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街巡り ガラスのウマ工房 Lv.2(四話)

「あれはおそらく、グエロ・ファメス。弱竜ファメスの希少種だ」


 這い上がって来た場所を塞ぎながらカニンチェンは呟く。


「弱竜? あれが?」


 弱竜とはその名の通り弱い竜で、彼らは群れで行動するイメージがあった。


「認識を改めるべきだよ。竜と呼ばれる他のものより格段弱いからそう呼ばれているだけで、弱竜も危険な事に変わりない」


 彼はそう言うと立ち上がり、一息つく。


 二人は辺りを見渡すとあちこちで出店がやっていた。

 食材や日用品。さらには鉱物や武器などが売りに出されている。

 下層から這い上がって来たキャリーたちだが、たどり着いたのは折り重なる建物が続く街の市場であった。


「これはもう少し上に行かないと、どっちがどっちだか分からないね」


 辺りを見渡しながらキャリーは呟く。

 方角さへ分かれば進んでいけるかもしれないが、外が見えないここではどちらが本当の西か東か分からない。

 走るのは得意だが登りは少し、手間と感じるキャリーは難しい顔で見上げる。


「いいや、話を聞いてからでも遅くはないはずだ」


 先へ進もうとするキャリーにカニンチェンは否定した。


「ここの住人しか知らない道があるかもしれない」


 彼はそう言って歩き始める。

 キャリーも何も言わずに後をついて行く。

 初めに立ち寄ったのは目が眩みそうな銀食器が並ぶ出店だった。

 お皿やフォークにナイフが置かれている。

 鏡の様に反射する表面にキャリーが思わず触ろうとすると店主に怒鳴られてしまった。


「さわんな! 汚れがつくだろ。白髪の旦那、一式揃えるんでどうです? よかったら、買っていきやせんか」


 店主はニヤニヤと微笑みながらカニンチェンに尋ねる。

 カニンチェンはしばらく食器を見つめてから答えた。


「すまない、今は手持ちが少ないんだ。ところで上に行く方法をしているかい?」


 彼の返事に店主は急に眉を顰め、乱暴に答える。


「いいや、知らないね。なぜわざわざ眩しくて見づらい上の方で銀食器を売らなきゃいけないんだ」


「銀食器は輝いてこそ売れるものだろ」


 カニンチェンは呆れて呟く。

 よけいな事を言われた店主は顔を赤くする。

 このままでは口論になると思ったキャリーはカニンチェンの背中を押しながら、慌てて店を立ち去る事にした。


「わ、わ、ご、ごめんなさい!」


「あれは質が悪い。普通の食器を使う方がまだマシだ」


「はぁ……」


 彼の失言に先が思いやられる。


 次に立ち寄ったのは赤を基調として、色鮮やかに作られた繊細な花柄の絨毯が売られている店だった。

 店内には何枚もあって、作られた絨毯の束が積まれていた。出来たばかりの目玉商品は天井から吊るされている。

 ここはまるで隠れ家の様に絨毯の目隠しで外からは見えない素敵な場所だった。


「おじいさん、上に行く方法を知らない?」


 羽織りに糸を通しながら少しずつ絨毯を作る初老に話しかける。

 日焼けして焼け茶色に光る頭をかきながら初老は言った。


「いいや、知らないね。ワシはここで絨毯を作り続けている。だから、これ以上、上に行く必要なんてないんだ」


 そう言い終わるとまた糸を通し始める。


 これ以上は野暮だと思ったキャリーたちはまた違う場所に行く事にした。

 今度は市場の上にある通りの店を聞いて回る。

 店の反対側を覗けば街の市場が見渡せて、多くの人々がごった返していた。


「お客さん! うちの出来立てチェロスなんていかが?」


 渡り廊下を歩いていると突然、キャリーの目の前にまっすぐ伸びた枝が出される。

 ふんわりと甘く香ばしい香りが鼻の中に入ってく。

 キラキラと輝く砂糖がまぶされたそれは、キャリーの胃袋を誘うには十分だった。しかし、この世は世知辛いのである。


「三ミンツだよ」


 手元に引き寄せながら店番のお姉さんは言った。

 値段を聞いた瞬間、キャリーはヒッと震える声を漏らす。

 決して払えない額ではない。

 スタックタウンの子供が手にできるお小遣いからしても安かった。

 キャリーは喪失な目を浮かべ項垂れてしまう。


「……ない」


「?」


「手持ちが……ないんです」


 ぐるぐると腹の虫だけが唸る。

 ちらつく素敵なお菓子に手が届かないと絶望する子供に、お姉さんは申し訳なく言葉を失う。

 そばにいた背の高い男カニンチェンに目を向け、売り込む事にした。


「えっと……お兄さん、いい男だね。こちらの子はあんたの連れかい? 良かったらいつもより安く」


 彼女が言い終わる前にカニンチェンは否定する。


「彼女とはさっき出会ったばかりだ。買ってやるつもりはない」


 彼の言葉にキャリーは素早く振り返り、縋り付く。


「なんだいそれは? そもそも、君も俺も手持ちがないんだ。仕方ないだろ」


 バッタリとキャリーの思いを切り捨てた。そもそも、カニンチェンは彼女の気持ちにすら気づいていない。

 カニンチェンは顔を上げ、チェロスを売るお姉さんに上への行き方を尋ねる。


「俺たちはここに迷い込んでしまって、帰る為に上に行こうとしてるんだ。上への行き方を知らないか?」


 彼の問いかけにお姉さんは肩を窄める。


「わりーね、あたしも知らないんだ。油も素材も下で手に入るからね」


 彼女も上への行き方を知らない様だ。


「ただ……」


 何か言おうとした彼女の言葉を次の客が遮る。

 カラカラと響く音を立てる皮の袋を持った少年が割って入った。


「姉さん、チェロスちょうだい!」


 縮毛の髪にツンとたった鼻が特徴の少年にお姉さんは呆れてため息をこぼす。


「こーら、リベル。今、前の客がいただろ? でも、ちょうど良かった」


 そう言うと満面の笑みを浮かべながら、少年の肩を掴み、キャリーたちの方に向きを合わせる。


「上への行き方は、このリベルが知ってるよ」


 リベルと呼ばれた少年は目を丸くして、お姉さんを見上げた。


「今、この人たちが上への行き方を知りたがってんだ」


 彼女の話にリベルは少し嫌そうな顔を浮かべてしまう。


「えーでも……」


「教えてあげたら今日、明日のチェロスはタダにしてあげるよ」


 お姉さんの言葉にリベルの目は一瞬で変わる。


「本当に!」


「あぁ、本当だとも、ほら」


 彼女はそう言いながら出来立てのチェロスを二本差し出した。


「姉さん……まさか、二日分を今ここで渡す気じゃないよね?」


 首を傾げる少年にお姉さんは笑ってキャリーの方に目を向ける。


「違うよ、後ろのお嬢ちゃんにだ」


 リベルはチェロスを受け取ると後ろに立っていたキャリーにもう一個のチェロスを差し出した。


「僕はリベル。ガラス加工しているよ」


 キャリーは目を星の様に輝かせながら念願のおやつを受け取る。


「ありがとう! あたし、キャリー、キャリー・ピジュン」


 挨拶を終えるや否や、キャリーはかぶりつく。

 サクッとした食感に口の中で甘いシナモンの香りが広がる。

 嬉しそうに頭が揺れていた。


「俺はカニンチェン・ノイマンだ」


 リベルは一瞬、ギョッと目をひん剥くが何事もなかった様に受け取ったチェロスを食べながら話す。


「今、材料集めの帰りで、荷物を置いてから行くのでいいかな?」


 少年の問いかけに二人は当然と大きく頷いた。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

カニンチェンの言う事が最も過ぎて、作者が言い返せずにいます……確かにあいつ単体は弱竜の枠じゃないな。

武器の工房が多いスタックタウンですが技術の街と言うだけあって物作りは随一です。

チェロス屋のお姉さんは絶対美人だ。(謎の確信がある)

「キャリー・ピジュンの冒険」を面白い、興味を持ったという方は、

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