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街巡り ガラスのウマ工房 Lv.2(八話)

 工房から逃げ出したキャリーはリベルを安全な物陰に座らせる。


「怪我とかない?」


 彼女の問いかけにリベルは首を振った。しかし、彼の顔はこわばり、震えている。

 まだ、心臓がドキドキ言っているのだとキャリーでも分かった。

 命の危機になれば、誰もが感じることだ。


「くっそ! どこに行きやがった。あのガキども⁉︎」


 遠くから怒号が聞こえる。

 きっと、顔のない男たちだとキャリーは思った。


 リベルの顔を見る。


 彼は冷や汗を拭いながら呼吸を整えていた。だが、また走るには少し不安である。

 キャリーはしゃがみ込み、リベルに言った。


「ここにいて、あたしが囮になるから」


「え?」


 言い終わるとすぐに立ち上がる。

 不思議がるリベルは離れようとするキャリーの腕を慌てて掴んだ。


「ど、どこに行くんだよ!」


 慌てる声はボリュームを落として問いかける。


「二人でここに隠れてよ。ほとぼりが冷めればなんとかなるはずだ」


 彼の言葉にキャリーは通りを見る。

 遠くの方でチラリと顔のない男たちが住人の胸ぐらを掴み、聞き出していた。

 あの様子では見逃したとしてもまた会った時にタダでは済まない。


 キャリーはリベルの方を見て、クスリと笑って見せた。


「大丈夫、あたしの足はとっても早いんだよ」


「でも!」


 子供と大人ではそんなの意味がない。

 リベルがそう言おうとした。その時には、キャリーはピチッと消え、走り出していた。

 見えなくなったキャリーにリベルは静かに驚く。


「見つけたぞ! 追え!」


「にがっすかよ!」


 遠くの方で顔のない男たちの叫び声が聞こえる。

 彼女が引き付けたのだと悟った。

 彼はキャリーが捕まらない事を祈るしかない。

 


 「待てー!」


 街の狭い通りや屋根の上を顔のない男たちが走っている。

 彼らの先には綺麗金髪を揺らし、黄色い瞳でジッと煽る様な視線を送る少女が立っていた。


「ほら! あたしはここにいるよ。捕まえてごらん!」


 キャリーは言い終わると屋根の上から飛び降りる。

 顔のない男たちがたどり着くと彼女はすでに元来た方向に引き返していた。

 仲間に再会するため、道を探していたキャリー。


 ガラスのウマ工房のリベルに帰る為の上への行き方を、教えてもらうはずだった。しかし、そこに顔のない男たちが割って入り邪魔をしている。


 奴らを工房から引き剥がす為、キャリーは囮を引き受けた。


「くっそ! 追いつけねぇ」


「これなら戻ってもう一人の方を探した方がいいんじゃねぇか?」


 追いかける顔のない男たちだったが、最速の少女キャリーに追いつける訳もなく。

 根を上げて標的を変えようと思い始めてしまう。


 せっかく囮を引き受けたのにこれでは意味がない。

 ペースが落ちる彼らに合わせて、キャリーも頑張ってスピードを落とした。


「アーツカレチャッタナー」


 キャリーと男たちの距離が一気に縮まる。


「なんか急に遅くなったか?」


 片目だけの男が疑り深く睨む。


「どうでもいいだろ。これはチャンスだ。捕まえるぞ!」


 ニヤリと口だけの男はキャリーに手を伸ばした。しかし、寸前のところでキャリーはまた、早く走ってしまう。

 まるで雲を掴んだかの様に口だけの男の手には何も残らなかった。


「アイツ、ゼッテェワザとだ! ぶっ殺ろしてやる!」


 仲間が揶揄われたのだと思った片目だけの男は怒りで声を荒げる。

 捕まったらひとたまりもないだろう、とキャリーは思った。


「まぁ、捕まらないけどね」


 しかし、いつまでもこうして逃げ続けるわけには行かない。

 先程の様に顔のない男たちにペースを合わせていたとしても諦められてしまうのは、想像できた。


(何か、何か、あいつらをやっつける物は……)


 手すりに飛び乗りながら辺りを見渡す。

 ふと、下の方に瓦礫を落とす集団が見えた。

 工房で失敗した道具や古くなった部品を捨てている。それらは、下層の瓦礫の山に繋がっていた。


「そうだ!」


 キャリーは秘策を思い浮かぶ。

 ぐるりと振り返ると男たちはまだ、自分を追いかけていた。


 チェーンソーを蒸し、振り回している。

 キャリーはビクビク震えている様に見せてから再び走り出した。


「キャーコロサレチャウヨー」


 嘘くさい悲鳴をあげる。


 階段を降り、パイプの中を滑っていく。

 ついには最下層の鉄屑置き場まで降りてきた。


 キャリーが行き着いた先は高い錆色の鉄壁で、他に逃げ場はない。

 ようやく追いつけた顔のない男たちは、息を切らしながら口を開く。


「はぁ、はぁ、ついに、追い詰めた、はぁ、はぁ。この、ク……ソガキがあー」


「ぜぇーはぁー殺すだけじゃ、殺すだけじゃ気が……すまねぇ。逃げられね……ようにして、ラットドッグの……食わせてやる……」


 脅しの言葉を並べる二人だが、あまりに長く走りすぎた為、手に膝をついてしまう。

 口だけの男はキャリーに手のひらを見せて頼み込む。


「た、タンマ……ちょ、俺たち……に、少し、少しだけ、休ませてくれ」


 そうして、彼らは息を整えた。


「よし、待ってくれたお礼に、言い残すことがあれば聞いてやるぜ」


 バテバテだった様子が嘘の様に、彼らはシャキッと背筋を伸ばし、武器を構える。

 これならもう少しペースを上げてもついて来てくれたかもしれない。


 キャリーはクスッと不敵に笑みを浮かべた。

 少女の笑みに男たちは首を傾げる。


「お前たちはこの辺に来たことがある?」


 キャリーの問いかけに男たちはお互いの見えない顔を見合う。

 余裕な態度で頷いた。


「昔は金稼ぎに来たがな」


 片目だけの男が呟く。


「この武器を手に入れてからは、もう来てねよな」


 口だけの男は頷いた。


「あぁ、俺たちには住人を守るって使命があるからな」


 エンジンを蒸し、チェーンソーを回転させる。

 彼の言葉はキャリーには違って聞こえた。


 色んな人から金をむしり取っている。

 彼らは誇りや使命なんてものを持ってない連中だ。

 もし、そんなものがあるなら……


 キャリーの脳裏にガラスのウマ工房での出来事が頭をよぎる。

 リベルを投げ飛ばし、彼の大事な物を壊した。


 胸の内が掻きむしられる様に痛くなる。

 全身の毛が逆立つ。


 キャリーはおかしくなりそうな気持ちを押さえ込んだ。

 震える声で二人に、最近の鉄屑置き場の様子を教えてあげた。


「じゃあ、二人は知らないんだね」


 彼女たちの横で鉄屑が跳ね上がる。

 そこに大きな影が現れた。


「この辺にはね」


 鋭く尖った二本の爪は鉄屑よりも重く、全身は真っ黒な外骨格で覆われている。


「すっごく凶暴な弱竜が住んでるんだよ!」


 綺麗な金髪の少女は冷や汗をかいていたが、口元は笑みが絶えなかった。

 首を縮めた様に体に頭を埋め込んだ竜。


 赤い瞳はジッと獲物を睨んでいた。


 頭の上にはカラカラと音を立てて金色の液体と肉の断面を覗かせる尻尾。

 その外見はまるでサソリのようだ。


 顔のない男たちは現れた怪物に唖然と立ち尽くす。

 怪物の正体は弱竜ファメスの希少種グエロ・ファメスだ。


「じゃあね、二人とも!」


 顔のない男たちに追われていたのは、まさにこの為である。

 武器を持った大人二人にキャリーは勝てない。


 逃げ切ったとしても彼らはまた、リベルの工房を襲うはずだ。

 ならば、そんな事を思いつけなくさせればいい。


 キャリーはグエロ・ファメスに二人を襲わせるつもりだったのだ。

 慌てる二人を見ながらキャリーはすぐに走り出す、つもりだった。


 パシン! と腕を強く掴まれる。


「おい、おい、おいおいおい! ふざけんじゃぁない!」


 口だけの男が苦笑いを浮かべて叫ぶ。


「あんなのに俺らが勝てるわけねぇじゃん! お前も道連れだ。この野郎!」


 力強く握られた手に一瞬、状況が理解できなくなる。


「へ?」


 キャリーは目を丸くしていた。

 やがて、危険だと分かった時、キャリーは慌て始める。


「はぁ! ヤダ! ヤダ! ヤダ! ヤダ! 離して離して!」


 腕を振り払おうと必死に動かすが、振り解けない。

 掠れる様な咆哮と共にグエロ・ファメスが近づいてきた。

 このままでは顔のない男たちと共に肉塊にされてしまう。


 メアリーの願いを叶えられず、オリパスを手伝えないで終わるのだ。

 その時、空からグエロ・ファメス目掛け、一直線に杭が打たれる。


 あまりの速さに周囲に土煙が上がった。


 何事かと、キャリーが目を見開くとミルクティー色の髪を後ろで束ね、黒くてかつく衣装の上からベージュのコートを羽織った女性が、竜の上に乗っていた。


 彼女はグエロ・ファメスが金色の液体を撒き散らす。


 グエロ・ファメスが暴れ回るよりも早く、突き立てたクナイを抜く。そして、鱗の隙間に差し込んだ。


 竜は悲鳴を上げる。


 彼女は手を休めることはなく、繰り返し突き立てた。

 気づくとグエロ・ファメスはぴくりとも動かなくなる。


「その……なさい」


 女はゆっくりと顔を上げて呟く。

 辺りの温度が急激に下がるのを感じる。

 彼女は、もう一度だけ呟いた。


「その子から、汚い手を……放しなさい」


 その声はひんやりといてつく、三人の背筋を凍り付かせるのには、十分だった。


 命拾いをしたと思った男たちだったが、現れた女が殺意をむき出しにしていることに気づき震え出す。

 わずか一瞬の間にグエロ・ファメスを仕留めたのはファイアナド騎士団、サソリの尻尾、暗殺者レサトだった。


 キャリーは少しハッと嬉しそうに彼女を見上げる。しかし、口だけの男に引き寄せられ人質にされてしまう。


「お、お前も、こ、こいつの仲間か⁉︎」


 怯えながら口だけの男はチェーンソーを動かした。

 キャリーの髪が数本刈り取られる。


 絶対的状況に対してレサトは平然だった。

 クスリと哀れむ様に微笑みながら静かに答える。


「えぇ、私も、その子の仲間よ」


 彼女の言葉と共に片目だけの男が倒れた。

 背後にはセンター分けされた前髪から覗く、目つきの悪い青年がパイプを握りしめていた。


「てめぇ、何すんだ!」


 仲間が倒れたことで、動揺を見せる口だけの男。しかし、彼はこの状況で勝ち目がないと悟る。武器を手放し、キャリーを解放した。


「すみませんでした! どうか、命だけはご勘弁をおぉ!」


 ベッタリと床に頭を付ける。

 彼の誠意を気にせず、オリパスとレサトはキャリーに尋ねた。


「キャリー、無事か!」


「キャリー、怪我はない?」


 焦る二人にキャリーは少し、困惑した。

 危険な状況とはいえ、そこまで心配されているとは思わなかったのだ。

 彼女は小さく頷く。


「なんともないよ。でよ、どうして、オリパスとレサ姉がここにいるの?」


「お前を探しにきたんだ。渡り廊下から落ちていって……」


 オリパスは呆れまじりに言う。


「ガーネットが心配してたぞ」


 その言葉にキャリーは申し訳ないと俯く。

 何はともあれ、キャリーが無事だった事に二人はホッと息を漏らす。

 そんな様子を頭を低くして聞いていた口だけの男は、恐る恐る尋ねる。


「あのーとんずらしてもいいでしょうか?」


 彼の言葉にオリパスとレサトはお互いに見合せる。そして、キャリーに彼は何者だと、尋ねる様な視線を送った。

 なんと答えるか迷ったがあるがままに二人に事情を話す。


「帰る為に、手を貸してくれる人の工房からお金をたかってた人たち」


「違う。あれはヒッ!」


 口ごたえしようとする、口だけの男の指の隙間に釘の様に細長いクナイが突き立てられる。


「この子が話している最中よ」


 背筋が凍りそうな程、冷たい声でレサトは静かに宥める。

 男は震え上がり、唾を飲み込んだ。


 グエロ・ファメスの上に立っていたレサトは、ゆっくりと口だけの男に近づく。そして、まだ、見上げている愚かな男の頭を踏みつけた。


「グハッ! アガガガ!」


 ミシミシと男の頭が潰れていく。

 このままでは頭が踏み潰されると男は悶え苦しみ、苦痛の叫びを上げた。


「うわぁ! や、やめてくれぇ! ああ!」


「レサ姉!」


 見ているキャリーですら恐怖を感じてしまう。

 彼女がすごい怒っていることが分かる。


 思わず、呼び止めてしまう。


 レサトはキャリーの方を見る。

 優しく彼女は微笑んだ。


 その笑みはキャリーの背筋をさらに凍らす。

 レサトは再び口だけの男を見下ろし、語りかけた。


「いい? 二度とその腐って汚い手でキャリーに触れないで。そして、この子の言う事は、例え、不可能だとしても聞きなさい。さもないと……」


 踏みつける足を強める。

 男の叫びが一層大きくなった。


「や、やめてくれええ! つ、潰れちまう」


 今にでも果物が破裂するかの様に思える。その時、レサトは足を上げた。

 その隙を見逃さなかった男は、一目散に仲間を連れて逃げ出して行った。

 口だけの男が立ち去った後、キャリーは改めて二人にお礼を言う。


「オリパス、レサ姉、助けてくれてありがとう」


「いいのよ。あなたが無事で良かったわ」


 レサトは胸に手を添えてクスリと微笑む。


「……」


 オリパスはキャリーに目を合わせず、遠くを見ていた。が、息を漏らし彼女を見ながら話し出す。


「キャリー、帰ろう。さっきも言ったがガーネットが心配している」


 キャリーは素早く頷いた。

 自分も早くみんなに会いたかったからだ。


「来た道は覚えている。夜までには戻れるはずだ」


 そう言いながら歩き出そうとするオリパス。

 キャリーもついて行こうとした。

 ふと、何か大切な事を思い出す。


 このまま帰っていいのだろうか。


 チラリと振り返る。


 災難でここまで来てしまったが、キャリーはまだやり残したかことがある気がした。


「二人ともごめん!」


 帰ろうとする二人にキャリーは謝る。

 突然の事にオリパスとレサトは、振り返った。


「あたし、まだやる事があるの!」


「やる事?」


 オリパスの問いかけにキャリーは頷く。


「うん、工房……えっと、ガラスのウマ工房って場所に用があるの」


 せっかく迎えに来てくれたのに申し訳ないと目線を下に向ける。

 だが、彼女の思いを組みしたレサトは小さく頷いて進める。


「やり残した事があるのね。行ってらっしゃい。私たちも後からついて行くわ」


 彼女の言葉にキャリーはキラリと瞳を輝かせる。

 キャリーは嬉しそうに頷き、あっという間に走り去ってしまった。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

書いてる時ずっと、うちの子がアーニャ化してる……と思っていました。

作者が足が早い事で苦戦をしていたけど、主人公も自身の足の速さで苦戦してるの見れて

すげー嬉しいです。

「キャリー・ピジュンの冒険」を面白い、興味を持ったという方は、

是非、ブックマーク、高評価をよろしくお願いします。


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