まれない様に飛び上がり、さきいた場所まで登った。
慌てる彼女を眺める。
「ごめんなさい! これから仕事で! 行かなきゃいけないの!」
鞄に荷物を詰めながらスノーは、言う。
「ちょっと、待て! オレ様は、どうしたらいいんだ?」
「えっと、えっと、飛んで行けばいいんじゃないですか?」
「飛べるわけねえだろ! オレ様は、怪我をしてるんだぞ! 高く飛び上がったら、傷が開いちまう」
ノイズは羽が痛くて高く飛べないと騒ぐが、今のスノーには、話を聞く余裕がなかった。彼女はとりあえずと、言って、パンをノイズの前に一切れ置く。
「夕方には、帰ってきます。それまでこれを食べて待っていて下さい」
言い終わると彼女は、外へと飛び出していった。
危うく入り口前の階段から転びそうになる。
危なっかしい奴だ。と窓の外に映るスノーを眺めながらノイズはため息を吐く。
「あの女の危なっかしさときたら、あいつを見てるみたいで、疲れてくるぜ」
そう言いながら、羽を器用に使って、パンをちぎって食べた。
「……」
パサパサのような、しっとりとした様な、どちらとも言えない食感だった。
ノイズは、思わず吐き出してしまった。
「なんだ、このパンは! 湿気てやがる!」
さらにウダウダと文句を言ってやろうとしたが、聞いてくれる奴がいないと、話す気にもなれなかった。代わりに叫んで誤魔化すことにした。
「……あああああああ! ふん!」
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
先々月登場した名前のないコミショー少女です。気に入ったので名前を付けました。
鳩のノイズ、おしゃべりでキャラで、書いてて「あーおもしれーこのキャラ」とニヤけていました。
え? キャリー……あ、あれです……ちゃんと出ますよ……嘘はつきません!
「キャリー・ピジュンの冒険」に興味を持ってくださったら、
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