街巡り パメラの占い小屋 Lv.1(二話)
歯車の建物が重なり合う街の中にひっそりと立つガーネットの時計店。
今日はほのかに小麦の香りが漂ってくる。
「みんな、しっかり捏ねるんだよ」
ぷっくらとした体型に白いエプロンを巻いた、まるメガネのルミナ・ベーカリーは、一階で子供たちにパンの作り方を教えていた。
「ムミナ姉、このぐらい?」
「ん〜もう少しこねてみよっか」
コネ、コネ
「このぐらい?」
「もっとこねていいよ」
ルミナにちょくちょく尋ねているのは、綺麗な金髪に黄色い瞳の少女、キャリー・ピジュンである。
パン作りを始めてからしばらく経ったが、キャリーのパン生地はまだ、ベチャベチャのままだった。
まとまらない事にキャリーは退屈で飽きてしまっている。
それでもキャリーは繰り返しこねてはルミナに尋ねみた。
「ん〜もう大丈夫よ」
「本当!」
目を窄めながら頷くルミナに、キャリーは星の様に目を輝かせた。
今までの苦労が終わったと、彼女は嬉しさのあまり、隣にいたガーネットの方を見る。
「ガーネット! あたし、コネ終わったよ!」
喜ぶ彼女に対して、ガーネットは眉間に皺を寄せて、目の前の自信のパン生地を睨んでいた。
「うるさい! いちいち、報告しなくていいから。ちょっと、黙っていなさい!」
難しい顔を浮かべながらパン生地を何かの形に変えようとしていた。
縦のダエンに二本の尾が付いている。
キャリーは首を傾げながら尋ねた。
「魚を作ってるの?」
「違う! うさぎよ!」
トンチンカンな解釈に声を荒がるガーネット。
「うぅ……可愛いのを作ろうとしたのに……私には才能がないのかしら……」
肩を落とす彼女にフォローを入れようとキャリーはあたふたしてしまう。
二人の光景を見ながらルミナは言った。
「多少、形崩れしちゃうのは仕方ないわよ。気にしないで」
ただ、この気づかいが届くことはなく。
ガーネットはあーでもない、こーでもないと作り直す。
(微笑ましいなぁ〜昔の私たちみたい)
霧の国でバードスクールにいた頃を思い出しながら、自身のパン生地を見つめる。
「また、パンを作っちゃったわね。まぁ、パン屋の娘ですもの」
ルミナは小さく頷く。
「でも、やぁ〜ねぇ、こんなに作ったらまた、私、体重が〜」
背後からルミナに似せた裏声がする。
聞こえてきた。
次の瞬間、ルミナは足元に転がっていたスパナを拾い上げる。そして、背面の窓から覗き込む、不届きものに投げつけた。
同時にガーネットがトンカチと固定台を投げつける。
「おっと、危ない!」
紙一重で交わすのは、無駄に多くベルトの飾りがついたコートを羽織った男だった。
バコン! と音を響かせてトンカチと固定台は床に転がる。しかし、スパナだけは壁に突き刺さっていた。
鉄の壁にである。
「ムフフ、危うく死ぬところだった」
左耳には銅色の大きなリングを付けて、反対側の髪を掻き上げ直す。
「ジモラ!」
そこに立っていたのはこの街一番のマットボーイ、ジモラだった。
彼はニコリと笑みを浮かべて手を振る。だが、返ってくるのは悪態と文句だけだった。
「チッ、外した……」
「出てけ! クズ!」
「王様の署名書よこせ!」
何人の女子から各々違う風に罵声を浴びせられる。
しかし、彼は気にも止めず、肩をすくめて、小馬鹿にする様に言った。
「嫌だね。ッチャッもう少し準備が整ってから渡すよ。あと、俺は外にいるぞ?」
「ガーネット、銃はできてる?」
「えぇ……」
ゴミを見る様な視線でジモラを見ながらルミナとガーネットは二人は武装しようとする。
「待て待て待て、俺はドンパチしようと来たわけじゃない。近くを通りかかったらいい香りがして見に来ただけさ。ッチャッ、それより、ガーネットちゃん、また、化け物の錬成か?」
慌てて、両手を上げながら作業台を指差す。
二人が振り返ってみるとガーネットのパン生地だけ、ウヨウヨとうさぎ? が動こうとしていた。
目と口の部分がほのかに笑おうとしている。
「あぁ!」
慌てて形を崩した。
ジモラは肩をすくめて言う。
「そんな事しても無駄だろ? もう吹き込んじまったんだから」
「うるさい!」
「作ったものに生命を与える。まるで神の様な祝福の力。いい加減慣れればいい物を」
「私は、そんな物、必要ない! と言うか出てけ!」
祝福の力について言われることは多々あるが、彼に言われるのだけは嫌なガーネットはまたもや物を投げて不届きものを追い出た。
当たる事はなかったがジモラは颯爽と姿をくらます。
「出禁になっても来るってどう言う神経してるのよ!」
悪態をつくガーネットにルミナはどこからともなく紙とペンを取り出す。
「暗殺の依頼出しとく?」
ランサン郵便協会では、死のお届けとして依頼を出すことができる。しかし、この事を知っている利用者はごくわずかだ。
ガーネットはそこまでしたい訳ではない為、首を振った。
場をかき乱され、疲れた彼女は親友の方に向きを直す。
「キャリー、何作ってるの?」
黙々と形を整えながら模様を描く黄色い少女に尋ねる。
ひし形の生地に切り込みを何度も入れていて、片方の先端は細く伸びていた。
「分かった。葉っぱね」
ルミナは自信満々に答える。
「うんん、羽だよ」
キャリーは首を振って答えた。
間違えてしまったルミナは頭を叩いて悔しがる。
そこに窓の外から声が聞こえてきた。
「スパナが壁に刺さってる……」
先程までジモラがいた窓辺に白髪の青年が立っている。
陰湿なジモラよりもよっぽど信じられる男だ。
ルミナは肩をすくめながら手を逸らした。
「さぁ……どうしてかしら? それより、お帰りなさい、ヴァイス君」
青年ヴァイスは入り口に回って入ってくる。
右手は包帯をグルグルに巻き付けて、大きな紙袋を軽々と持っていた。
何枚もの鉄の板と部品が中に入っている。
「ただいま戻りました。ガーネットちゃん、言われてた物を買ってきたよ」
そう言いながら荷物を下ろす。
「ありがとう。そうだ、この後、例の場所に……」
お礼を言うガーネットはヴァイスにある事を伝えようとした。その時、二階から三人の男が降りてくる。
一人は兜を深く被り顔を隠している、神の国バシレイアの兵士ルーク。もう一人はこの世の終わりの様に青ざめ、ぶつぶつと自分の非力さを呟いていたパトロ。
最後の一人は顔を顰めて、ただでさえ怖い顔がより威圧感を放っていたオリパスの三人だ。
「あっ、ルーク、お帰り。どうだった?」
最初に降りてきた兜の男にキャリーは尋ねる。
彼は肩をすくめながら話す。
「ダメだ、どこも同じ様で方針が合わないと言われて、全て断られた」
彼らは神の国バシレイアと技術の街スタックタウンの再戦を止める為に動こうとしていた。
あちこちの工房に足を運び、武器の生産を辞めさせようと試みていたのだ。だが、上手く行っていない。
「当然ですよ」
小さく肩を狭めながら呟くパトロ。
「いきなり、武器作りやめて〜なんて、適当な理由で言っても聞き入れてもらえる訳ないじゃん。この街の技術者はみんな、紅蓮の竜巻メアリー・ホルスの様な力のある物を作ろうとしてるんだから」
何気ない一言に失言を吐いた事に慌てて息を呑む。
(あっやばい……暗い空気になるやつだ)
辺りを見渡すとオリパスとキャリーが項垂れていた。
「あ、えぇっと、あの人が悪いんじゃないんだよ」
「あぁ、知ってる」
オリパスは頭を抱えながら頷いた。
メアリーのせいでは無い。彼女の本意でない事が分かっているからこそ、心苦しくなる。
パトロはオリパスから少し距離を取りながら、話を続けた。
「交渉が上手くいかないのは、おそらく、目的が不明確すぎるんだよ」
「目的?」
ルミナが首を傾げる。
ジワジワと彼女に近づいていたパトロは肩を跳ねさせ、小さく驚いた。
「ヒッ……びっくりした……」
「あなたが近づいて来たんでしょ」
呆れるルミナを横目に話を戻す。
「彼らには残酷で強い武器を作ると言う明確な目標がある。人間は退屈な仕事よりロマンある仕事をやりたがるものですよ。僕たちには彼らを焚き付ける様な目的がないんだ……」
彼の言葉にオリパスは髪をかきあげる。
今も何か策がないか思考を巡らせていた。だが、考えれば、考える程、見えなくなる。
「それと」
パトロはもう一つ根本的な問題に触れる。
「単純に資金がないんだ。無理やり依頼できる程の多額の資金が……」
技術者を掻き立てる様な目的と資金。
明確でありながら漠然とする問題に一同、唸り声が響きあう。
そんな中、キャリーは真っ白な手で、大きく手を上げた。
「お金ならあたしのを!」
「いや、お前、今、買い食いできない程、持っていなかっただろ?」
街に着いた頃にオリパスは、自身が奢った事を覚えている。
キャリーのお金はどこかの老人に使われてしまったのだ。
「稼ぐにしても、今のうちは依頼も多くないからね……嵐の前の静けさってやつ? 何それ怖い。このまま依頼が来なかったらどうしよう……」
ボソリとパトロは店の心配を始めた。
ならば、とキャリーはすかさず、別の案を出す。
「鞄の中にはきっとあるよ! 多分……」
歯切れが悪い。
「鞄の中?」
話を少し離れた場所で聞いていたヴァイスは思わず口を挟む。
ルークは分かるように説明した。
「あぁ、キャリーの鞄には魔法が組み込まれていて、なんでも入るようになっていたらし」
しかし、長旅が原因で機能が壊れてしまっている。
「前みたいに……鞄から取り出せたら……」
白い粉がつかない様に手首で頭を抱えながらキャリーは唸る。
「作った人に直して貰えばいいんじゃないか?」
当たり前のことにヴァイスは言う。
次の瞬間、一斉に視線がガーネットに向く。
まるで、早く作れないだろうかと言わんばかりの視線だった。
ガーネットは険しい顔を浮かべてから長い息を吐く。
「あーもー! 分かってるって。とっとと直すから待っていなさい。でも、材料がまだ足りないのよ」
手を拭きながら不服そうに言う。
「本当は市場とかで買えたらよかったんだけど、見つからなかったからしょうがない……パメラばあさんの店に行ってくるわ。キャリー付いてきてくれる?」
荷物をまとめながら尋ねる。
キャリーはすかさず頷いた。
「うん!」
「それと、ヴァイスあなたも来なさい。言ってた例の件お願いしてみるから」
「本当か!」
白髪の青年は目を輝かせる。
「パンは私の方で焼いておくから、帰ってきたら食べれるわよ」
ルミナは作業台を片付けながら言う。
キャリー、ガーネット、ヴァイスは扉の前に集まって振り向いた。
「それじゃあ、行ってくるね」
三人はパメラと言う人物に会いに行く為、外に出て行った。
キャリーたちが出て行った後、ランサン郵便の二人が三階に向かう中、オリパスだけぼんやりと立ち尽くしている。
見かねたルークが肩を叩いた。
「どうした?」
「いや、少し……」
何か言いかけるが言葉にならない。
おそらく、進展がない事に気が滅入っているのだと、すぐに気づく。
こうなると息苦しい時間が続いてしまうだけだ。
ルークはふとある事を思い付き、提案する。
「あいつらに付てってみたらどうだ?」
「え?」
思わぬ提案にオリパスは目を丸くする。
今はやらなくてはいけない問題ばかりなのだ。
そんな暇はないと言い返そうとしたが、先のことがうまく見通せずに黙り込んでしまう。
「やらなきゃいけない事は山積みだが、息抜きにいいと思うぜ」
ルークの言葉にオリパスは考え込む。
このまま、何も浮かばずにいていいのだろうか?
いや、ダメだ。
(何か見つかるのならば)
やがて、納得したのか小さく頷いた。
「あぁ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
オリパスを見送ったルークは体を伸ばす。
「ずっと張り詰めていて、俺まで緊張しっぱなしだ。少し休憩を取ろう……ん?」
ふと、窓の外に目が行く。
「なんで、スパナが鉄の壁に刺さっているんだ?」
異質な光景にベテランの兵士でも唖然とし、首を傾げてしまった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
あぁ、なんて微笑ましい光景。
二人とも自分が作っているもの当ててもらえなかったのいいっすね~
ガーネットには一つだけどうしてもできないものがあります。
それは可愛いものが作れない。基本、無骨な見た目になってしまうんですよ。
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