三人の逃亡者 Lv.4(一話)
この世で最も安く心を満たしてくれるのは悪意で、
この世で最も長く心を満たしてくれるのは善意だ。
静寂な室内にチクタクと時計の針がこだまする。
大きな時計から小さな時計まで針が進む中、一人の少女は作業机に突っ伏して眠っていた。
赤く染まった髪はわしゃわしゃにかき乱され、可愛い顔は疲労で溶けかけている。
完成された時計も彼女の隣で眠っていた。
全てを忘れて深い眠りに落ちていく少女を妨げたのは、雷鳴のように騒がしい少女だ。
「ルミナ姉! パトロ! 帰ってきたよ!」
二階から響く有り余る元気な声に少女は飛び起きる。
一瞬、心臓が固まったのを彼女は自覚した。
目覚めたばかりの少女は自身の身なりよりも先に辺りを見渡す。
作らなければいけないもので、まだ、作っていないものがあるのではと焦ったのだ。しかし、技術の街スタックタウンで店を構えるだけもあり、少女が作らなければならないものは、すでに完成された状態で机に並べられていた。
ここでようやく、胸を撫で下ろす。
彼女はまだ、ふらつく頭の中を整理しながら、二階へと上がっていった。
「次に届けるものは何!」
「キャリー、落ち着いて向こうも呼び掛けるのに時間がかかるの。朝早くから動いてくれるのは嬉しいけど、少し休みましょう?」
一階の工房に比べ、物が少なく、整頓されたここはランサン郵便協会、スタックタウン支部の受付スペースだ。
カウンターの奥には受付嬢のふくよかな体型の女性、ルミナが座っている。彼女の前で次に何をすればいいか、鳥のように鳴きながら、尋ねる少女がいた。
「キャリー……うっさい……」
少女は綺麗な金髪に、黄色い瞳をしたキャリーにボソリと注意する。
キャリーはふと、横を見て疲れ果てた少女に一瞬、ビクッとするが明るい声で返事をした。
「ガーネット! おはよう」
ガーネットは目を瞑り、眉間に皺を寄せながらキャリーの頬を摘む。
「ヒィたい……ごめんなさい」
「よし」
キャリーの素直さに気怠さがマシになる。
彼女たちがせっせと働くのはもうすぐ起こりうる争いに対処できるようにする為だ。
願わくば、それすら起こらないでほしい。しかし、ガーネットの願いを吐き捨てるようにマットボーイが彼女の工房に足を踏み入れた。
「たのもーガーネットちゃん、ッチャ、オリパスはいるかな?」
声を聞くのも嫌だと、ガーネットはぐるりと目を回す。
彼女の横をキャリーがスーッと抜けて様子を見にいった。
自身の工房に害虫が入ってきたと感じたガーネットは憂鬱な気持ちで下へと向かう。
途中、すっと受付嬢ルミナがすっと銃を取り出してくれた。
「やっちゃえ」
ガーネットは何も言わず、銃を受け取った。
沈黙で武器を貰う少女に遠くから見ていた支部長パトロは震えが止まらない。
下に降りていくと左耳に輪っかの耳飾りをつけて、反対髪をかき上げた髪型、ベルトが無駄に絡まるコートを羽織った男が大きな箱をいじっていた。
彼の名前はジモラ。
この街、一番のイカれた男だ。
鋭い飢えた瞳は少女たちに向けられて、不気味な笑みを浮かべる。
「やぁ、また来てやったぞ」
ガーネットは無言で銃を向けた。
「待て待て待て、そーう、かっかするなよ」
「出禁って言ってるのに来る間抜けが悪いのよ」
「権利書よこせ!」
キャリーも睨みを聞かせて叫ぶ。
男はまあまあと手で宥める様にして、口を開く。
「そんなことはさておき。あぁ〜悪かったって、だから、熱々な怒りとその物騒な物を置いてくれ。でなきゃ、話が進まない」
銃の激鉄を引くガーネットを止めながらジモラは話す。
今日は大事な話があったのだ。
「ッチャ、実はオリパスに伝えたい事があってここまで来たんだ」
「オリパスになんのよう?」
キャリーは疑り深い視線を送る。
くすぐったいのかヘラヘラ笑うジモラは手に抱えた箱を見ながら話を進めた。
「いや、実はな、重要なニュースがあって、あいつに直接伝えたいんだ」
「オリパスなら今、出かけてるよ」
「なら、呼んできてくれ。今すぐに、出ないと"あいつらは"戦争を始めてしまうぞ、ムフフ」
ジモラの話を聞いた瞬間、キャリーはギョッと目を見開く。ガーネットも同じだった。
戦争が始まってしまえば、取り返しがつかなくなる。
状況を理解した二人に満足したジモラは箱をマジマジと見つめていたが、ようやく使い方を理解した。
「ッチャ、分かったら、早いところ連れて来てくれ。こうするのか! サーン、ニー、イーチ……バーン!」
ジモラはぐるりとコートをたなびかせて振り返る。
同時に部屋中に真っ白な光が包み込んだ。
突然の事に何が起こったのか、分からなかったが、ガーネットは思い出す。
「あーちょっと、それ、大事な射影機じゃない! 何してんのよ!」
「ムフフ、ッチャ、一瞬を映し出せる物なんだろ? 試しに使ってみたかったんだ。どれどれ……」
箱を取り返そうとするガーネットを交わしながらジモラはゆっくりと出てくる紙を覗く。
初めは真っ黒で何も見えなかったが、徐々に色づいてきた。しかし、ジモラが撮った写真は大きくブレて、何が写っているのか分からない。
「おや?」
不思議がる彼に、ガーネットは射影機をぶんどった。
「雑に振り回すからブレるのよ! もーこれ結構高いのよ」
ジモラはクスクスと笑いながら離れていき、キャリーの方まで行く。
「それじゃあ、あいつを呼んできてくれるか? さっきも言ったが時間がないんだ」
不敵に笑う男からは罠の香りが漂っている。しかし、何もせずにいるわけにも行かない。
キャリーは唾を飲み込みながら小さく頷いた。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
気恥ずかしいポエムがありますが、これはマットボーイのジモラをイメージしたものです。
時間帯が変わったことでキャリーやジモラを知らない方々もいると思うので、
少しだけ、紹介させていただきます。
キャリー・ピジュン
黄色い瞳に綺麗な金髪の少女、明るく元気でとっても早い!
ジモラ
無駄に巻かれたコートを羽織った男、イタズラなどをして嫌う人が多い
相手の感情を食べる事が出来る。
キャリー・ピジュンの冒険「三人の逃亡者 Lv.4」
楽しんでいただけると幸いです。
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