三人の逃亡者 Lv.4(五話)
技術の街スタックタウンは入り組んでいる。
乾いた風に乗りながらオットーは街の中を駆け抜けていく。
窮屈な街並みから果てしなく続く荒野が見える場所までやって来た。
あっという間にマントで姿を隠した逃亡者に追いつく。
「にがっすかよ! オリパス!」
オットーは相手の肩を掴み、振り向かせ、押し倒した。
ドンっと床が揺れる音と共にオットーは逃亡者の上にのし掛かる。
「グハッ!」
幼い声が薄暗い通路に響く。
マントがズレ、隠していた顔の周りが、うっすらと見える。
爪を掻き立てるオットーはすぐにトドメを刺そうとした。しかし、隠れていた顔に見覚えがあり動きを止める。
綺麗な金髪に、彼女はギョッと目を見開きながら押し倒した逃亡者の素顔を目撃した。
綺麗な金髪に黄色い瞳の少女。
かつて、共に過ごし、紅蓮の竜巻メアリー・ホルスを支えた戦友、キャリー・ピジュンが目の前にいるのだ。
「ウソ……だろ?」
目の前の少女に思考が止まる。
掻き立てる爪も縮めてしまう。
「なんで、お前がここにいるんだ。キャリー!」
彼女の問いかけにキャリーは答えなかった。
オットーは苦虫を噛み潰したように辛い顔を浮かべる。
仲間だった者が、敵となったのだ。
オリパスとは勝手が違う。
だから、爪を伸ばせない。
代わりに震える瞳で真っ直ぐ見つめキャリーは尋ねる。
「なんで、こんな事を続けるの?」
キャリーはずっと思っていた事を口にした。
「メア姉が本当に望んでる事なの? メア姉は戦争を止めたくって動いてたじゃん。オットー! これは本当にメア姉の為なの? ねぇ、教えて」
彼女の言葉にオットーの視界から色が抜けていく。
体から力が抜けて行くような感覚だ。
キャリーの言葉を認めて仕舞えば、自分が何をしていたのか分からなくなる。
「オットーがしたいだけじゃないの!」
彼女の言葉にオットーは否定して、振り払う様に力強く拳を突き立てた。
キャリーの頬を擦り、地面が貫かれる。
「違う! アタシの為じゃない。メアリーの……団長の為だ!」
余計な事をほざく口を止める為、オットーはキャリーの首を絞め、立ち上がった。
「うぐっ……が……」
少女は息ができず、苦しそうに足をばたつかせる。
引っ掛かれる腕にすら気にせず、オットーは語った。
「これは姐さんの為だ! 悪党と手を組む事も、誰かを攫う事も、全部、全部! 姐さんの無念を払う為だ!」
そう、これはメアリーの無念を晴らす為だ。
邪魔をする奴は許さない。
オットーはキャリーを放り投げる。
ゴンっと響く音共に鉄格子が歪む。
背後にぶら下がる建物が大きく揺れた。
放り出されたキャリーは痛みで身を縮める。
(アタシは何を……)
一瞬の事に自分が何をしていたのか分からなくなった。
オットーは息を整えながらゆっくりと近づく。
目の前には歪んだ鉄格子に寄りかかり、痛みに堪える少女の姿があった。
これは見たかった光景なのか、オットーは自分自身ですら分からなくなる。
やがて、震える声でつぶやいた。
「お前を殺したくない。アタシは……」
オリパスだけ殺したいのだ、そう言いかけたがうまく言葉にできない。
三人の逃亡者のうち、一人がマットボーイ、ジモラ、そして、もう一人が目の前で倒れるキャリー。
つまり、残る一人が彼女の狙う男なのだ。
すぐにでも追おうとした。
キャリーの足は速いが脅威ではない。それにこれだけ痛めつければ動けないだろう。
オットーは彼女を置いて先に進もうとした。その時、背後から這い寄る様に低い声が語る。
「違うね。君は本気で殺す気だっただろ?」
振り返ると長い白髪に枯れ木の様に細い手足をした男が歩いて来ていた。
「カニン……チェン?」
掠れる声で男の名を呼ぶ。
短層槍を持ったカニンチェンは一瞬、キャリーに視線を向けるがすぐにオットーの方に目を向けた。
その目には本心は分かっているんだと言いたげな、見透かす様な視線を感じさせる。
「殺す気だった相手に殺したくないなんて、虫が良すぎないか?」
彼の言葉にオットーは声を荒げて否定する。
「うるさい、お前には関係ないだろ」
「関係あるさ。僕たちはバシレイアを滅ぼす為の仲間じゃないか」
「アタシは無意味な殺しはしたくない」
「無意味? 情があるのは分かるが、そこのガキは僕らの邪魔をしているんだ」
カニンチェンはスッと短層槍をキャリーに向けた。
「彼女はきっと次も、その次も、邪魔をするだろうね」
彼の言葉にオットーは応えない。
応えたくなかった。
答えを避ける彼女をカニンチェンは見逃さない。
「サソリの右腕オットー……君、さてはこの子を殺すのを躊躇っているな」
オットーの瞳が開く。
額からは汗が流れていた。
「そ、そんなわけ……」
「なら、殺せ、殺すんだ。揺らいだ人間は常に怪しく見える。殺さなければ……でなきゃ君も裏切り者として扱う」
カニンチェンは短層槍をキャリーの方からオットーの方に向ける。
彼の態度にオットーはカッと睨み、怒りをあらわにした。
「違うはずだ。君は裏切り者ではない。なら、できるはずだろ?」
そう語るカニンチェンの言葉に、オットーは流されていく。
ついには断れないと悟る。
キャリーの方に視線をやった。
肩を押さえながら彼女は訴える様にこちらを見ている。
(やめろ……)
胸の中に黒い塊が浮かぶ。
(やめてくれ……)
オットーは逃げる様に視線をあちこちへ向けた。しかし、黄色い瞳はどこを向いても映ってしまう。
(そんな目で、アタシを見ないでくれ)
オットーは視界に映った鉄製の大きな箱を見つける。これだと思った時にはキャリーを押し込んでいた。
「やめて、オットー。離して!」
抵抗するキャリーだったがオットーの腕力には敵わず中に放り込まれてしまう。
すぐさま、外に出ようとした。しかし、その時にはすでに扉は閉まってしまう。
僅かな鉄格子の窓が付いていた。
キャリーは顔を押し当て外を覗いてくる。
オットーは見ない様にと必死で俯き、力のままに扉を歪ませた。
さらにこれだけでは足りず、柵を引き剥がし、扉に巻きつけたのだ。
決して抜け出せぬ様に。
それでも、キャリーはジッとこちらを見てくる。
オットーは震える声で小さく謝った。
「ごめん……」
祝福の力を使い腕を変身させる。
黄色い毛並みに黒の縞模様が浮かんだ。
鉄の大きな箱を街の外にぶん投げる。
キャリーは荒れ果てた荒野に投げ出されてしまった。
一部始終を見ていたカニンチェンにオットーは荒い息をしたまま尋ねる。
「これで……満足だろ?」
彼女の問いかけにカニンチェンは肩をすぼめた。
「別にいいんじゃないか」
結局のところ、彼にとってどうでもよかった事だ。
国の変化にいちいち騒ぎ立てる意味も、ほんの少ししか知り合ってない相手に向ける思いにも、振り回される気分など興味なかった。
あまりにも軽い返事に対し、納得ができない。しかし、オットーは怒りを抱く気力もない。
彼女はただ、目的を果たす為、残る標的へと向かうのだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
前回、オットーを撃ったのはキャリーです。
オリパスからラッパ銃を借りて撃ちました。
キャリーは足が早くて何とかなるとジモラは踏んでいたのでしょう。
ですが、キャリーは引き付ける為に遅くしすぎてしまい、捕まってしまいました。
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