街巡り パメラの占い小屋 Lv.1(四話)
くるくると球体の周りを小さな針金が回っている。
隣ではカチカチと球体同士がぶつかり合って端っこの球を蹴飛ばしていた。
夢中で見てしまいそうな品々を眺めながらキャリーは思った事を口にする。
「お母様の部屋にもあった……」
「インテリアとしてよくもちいられるからな」
隣に立つ白髪の青年が相槌を打つ。
「そう言えば、ヴァイスはどこから来たの?」
背後にいる彼を見上げながらキャリーは尋ねた。
ヴァイスは一瞬、逸らしたが何もなかった様に答える。
「神の国バシレイアだ」
「ルークと同じだね!」
キャリーは目を見開く。
技術の街スタックタウンは、バシレイアを嫌っている人たちが多く、向こうも戦後にわざわざ来ようとする人はいない。
なら、どうしてここに来たのか、疑問になったキャリーは首を傾げる。
「どうしてスタックタウンに?」
彼女の問いかけにヴァイスは深いため息を吐いた。
あまり、聞かれたくなかったのか、憂鬱な顔を浮かべる。
「呪い……呪いを解きに来た」
「呪い?」
聞きなれない言葉に耳を疑う。
「逃れようと思ったんだ……だが」
彼はキャリーをまっすぐ見つめながら言った。
「もうどうでもいいかもしれない。俺は罰は受けるつもりだ」
諦めた様な、もしくは悟った様な瞳は揺らいでいる。
キャリーは黙って聞くことしかできなかった。
ヴァイスはため息を吐き、この部屋の様に暗い話をやめにする。
「お茶が出ると聞いたが……なかなか来ないな」
ぼんやりと見る先を見ると階段が見当たらなかった。
建物の間から漏れた光がさす部屋でぐったりと机に突っ伏している。
お腹の少し左側を押さえながら、少女は眠っていた。
旅先で受けた傷がまだ癒えないのだ。
「うぅ……」
寝苦しそうに唸る彼女の頭にしわくちゃな手による指頭が降ってきた。
「イタ!」
「そんな所で寝てるんじゃないよ、チャロット。せめて、ベッドに行きな」
三角帽子にローブを羽織った老婆は、机に突っ伏したチャロットを叱る。
頭を押さえて、眠りから覚めたチャロットは呂律の回らない舌で言い返す。
「んーなにも、叩かなくても、いーじゃないですか師匠」
弟子のチャロットは険しい顔で睨む。
彼女の瞳は師匠とは違い、派手な瞳孔ではなく、瞳は昼間の様に白かった。
師匠と言われた老婆は鼻を鳴らし、後ろに立っていた客人を顎で指す。
見ると自分よりも背の低い少女が立っていた。
髪は赤く染めており、つむじが黒く新しく生えている。
肩にフリルの装飾があり、丈の長いスカートを履いていた。しかし、所々煤で汚れている。
目の前の少女にチャロットは慌てて挨拶をした。
「おはようございます、ガーネットさん」
「さんはいらないわ。あなたの方が年上なんだし」
「おや、うちの弟子を年上として見てくれていたのかい? てっきり、見習いとして見てたのかと思ったよ」
ニヤリと黄緑色の怪しい瞳が意地悪な笑みを浮かべて師匠のパメラは笑う。
ガーネットは目を細めて言った。
「私をなんだと思ってるの」
「プライドの高い女」
「……パメラおばさん、ちょっと酷くない?」
唖然とするガーネットにパメラは大笑いを浮かべて謝る。
「すまない、言いすぎた。だが、うちの弟子と親しい距離に居てくれると助かるよ」
「別にそう言うつもりはないわ。婆さんの弟子だからよ」
引っかかる言い方にチャロットの眉が動く。だが、二人は気づくことはなかった。
パメラは弟子に仕事を振る。
「チャロット、今、一階にガーネットの友達がいるんだ。彼らにもお茶を入れてくれ」
「はい!」
チャロットは大きく返事をした。
パメラはこくりと頷き、ガーネットを連れて三階へ上がろうとする。ふと、大事なことを思い出し下を覗き込む。
「分かっていると思うけど、ちゃんとやるんだよ」
「分かってるって……」
チャロットは少し不貞腐れた様に返事をする。
二人が見えなくなった後、弟子のチャロットはため息を吐いた。
慣れない修行をしなくてはいけないからだ。
彼女は空っぽのヤカンを取り出すと、蓋を開けて、少し離れたところに立つ。
両手をかざし、心の赴くままのイメージを口ずさんだ。
「水よ、水よ、集まって」
チャロットが呟くとヤカンの真上に水が集まっていく。
こぼさない様に集めた水をゆっくりと下ろした。
大惨事にならなかった事に安堵の息を吐く。
彼女は続けて鉄でできた釜戸の口を開いた。
薪を入れて、再び念を込める。
「熱く弾けろ!」
チャロットはパチンと指を鳴らした。
指先はまるで金属が擦れ合い火花が散る様に熱く光る。次の瞬間、ボンっと小さな爆発が起きた。
「ヒャン!」
思わぬ事に腰が抜ける。
炎はボーボーと燃え盛っていた。
これでは火力が強すぎると慌ててしまう。
道具を使うことすら忘れて薪をいじった。
「あちち、あちち」
熱気を振り払う様に手を揺らす。
「ふぅ、なんとか出来た……基礎とはいえ、難しいのよ。魔力操作は」
ヤカンの横に腰掛けながら彼女は天井を見上げて愚痴をこぼす。
暗い階段裏が目の前にあった。
チャロットは階段裏の暗い部分からこの前の夜を思い出す。
山の反対側では枯れ木の村が燃えて、赤く火の粉が空を舞う。
彼女はファイアナド騎士団、幹部のオットーと共に復讐のため、村を襲っていた。
魔法陣の中、彼女は得意の土魔法でゴーレムを幾千体も作り上げ、村や近くの刑務所に送っていたのだ。
その時、技術の街スタックタウンを裏切った男が現れたのだ。
チャロットは奴にお腹を撃たれて、気を失ってしまった。幸い、オットーのおかげで一命を取り留めたがそれでも傷は痛い。
(あぁ、思い出すだけで腹立つ)
今でもその男のことははっきりと思い出せる。
茶髪をセンター分けして、弱いくせに目つきだけは鋭い奴だ。
「こんにちは、ここにキャリーたちがいると聞いて……」
彼の衣装はまるで、今窓から入ってきた青年の様にシャツに暗い色のベスト。腰には筒状の武器を入れておく為のホルスターが撒かれている。
……?
「え?」
裏切り者のオリパスがまさに目の前に姿を見せたのだ。
「きゃあああ!」
チャロットは青ざめ、悲鳴をあげる。
殺しに来た。
復讐に来たのだ。
彼女は慌てて刃物を取ろうとする。しかし、オリパスは至って冷静。と言うよりも、少し困惑して首をさする。
「すまない、パメラの占い小屋がここにあると聞いて。場所を間違えたか?」
彼の拍子抜けしてしまう発言にチャロットはぴたりと止まった。
(え? あ、気づいてない?)
以前会った時とは違い、物腰が丁寧に感じる。
それにチャロットを見てもなんの反応も見せない。ふと、あることを思い出す。
以前会った時は真夜中でフードを深く被っており、顔は見られていなかったのだ。
立ち去ろうとする彼にチャロットは慌てて声をかける。
「あ、あの! ここが師匠、パメラの占い小屋であってます」
急いで呼び止めたが、これからのことを考えていなかった彼女は、作り笑いを浮かべながら頑張って嘘をついた。
「もう少ししたら、皆さん戻ってくるかも知れないのでここで待っていてはどうですか?」
窓枠に足をかけていたオリパスは、無理して笑う少女を見て、不気味に思えたが、せっかくの提案に賛成するのだった。
「あぁ、そうさせてもらうよ」
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
家に知らない男が来たら怖いですよね。
それが、自分を殺しかけた人ならなおさら……
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